【番外】絶対ドS化阻止計画(★)
俺は――散々、付き合ってから快楽に慣らされてしまった。
そしてそれは現在進行形で続いている。
放課後、最近俺たちは、都内の存沼個人の所有マンションへと行くのだが……
「ひっ……うあ、あ……ん――」
存沼が俺の中で果てた。体の奥が熱い。俺はもうとっくに放っていたのだが……。
これでひと段落したと思ったら、俺は疲れてしまって、ぐったりと体をベッドに預けてしまった。いつもこの後、疲れきった俺は大抵の場合、存沼の腕枕で眠ってから帰る。実に癪な話であるが、本当に疲れるのだ。俺には持久力がないのだから……そしてなにより在沼がすごいのだと思う。世の中には、絶倫というものが本当に存在するのだな……俺は、身を持ってその事を知ってしまった。知りたくなかった。
ちなみに今は、休み明けテストが終わった直後で、答案の返却で午前中で授業が終わる。俺は、存沼と復習をしていると言ってここに来ているのだ……。罪悪感がある。そんなことを考えていた時だった。
カチリ、と音がした。
何事かと思い瞬きをした瞬間、ひんやりとした感触にゾクッとした。
恐る恐る下を見れば、存沼の手が、俺の陰茎に触れていた。それだけだったら、行為後もたまにあるのだが……――!?
俺の根元に輪っかがはまっている。何事だ? 金色に輝く輪を、俺は凝視した。
それからハッとした。これは、もしや、まさか、噂だけは聞いたことがある、コックリングというしろものではないのだろうか? 早漏の人が用いるという……まぁ要するに、すぐに達することがなくなる用途のものではないのか? だが存沼よ! なぜそれを俺にはめた! 早漏で悪かったな!
「マ、マキ君……何するの……?」
「何度もイけないと言っていたからな。これで長時間できるだろう?」
「え……?」
嫌な予感しかしなかった。
「ンあ――……っ、ひ、うああ、ン、あ!! や、あ!!」
水音がする。ぬちゃぬちゃと俺の中を存沼が指でかき混ぜているからだ。その上、指で重点的に、覚えさせられた前立腺の快楽を煽られる。刺激され続け、俺は震えた。体がゾクゾクする。
「うあ、あ……あ……ン――っ!! あ、あ、む、無理っ、ン――!!」
――イきいそうになるのにイけない。
涙がこぼれ落ちてくる。気持ちいいけど辛くて、俺は菩薩を召喚できない。そう……体は限界なのだが、そこを刺激されると、わけがわからないほど気持ちよくなってしまうのだ。存沼の手で、着実に俺の体はおかしくされている気がする……。
さてそんな存沼はといえば、珍しく真剣な表情で俺を見ている。最近は意地悪く笑っているということが多いのに。指の動きはひたすら意地が悪いけどな!
「なぁ誉」
「何……っぁ……?」
「――手も縛ってみてもいいか?」
「!」
絶対にダメである。俺は思いっきり睨みつけた。そうしたら情けないことに涙がこぼれただけだった。そして直ぐに、抗議しようとする声が喉で凍りついた。
「ンうあ――!! だめ、あ、だめだよ、や、ヤ――!!」
その時唐突に貫かれて揺さぶられたのだ。
「ああっ、あああああ!」
体が軋んだ音を立てた気がした。頭が真っ白になる。視界がチカチカした。ガクガクと体を震えが襲う。熱い、すごく熱いのに、感じさせすぎられて冷や汗をかいてきた。こうなってしまえばもう俺はダメである。自覚が有る。ただ存沼にしがみついているしかできなくなるのだ。混乱と快楽で滲む涙すら乾きそうになる。そうして俺に二度目を要求する――すなわちスイッチが入ってしまった存沼も、基本的に止まってはくれないのだ……こうなれば、長時間コースだ。
もうイけないのに……あれ、違う、イきたいのに……うあ、待って、わけがわからない。
「ひとつだけ言うことを聞いてくれるなら、外してやるから」
存沼が苦笑しながら、動きを止めた。
なんでそんなに上目線なんだよ! だなんて言っている余裕は、もう俺にはなかった。
「聞くから……ンあ――!!」
そのままひときわ大きく突かれた時、俺はリングを外してもらった。
しかし外してくれるとは言ったが、やめてくれると言ったわけではなかったため……結局その日、俺は意識を飛ばすまで中を暴かれ続けた。正直……気持ち良かった。認めたくない事実だ。それさえなければな……。本当、これでは俺の体が持たない。
翌日。
最近の俺は腰痛に悩まされている。当然だろう。思わず溜息が出た。
そしてそれは、誰かとかぶった。顔を上げると、角を曲がってきた和泉がいた。どちらともなく深々とため息をついたのである。
「あけましておめでとう、和泉。最近どう? 冬休みはどうだった?」
なんだか和泉を見ていたら、ようやく日常に帰ってこられた気がして、俺は心からホッとした。ちょっと……いや、かなり存沼は非常識だと思うのだ。元々そういう設定だったとは言え! もうこの世界はゲームではないと俺は考えているというのに、だ。
「誉こそ……というか、お前、ヤっただろ」
その時和泉が、俺に向かって遠い目をした。やった? 何を? 何をだろう……――!!
