15:ベルダンテ襲来★



――ああ、休息の地は一体どこにあるのだろう。
体を襲う熱とは裏腹に、湧き上がってくる世界のそこにいるような絶望感。
なんてこの世界は醜いのだろう――いや、見にくいのは己か。
ルカはそんなことを考えながらすっかり治った足で、教務室へと向かった。

そして溢れてくる気配にポカンとした。
見知った気配だ。これは、悪魔の気配だ。
今の時間帯ならば、中にはワルターがいるはずだ。焦ってルカは扉を開け放った。

「ワルター!」

大声で名前を呼んだ所、実に丁寧に紅茶を淹れていたワルターが首を傾げた。
「どうかしたのか? お客様が来てるぞ」
「客って……何もされなかった?」
「先生と間違えられてキスされそうになったぞ。先生って男もいけるのか? 守備範囲が広いんだな。いくら怪しい風体とはいえ」

ワルターがそんなことを言った時、ソファに堂々と座っていた"客"が高い笑い声を上げた。

「久しぶりだな、オルカ」
「ベルダンテ侯爵……どうしてここに? 僕の生徒に手を出さないでもらえますか?」
「騎士団にも寄ってきた。相変わらずだったなあそこは。お前も相変わらずだけどな」
「……」

ワルターの前で本名を呼ばれた事実よりも、快楽主義の悪魔の存在に頭が痛くなる。彼は楽しいことが大好きなのだ。そしてその楽しいの基準には、人間の生死まで含まれている。彼は人の絶望した姿を見るのが好きらしい。だから嘗て、冥界の扉を開けようなどと画策したのだ。
ルカはローブのおくからじっとベルダンテ侯爵を見据えた。

「部下思い、生徒思い、大変結構だ。殺しがいがある」
「僕はあなたには負けない」
「俺には、か。そうそうラファエルが来ているらしいな」
「っ」
「本当は奴の顔を見に来たんだ」

ベルダンテ侯爵がそう口にした時のことだった。

「それは光栄ですね」

気配なくその場にラフが姿を現した。思わずルカは後ずさる。
まだベルダンテ侯爵の方がマシだったから、彼の座るソファの後ろまで退避した。

「なんです、また人間界に来たのですか」
「俺は貴様と違って自由に来られるからな」
「今は私の方が人間界での生活は長いと思いますが」
「だからなんだ?」
「いいえ別に」
「俺は貴様のように空から見ていただけのものとは違って人間界の歴史を知っているぞ」
「人間の歴史になど興味がありません」
「ならば、興味の対象を教えて欲しいものだな」

そう言って喉で笑うとベルダンテ侯爵は立ち上がって振り返り、不意にソファの後ろにいたルカのローブをとった。とっさの出来事にルカが呆然としていると、ベルダンテ侯爵は、ルカの顎を掴み上を向かせた。そして唇を近づける。

その直後、ベルダンテ侯爵が横に吹っ飛んだ。

驚いてルカが見ると、ラファエルが嘲笑するような顔で足をしたに下ろしたところだった。その上、床に倒れたベルダンテ侯爵を右足で踏みつけ始める。

「待て、やめろ、悪かった、ただの冗談だろ!」
「とてもそのようには見えませんでしたが」
「俺は人間の体なんかに興味はない」
「ほう。初耳ですね、随分と人間界で遊んでいらっしゃるようなのに」
「女限定だ!」

その言葉にため息をつきながら、ラフが足を離した。
精神的にも衣服的にもボロボロになりながら、ベルダンテ侯爵が起き上がる。
そして失笑した。

「恋とはかくも美しいものだな!」
「うるさいですね。永久にその口を閉じて差し上げましょうか?」
「貴様の唇でか? 御遣いの体には興味がないこともないぞ」
「では今度は私の手を知っていただきましょうか。あの世で思い出して楽しんでいただければ幸いです」
「だから冗談だって!」

そんな二人のやりとりを眺めながら、ルカはローブを被り直した。
――恋?
御遣いでも恋をするのか、一体誰にだろうか、そんなことを考える。

「早急にお帰りください」
「――ああ、もう。分かったよ。とりあえずお前らの顔も見たし、今日は帰る」
「永遠に来なくて結構ですよ」
「本当に冷たいな! 悪魔よりも冷たい!」

