【二十】部下としてではなく、(☆)





 僕はレガシーを連れて、よく接待で連れて行かれる料亭≪梟のミノワ≫へとやってきた。

 クラフト家からの出費とすると痛いが、僕たち二人だし、宰相府の経費として落としても良いと思うんだ。

「宰相閣下、またのお越しを、有難く思います」

 店主にそう言われたため、僕は氷のような表情を取り繕い、威厳たっぷりに頷いた。

「いつもの通り、品は任せた」
「かしこまりました」

 質の良い服を纏った支配人が退室していく。

 最高級の一室へと案内された僕は、慣れた仕草で(←此処は重要だ。慣れた仕草だ!)、荷物を側に置くと、座り心地の良い椅子に背を預けた。

「久しぶりに来たな」

 僕の正面に座りながら、レガシーがそんな事を言った。
 チッ、さすがは侯爵家の出だけはあるな。

 ここに顔パスではいる事など、この国では本当に一握りの人間しかできない事なのだ。大抵の場合、予約三ヶ月待ちである。要するにここに来られるだけでも、ステータスの象徴になるのだ。

「閣下って、スペーシア王国の料理、好きなんですか?」

 僕に尋ねてから、レガシーが控えていた店員に、「ナガスティの四十二年物」と酒を頼んだ。流石は侯爵家の人間であると改めて思わせられた瞬間だった。(高級すぎて、すんなり頼める人間なんてほとんどいないのである。と言うかその名前すら、知らない人間の方が多い)

「別に。レガシー侯爵家は、スペーシアと親交があると聞いていたからな、ただの配慮だ」

 僕がそう言うと、照れくさそうにレガシーが笑った。

「俺の好きなモノ、知っててくれたんですね」

 当然だろう。リサーチを怠らないのが僕だ!

 ちなみに、この大陸には、我が国クロックストーン王国の他、スペーシア王国、カラーズ王国、そしてアシュタロテ帝国の四カ国が存在する。創世神話における、時間・空間・色彩・混沌よりそれぞれ生み出されたという伝承在る国家だ。

「それで、レガシー」

 一通りの料理が運ばれてきて、互いのグラスが琥珀色の液体で満たされたのを確認してから、僕は口を開いた。昼間から酒を飲むというのもどうかと思うが、たまには良いだろう。僕の統計的に、レガシーは酒を飲むと口が軽くなる傾向がある。

「は、はい」
「貴様の望みとは何だ?」
「ぶ」

 僕の言葉に、レガシーが酒を吹き出しそうになった。汚いな!

「これから多忙になるし、だから今、言ってやろう。我輩は、我輩なりに、貴様に感謝している。レガシーがいてくれたおかげで、大分仕事が楽になった。それだけじゃない、貴様が淹れてくれる珈琲は美味い。本当に息抜きになる。この際だからな……我輩は、貴様が側にいてくれる事を、本当に嬉しく思っているんだ」

 琥珀色の液体を舐め、舌でアルコールを飛ばしながら、僕は告げた。
 実際それは、相応に本心だった。

 これまでいかに出世し周りを蹴落とすかに尽力してきた僕にとって、僕を暗殺しなくなったレガシーというのは、初めて僕が得た腹心の部下といえる。

「閣下……」

 僕の言葉に、レガシーが虚を突かれたように顔を上げた。
 焦げ茶色の瞳に、光が映り混んでいて、何処か潤んでいる。
 うむ、見目も中々悪くない。

 そのうち僕が派閥を構築したら勢力を広げるために、婿養子としてそれなりの家柄に押し込んでくれようではないか!

「だから、貴様の願いの一つや二つくらい可能ならば、叶えてやろう。言ってみろ」

 僕はニヤリと笑った。
 気分が良い。
 口角を持ち上げ、ポカンとしているレガシーを見据える。

「……したい」
「なに?」

 掠れて聞こえなかったレガシーの声に首を傾げる。
 すると真っ赤な顔で俯き口を噛んだレガシーが、それから意を決するように僕を見た。

「あんたと……ヤりたい」
「……は?」

 しかし響いた言葉に、僕は思わず笑顔を引きつらせた。

「好きなんだよ、どうしようもなく」

 レガシーはそう言うと席を立ち、僕の隣へと歩み寄って座った。
 近い、近い、近い!
 呆気にとられて唇を振るわせていると、レガシーが急に僕に抱きついた。

「人払いしてくれ」
「御意」
「は?」

 レガシーが命じると、すぐ側にいた店員がいなくなった。
 ちょっと待て、ちょっと待て、それは一体どういう事だ!