「え」
最近、そうだ、この冬休み俺が新たにヤったことなどひとつしかないではないか。反射的に息をのんだ時には、俺は自分がみるみる赤面していくことを自覚した。だ、だが。
なぜバレたのだ! まさか、存沼が喋ったのだろうか……?
「みんなお前が色っぽくなったって言ってるぞ」
「……」
色っぽくってなんだ……! なんということだ! みんなって誰だ! ま、まさか先日葉月君に良かったですねって泣かれたのは……!?
「すごい噂になってるぞ。存沼もずっと機嫌いいしな」
「……僕は、その……」
関係ないと否定しようとして――やめた。和泉には嘘をつきたくない。そもそも好きな人ができたら話す約束をかつてした以上、俺は近いうちに和泉には話すつもりでいるのだ。
しかし――俺はこれから、このヤったという噂(真実だけど)を払拭しなければならないというのか? 難易度が高すぎる! だけどそんな噂が流れている学園生活になんて耐えられる気がしない……ああ、聖母マリア様よ……切実にヘルプ!
さて、その日の放課後も、俺は昨日と同じく存沼とともに、存沼が個人所有している家へと向かった。相談してみようか? うーん。
しかし和泉は機嫌がいいと言っていたが、俺にはあまりそれが感じられない。俺の前では、いつもどおりの存沼である。なんだ? なにかあったのか? それならば話してくれてもいいと思うのだが。
それこそ聞いてみようか。だけどなんて? と、考えていたら、存沼が俺の頬に触れた。存沼は俺の頬を触るのが好きらしい。意味がわからない。
「昨日約束してくれたよな?」
その言葉に、一瞬なんのことかわからなかった俺は、首を傾げた。
そして昨日のことを思い出し、硬直した。そうだ、俺は迂闊にも、快楽に飲まれておかしな約束をしてしまったのだ。
「う、うん」
再び嫌な予感は再来した。
「ひあ、あっ……ああっ……や、嫌だっ」
存沼が、俺の後孔へとローションまみれのバイブを突っ込んできている……!
存沼のモノよりずっと小さいし、短い。だけどだからといって存在感がないわけではないのだ。無機質な感触が若干怖い。前立腺に先端をあてがわれたところで、それは進まなくなった。存沼が寝台から降りて、傍らの椅子に座る。ピクンと俺は震えた。
――振動が始まったのは、その時だった。
「え、あ?」
一発で俺は果てた。
「う、嘘、あ、ああっ、あ、や、あああああ!!」
しかし振動が止まらず、俺は泣き叫んだ。シーツを握り締めて、きつく目を伏せる。涙がボロボロこぼれてきた。全身が性感帯になってしまったみたいに熱い。なのにいつもと違って中はひどく冷たい。ダメだ、このままじゃ、おかしくなってしまう。
「あ、ああっハ、ま、マキく……あ――!!」
上手く声が出てこない。俺はそれでも涙をこぼしながら、必死で在沼へと視線を向けた。すると顎に手を添えて、存沼が俺を見ていた。ただ見ているのだ。視姦……?
