【八】人形と生贄(★)
翌日は、ずっと眠っていた。エガルは、俺には手を出さなかった。
そしてここへ来てから三日目、エガルは俺に食事を与えると、再び寝室へと俺を誘った。熱の抜けた体は軽く、俺は逆に不思議な気分になってしまった。
「エガル……俺は、これからどうなるんだ?」
ポツリと尋ねると、ローブを脱ぎながら、エガルが俺を見た。
「それは、体の話か? 未来の話か?」
「両方だ」
「体は快楽には弱くなっているが、もう生娘と変わらない程度には戻っている」
「……」
「性奴である生贄の未来は単純だ。俺の手で魔力を塗り込めた後、風の国の神に捧げる」
そう述べてから、エガルが俺に歩み寄り、ポツポツとシャツのボタンを外し始めた。されるがままになりながら、俺は上手く咀嚼出来なかったから、首を傾げる。
「風の国の神?」
「概念だ。さて、今日は乳首だけで果てる練習だ」
「……」
寝台に促された俺は、後ろから乳首を摘ままれた。いつもならば――それだけですぐに果てるはずだった。だが、この日は違った。いいや、この日から違う事になったのだ。
「あ、あ、ああ……あ、ダメ、ダメだ、ダメぇ、イきた、イきたい」
俺は噎び泣いた。出せないのだ。本来、乳首を嬲られただけでは、当然果てられないのだろう。そんな俺の胸を弄びながら、エガルが言う。
「風の国の神は、特に胸の突起が好きだという話だ」
「ああ!」
それでも何度も擦られる内、そそり立った俺の陰茎から、白液が飛び散った。この夜は、ずっとそれを繰り返された。俺は懇願した。
「頼むから、挿れてくれ、あ、あ、お願いだから」
「魔術を塗り込めるにも順番があるんだ。しかし冒険者が聞いて呆れる体だな。このように貧相で、よく旅立つ気が起きたな」
「あああ!」
「しかししなやかでそれなりに背丈もある体躯だ。まだあどけなさが残っているが、それが逆に清艶でもある」
ポロポロと俺は泣いたが、この日エガルは挿入してくれなかった。
乳首を嬲られる日々は、それから一週間ほど続いた。この大陸には、七日間で一週間とする数え方が存在する。時計の針が十二を二回巡り、二十四時間の時が経過すると一日となる。今は秋だ。俺が弟の手を離してしまったのも、秋だった。
――俺に魔力を込めると述べて体を暴く時以外、エガルは俺を人間扱いしてくれた。それもあって、俺は不思議と出て行く気にはならなかった。エガルとの日々は、ある側面では穏やかだったのだ。
陰茎を挿入されたのは、その月の満月の夜の事だった。月が満ちると、俺の体は熱くなるように変わったらしい。それでも、以前よりはずっとマシだった。
「ぁ……ァ……」
「どうだ? 性奴の暮らしは、悪くないだろう?」
エガルの首に手を絡めて、俺は無意識に頷いた。過去の数年間の屈辱を思えば、穏やかに思える。エガルはいつも俺の体を丁寧に解しては、優しく抱く。俺はエガルの体温に溺れ始めていた。
「あ……動いてくれ」
「そうだな」
俺の要求に、エガルは応えてくれる。激しいと言えば優しい動きに変わり、もっととねだれば、激しく貫いてくれる。エガルに抱かれていると、まるで夢を見ているように、いつも意識の輪郭がぼやける。
「フ、ぁ……気持ち良い……」
「ずっと浸っていろ」
「ん、ン……あ、エガル……う……ッ、ン」
「汚れもだいぶ落ちてきたな」
エガルが俺の中に放つ。するとやはり体に何かが染みこんでくるようになった。俺は穏やかな心地のままで、意識を手放した。それは微睡むような感覚だった。
――次第に、俺は何も考えられなくなっていった。
それは、過去のような快楽由来の意識の不明瞭さとは、明確に異なっていた。
