【一】伝説の勇者パーティにいた最強の魔術師の杖を、僕は持って生まれた。
この世界に生を受けた僕は、生まれながらにして”死神の鎌”と呼ばれる最強の杖を所持していた。生まれ落ちた僕の隣に、サラッと出現したらしきこの杖は、『伝説の勇者一行の最強の魔術師の杖だった』という伝承を持っていたらしい。
奇しくも、魔王が復活して早三十年(くらい)――ただでさえ困っていた世間は、僕の存在に大注目だった。王妃様の出生家であるナイトレイ伯爵家で、跡取りとしてヌクヌクと育てられるはずだった僕の運命は、この時から思えば狂っていたのだろう。
幼い頃から、魔術の修行三昧だった。
本来、貴族は騎士団にでも所属しない限りは、危険から遠ざかって生きる。
なのに僕は、獅子が我が子を崖から突き落とす感覚で、幼少時から魔王軍が襲って来る村に放り込まれては、戦わせられた。
僕が勝利した時、人々が喜ぶのは、決して僕の生還ではない。
『村が救われて良かった……!』と言う。大体の場合、
『さすがは伝説の勇者パーティの最強の魔術師様の生まれ変わり!!』と、続ける。
悪いが、生まれ変わりか否かすら、僕には不明だ。
それでも、周囲から期待して育てられたし、それが自然だったから、僕は我ながら頑張ったと思う。元々最強の杖を持って生まれはしたが、使い方を覚えたのは、紛れもなく僕自身だ。はっきり言って『持って生まれたんだから使えて当然』等とほざく輩を、僕は白い目で見てしまう。僕は努力したのだ。自負がある。
――いつか。
僕は、魔王を倒す旅に出るのだろう。
そう考えながら、僕は生きてきた。みんなのために、この国のために。
自分を犠牲にしてでも、悲惨な被害を発生させる魔王を倒したいと願っていた。
魔王配下の魔族の襲来のせいで、田畑は寂れ、廃村も増えた。
各地を異常気象が襲い、本来この大陸には存在しなかったような魔獣が溢れている。
僕の力で、それらを抑えられるならば――……そんな、一抹の希望。
人々は、勇者の出現を願っていた。僕も含めて。僕という存在が生まれた以上、同じように他の、過去に魔王討伐に成功した勇者パーティの人々の武器を扱える人間がどこかに現れるはずだという希望。
伝説の勇者達の武器の中で、所在が分かっているのは、三つだ。
一つは、僕の国であるリレーラ王国の王家の宝物庫にある。
勇者パーティの中にいた当代の王族、今から遡る事三百年ほど前の国王陛下が、王子殿下だった御代に出現した魔王討伐のために、王族が用いた”弓”だ。
僕の従兄にあたる第二王子殿下は、生まれた時から、僕同様、弓技術を叩き込まれて育っている。しかし第二王子殿下のアルクス様は、仮にも王族なので、僕のように最前線に放り込まれるような事はなく、現在までお過ごしになられている。
二つ目は、大陸全土の八割が信者である、ユーレイス神聖教の総本山――ユーレイス大聖堂に安置されている。伝説の勇者パーティにいたとされる神聖回復魔術専門の大神官様の遺品である。聖遺物として、元々は巡礼客に親しまれていたらしい。だが、話によると、次期法王候補の、僕と同い年のマスティス大神官という生え抜きの神聖回復魔術師が、大神官の十字架を手に持つ事が出来たそうで、現在激しく修業中であるらしい。あまり神官の話は外部に漏れてこないから、詳しい事は知らないが。
そして、三つ目。
伝説の勇者パーティ――そう呼ばれる”勇者”その人の武器である、剣。
伝説の魔術師パーティでも、伝説の弓師パーティでも、伝説の神官パーティでも無いのは、全員が『勇者(=勇気ある者)』だったからではない。伝説の勇者とその同行者と称しても良かったほどに、魔王討伐に成功した剣士は、強かったらしいのだ。その者こそが、伝説の勇者とされ――彼の人の出生地である、小さな村に、ズブっと聖剣が突き立てられている。
その伝説の剣を抜けし者こそが、伝説の勇者の再来である。
聖剣もまた、勇者を選ぶ。
そんな逸話と共に、現在『伝説の勇者の出生地』として観光事業を行っている、コンテニュラ村に、三つ目にして一番偉大な武器が存在している。
毎日のように、引き抜くべく、各地から剣士が訪れ、手をかけている。
しかし抜けないそうだ……。
この聖剣が抜けた時こそ、僕を含めた新生勇者パーティの旅立ちの時となる。
早く剣が抜ける事を、僕は祈っていた。
なお、伝説の勇者パーティは、全部で六名だったそうで、僕以外にも二人程、武器を所持して生まれてきている人間がいると考えられている。一つは、槍。一つは、盾。そのはずなのだが……今の所、発見されたという知らせは聞かない。
――大陸全土に激震が走ったのは、僕が十八歳の時の事だった。
なんと、伝説の勇者の出生地であるコンテニュラ村において、伝説の聖剣が、引き抜かれたのである。大陸新聞にも各国の新聞も、この一大ニュースで染め上げられた。
引き抜いたのは――……灯台下暗しとでも言うのか、コンテニュラ村で生まれ育った若者(二十三歳)。あんまりにも身近すぎて、これまで試した事すら無かったらしい。新聞には、『周囲の勧めで手をかけてみました』と書いてあったが、僕のナイトレイ伯爵家密偵の調査によると、実態は異なるようだ。
その人物――新勇者となった、ライト青年は、非常にやる気が無い、日雇い職で適当に観光や畑仕事の手伝いをしてギリギリで生きている、最近社会問題になっている脱力系フリーターだったのである……。その日食べるもののお金と、その月の家賃が稼げれば、あとは働かなくて良いという信念の持ち主だというのだ。
俗に言う、ダメ人間。
彼の両親祖父母もそうして生きてきたようで(先駆者だ)……「えっ!? まさか!? 嘘でしょう!?」というのが、周囲の反応だったらしい。
しかし。
彼は、剣を引き抜いたその日から、僕らにとっての救世主となったのである。