そのうちに俺の意識は飛んだのだった。
目を覚ますと俺は、存沼の腕の中で寝ていた。ぼけっと存沼のまつげの長さについて俺は考えた。いちいち端正である。完全なる現実逃避だった。すると俺が起きたことに気づいた存沼が、静かに髪を撫でてくれた。こんな優しさに俺はほだされないからな……! 在沼はやはり、鬼畜なのだ! 史上最悪の俺様だ! 称号は間違っていなかったのだ!
俺がそう思って唇を噛んだ時、耳元で優しく存沼に囁かれた。
「可愛かったぞ」
「……」
思わずおもいっきり睨みつけてしまった。怒りが収まらない。だがなんとかこらえようと、俺は今度こそ菩薩を召喚した。しかし存沼はひるまない。最近の存沼は強気なのだ。
「そうだ、昨日の使い勝手を見て、専用のリングを用意したからな」
存沼が誇らしそうに言った。ぽかんとする俺。なんだと!? 使い勝手……? 専用……?
言葉の意味を理解した瞬間、俺は顔面蒼白になったのだった。
さて、存沼は凝り性である。
もし存沼がそちらに目覚めてしまったら、俺の体は大変なことになる。確実になる。
存沼の財力ならば、道具なんてすぐに用意できるだろうしな……。
昨日だってバイブを持っていたのだからな……。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。俺はそこで決意した。
存沼のこれ以上のドS化を絶対阻止しようと!
決意したその日。
さっそく放課後、いつものように存沼がやってきた。今日からは通常授業だから、俺たちはサロンに顔を出すことになる。問題は……最近学園内でもたまに存沼が俺の腰を引き寄せようとする事だ。もちろん、俺は断固拒否している! 存沼は嬉しそうな顔で本を持っている。本の話だけならばいいのだ。俺は図書委員だからな! しかし抱き寄せられているところを、誰かに見られたりしたくないのだ。だが俺は最終的に存沼の腕に捕まった。
「なにをしているんだ」
「!」
最悪なことに、人は通った。通ってしまった。西園寺だった。
まさか……SMに目覚めてしまったということはないよな?
「学園内で風紀を乱すことは禁じられている。さっさと離れろ。よそでやれ。俺の視界に入らなければいい」
西園寺は風紀委員長に戻ったのだ。だからもちろん、こういう場面では注意する。しかし最近怒鳴らないし、『俺の視界に入らなければ』――すなわち、見ていないところならば、同意であれば許可するという姿勢になったのだ。これは西園寺軟化事件と呼ばれている。
そして三葉くんの影響力の強さが噂となったのだったりする。
それはそうと驚いた俺は、存沼の胸に後頭部をぶつけてしまった。
すると存沼が本を取り落とした。ため息をついた西園寺が、眉をひそめつつ、屈んで本に手を伸ばす。
――そして。
虚を突かれたような顔でパラパラめくりはじめた。じっくり眺め始めるまでに、そう時間はかからなかった。なんだろう?
「……悪くないな」
西園寺がポツリとつぶやいた。するとニヤリと存沼が笑う。
「だろう?」
「ああ。むしろ良い」
なんと、珍しくふたりが意気投合した。気になったので、存沼の腕から抜けたし、俺も覗き込んだ。そこには――赤い紐で縛られている人形が写っていた。!? これ、は……亀甲縛り……? では、ないような気がする。亀っぽくはない。いや、そこはどうでもいいのだ。問題は、緊縛されている人形が写っているということだ!
