【五】月曜日の始まり
こうして週明けが訪れた。
月曜日、僕が制服に着替えてリビングへと行くと、ネクタイの位置を直しながら、恢斗がタブレットを操作していた。ルームサービスは既に届いていて、ダイニングキッチンからは良い香りが漂ってくる。
本日からは、テストの返却が始まるはずだ。なお、生徒会役員や風紀委員は、授業免除の制度があるそうだが、僕は外部入学で入ったばかりだから、最初は授業に出て良いと二階堂に配慮してもらった。風紀委員長いわく――『S組の中にも推しCPは多い』そうだ。
言っては悪いが、本日より教室から、恢斗と二階堂が消えるのだ。僕にとっては、やっと平穏な観察時間が訪れるとも言える。楽しみでならない。別に許婚と友人が嫌いなわけではないが、彼らは目立ちすぎるのだ。
その後、僕と恢斗は共に朝食を取った。恢斗の希望で、朝食だけは、特に何か急用が発生しない限り、毎日一緒に食べる事に決まったのは昨日だ。今後、昼食と夕食はバラバラになる可能性がある。
「行こう」
食後、玄関に並んで向かった時、恢斗に手を差し出された。不思議に思って顔を上げると、手を握られた。
「一緒に登校出来るというのも夢みたいだ」
改めてそう言われると、赤面してしまう。僕は俯いて、目を閉じた。そのまま手を引かれて、二人で部屋から出て、エレベーターへと向かう。そうして揃って歩いていくと、他の寮生や登校中の生徒達の視線が容赦なく突き刺さってきた。恋人繋ぎをして歩いていく僕達は、皆の目にはどんな風に映っているのだろうか。あくまで許婚だから恋愛関係ではないはずなのだが、恢斗の言葉を信じるならば、僕はかなり愛されていると思う。
そして僕だってしぼんだ事もあるわけだが恢斗を好きだから――照れくさいし気恥ずかしいが、嬉しくないわけがない。会いに来たという意識は、本当に九割以上無かったわけだが、来て良かったというのも素直な気持ちだ。
「じゃあな。俺様は真っ直ぐに生徒会室に行く。何かあったら連絡をくれ」
恢斗はそう言うと、スマホを取り出し、僕を見た。手を離した僕は、静かに頷いた。こうして生徒玄関で別れ、僕は初めて一人で教室へと向かった。
予鈴が鳴り響く前に、無事に一年S組の教室に到着し、扉をくぐる。開け放されていた後ろの扉から中へと入ると、一瞬教室が静まり返った。気まずい……――が、僕はこういった視線には慣れている。桐緋堂というだけで、初等科の頃から、大体こういう対応を受けて生きてきたからだ。だから何でもない顔をして、自分の席を目指した。
すると右に座っている、外部入学生の一人である、美和薗(みわぞの)君が、僕を見た。目があったので、僕は頬を持ち上げる。柔和な表情は、家庭教師の先生に習ってきたから得意だ。
「おはようございます」
「お、お、おはようございます!」
すると美和薗君が、何故なのか真っ赤になった。僕も恢斗が相手だと散々照れているわけだが、通常の朝の挨拶でここまで赤面するという事は無い。周囲を何気ない素振りで見た僕は、こちらをチラチラ見ている周囲の内の三分の二くらいが、同じように赤くなっているのを確認した。僕の、なんの変哲もない朝の挨拶には、何かこう笑いをこらえるような、赤くなってしまうような、なんらかのニュアンスがあったのだろうか……?
そう考えているとチャイムが鳴った。
僕は視線を戻してカバンから教科書類を机にしまう。その後、先生が入ってきて、SHRが行われてから、授業が始まった。
テストの返却だったわけだが――……簡単だったという触感の通りで、僕としては、自分では満足としたい結果だった。ただ僕は今回、事前の学習が進んでいただけだから、今後は気を抜けないと思う。桐緋堂の人間として――それに、宝灘の人間になる者として、一定の成績は保ちたい。そう考えたら、恢斗の隣に自分がいる姿をぼんやりと想像している事を自覚して、僕はそんな自分に照れてしまった。
僕も……大概、恢斗の事が好きみたいだ。
さて、それはそうだけれど――僕の目的は、本日は、このクラスの(二階堂の)推しCPを確認する事である。僕は貰ったリストから脳裏に叩き込んできた、腐的な二人組をひっそりと観察した。二時間目の後の休み時間が少し長いので、特にその時間に観察した。
――良い。
見つめ合っている二人とか、連れ立って教室を出て行く二人とか、いっぱいいた。
ドキドキしながら僕は彼らをチェックした。
昼休みには、どんな感じで皆がお弁当を食べているか、しっかりチェックしたい――と、考えながら午前中を乗り切り、僕は本日も購買部が売りに来るパンを買おうとした。
教室の扉が音を立てて開いたのは、その時の事だった。
「桐緋堂紫樹さんはいらっしゃいますか? いらっしゃいますね」
深凪を名乗っている僕であるが、本名で呼ばれた。教室中が静まり返っている。顔を上げた僕は、前方の扉を開け放った生徒と、その後ろにいる一名を見た。背が低く、パッチリとした目をしていて、睫毛が長い二人の生徒――男子校であるから男子なのだが、薄らと化粧をしているようにも見える彼ら……紛れもなく、チワワである。
「生徒会長親衛隊隊長、御子柴雛(みこしばひな)と申します。ちょっと宜しいでしょうか?」
「同じく副隊長、相良直(さがらすなお)と言います。宝灘会長の事で、お話がございます」
僕は虚を突かれた。恢斗には親衛隊がいるかもしれないと考えた事はあったし、生徒会長なのだからいない方が変かも知れないと改めて思ったが――まさか自分が呼び出される日が来るとは、想像もしていなかったのである。
教室中が、二人と僕を見ている。僕は唾液を嚥下してから立ち上がった。
「分かりました」
なるべく平静を装って頷きつつ、僕は二人の方へと向かう。二人共、僕よりも背が低い。とても――可愛い。
「参りましょう」
僕を見ると、御子柴さんがニコリと笑った。おずおずと頷き、先に歩き出した二人に、僕は従う。こうして、昼休みが始まった。