【一】黒薔薇の刻印(※/★)
手を引いて、ひたすら走っていた。
それは仕事だったからじゃない。ただ、守りたかったからだ。呼吸が苦しくなり、胸が熱くなっても、俺は小さな手を引いて、ずっと走っていた。
闇夜、太い木の根を踏んだ時、ミネスが転んだ。つられて俺も足を縺れさせる。ミネスはまだ、五歳だ。俺は、十三歳。八歳も年上だというのに、このままでは守ってやれない。母様と約束したはずなのに。絶対にこの幼い弟を守り抜くと。
「立て」
「足が……痛いよ……ネルス兄上……もう走れない」
「いいから立て」
無理にミネスの手を引き、俺は歩みを再開した。後方からは、追っ手の気配がする。何人もの敵兵達が、俺達を探している。
俺達が生まれたこの樹の国の王宮が襲撃されたのは、三時間ほど前の事だ。俺は、父王陛下の首が落とされた所も、母様が拘束された所も、どちらも見た。何も出来なかった。ただミネスの手をギュッと握っていただけだ。
王宮からの秘密通路を抜けて、地下からこの闇夜の森に逃れたのは、それからすぐだ。通路自体もすぐに発見されて、嫌な靴音が俺達を追いかけてきた。鎧が軋む音、剣の音、どちらもいまだ耳の奥で残響していて、現実のものと交わっている。
「いたぞ!!」
その時、声がかかった。ビクリとして振り返ると、そこには何人もの甲冑姿の敵兵がいた。ダメだ、早く走り抜けなければ――殺される。俺は無理にミネスの手を引いた。すると足を痛めているらしいミネスが、再びバランスを崩した。思わず幼い手を離す。敵兵が走ってくる。ああ、ダメだ。このままでは、死んでしまう。ミネスも、俺も。
「ッ」
思わず顔を歪めた。俺、一人ならば。走る事が出来る。
ミネスを見ると、ボロボロと泣きながら、俺を見上げていた。
――俺は、弱い。
ギリと奥歯を噛んで、恐怖に飲まれた俺は、そのまま踵を返した。
「兄上!」
「……」
「兄上、待って」
そのまま俺は、一人で走り始めた。兎に角、死ぬのが怖かったのだと思う。俺は、ミネスを見捨てる決意をしたのだ。母様との約束は、守らなかった。そこからは、真っ直ぐに走った。森の中を兎に角走る。走りながら、ミネスの首が落とされる姿を脳裏に思い浮かべ、何度も振り返ろうとした。だが、怖くてそれも出来ない。いつまでも、いつまでも、ミネスが俺を呼ぶ声が、耳の奥にこびりついている。
森を抜け、俺は国境付近にたどり着いた。あとは、砦の先へ行けば、同盟国である隣国への道がある。助かる――そう思った時だった。
「止まれ」
ピタリ、と。俺の背後から、首筋に冷たい刀身の感触がした。硬直した俺は目を見開き、ただ冷や汗だけが垂れていくのを実感していた。
「ネルス第二王子殿下か」
「!」
名を呼ばれ、震えながら視線だけで振り返る。すると歩み寄ってきた敵――父王陛下の首を落とした張本人である火の国の将軍、ベリアスの姿がそこにはあった。闇夜のような瞳をしていて、口角を持ち上げて俺を見ていた。捕まった。もう終わりだ。ミネスを見捨ててまで逃れようとしたのに、ここで俺は死ぬのだ。
「なるほど、樹の国一の美姫と歌われている第二王妃の子息だけはあるな」
「……」
恐怖で指先までもが凍り付く。震えていると、ベリアス将軍が喉で笑った。剣を引いた将軍は、俺の顎をグイと持ち上げると、残忍な顔をして笑った。纏っていた外套を剥がれ、草むらに引き倒されたのは、その時の事だった。ぶつけた後頭部の痛みと、殺されるという恐怖に息を呑んだ時、リボンを解かれ、強引にシャツを開けられた。