俺は思わず震えて、両腕で体を抱いた。それから気を取り直して、菩薩を召喚した。
「絶対にやらないからね」
存沼が顔を背けた。西園寺はといえば、何事かを真剣に考えこんでいる表情になり、俺の言葉を聞いている様子がない。西園寺に、断じてそんなことはしていないと宣言する意味合いも込めたというのに! それにしても……三葉君は大丈夫だろうか……。
三葉くんといえば、今年はまだ会っていないな。
それから数日は無事に過ぎた。サロンで新年の挨拶をしたりもした。
さて月曜日の放課後になった。今日は俺の習い事が休みだ。だから、ということもないが、存沼とそろって玄関へと向かう。今日は存沼の家に行く約束をしているのだ。久しぶりに、学外で二人きりになるので、俺は少しだけ浮かれていた。最近存沼といるのが楽しいのだ(決して性的な意味ではない)。
存沼の家には必ずお菓子があるのだ! なんと、週刊少年ジャンプまであった! なんでも、最初は冬休み中に、庶民風のお正月を演出するために存沼が揃えていたらしい。俺と過ごす気だったんだな……ちょっと嬉しいかも知れない(存沼の中で俺は庶民派ということになっているらしいのが若干不安だが)。わざわざ一般家庭のお正月について調べてくれたらしい。胸が暖かくなる。しかし直ぐにブリザードに襲われることとなった。
「今日こそは手を縛らせてくれ」
「そういうことなら僕は帰るからね」
「帰さない」
「帰るよ」
「誉」
頬に手を添え、じっと存沼に覗き込まれた。俺も気合を入れて見返す。しかし真剣な瞳の存沼は本当に格好いい。気づいたときには見惚れていた。今まではごく普通で、もうなれたと思っていた顔に、見とれてしまったのだ。
「一緒に帰るぞ」
「……」
気づいたら俺は頷いていた。なんということだ! 絆されてしまった……結局俺は、存沼についていってしまったのだった。
だが、俺には阻止計画があるのだ。それを思い出して、まず宣言することにした。
「……縛るのは無しだからね」
「わかった」
真顔で存沼が頷いた。直後――ガチャリと音がした。
あっけにとられて俺は目を見開いた。恐る恐る視線を下げると、俺の両手首には、刑事ドラマでときおり見る銀色の手錠が光り輝いていた。た、確かに縛られてはいない。
だが、そういう問題ではない! 結果的に手を縛られるのと同じだ! むしろ悪化しているようないないような気がする。
ゆっくりと存沼へと視線を戻しながら、俺は唾を飲み込んだ。抗議しなければ。
本当、これはまずい!
「ひゃッ」
しかし口を開く前に、耳を嬲られた。舌が俺の右耳の中へと入り込んでくる。ぴちゃぴちゃと音がした。思わずきつく目を閉じる。
「ん!」
すると片手が俺の下衣の中へと潜り込んできた。直接的に陰茎を掴まれ、はじめはゆるゆると、次第に速度をつけてしごかれる。すぐに立っているのが辛くなってきて、俺はベッドに座ってしまった。
俺の上着をもう一方の手ではだけながら、存沼が微笑する。優しい顔をしたってダメなんだからな! やっていることはひどいんだからな!
「うあああ――!!」
だが……結局そのまま挿入された。その上久しぶり(?)だからなのか、いつもよりも激しく突かれて、大きな声が出てしまいそうになる。片手で口を抑えようとした瞬間――ガチャリと音がして、手錠の存在を強く意識した。
「や、やだ、あ、あ」
これでは声がこらえられないではないか……! 俺は恥ずかしいので、よく手で口を覆うのだ。それができない! なんということだ! しかし気持ちが良くて、声は出てきてしまうのだ……俺の自由には、なってくれないのだ。俺の体のバカ!
「大丈夫だ。手に痕が残らないように、優しい素材で出来ているから」
「ヒ、うああああ!!」
「もっと誉の声が聞きたいんだ」
存沼がわけのわからない事を言っていたが、声をこらえようと必死になり(失敗している)俺には、もはやどうでも良いことだった。
手錠が外れたのは、それから二時間後のことである……。
行為後、俺は、本気で怒った。
「もう――マキ君とはしないからね!」
それから一週間、俺はまともに存沼と顔を合わせてはいない。もちろん一切行為もしていないし、存沼を避けている。俺は、怒っているのだ。存沼避けでサロンにもいかないようにしている。存沼が迎えに来る前に、俺は真っ直ぐに帰宅しているのだ。最初からこうすれば良かったのだ。うんうん、間違いない。そう一人で頷いていると、不意に袖をひかれた。顔を上げると、そこには三葉君が立っていた。存沼を避けるために周囲に気を配っていたのに、一切気配に気付かなかった。三葉くんといるとたまにある。三葉くんは、気配を放ったり隠したり自在にできるのだろうか? 本当、末恐ろしいよ。
「――雅樹と喧嘩でもしたの?」
「え?」
「誉くん、イライラしてるみたいだから」
確かに俺の怒りはまだ覚めてはいない。しかし三葉君にいきなり指摘されるとは思いにもよらなかった。な、なんということだ! 確かに俺はイライラしてはいる。しかし常時菩薩を召喚しているというのになぜバレた!?
