【四】新聞……!






 簡素な宿の一室は、大半を寝台が占めている。部屋に入り、扉を施錠してすぐに、ルクスが後ろからサピアを抱きしめた。力強いその感触に、サピアは一気に緊張した。

「あ、あの……」

 空気に飲まれてついては来たものの、ここへと来て、サピアは漸く我に返った。普通キスをして、二人きりの部屋に訪れたら、行われるのは夜の営みだろう。サピアにだって、経験は無いが多少の知識はある。しかし本来それは、番と行うものだ。

「ぁ」

 その時、服をまさぐられ、忍び込んできたルクスの手で胸の突起を摘まれた。声を漏らしたサピアは、小さく震える。ジンと体を甘い疼きが絡め取った。

「なんだ?」

 少し掠れた声で、ルクスが囁くように言う。何を答えれば良いのか迷っている内に、サピアは服をはだけられ、気づくと寝台へと押し倒されていた。

「ン」

 ペロリとルクスが、サピアの鎖骨の少し上を舌で舐める。もう一方の手では、一糸まとわぬ姿になったサピアの陰茎を撫でた。初めて他者から与えられる刺激に、サピアは体を強ばらせる。ルクスはサピアの肉茎を握ると、ゆるゆると動かし始めた。

「ぁ……っ……」

 すぐにサピアの淡い色合いの陰茎が反応を見せる。すると気を良くしたように手の動きを早めながら、ルクスがサピアの右の乳首を優しく噛んだ。

「あ、あ」
「綺麗な体だな」
「っ、貧相だと思ってる?」
「いいや。しなやかで、綺麗だ。本当に」
「ひ、っ」

 今度は左の乳頭を舐められて、サピアは震えた。先走りの液が漏れ出したのはすぐの事だ。

「ぁ、ぁ、ダメ、あ、出る……ッ!」

 ルクスに促されて、あっさりとサピアは果てた。するとその白液を指で掬い、ペロリとルクスが舐める。そしてこれまでとは異なり、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべた。獰猛に変わった瞳を見て、サピアはドキリとした。ルクスの雰囲気が、これまでとは違って見える。

「!」

 ルクスの二本の指先が、サピアの中へと入ってきた。ゆっくりと、しかし実直に進んできた指が、容赦なくサピアの中を暴いていく。根元まで入り切ると、ルクスが指をかき混ぜるように動かした。それから初めは緩慢に、次第に激しく、指の抜き差しを始める。

「あ、ああ、ア」

 サピアが震える声を零し、ギュッと目を閉じた。両手ではシーツを握り締める。

「悪い、我慢が出来ねぇ」
「あ……っ、ア、あああ!」

 ルクスは一気に指を引き抜くと、自身の陰茎を挿入した。指とは全く異なる熱と固さを誇る楔に深々と穿たれて、サピアは全身が蕩けてしまいそうな感覚に陥る。繋がっている箇所が、とにかく熱い。

「ぁ……ァ……っ、ッ」
「もっと声、聞かせろよ」
「だ、だめ、熱くて、何も考えられなくなる……ぁ、ャ……」
「俺は幸せすぎて、何も考える余裕が無い」

 その後ルクスが激しく動き始めた。腰を何度も打ち付けられる内に、サピアの体が再度反応を見せる。熱が全身を支配していき、気づくとサピアの陰茎は再び固くなっていた。

「あア、っ」

 ルクスがサピアの感じる場所を内部から突き上げる。その感覚で、サピアは再び放った。

「っ、ぁ」

 嬌声を上げたサピアがあんまりにも凄艶で、一際強く突き上げた時、ルクスもまた放ったのだった。二人の荒い吐息が、暗い室内に谺する。

 そのままサピアは寝入ってしまった。そんなサピアから体を引き、横に寝転がってルクスが抱き寄せる。こうして二人は、朝まで同じ寝台にいた。




 ――翌朝。

「!」

 目を覚ましたサピアは、最初己がどこにいるのか分からなかったが、すぐにルクスの腕の中にいる事に気づいて飛び起きた。すると起きていたルクスが、微笑してから腕に力を込め、サピアを強く抱き寄せる。

「好きだぞ、サピア」
「あ、あ、あ、あの……」

 抱き合って眠ってしまった……番では無いというのに。大混乱しながらサピアは言葉を探す。狼獣人は、こと、番を大切にする一族だ。雰囲気に飲まれての一夜限りなどというのは、本来ありえないし、過去に一度もサピアは、そんな経験が無かった。

「……どうして」
「好きだからだよ」
「だ、だけど! 僕達は、番じゃないよ?」
「――人間には、番制度は無い。婚姻制度は、各国に様々な形態がある」
「そういう話じゃないよ!」

 狼狽えながらサピアが声を上げると、ルクスが優しくサピアの髪を撫でた。

「俺は狼獣人ではないが、お前の番に立候補する。俺の恋人になってくれ」
「……え? だ、だけど、人間は人間同士で付き合うものなんじゃないの?」
「それが多いな。獣人は、種族が違っても婚姻が盛んらしいが。まったく、羨ましい。俺は、サピアが良いし、サピア以外は考えられないが」

 そう言うと、ルクスがサピアの頬に触れるだけのキスをした。そして腕に力を込め直し、サピアに囁く。

「愛してる」
「ぼ、僕はまだ、分からないよ」
「――まだ、か。十分に脈がありそうでホッとした」
「! え、えっと……だ、だから……でも、番じゃないのに、どうして僕、こんな……」