「たまには少年も一興か」
獰猛な目をしたベリアス将軍が、俺の首筋に噛みついた。恐怖で凍り付いたままの俺の乳首を、ベリアス将軍がギュッと摘まむ。その刺激に、俺は更に震えた。何をされるのか、すぐに理解した。
「嫌だ、やめろ」
「抵抗しろ。その方が犯しがいがある」
「あ、ああ!」
下衣の上から陰茎を覆うように掴まれる。閨の講義は、まだ座学しか受けていない。他者にその場所を触られた経験が、俺には無かった。そのままあっさりと下を脱がされると、夜風に下腹部が撫でられた。ねっとりと俺の胸を舐めたベリアス将軍は、片手で俺の陰茎を擦り始める。恐怖と混乱で、俺は涙ぐみながら、何とか押し返そうと試みる。
「ひ、嫌だ」
俺の太股を持ち上げたベリアス将軍は、その側部を舐めてから、残忍な目をしたまま、片手で己の下衣を脱ぎ去った。そして――。
「――うあああああ!」
一気に慣らすでもなく、俺の後孔に凶暴な肉茎を突き立てた。押し広げられる痛みを覚えた時、血が出たのが分かった。強引な挿入で、俺の体が傷ついたのだ。その血を潤滑油代わりとするように、ぐっと奥深くまで、ベリアス将軍が体を進める。引き裂かれるような痛みに、俺は仰け反った。熱く硬いものが、俺を穿っている。
「きついな。そう締めるな」
「いや、いやだ、ああ……うあああ」
抽挿が早くなる。その度に、血がぐちゃぐちゃと音を立てる。強烈な痛みに、俺は号泣した。息が苦しい。
「ひ!」
その時、グリと太い先端で、内部のある一点を刺激された。その瞬間、頭が真っ白になった。ジンと全身に、見知らぬ感覚が広がる。
「ここが好きか。こんな風に乱暴にされても感じるのか」
せせら笑うように言われ、俺は首を振りながらボロボロと泣いた。だが、残酷な現実として、そこばかり突き上げられる内、俺の陰茎は反応を見せた。
「あ、ぁ……ああ……」
「あと数年もすれば、更に色気も増すのだろうな。その泣き顔、気に入ったぞ」
「ひ、ぁ、ゃァ……そ、そこ、嫌だ、あ、あああ」
喉が震える。すると律動が緩慢になり、ギリギリまで引き抜かれては、感じる場所をゆっくりと突き上げられるという動きに変わった。そうされると射精欲求が募り始める。明確にこの時、俺は出したいと感じていた。自慰ですらまだ数えるほどしかした事の無かった体が、開かれていく。全身にびっしりと汗を掻いた俺の髪が、こめかみに張り付いてくる。
「ああ!」
その時、ベリアス将軍が俺の乳首を吸った。その衝撃で、俺は果てた。ギュウギュウと将軍の肉茎を締め上げてしまう。するとクッと喉で笑われた。
「気に入った。気に入ったぞ。此度の報償には、お前を貰い受ける事とする。楽しみにしていろ」
「あああああ!」
激しく動いて、そのまま俺の中にベリアス将軍が白液を放った。ガクンと俺の体が跳ねる。すぐに陰茎を引き抜いた将軍は、俺を抱き起こすと、鎖骨の少し上に吸い付いた。
――その時だった。
「え?」
ジンと、何かがその箇所から入り込んできた。虚ろな瞳を自分の肌へと向けてみれば、そこには黒い薔薇の模様が広がっていた。なんだ、これは?
「黒薔薇の刻印を残した。火の国の魔術だ。これがある限り、お前は俺の玩具だ」
「黒薔薇の刻印……?」
「所有物だと宣言する魔術だ。以後、俺がその魔術を解くまで、お前は俺に逆らう事は出来ない」
ぐったりとした体と曖昧になってしまった意識で、俺はその言葉を聞いていた。
ツと、眦から涙が零れていく。
――これが、俺の囚われた契機だった。