さて――その日の放課後。そろそろサロンにも行かないとまずいだろう……。
家族の側にも、何かあったのかと怪しまれてしまうだろうしな。人気のない廊下を歩きながら、俺はため息をついた。その時だった。
急に背後から手首を掴まれ、俺は硬直した。その体温だけで俺は確信した。存沼だ! 会いたかった! って、違う!
俺が振り返ろうとしたとき、後ろから抱きしめられた。そして首筋に口づけられた。小さく吸われた箇所が、ジンと疼く。本当、俺の体はおかしいから! そして耳もとで囁かれた。
「――俺とはしないんだったな?」
「う……ぁあっ……」
かかった吐息だけでゾクゾクした。最近してなかったから、瞬時に体が熱くなる。俺は耳が弱いのだ。特に右耳。存沼はそれを知っている。その上、突然のことにおもいっきり声を上げてしまった。
「じゃあ誰とするんだ?」
それから再び、首筋を今度は強く吸われる。
「ひっ、や、あ、あ」
俺を抱きしめたままの指先で、存沼がシャツ越しに乳首を弾いてきた。それだけで体が震え出しそうになる。若干腰は震えていると思う。俺の体は、悲しい事実だが、完全に存沼に期待しているらしい……。しかし、しかしだ。ここで折れるわけには行かない! 計画が頓挫してしまう。これ以上存沼をつけあがらせるわけにはいかないのだ!
「離して……」
「嫌だ」
「離してくれないと、もうマキ君とは二度と話さないからね」
必死で菩薩に祈った俺の言葉に、存沼の腕が離れた。天は俺を見捨てなかった! 俺は肩で息をしながらも、なんとか持ちこたえたのだった。
――だが、結局そのまま二人で、サロンへと向かって歩くことになってしまった。
「誉……まだ怒ってるのか?」
「ううん。僕は怒ってないよ」
「……」
なにせ存沼を怒らせたら、お家取り潰しだからな。俺は受胎告知の絵画を脳内展開した。慈愛……慈愛……うん、慈愛だ。しかし我ながら、笑みがひきつったのが分かる。ちらりと存沼を一瞥すると、ふてくされたように嘆息していた。なんだよその態度は! 存沼がそういうつもりなら別れ……別れ……別れたくない……。そうか、この状況が長引けば、最悪自然消滅するのか。
そう気づいて、俺は別の意味で青くなりそうになった。同時に冷静にもなった。どのみち俺と存沼には別れが来るのだ。お互いに、家のことがあるのだから。だったら、もう少しくらい存沼の好きにさせてあげても……いいわけないな!
無言でサロンまで歩き、どちらともなく、開けてもらった扉から中へとはいる。
存沼が口を開いたのはその時だった。
「誉、このサロンのことで相談がしたいんだ。奥の部屋までついてきてくれ」
「うん、わかったよ」
来る途中でいくらでも話ができたと思うのだが。みんなの前では断れないではないか。不自然すぎる。ただでさえ久しぶりに顔を見せたからなのか、俺は声をかけられているのだからな……。おかげんは大丈夫ですかなんて言われていたのだからな。大丈夫ではないかも知れない。それにしても、存沼が真剣にサロンについて考えるなんて珍しい。
連れて行かれた先は、書類仕事が生まれた時のために存在する(つまりサロンに置いて使用される確率は限りなく0に等しい)執務室だった。執務ってなんなのだろう。そう思い首をひねった時だった。
「っ」
入ってすぐ俺は手首を掴まれ、反転させられた。閉まったばかりの扉に押し付けられて、瞠目しながら息を飲む。その間にブレザーを脱がされ、ネクタイを抜き取られた。
「マ、マキ君……?」
呆然とそうつぶやいた頃には、俺の手首は、ネクタイで縛られていた。神速だった! 神業だ! 全く手首が動かないのに、痛くない。
それを認識しながら、恐る恐る首だけで振り返る。そして硬直した。
そこには王者の風格を醸し出し、意地悪く笑っている存沼の表情があったからである。俺は最近一切怖いと思ったことはないのだが、圧倒されて言葉が出てこなかった。深いまなざし、余裕たっぷりの微笑……何も言えなくなってしまう。圧倒的な威圧感に、嚥下した
涎の音まで邪魔に響き渡ってしまったような気になる。しばしの間、じっと存沼は肉食獣そのままの瞳で俺を見ていた。
だが俺は、ハッとした。ここで空気に飲まれるわけには行かない。
指先が震えそうになったが、気合いを入れ直して、俺は存沼を睨めつけた。怖い。怖かった。存沼は怒っているのだろうか? しかし悪いのはどう考えても存沼だ!
