【七】好き……!






 服を着た二人と、ピラーは、向き合って座った。と、言っても、この家には椅子が二脚しかない。結果、というべきなのか、ルクスの膝の上にサピアがいる。テーブルを挟んで、ピラーは震える手でカップを持っている。カップはテーブルの上に三つだ。

「――つ、つまり、ルクス殿は勇者……件の魔王を退治したという、聖剣の勇者ルクスであり、俺の大切な甥っ子のサピアが欲しい、と?」

 引きつった笑顔で、ピラーが話をまとめる。するとサピアを膝に乗せ、うっとりとするような顔をしているルクスは、ピラーを見るでもなく、サピアだけを見ながら、大きく頷いた。半ば強引に膝へと乗せられたサピアは、赤面している。

 サピアには、嫌がっている様子は無い。それがルクスは心底嬉しかったし、ピラーには目眩をもたらした。実際サピアは現在、幸せを噛み締めているだけだ。

「サピア、お前はそれで良いのか? 人間と番うなどと、いくら相手が勇者とはいえ、本気で言っているのか?」

 こめかみをヒクつかせながら、ピラーが問う。すると真っ赤になったサピアが小さく頷いた。

「伯父様、僕……ルクスの事が大好きなんだよ」
「サピア……!」

 初めて直接的に好きだと言われて、ルクスは舞い上がった。ギュッとサピアを抱きしめて、ルクスは顔を緩める。そんな二人を見ていると、ピラーは頭痛がした。思わず、遠い目をしてしまう。

「ルクス……ルクスは、本当に僕で良いの?」
「サピア以外には、考えられないんだ。愛してる」

 二人の甘いやりとりに、ガタンと音を立ててピラーがカップを置いた。そして苛立ちに震えながら、無理に笑顔を浮かべる。

「お前達、俺がいるのを忘れていないか?」
「あ、伯父様……」
「悪い、忘れていた」

 サピアは気まずそうに瞳を揺らしたが、ルクスは悪びれもなく答えた。

「この街の狼獣人の族長という事は――蒼天のピラーか。斧使いの」
「いかにも」
「サピアを俺に下さい、伯父様」
「……っ、お前に伯父と呼ばれる覚えはない!」

 怒るようにピラーが言う。それから彼は、サピアをじっと見た。

「が……サ、サピア? 本当に、勇者殿と番う気なのか?」
「うん、そうしたいよ」
「……甥の幸せは……邪魔は出来ないし、サピアがそれで良いというのならば……」

 ピラーは、サピアに、死ぬほど甘い。そのため、震えながらルクスを見る。

「サピアの事を頼む……もし不幸にしたら、絶対に許さないからな」
「俺に可能な全ての力をもってして、絶対に幸せにする」

 ルクスの断言に頷き、しぶしぶと言った様子でピラーが頷いた。それから顎鬚を撫でて立ち上がったピラーは、玄関に落としたままになっていた荷物を取りに行く。

「土産だ。その……サピアのためだけに買ってきたものだが、勇者殿もよろしければ」

 そう言ってお土産を机の上に置くと、ピラーは帰っていった。

 二人きりになった室内で、サピアはルクスの膝から降りようとした。しかし抱きしめているルクスの腕がそれを許さない。

「ルクス、離して」
「嫌だ。ずっと抱きしめていたい」
「……っ」

 ルクスはサピアの顎を持ち上げると、その唇を貪る。舌を絡め取られたサピアは、体の力が抜けていくのを感じた。そのまま長々とキスをしていた二人が離れた時、間には透明な糸が繋がっていた。

「伯父様、許してくれて良かったよ。なんて伝えたら良いか、迷ってたんだ」
「サピアはその前に、俺に対して、好きだと伝えてくれるべきだったな。片思いのままだと信じきっていたんだぞ?」
「ご、ごめん……僕も、気づいたら好きになっていて、それをはっきりと自覚したのは、伯父様に言った時だったんだよ……」
「そういう意味では、ピラーが来てくれて良かったな」

 二人はそんなやりとりをすると、視線をじっと合わせた。見つめ合う。それからその額に口づけてから、ルクスが言った。

「それにしても、簡単に入ってこられる事が明らかにもなった」
「伯父様は特別だよ!」
「今後、特別なのは、俺だけにしてくれ」
「ルクス……」

 ルクスの言葉に、サピアが頬を桃色に染める。うっとりしている様子の瞳を見て、ルクスは嬉しくなった。サピアの柔らかな髪を撫でながら、ルクスは続ける。

「それにしても、この家――やっぱりな、防衛面で不安しかねぇよ」
「そう言われても……僕、貧乏だから、このお家を建てるので、精一杯だったんだよ」
「家は今日にでも俺が用意する。二人の家を」
「え?」
「俺もこの街で暮らす事に決めた。ずっとサピアのそばにいる」