ベルダンテ侯爵はそういうと帰ったのか、姿がその場からかき消えた。
我に返ってルカはワルターの姿を探す。
しかし扉脇の棚に、『総合講義に行ってきます』という書き置きがあるだけだった。出て行ったことにも全く気づかなかった。
何と無く気づかれして、ルカは思わず脱力した。しかしそんな場合ではなかった。そこへラフが歩み寄ってくる。どこか怖気の走る笑みを浮かべていた。

「貴方も、何を無防備にキスされそうになっているんですか?」

そう言ったラフが、不意にローブを取り去りルカの唇を奪った。驚いて開けた口の中へと舌が入り込んでくる。深々と口付けられると、もうそれだけでルカの体は限界だった。結局校外学習後、一度も触れられることはなかったからだ。ラフが来なければ、当然るかが出向くことはない。むしろ今でも避け続けている。ただ少し、そんなことはダメだとわかっているのに、体の奥で熱がくすぶっているだけなのだ。ルカは聖職者だった時からの癖で手淫というものをしない。
口腔を蹂躙され、ただそれだけで気が狂いそうなほどの悦楽が体を貫いた。爪先から頭の中心までを快楽が瞬時に走り満ちる。
ついにルカは立っていることができなくなり、崩れ落ちそうになったところで、ラファエルに抱きとめられた。耳に吐息がかかる。何よりもラフの体温に限界を感じた。

「ああっ……」
「随分と具合が悪そうですね」

正直に言ってルカは期待していた。理性がいくら嫌だと叫んでも体が陥落していたのだ。しかし意地悪く笑いながら、ラフはそんなことを言う。

「ところでお仕事はなさらなくて良いのですか? そのためにここに来たのでしょう?」

あっさりと手を離されて震えながら、思わず唇を噛んで机に向かった。
何も言えなかった。
ラフもそれ以上何も言わない。
自分の体を忌々しく思いながら、ルカは仕事を始めた。それをソファに勝手に座りながら、ラフが眺め始める。――こうして同じ空間にいるだけでも辛いというのに。
もう限界が近かった。こんな不幸が自分の身に降りかかってくるだなんて、輝かしき過去には当然ルカは考えたことすらなかった。気がつけば、泣いていた。体を震えが走る。見られているだけで、達してしまいそうだった。そんなのは――嫌だった。

「ラファエル様」
「ラフでいいと言ったではありませんか」
「おね、おねがいだから……もう……」
「構いませんよ」

ラフは静かにたち上がると、ボロボロと泣いているルカの元に歩み寄った。
そして、おもむろにルカの下衣を引き摺り下ろした。そんなラフの気配だけで、意識がぐらついて、ルカは床に座り込んだ。床は冷たいというのに、反して体は熱い。熱くて気が狂いそうだった。
太ももを持ち上げられや瞬間、全身の熱が陰茎に直結して、ルカは果てそうになった。しかし片手で意地悪くラフがそれを制する。

「うっ、うあ、あああ」
「――あなたの体が限界を訴えるのを楽しみにしていたのですよ」

もう何を言われているのかルカには分からなかった。
それから前の拘束はすぐに離されて、ラフの指が一本だけ静かに入ってくる。そして緩やかな動作で第1関節を曲げた。その瞬間きつく目を伏せたルカの体が震えた。声が漏れるのが止まらない。まつ毛もまた震える中、ルカは、荒い息を吐いた。
しかし、ラフはその後ゆっくりと指を抜き差しするだけで、ルカの感じる場所を刺激することはない。

「やだやだやだ、やめて?? んぁああ――!」

指だけをゆるゆると動かされるもどかしさと、じわりじわりと広がって行った快楽に、ルカは悶えながら気絶した。


「っ」

そして目を覚ました時だった。

「うわあああああああああ??」

ラフに貫かれていた。緩慢に腰をゆすられた瞬間に達した。気持ちがよすぎて思わず口をあける。淫靡な赤い舌がのぞく。その快楽が怖くて、ルカは泣き叫びながら無我夢中で離れようと無意識にもがいた。

「あああああ、や、あ、あああああ、やめ、やめ、ああああ!」

しかしルカの言葉など全く聞いていない様子で、ラフが今までとは異なり乱暴に激しく突き上げ始めた。もうそうされてしまえばダメだった。身を苛む快楽が怖くて、ラフにしがみつく。もうルカからは理性が消えた。

「も、もっとっ、うあぁあ……!」
「いいでしょう」
「ン、あ――――??」

その後ルカはもう訳が分からなくなったのだった。