いつしか俺は、エガルの言葉に全て頷くようになり、気づけば人形のように変わっていたのだ。そう自覚したのは、ぼんやりとスープの皿を見据えていた時だ。エガルが笑った気配を感じた時だ。
「落ちたか。そろそろ贄にする頃合いだな」
「……」
「連れて行くぞ、神殿に」
俺はぼんやりとその言葉を聞いていたのだが、エガルと離れる事になると直感して、僅かに理性を取り戻したのだ。嫌だ、ここにいたい。この穏やかで――何も考えなくて良い場所に留まりたい。
「いや……嫌だ……俺は……」
「言っただろう? すぐに気が変わると」
「……あ」
「もう性奴と成り下がっている。俺の言いなりだ。お前は、もう人格など無いに等しい」
その後俺は、魔法陣の上に連れて行かれ、手を握られた。
瞬間、まばゆい光に飲まれ、気づくと見知らぬ場所にいた。
豪奢な宮殿のような場所なのだが、室内であるというのに樹と噴水があった。
「では、な。もう二度と会う事は無いだろう」
エガルはそう言うと姿を消した。俺は朦朧とした意識のままで、そこに立っていた。
すると、不意に扉が開いた。やはりここは、室内なのだろうとは思う。
入ってきたのは、黒い片マントを羽織った青年だった。
「新しい贄か。名前は?」
「……あ……」
「言葉まで失うほど人格を抜かれたのか?」
「名前……俺は……」
必死で俺は思い出した。
「ネルス」
思いのほか小さな声になってしまった。だが、名前を名乗った瞬間、手の甲の青い魔法陣が光を放った。それを見た青年が腕を組む。
「さすがはエガルだな。ほとんどの魔力も抜いてあるようだ。これは神として喰らう時、具合が良さそうだ」
「……」
「私は神の代理である、この国の第一王子だ。どこの国も、王族は神の血を宿している。私はそれゆえに、風の国の神と名乗る事を許されている」
歩み寄ってきた人物を見て、俺は漠然と思いだした。嘗て、幼少時、風の国は敵国では無かったから、王族同士の交流が持たれた事があるのだ。その折、第一王子殿下はいたはずだ。確か名前は――フェルだったと思う。
「ん? 何を考えている? 思考が残っているのか? エガルの人形にしては珍しいな。そこまで強い魔力があるのか――ああ、いや、黒薔薇の刻印が最低限の思考を維持させているのか。刻印を受けた者を贄とするのは初めてであるから、こちらも興味深い」
俺が顔を上げると、優しい笑みを浮かべたフェル殿下が、正面から俺の肩に手を置いた。そして顔を近づけると、唇が触れ合いそうな距離で俺を見た。
「人はモノを考える時、気配の色が変わるんだ。その癒やしのような緑の色は、樹の国の縁者か? 滅んで久しいが」
「滅んだ……っ」
「――その顔、既視感があるぞ。どこかで……ああ、そうか。樹の国の第二王妃殿下に似ているな。まさか、瓜二つと言われていた……そういえば、かの国の第二王子殿下の名前もネルスだったと記憶しているが……ネルス? お前は……っ、本人か?」
その時、フェル殿下の顔色が変わった。俺の肩を強く掴むと、眉間に皺を寄せる。
「生きていたのか? 樹の国の神の血統が」
「……」
答えて良い問いだとは思わなかった。だから俺はゆっくりと瞬きをするだけにした。
「まさか、神の血を貪れる日が来るとは」
フェル殿下の笑みが酷薄なものに変化した。その瞳がギラついている。
直後、フェル殿下の瞳が、まるで炎のように変化した。それを目にしたのとほぼ同時に、俺は首に噛みつかれた。鈍い痛みが走る。服の上から、俺の乳首を摘まんだ殿下が、残忍な瞳をした。まるでベリアス将軍に初めて暴かれた時のような恐怖が、瞬間的に俺の体を駆け抜けたが、俺の思考がついていかない。逃げなければと思ったのに、理性が『その必要は無い』と、まるで俺に言い聞かせるように囁いてきたのだ。
そのまま俺は、噴水の前で押し倒された。