卒業
いよいよ卒業式が一ヵ月後に迫る頃、理事長が笑いながら言った。
「今日で調教は終了だ。無事の卒業おめでとう」
「! 卒業……それは、もうやらなくていいと言うことか……?」
「口調」
「や、やらなくて……宜しいのでしょうか……?」
「まさか。主人が変わるだけだよ。君は生涯奴隷だ。さて、この学園で育成した奴隷の証――金の校章を入れようね? 焼き印だよ。その上に金の特別なインクを流す。なにをしても生涯消えない刻印だ。綺麗な輪っかに、緻密な模様が入っていてねぇ」
その言葉に、目を見開き、全裸で椅子に拘束された状態の珠白は声にならない悲鳴を飲み込む。傍らのテーブルにあった焼きごてを、理事長が手に取った。
「低温にしてあるから、一瞬だ。痛みはほとんど無い」
「やだ、嫌だ、そんなの嫌だ、それだけは止めてくれ、消えないなんて、嫌だ!!」
近づいてくる理事長を見ながら、珠白が泣き叫ぶ。
「そのような態度をとって良いのだったかな?」
既に調教されきっている珠白は、その声にビクリとした。教え込まれているから、恐怖が背筋を這い上がる。けれど、生涯消えない焼き印など、絶対に嫌だった。
「これは名誉なことなんだよ? この学園出身の奴隷は上質だからと、皆が欲する。その証明になるのだから。仮に捨てられても、拾い手は多い」
「止めろ――!! 止めてくれ!! 止め――うああああああああああああああ!」
左太股の内側に、一つ目の焼き印が押された。隣にいた秘書が、すかさず金のインクを流し込む。珠白はギュッと目を伏せ号泣した。
「次はここだ」
「うああああああああああああああああ」
続いて、右の腹部に刻印された。焼きごての熱は、痛みを感じさせたが、それは一瞬で、また金のインクを流し込まれる。
「ああ、美しい。肌は白いのによく引き締まっている腹筋の横、腰だけは細いが、そこに綺麗に金色の校章がついたな」
満足そうな理事長の声を聞きながら、珠白はすすり泣いた。
「さて、君の新しい主人に、今から引き渡すよ」
「……」
もう、どうでもよくなりつつあった。この刻印があったら、何処へ行っても逃れられないと思ったからだ。意味を知る者には、自分が何をしてきたか、一発で露見する。
「さて、お入り下さい」
理事長がそう声をかけ、秘書が扉を開ける。
するとそこに立っていたのは――五泰良だった。虚ろな目で俯いていた珠白は、ゆっくりと顔を上げ、五泰良を視界に捉えて目を見開く。
「なんで……なんで、ここ……に……」
「彼が新しい君の主人だからだよ」
「!」
珠白が呆然としていると、つかつかと靴の踵の音を響かせて、五泰良が歩みよってきた。そして、ぐいっと珠白の顎を持ち上げると、いつになく優しい顔で笑った。
「この学園の制度は最初から知っていた。お前が風紀委員長になった段階で、俺が予約購入したんだ」
「……」
「お前は、俺に逆らった。刃向かった。つまり――敵だ。五泰良の人間は、決して敵は許さない」
笑ったままだったが、五泰良の目が冷え切った。
ゾクリとした珠白は、声を失う。
「購入予定者には、調教の全ての映像がリアルタイムで渡されていた」
「!」
「俺の事を想って声を堪えるお前が、本当に滑稽でたまらなかった」
優しい声で、優しい眼差しで、そう語りながら、五泰良が指先で珠白の唇をなぞる。
「だが、俺を好きなんだから、お前にとっては、とても幸せなこととなったな。俺に買われるなんて」
「……」
「良かったなぁ? ん? これから俺は、たっぷり優しくしてやるよ。お前の事が、大嫌いだから」
「っ」
「もっともっと俺を好きにさせて、ボロボロにしてから捨ててやる。覚悟しておけ」
そう言うと、再び珠白の顎を持ち上げて、これだけは一度も理事長にもされたことが無いのだが、優しくキスをされた。
「っ」
次第にそのキスが深まっていく。舌で舌を絡め取られ、引きずり出されて、甘噛みされる。すると体がツキンと疼いた。
「さて、復讐の始まりだ――理事長。キャッシュで置いて行く」
五泰良はそう言うと、持参したアタッシュケースをテーブルに載せてから、珠白の首輪以外の拘束を解いた。そして首輪から伸びる鎖は手に取る。それを引いて、珠白の体を引き寄せると、実に優しく抱きしめて、甘く甘く囁いた。
「大嫌いだぞ」
絶望した珠白の双眸から、涙が静かに筋を作って落ちていく。その後頭部の噛みを、コレもまた優しく撫でながら、穏やかに五泰良が続ける。
「でも、お前は俺を好きなんだから、一緒にいられて幸せだもんな?」
「……」
珠白の頭の中で、何かがプツンと途切れた。そして、気づくと五泰良の事しか見えなくなっていた。五泰良の言葉が正しい気がした。自分にそう言い聞かせることにした。そうで無ければ、もう耐えられない。
「ああ。俺は幸せだ」
それを聞くと、満足そうに笑ってから、会長が理事長を見た。
「さすがは完璧に調教してもらっただけはあるな。これからが楽しみだ」
「実に優秀な奴隷に育ったよ。会長のお気に召すといいのだが」
こうして珠白は、続いて首輪を外されて、ビシリと制服を着付けられた。その手を握り、会長が歩き出す。その眼差しは、とても優しい。手の温もりは、温かい。だから。
「俺の事、好きなんだろ?」
五泰良が繰り返した言葉に、再び珠白は頷いた。
「ああ」
そして――これが自分の幸せなのだと、信じることに決めた。
だが、珠白は知らない。
本当は、対等なライバルである珠白に、珠白より先に五泰良が惚れ、心も体も手に入れるために、購入したのだという事実を。その後、珠白は捨てられることはなく、けれど捨てるという言葉に脅され怯えながら、生涯五泰良に囚われて過ごしていったのだった。
そこに、愛は無いと教え込まれていたが、それでも五泰良を、愛しながら。