IF・調教の終焉(ハピエンVer)
焼き印を押されそうになった、その時だった。
「即刻止めろ、特捜部だ!」
乱暴にドアが開き、黒いスーツ姿、あるいは制服姿の警察官達がなだれ込んできた。驚愕したように振り返った理事長と秘書が拘束され、連れられていく。
「珠白!」
そこへ――五泰良が現れて、珠白にかけより、拘束を外した。
「五泰良……」
「よかった、間に合ったな。悪いな、遅くなって――これまで、助けてやれなくて」
そう言うと、五泰良が苦笑するように笑い、ギュッと珠白を抱きしめた。珠白は信じられない思いで、おずおずと腕を回し返す。
「珠白」
「……」
「お前が好きだ」
「っ」
「俺の恋人になって欲しい」
「でも……俺は、その……もう……こんな……汚れてて」
「いいや、お前は綺麗だ。キス、してもいいか?」
「っ、あ――ン」
珠白が答える前に、五泰良が触れるだけのキスをした。涙で濡れた瞳を向けた珠白は、首を傾け、今度は静かに目を伏せる。その唇に、再び五泰良が口づけた。優しいそのキスは、少しずつ深くなっていく。
こうして、珠白は解放された。
しばらくは、五泰良の部屋で、事態が落ち着くまで過ごすと決まった。
すると、カプセルに入った薬を渡される。
「これは?」
「体の熱を鎮める薬だ」
「っ」
「暫くはそれを飲んだ方がいい」
「わかった」
その後は、暫くそれを服用しながら、五泰良の腕の中で眠った。このように穏やかな眠りについたのなど、いつぶりなのか、珠白は思い出せない。
毎朝、キスをして起こされる。五泰良は、ドロドロに珠白を甘やかした。
時折、珠白は調教された辛い日々を夢に見て、苦しそうに息をし、泣きながら飛び起きる。すると五泰良は、ギュッと抱きしめ、背中をさすってくれる。その感触に、ただの悪夢だったと気づいて、呼吸を落ち着けることがやっと出来る珠白は、また腕の中で眠る。
一ヶ月間、卒業式までそれを繰り返す内、次第に珠白は平静さを取り戻した。
そして卒業式が終わってから、五泰良の部屋で、苦笑しながら告げた。
「ありがとう。もう、俺は大丈夫だ」
「――そうか」
五泰良が、微苦笑を返した。
「これから、てめぇはどうするんだ?」
「……受験している暇がなかったからな。浪人だ」
「そうか」
「……なぁ、五泰良」
「なんだ?」
「俺も好きだよ」
考えてみると伝えていなかったからと、珠白が唇から言葉を紡ぐ。
すると目を丸くしてから、実に嬉しそうに五泰良が破顔した。
――こうして、また会う約束を取り付けて、校門で別れた。
珠白は実家へ戻ると言い……実際には、近くの崖げと向かった。真下は海だ。自殺の名所であり、落ちれば確実に死ぬ。岩にぶつかって死ぬか、浮き上がってこれない海に落ちて死ぬかの違いはあるが。暗い目をした珠白は、涙の筋を作りながら、口元だけに笑みを浮かべていた。
……解放なんてされるわけが無い。
刻印がなくても、記憶に刻まれた忌々しい日々の記憶に、永劫苛まれるのは明らかだ。
そして淫らに変わってしまった自分の呪わしいからだ、まだ覚えている快楽漬けの日々で覚えた肌を撫でられるような感触。
「俺じゃ、五泰良には相応しくない」
そう呟き、目を伏せて、一歩。靴を履いたままで、珠白が飛び降りようとした――その時だった。
「珠白!!」
後ろから腕を引かれ、直後抱きしめられる。
「っ」
驚いて首だけで振り返れば、そこには険しい顔をした五泰良が立っていた。
「なん……で……」
「帰り際のお前の顔が、今から死にますっていってるみたいだったから、追いかけてきたんだ」
「……っ」
「バカが。折角俺が助けた命、無駄にするな」
「それは……でも……でも……っ、けど、俺……あっ……っ」
後ろからまわっている腕に両手で触れ、珠白は涙を零す。
「もう死んでしまいたいんだ……っ、いやだ、生きていたくない」
「だったら、その命、俺によこせ。いらないんなら、俺によこせ」
「……? それは、俺を買うということか?」
「ばぁーか。そうじゃねぇ。お前が、死にたくないようにしてやるよ」
「?」
「ついて来い」
五泰良はそう言うと、珠白の手首をきつく握って歩きはじめた。そして自分の家の車に乗せると、自分の家へと連れて行き、自分の部屋へと通した。
「ここで暫く安静にしろ。浪人するんなら、どこにいたってできるだろ? な? それと、お前ちょっと痩せたな。栄養が足りねぇみたいだから、家の主治医に点滴をさせる」
この日から、五泰良は珠白に精神を安定させる薬を投与するように依頼した。
――そして、半年後。
「どうだ? 調子は?」
「ああ……なんだろうな? 俺は……もう平気だ」
苦笑している珠白だが、もうその眼差しは暗くない。
「俺様がついてるんだから、当然だろ」
「言ってろ、バ会長」
「あ?」
そう声を出してから、五泰良が優しく珠白の唇を奪う。珠白はその感触に浸る。
このようにして、珠白は悪夢からも、解放されたのだった。
以後は、五泰良の腕の中で、幸せに過ごした。