11:校外学習の計画から一日目
校外学習は二泊三日の日程で行われる。
一日目は、教皇宮でゼーレに祈りを捧げああと、船に乗る。それから二時間ほど揺られた場所にある"サリュケス"という島に行くのだ。サリュケスは、嘘か誠か《大異変》から生還したとされる聖なる島で、今では行楽地となっている。学術的な注目度も高い。そこで一泊した後、二日目は班ごとにどこを回るか決めて自由行動となるのだ。本来教員は、抱える複数の班を巡回するものだが、こと魔術かに限ってそれはないし、そもそもが護衛であるラファエルが移動することもないだろう。三日目は、神学校が決めた、ゼーレの小路とよばれる神殿群を周り日程を終了して船で帰路につく。
問題は二日目である。
本日は二日目の見学先を決定するためにエルとコール……そしてラファエルが、滅多に使わない魔術科の教室にいる。魔術科は野外授業が多いのだ。
ローブの奥で汗ばむのを実感しながらも、気作るかは手を握りしめた。
ーー己は教師だ。
護衛をしているラファエルを一瞥すれば、後ろの壁に背を預け、面倒臭そうにこちらを見ていた。一方、エルとコールは嬉しそうにガイドブックをめくっている。
ーー仕事と過去は割り切らなければ。
何度も何度も己にそう言い聞かせ、ルカはチョークを握る。
「候補は上がった?」
「水をワインに変えた聖人を貫いた槍が見たいです」
手を上げたエルの言葉に、静かにルカが頷く。
「ロンギヌスの槍だね。その博物館には、《大異変》前の様々な聖遺物があるよ」
現在のゼーレ信仰につながる古代の宗教だから、見て損はないだろう。
「シルビア君は?」
「僕は絵画が見たいです、コレとか」
コールの差した本には受胎告知などの名画が乗っていた。中でも最後の晩餐が目を引く。こちらも宗教関連芸術であるから、一度は見ておいて損はない。
原始宗教を学ぶことは、神聖術を学ぶ上ではもちろん、魔術を学ぶ上でも大切なのだ。
「じゃあその二箇所を中心に散策しようか」
ローブの奥で柔和な笑みを浮かべルカが言う。生徒が熱心になると嬉しくて、彼もまた熱くなってくる。歩み寄って二人が広げているガイドブックを覗き込んだ。
「いいのではありませんか」
しかし。
ラファエルのその声が響いた瞬間には、反射ん的に黒板まで後退し、こわばる体を背後に預けていた。目にも留まらぬ速さがあるとすれば、まさしくそれだろう。
黒い髪は汗で張り付く。
もともと汗を書きやすいわけではない、純粋な恐怖からだ。
「……先生?」
「っ、え、あ」
ルカはエルの声で我に返った。
「ーーう、うん。僕もいいと思うよ。見学する順番とかをもう少しつめて見たらどうかな」
このようにして校外学習の計画はに詰められて行ったのだった。
いざ、校外学習の日。
皆が教皇宮の中に、特別恩赦で入っているさなか、ルカは一人きりで外にいた。
ーー一度でも信仰を疑い……そして現在も疑い続けている己には、中に入る価値がない。
それがルカの思いだった。
白磁の象牙の壁に背をあずけ、開け放たれた内部から響いてくる聖歌を耳にする。
目を伏せ空を仰ぎながら、もう自分には似つかわしくない賛美歌だと考えていた。
「なぜ中へ入らないのです?」
「っ」
不意な声に驚き、反射的に右手を見る。
そこにはルカと同様に、背を壁に預けたラファエルの姿があった。
「あ、貴方こそ……」
必死でルカが声を絞り出す。
するとラファエルが端正なかんばせに微笑を乗せた。
「私は今守護者としてここに来ているのであって、詣でるためにいるわけではありませんから」
「……」
「ルカ先生」
「な、なに?」
「私はあなたの怯える姿が好きですが、生徒にそれを見せるのが得策だとは思いません。いかがですか?」
「っ」
真っ当な声に、ルカは言葉に詰まった。
「この学習期間中は、コールもエルもいつも以上に私たちをみるでしょう。せめてその期間くらいは、あなたの教師としての矜恃を保つためにも、もう少し意思を強く持って構えて見たらいかがですか?」
「僕は、できる限りそうしているよ……残念ながら成功していないみたいだけど」
「そんなに私が怖いですか?」
「……」
「ーーまぁいいでしょう。必要最低限のみ、あなたと接触することにします。そうであれば、会話くらいはできるでしょう?」
嘆息したラファエルの声に、ルカが目を見開いた。
「ーー……本当ですか?」
「ええ、必要最小限のみ除いて」
二人がそんなやり取りをし終わったちょうどその時、聖歌を歌う声もやんだのだった。
そののち彼らは、船に乗りサリュケスへと向かったのだった。
そうして無事に学校指定の見学を済ませて、ホテルにチェックインした。