閑話:ゼーレの聖誕祭
今日は唯一神ゼーレの聖誕祭だ。
人々はツリーに飾り付けをし、ケーキを食べる。
神学校では新ローマで一番の規模を誇る飾り付けが、昼夜を問わず輝いていた。
この祭りは、新しい年がくるまで続く。
夜。
ぼんやりとルカは、ツリーを眺めていた。
紫色の瞳に、灯りが映り込んでいる。
昔はこの聖誕祭が好きだった。
嫌いになったのは、間違いなく、ラフのせいだ。
もしも、あんな事がなければ、今でも神を信仰していたかもしれない。
家族にプレゼントを渡して、グラスを傾け、食事でもしていたのだろうか。
長く瞼を伏せ、あるはずもないこなかった現実を想像しては虚しくなる。
風でフードが取れた。
しかし嫌な記憶が途切れることはない。
目をしっかりと開いてから、空を見上げる。
星が煌めいていた。
「何をしているんですか?」
唐突に現れたラフの気配と、かけられた言葉に、いつもならば反射的に逃げるルカは、唇を噛んでその場にとどまった。自然と瞳が険しくなるのを止められない。聖夜のせいか、闇夜の冷えのせいか、熱を訴える身体と、その時ルカは意識が乖離している気がした。だから久方ぶりに、体を交えているわけではないのに、正面から見据えることができた。
「おや、めずらしい」
何度か瞬きをして、ラフが小首をかしげる。
「私は貴方のその目が好きなのです。久しぶりに見ました」
「僕も昔は、貴方の紅い目を綺麗だと思った」
「昔、は。ですか」
「今、好きになれる要素がどこにあると?」
「あなたの体は私を求めているようですが」
せせら笑うようなラフの声に、気づけば肩を落とし杖を握る手からも力が抜けた。
巨大な杖が、石造りの床の上に落ちる。
高い音がした。
俯いたルカの瞳は暗い。もはやイルミネーションの灯りの気配はなく、絶望と悔恨とがないまぜになったような色をしていた。
「今日は手ぶくろをしていないのですね」
わざとらしく、あからさまにラフがルカの手を取る。冷え切っていた指先を包むように、手を添えた。ラフに触られるだけで、忌々しい記憶だというのに、体がその記憶を風化させないとでも言うかのように、ゾクゾクと震えた。冬の寒さからではない。抵抗する気がないわけではなかった。逃げる気がないわけでもなかった。
ただ感傷的になっていたこの時、ルカは全てがどうでもよく思えたのだ。
「……ルカ先生?」
「……」
「……」
「……」
「押し倒しますよ」
「……」
「無理強いは嫌いなのですが」
無理やりじゃない時なんてあったのだろうか。ルカにはそれが分からなかった。あるいは無意識に、自身は同意していたのか。
「……好きにすればいい」
「ーー今日は素直なのですね。ゼーレの御加護でしょうか?」
神などいない、とは思わない。何せ目の前には御遣いがいるのだから。
だが、もうルカには信仰すべき神はいない。いないのだ。
その時ラフが、両手をルカの頬にそれぞれ当てた。
「やはりあなたはーー辛いのでしょうね」
「辛いと訴え泣き叫んで、何かが変わって戻ってくるというのならば、いくらでもそうするでしょう」
「そうですか。では代わりに、ベッドの上で泣き叫んでください」
結局ラフはルカを手放すことはない。
そう、絡め取ったまま。聖誕祭の夜がふけるまで、ああ、また、地獄が終わらない。あるいはそこが天国であるならば、きっと二人は幸せだった。