 そう告げると、ルクスは漸く両腕からサピアを解放した。床に降りたサピアは、首を傾げながら、正面の椅子へと向かう。そして先ほどまでピラーが座っていた席に腰を下ろすと、手を組んで机の上に置いた。目の前には、ピラーがくれたお土産の袋がある。中から覗いているのは、食料だ。いつも食べるものが無いサピアに、ピラーは食料をお土産として持ってきてくれるのである。

「……ルクスは、今まで通り、ロビンさんの所にいた方が良いよ」
「何故? 俺と暮らすのは嫌か?」
「そうじゃないけど……僕は貧乏だから、ロビンさんみたいに美味しい朝食は用意できないし……」
「今後、金の心配は不要だ」
「え?」
「ロビンが店を構えた資金もそうだけどな、勇者一行には、魔王討伐による報奨金が出たんだ。国を一個、まるまる買えるような額だ。使い道もなくて、俺はどうするか迷っていたが――そうだな。サピアのために、これからの生活のために、使う事に決めた」

 ルクスはそう言うと、喉で笑った。サピアは実感が無かったので、小首を傾げる。

「ただ、サピアの現在の手料理も気になる」
「あ、何か作るね――ええと、質素だけど」

 慌ててサピアは立ち上がると、食料庫へと向かった。パンとチーズ、その他には、ロビンに教えてもらって作るようになったピクルスがある。しかしせっかくルクスがいるのだから、少しは豪華にしたい。振り返ってお土産を見ると、固いベーコンが見えた。それを切ろうと決意し、続いて野菜を見る。馬鈴薯のスープも作る事が出来そうだった。

 こうしてサピアが料理を用意する姿を、幸せそうな表情で、ルクスは見ていた。
 その後、料理が完成し、二人は再び向き合って座った。

「うん、美味い」
「本当?」
「ああ。ロビンの味も嫌いじゃないが、お前が作ってくれたって思うだけで、俺にとってはこっちが最高」
「あ、有難う……」

 サピアは嬉しくなって微笑した。その表情に、ルクスは見惚れる。

「これを食ったら、俺は街に出てくる。夜、また酒場で会おう」
「うん!」

 こうして食後、ルクスは家を後にした。見送ってから、サピアはシャワーを浴びる事に決める。体を泡で洗いながら、体に点々と散るキスマークを見て、一人で真っ赤になっていた。それからお昼寝をした後、夕方になった時に気がついた。

「あ、今日はお休みだった……」

 すっかり忘れていた。そこで気がついた。ルクスの連絡先を知らない。

 ――酒場に行く以外では、会えないのだ。

「一緒に暮らしたら……毎日会えるのかぁ……」

 そう呟きつつ、一応サピアは、クロツグミへと出かける事にした。すると丁度、扉からルクスが出てきた所だった。

「サピア、丁度良かった。今日は休みだって忘れていたから、今から会いに行こうとしていたんだ。入れよ、ロビンは中にいるし、問題ねぇだろ」

 ルクスが歩み寄ってきて、サピアの手を取る。おずおずと頷き、サピアは中へと入った。するとロビンが優しい顔で笑っていた。

「今日は特別に開けるよ。二人が恋人になったお祝いに。たまには店員としてではなくて、この店をサピアくんも楽しんで」

 ロビンはそう言うと、カウンターの奥に消えた。照れくさくなりつつ、サピアはルクスを見る。

「ロビンさんに話したの?」
「おう。ダメだったか?」
「ううん。僕も、報告したかったから」

 今ではサピアにとって、ロビンは大切なお店の主人である。なのでルクスに対してそう告げた。それから二人は、並んで丸椅子に座る。二人の間には距離が無い。初日には、丸椅子が一つあったのだが。

「これ」

 ルクスが卓上に、銀色の鍵を置いた。それを見て、サピアが目を丸くする。

「新居の鍵だ。今夜からは、一緒にそこに帰ろう。引越しはあとでで良い。家具も服も用意した」
「ルクス……本当に? 服まで?」
「ずっとお前に、色々な服を贈りたかったんだ。絶対似合うと思う服、大量にあってな。日中は暇だったから、お前が店に来るまで、よく街をぶらついてて、その度にお前の事ばっかり考えていたから、着せたい服も溜まりに溜まっていたんだ」
「僕のサイズが分かるの?」
「その程度には、抱きしめさせてもらってる」

 ルクスの言葉にサピアが赤面した時、ロビンが二人の前に料理を置いた。賄いとはまた異なる豪勢な皿の数々に、サピアのお腹が鳴る。

 この日、ロビンは盛大に二人を祝ってくれたのだった。