――耳の後ろを舌でなぞられたのはその時のことだった。体が一気に硬直した。耳だけが俺の体みたいになってしまう。そこにばかり意識が集中したのだ。びくりとした俺には構わず、存沼が片手で、俺のシャツのボタンをポチポチと外しはじめた。
「! あ、ああっ」
そして外し終えた直後、両手で乳首をギュッと摘まれた。久しぶりのダイレクトな快楽に、俺の太ももが少し震えた。
「ン」
「硬くなってる」
「うるさっ……ぁ、ああっ……ン――っ」
俺は必死に扉へ、自由になる掌を付いた。すると俺のベルトを抜き取り、下衣をおろした存沼が、情けないことに僅かに反応を見せていた俺の陰茎を指で静かになぞった。焦らすように何度も緩慢に指を往復される。スジに沿ってカリ首まで人差し指で撫でられ、それがまた根元の方まで戻っていくのだ。
「も、もう、やっ」
「声が聞こえるぞ」
「!」
その事実を悟って真っ青になって俺は目を見開いた。直後再び体を反転させられて、俺は体勢を崩した。そこを抱きとめられて、形ばかりある執務机まで連れて行かれた。すると存沼が身を乗り出してきたから、俺はその上に座って仰け反ることになってしまった。シャツを一枚羽織っただけの俺は、寒さではなくこれからなにが起きるのか怖くなって、震えた。まさかここでやるわけではないだろうな? 無理だからな……?
「あ、あ、あ」
存沼はそのまま無言で俺の陰茎を咥えた。二度往復すると、片手を添えて、舌だけ出して筋を舐め上げられる。その後先端を刺激され、それから唇でカリ首までを含まれ何度も上下された。気持ちいい……本当、最悪なことに、存沼はどこで覚えたのか知りたくもないが、フェラがうますぎると思うのだ。俺の腰に力が入らなくなるまでには、多分一分かからなかったかもしれない。
「う……ン……」
それでも俺は必死に声をこらえた。聞こえてしまったら困るからだ。
だがそうすればするほど存沼の舌の動きは意地が悪くなっていき、ちろちろと鈴口を舐めたりする。俺の体が本格的に震え始めた。じわりじわりと汗ばんでくる。出してしまいたくなる。本当に出してしまいそうだ。このままじゃ出てしまう。だけどここは学園の中だ。そこでこんなのダメだと俺は思う。それに……出したら、存沼に負ける気がする! だからつま先に力を込めて、必死で俺はこらえた。
――しかし存沼は尋常ではなくうまい。
俺の太ももは完全に震えだした。それはもう、寒さからでも恐怖からでもなく、快楽からだった。縛られている手で、必死で存沼を押し返そうと試みる。だがそれは存沼のきれいな髪をかき混ぜるだけの結果にしかならない。ネクタイは全然解けない。こんなものはもはやネクタイではない! 縄だ!