「ま、待ってくれ。すぐに帰るから!」
「宰相閣下、申し訳ございません、ここはレガシー侯爵家の庇護を受ける店舗ゆえ」

 店員はそれだけ零すといなくなってしまった。
 ピシャリと閉まった扉の音が哀しい。

「いや、あの、レガシー……?」
「後悔するなって言ったよな? 俺の望み、叶えてくれるんだろう?」
「だからそれは昇進とか――」
「いらねぇよ、そんなもん」
「は!? じゃあ何か貴様、副宰相や、宰相補佐官になりたかったんじゃ……?」
「違う。あんただけが、欲しかった」

 レガシーはそう言うと、僕の体を押し倒して、深々と口を貪った。

「ンっ」

 抵抗しようと藻掻いた瞬間、僕の口からは熱い吐息が漏れた。なんでだよ!

「ちょ――ふざけるな! 触るな……っぁ」

 無理に服をはだけられて、内側に、レガシーの手が忍び込んでくる。

「っ、ん!!」

 唐突に胸の突起を左右同時に摘まれて、僕の背がしなった。
 電流が走るように、甘いしびれが広がっていく。
 いやいやいや、本気でちょっと待て。何だこの流れは!

「……っ、いい加減にしろ、レガシー」
「無理。だってあんたさ、こうでもしないと、みんながどれだけどんな目で自分の事見てるか分からないんだろ」
「は!?」
「好きなんだよ。好きって言ったよな」
「だから我輩はそれ程気安く触られる体などしていないと――っんぅ、ぁ」

 首筋に深く吸い付かれて、僕はきつく目を伏せた。
 こんなレガシー、知らない。
 若干怖さを覚えて目を開くと、自然と涙が浮かんでいるのを自覚した。

 そんな僕の耳をゆるゆるとレガシーは撫でてから、苦笑した。

「いつも余裕そうで、なのに隙だらけで無防備で。俺の忍耐ためしてんのかって本気で思ってた。違うんだろうけどな、それが素なんだろうな。じゃなきゃ、あんなに誰に対しても無防備なはず無いしな」
「レガシーっ、おい、止めろ!!」

 気づけば服の前をはだけられ、形の良いレガシーの手に陰茎を緩やかに握られていた。

「っ、ぁ」

 緩慢な仕草で刺激される度、肩が震える。
 コレは、駄目だ。
 僕は、杖を呼び出そうと、右腕を持ち上げた。

「っ!!」

 しかしその手首を捕まれ、レガシーに床へと押し付けられる。

「ひ、ァ」

 そのまま乳首を噛まれ、思わず僕は目をきつく伏せた。
 じわじわと痛みとも悦楽とも着かない熱が、体を支配し始める。

「や、やめろっ」
「それは本心ですか?」
「は!?」
「そんなに隙だらけなのって、本当は誰かにこうされたかったんじゃないのかよ?」

 レガシーが笑った。余裕たっぷりであろうとしたのに、失敗したような、苦しそうな顔で。

 僕は快楽がもたらすせっぱ詰まった感覚と、現実理解の狭間で、どうして良いのか若干分からなくなる。

「僕が、コレを望んでいた?」

 ただ理解できたレガシーの言葉を復唱して――……僕は気がついた。
 それは、無い!

「離せ!」
「嫌だ」
「離っ、んぁぁ」

 ゆるゆるとレガシーに扱かれ、僕は体を震わせた。
 だがふざけるな、こんな事を望んでいるはずがないだろうが!

「閣下……」
「っ、ぁ……はっ、く……」
「俺の望みは、あんたとヤる事だ。叶えてくれるんだろ? イれさせ――」
「できるかぁぁぁぁぁ!!」

 僕は全力で体勢を立て直し、杖を出現させて、レガシーに突きつけた。

「時神の導き、風の精霊よ応えよ、≪ウィンドティアー≫!!」
「!」

 僕の攻撃に、息を飲んだ後、レガシーが吹っ飛ばされた。
 全くやれやれ。なんて事だ。
 僕の魅力も困った物だな!

 肩で息をしつつ服を直した僕は、レガシーを睨み付けた。

「あのな、貴様、世の中にはやって良い事と悪い事が存在するんだぞ!」
「ぐ」
「今日の事は水に流してやるが決して忘れないから、今後、俺の下僕としてしっかりと働け!」

 僕はきっぱりとそう宣言すると、舌打ちしながら、杖を下ろした。

「はっきり言うが、強姦は犯罪だ!」
「……強姦……ちょっとは良い雰囲気だっただろう!?」
「貴様の気のせいだ!」
「ああ、もう、なんでこんなっ」

 レガシーが体を起こしながら、嘆息する。

「……けどな、俺がそう言う意味で閣下の事好きだって言うのは、伝わったよな?」
「……頭がどうかしている」

 僕は憮然としてそう告げてから、溜息をついた。

「貴様、本気で我輩と寝たいのか?」
「ああ」
「何故だ?」
「いつも無表情のその顔を、俺の前でだけ変えたい」

 要するにレガシーは変態という事だな!
 僕ははっきりと把握した。よし、仕事が一段落したら、左遷してやろう。