【七】闇堕ちした僕は、勇者様の○○を叩き潰す!




 そんな愛情に満ちた生活は続いているのだが――勇者達の旅も、新聞を見る限り続いている。やはり、民衆感情もあって、魔族への恐怖、魔王への畏怖、嫌悪、そう言ったものを抱く人間は多いようだ。勇者親派は、まだまだ多数いる。

 ――僕を雑用係とし、何もかもやらせて、性処理までさせた、勇者パーティの三名。

 余裕が出てきた今、振り返ると、正直頭にくる。
 何故僕は、あんな目に遭わなければならなかったのだろうか?
 僕が一体何をしたというのか?

 裏・大陸新聞に勇者達の悪口が踊る度、もっと糾弾されろと思ってしまう僕がいる。
 僕は、彼らを許せそうにない。僕の中にこんなにも醜い感情があるというのも、最近まで知らなかった。知ったのは――愛する魔王が、「復讐せぬのか? 望むならば、手伝うぞ」と、お茶の時に言ったからだ。魔王は、色々な調査により、素知らぬふりをしていただけで、僕が勇者パーティで性処理を担当していた事まで知っていたらしい。というか、調査せずとも新聞にまで出ていたのだが……。

 復讐、か。

 敵であったはずの魔王の言葉だ。
 魔王が勇者を倒すというのだから、これは、最初に立ち返れば、観点が逆転しただけで、同じ事だ。そもそも勇者と魔王は戦う運命だったのだから。違うのは、勇者パーティのメンバーであったはずの僕が、魔王を倒すのではなくて、魔王側で勇者を討伐する側に回る……という、流れである。僕はまだ、迷っている。魔王を完全に信用しきれていないというのもあるが……仮にも一時期は旅をした仲間だ。だがその旅の内容を思い返せば思い返すほど、怒りがふつふつと湧いてくる……。

「魔王……復讐心は、何も生まないと僕は思う」
「――そうか?」

 僕の言葉に魔王が首を捻った。

「気が晴れるであろう」
「え?」
「我は、胸がすく思いになると感じるが?」
「え、ええと……そ、そう?」
「そうだ。やるならば、徹底的にやらねばな。我は、我や身内を害した者を決して許さぬ」
「――て、徹底的って、例えば?」
「ふむ。同じ目に遭わせてやるのも悪くはないが……」

 その言葉に、僕は腕を組んだ。魔王城で、一生下働きをさせたりするという事だろうか……? 近くにおいて顔なんか見たくない、と、まず思った。それから、彼らには雑用能力が無いから、それが端緒として僕がやる事となったのであるし、余計な混乱しか招かないと判断した。

「奴らを性奴隷に突き落としたとしても、面白味に欠ける」

 魔王の言葉に、僕は息を飲んだ。その発想は無かったし、考えただけで、恐ろしい。さすがに可哀想だ。体験した(?)僕だから分かるが、辛い日々過ぎる。

「すぐには死ねぬ呪いをかけて拷問の限りを尽くしても良いが、我は痛みを伴う甚振り方もあまり好かぬ」
「ぼ、僕もそういうのは……」

 血を見たりしたら、可哀想過ぎて、止めに入る自信がある。

「評判を地の底にまで落とし、存在を蔑まれる程に、手を回して貶めても良いが、インパクトに欠ける」
「ま、待って。それ、地味に辛すぎるから!」
「――人間とは、繊細な生き物であるな。ならば、裏・大陸新聞とやらに、ある事無い事書かせてやるか?」
「止めてあげて! 可哀想すぎる!」

 僕は全力で首を振って、止めた。すると魔王が微苦笑した。

「そなたは優しいな」
「……そ、そう? 復讐したいってどこかで思ってるし、現状だけでも十分、ざまぁみろってどこかで思ってしまっているし……僕って冷たくて汚い人間だと思うんだけどな……」
「どこが? 当然であろう。我とは価値観が違うな。我がそなたであったならば、今頃生かしては……おく、か。生きながらにして、死ぬより辛い毎日を経験させている事であろうな」
「まぁ、魔族と人間だし」
「――魔王と、一人の心が綺麗な人間、が、正しかろう。誰にとてある些細な悪意を、汚いと口にするのだから」

 そう言うと、魔王が僕の横に立ち、静かに僕の頭を撫でた。それから抱きしめてくれた。人間よりも体温が低いのに、温もりを感じた。

「ううん。僕、闇堕ちしてる自信がある。昔なら、復讐しようなんて絶対に考えなかった」
「――快楽堕ちでは、無いのか?」
「っ、な、なんでそう言う事を――」
「そなたの体だけでも手に入れたかったからだ。今は、心が欲しくてならぬ」
「僕はとっくに魔王の事を、その……」
「その?」
「……好きだよ」

 僕が小声で言うと、魔王が腕に力を込めた。厚い胸板に額を預け、僕も魔王の背中に腕を回す。しばらく二人で抱き合った。

「して、どうやって勇者に復讐する?」
「うーん……勇者を叩き潰す、には……伝説の勇者様の再来……勇者は、魔王を討伐した場合は、各国からの報奨と、僕の生まれた国の姫君との結婚が決まっているんだ。だけど、失敗した場合って、どうなるんだろう……?」
「一般的には、失敗とは即ち我=魔王に敗北する事なのだから、死ぬのではないか?」
「あ、なるほど……お墓逝きだから、特に何も定められてないのかぁ」

 そう考えると、呑気に見えたが、勇者だって生死を賭けているんだなと思ってしまう。それなのに、惨めな思いをさせたいと、どこかで思ってしまう僕がいる。

「どうしたら良いんだろう……僕、考えてみると、復讐というより、もう僕みたいな被害者が出ないようにしたい気がする」
「――ふむ。では、こういうのはどうだ?」
「何?」
「ヤりたいのに、一生ヤれない体とする。性行為に及ぼうとすると、相手の姿が全て醜い魔獣に見えるようになってしまい、萎える呪いをかける」
「――!!」

 そんな呪いがあるというのも衝撃的だったが、それは良いと僕は思った。
 闇堕ちしている僕は、勇者様達の陰茎が勃ち上がっても、都度叩き潰すかのような呪いをかけてもらう事に決めた。僕が大きく頷くと、ニヤリと笑って魔王が呪いを発動してくれた。以降、鏡で何度か効果をチェックした。魔王の魔力の中では、僕達が用いていた盗聴・盗撮防止の魔術なんて、無いに等しいようだった。

『ぎゃ――!!』

 悲鳴を上げて、勇者が襲っていた村人から離れた。最近では、勇者達は行く先々で、露見するのも構わず、村人達を手篭めにしていたらしい……。続いて、殿下や神官の悲鳴も続いた。

「どうだ?」
「うん。良い感じだと思う」

 こうして、僕は勇者達に復讐を果たした。
 その年――僕は、魔王の卵を産んだ。愛を育みながら、今も魔王と暮らしている。




【完】