ピクピクと震えながら、俺はついに涙が浮かんできたのを自覚した。
なんで俺はこんなことをしているというのだ。しかもそれが気持ちいいのだ。全部全部全部、俺が存沼なんかをよりにもよって好きになってしまったから悪いのだ。そして大好きな存沼が、ほかの誰でもなくて存沼が、俺をこんなふうに触るのが悪いのだ。存沼にされて、体が喜ばないほうがおかしいではないか。だって俺はこんなにも存沼のことが好きなのだから。ああ、もうだめだ、出してしまう……! イきそうだ。そう思った瞬間、口が離れた。
「誉」
「あ……」
「ちゃんとこれからも俺と話しをしてくれるか?」
「う、うん」
――ああ、上手く思考が回らない。再び、手で陰茎を握られた。しかしそれが動くことはない。もどかしい。うあ。ガクガクと体が震えた。
「俺はいろんなお前の表情をもっと見たいんだ」
「っ、ぅ……ン」
「誉が嫌がることはもうしない」
いや、現在進行形でしているではないか! ……いやでも、どうなんだろう、あんまり嫌じゃないような気もするのだ。嫌なのは場所と、ネク……縄だ! あと今に限っていうのであれば、出したくて仕方がない。果てられないのが嫌だ!
「愛してる」
「……僕も……――っ、ああああ!!」
再び口に含まれ、俺は思わず声を上げた。仰け反る。もう我慢の限界だった。
――やっぱり。誰でもなくて存沼にだから、こうされてもいいのだ。
愛してくれる存沼だからだし、俺だって愛しているからだ。ここに、俺の計画の失敗は確定した。俺はありのままの存沼が好きなのだから。なんということだろう、本当……。
結局そのまま、嬌声を上げて放ってしまった。ぐったりして、俺は、机の上で天井を見上げる。それからわれに返って、上半身を起こして、扉の方を見た。バレてしまっただろうか? 全身を冷や汗に襲われた。俺は断じて汗っかきではないのだが、今日は心臓に悪い――日である気がする。一瞥すれば、存沼は余裕そうだった。それにしてもだ。
「相談って嘘だったんだね……」
嘘つきは泥棒の始まりなんだからな! 今更存沼に言っても遅いか
もしれないけどな。
「いや? ここの鍵を、自動ロックにしたんだけど良かったかと思ってな。ついでに防音にした。扉の工事に一週間かかった。お前は俺を避けていたんだろうけどな、みんなは誉が繊細だから工事音を避けていたと思っている」
「――え?」
いっきに安堵しつつも、俺はポカンとしてしまった。ということは、そこの扉の鍵はかかっていたのか……それに防音……防音だと!? ならば外になど聞こえるわけがないではないか! 騙された!
「俺が誉のこんなに色っぽい姿を、他の人間に見せるわけがないだろう」
「っ」
「完成してから会いにいこうと思っていたんだ」
思わず俺は赤面した。存沼はクスクスと喉で笑っている。いたずらが成功した子供のような顔だった。いや、本当にまだ子供なのかもしれないが、ううん、わからない。俺よりも大人なようにも時に思う。
「誉には将来の夢ってあるか?」
「……どうしたの、いきなり」
不意な言葉に、ネクタイを解いてもらいながら顔を上げる。するとほほにキスされてから、指に何かをはめられた。驚いてみれば、左手の薬指に、指輪がはまっていた。え。
「俺は、お前と結婚することだ」
「な」
「だから俺は政治家になって、同性婚の法整備をするつもりだ」
「……」
俺は言葉が何も見つからなかった。あっけにとられてしまった。ただ不思議と、存沼ならばやってのけそうな気がしたら、思わず笑ってしまった。俺がつい先ほど考えた別れなど、存沼は微塵も考えていないのだろう。存沼は理不尽な現実があれば、そちらの方を変えていくタイプだ。存沼と一緒なら、ずっといられる気がする。そう思って俺が嬉しさを噛みしめた時だった。
「これでいつでもここでできるな」
しかし――駄目だこいつ本気でヤる気だ。俺は菩薩を召喚したのだった。
学校での始まりはそんな感じである。そんなこんなで俺の計画は、おそらく発動前から失敗していたのだろう。なにせ存沼は、元々ドSだったらしいのだからな!
――なお、存沼は史上最年少の二十代で総理大臣になるのだったりするのだが、それはまた別のお話あるいは俺が一昨日見た夢の話である。
とりあえず順調に俺と存沼の付き合いは続く。