 真っ赤になりながらサピアが言うと、不意にルクスが双眸を細くした。

「安心しろ。サピアは何も悪くない」
「悪い、よ。だって、こういうのは、番じゃないとダメだって知ってたのに……」
「――お前、俺の目を見ただろう?」
「え?」

 その声に、サピアは、真剣だった昨夜のルクスの顔を思い出す。初対面の日に見たのと、同じ瞳をしていたように思えた記憶だ。

「俺は強い魔力を持っているんだ」
「人間なのに?」
「ああ。ちょっと――特別で、な。並大抵の魔力じゃ、俺の魔力に逆らえない。俺が目を見て本気で告げたら、魔力に特に敏感な獣人は、逆らえなくなる事も多い。悪いな、それを理解していて、俺は利用したし、それに後悔は無い」
「どういう事?」
「サピアが好きすぎて、襲いたくて、お前を見て『着いてきてほしい』と強く願った」
「……? 願うと、叶うの?」
「意のままに、ある程度、行動させる事が可能な場合が多い」

 難しくて、サピアには、ルクスの言葉の意味が、上手く飲み込めなかった。

「とりあえず、朝食に行こう。特別に、ロビンが朝、俺には出してくれてるんだ。お前が泊まっている事にも気づいているだろうから、きっと二人分出てくる。あいつは、そういう所は気が利くんだ」
「! ロビンさんにバレちゃう」
「ロビンにバレたら嫌か?」
「番じゃないのに、はしたないと思われる……」
「だから、俺を番とすれば良い。俺から見ると、それは恋人という名前になるけどな」

 その言葉に、サピアは赤面した。

 不思議と拒否したいとは思わない。それは優しいルクスの表情を見てしまったからだろう。そう結論づけてから、その室内にあったシャワーを借りて、サピアは体を洗った。服は、ルクスのものを借りたのだが、大きくてブカブカだった。

 二人で階下に降りると、呆れたような顔をして、ロビンが新聞から顔を上げた。それから苦笑してサピアを見る。

「手酷くされなかったですか?」
「だ、大丈夫です……あ、あの!」
「――誰にも言いませんよ」
「……えっと……」

 別に言われて困る事では無くなった――と、サピアは思った。なにせ、好きだと告げられていて、自分もまた、ルクスが番となるのは嫌ではないと感じているからだ。そう思ってルクスを見上げると、彼はサピアの頭にポンと手を置いた。

「寧ろ、言って回ってくれ。サピアは俺のものだと」
「独占欲が強すぎる。それは貴方の悪い癖ですよ」
「何とでも言え。サピアが愛おしすぎて死にそうなんだ」

 ルクスはそう言うと椅子を引いた。慌ててサピアも隣に座る。カウンターには、二人分の朝食が用意してあった。ここで働き始めてから、食事には困らなくなっていたが、朝からこんなに温かいものを食べられるのが久方ぶりだったため、サピアのお腹が鳴る。

 そこへバサリとロビンが新聞を置いた。

「ルクス、貴方が言っていた通りになりましたよ」
「――そうか」

 退屈そうに答えたルクスが、新聞へと視線を向ける。つられてサピアも視線を向けた。そこに広がっていた大陸新聞の一面には、『勇者一行、魔王討伐に成功』という見出しが出ていた。

「魔王が退治されたの?」

 驚きながら、サピアがフォークを手に取る。するとルクスが仏頂面で頷いた。

「ああ。もう一ヶ月も前の話だ。それが広まるのが遅れていただけでな」
「そうだったんだ……」
「いやぁ、あれは、長旅でしたね」

 ロビンが実に何気なくそう続けた。それを聞きながら新聞を見ていたサピアは、直後目を丸くして、身を乗り出した。

 ――『討伐したのは、聖剣の勇者ルクス、月灯の魔術師ロビン、暁の聖者ハロルド、疾風の弓師ミズワル』

 そう新聞には記してあり、似顔絵が記載されていた。目の前にいるロビンと、隣にいるルクスにそっくりだった。

「勇者には、強い魔力が宿っているんだ。聖剣を引き抜けるほどの、な。魔王にも匹敵する――いいや、魔王よりも強い力だ」

 ポツリとルクスが言った。その言葉に、先ほど耳にした瞳についての内容を思い出して、驚いてサピアはルクスを見る。フォークから、レタスが床へと落ちた。

「だから、サピアは何も悪くない」
「――どうせ、そんな事だろうと思っていましたよ、私は」

 ロビンが呆れたように言った。サピアが顔を上げると、ロビンは苦笑していた。

「私達は、勇者一行だったのですよ。それで、魔王を討伐し、出立した国から報奨を得て――私は、予々行いたいと思っていた酒場を始める事に決めたんですよ。そこへルクスが遊びに来た」
「おう。最初は、適当に見に来たつもりだったんだ……が、サピアに出会ってしまった」

 目の前に勇者一行の内の二人がいる事も信じられなかったが、サピアは、ルクスが自分を好きだという事もまだ信じられなかった。

 その上、これまでは、ただの人間のお客様だと信じていたから、一気に不安に駆られた。

 ――聖剣の勇者?
 ――勇者にしか抜けないという聖剣を引き抜いたと、何年か前に新聞で読んだ、あの?
 ――魔王を討伐した?
 ――そんなすごい人物が、僕を好き?
 ――本当に?
 ――本当だとしても、僕じゃ釣り合わないんじゃ……?

 ぐるぐると考えながら食べたスクランブルエッグは、美味しいはずなのに、味がしなかった。