<9>僕は曖昧なのは嫌いだ!
薬学もカンストした現在、僕は十三歳である。
残るは、木工125、裁縫120、鍛冶187、装飾176。
一気に鍛冶のレベルがあがった。
実は最近、怒涛の鍛冶レベル上げをしているのだ。
素材がボスの落とすものになったりで、厳しいものが多くなってきた。
しかしもう魔術師としてやっていけるレベルになった僕には、なんとか取得が可能だ。
今日も今日とて、僕は危険なボス素材を集めに行く。
だが――たまに、不意打ちを喰らいそうになる。
僕のような魔術師の場合、回避スキルが存在しないため、多少攻撃が当たって怪我をするのは仕方がないことではある。なるべく逃げ撃ちをしているのだが、それでもなのだ。
今回も、ボスの巨大な爪が迫ってきた。思わずギュッと目を閉じて痛みに備えた。
だが、予想していたものとは違う衝撃が僕を襲った。
後ろから抱き寄せるようにして庇われ、ハッとして目を開けた時には、目の前のボスの首が剣で切り落とされていた。ズドンと頭部が地に落下した音がした。
「ユーリ様、危ないところには俺を常に同伴。約束しましたよね?」
「ラスカ! ありがとう!」
「心配させるな」
僕をかばっている腕にラスカが力を込めたので、ギュッと抱きしめるようにされた。
その温度に、僕はホッとしてしまった。
それから距離の近さに、無駄にドキドキしてしまった。
倒れたボスの遺骸の方を見る。ラスカの剣の腕前は相当だ。
助けてもらうことが何度も何度もあるのだが、そのたびに思う。
ラスカはかっこいい。
今も抱きしめられているのだが、なぜなのか心拍数がやばい。
が、ラスカは男だ。僕は一体何を考えているんだ……。
ふと、自分の左手を見た。
そうだ、鍛冶がカンストしたら、効果が強い指輪が作れるようになる。
いつものお礼に、作って渡してみようかな。
――いい考えかも知れない!
僕は一人満足し、そのあとは二人でボス素材を集めることにした。
指輪という目標があったからかもしれないが、そこからも僕は、鍛冶ばかりをやっていた。後ちょっと、後ちょっと。焦る気持ちを抑えながら、指輪のレシピも何度も見た。そして鍛冶がカンストした。だが、喜びを先に叫ぼうとして、今日はラスカが国王陛下護衛でいないのだったと思い出した。だから――決意して、指輪を作った。それが完成して、小さな箱に入れて包装を終えた頃だった。
「ユーリ様大変です!! とにかく庭へ!! いえ、避難を!! ああ、大変だぁ!!」
紫の大賢者が走ってきて僕に叫んでそしてまたいなくなった。
何事かと驚きながらも、照れくさくて指輪をもポットにしまい、とりあえず僕は窓の外を見た。ラスカがいるのがわかった。
――ん? まさかラスカもなにか大変な目に巻き込まれているのだろうか!?
一気に不安になって、僕は外へと飛び出した。
「ラスカ!」
目視出来た時に声を上げた。すると眼前にいた兄が険しい顔で僕を見た。
「ユーリ、そいつは魔王だった!!」
「え?」
「危険だ。こちらへ来い。早く! 早くしろ!!」
「え、あ、え?」
「ユーリ! これは――国王代理としての命令だ!」
「!」
その言葉にびくりとしてから、おろおろしつつ兄の方へと向かった。
ウィズは、ラスカに向かって剣を突きつけている。
ラスカもまた剣で応戦している。
一度目があった時、ラスカは僕を見ると、なにかやるせないというような顔をした。
その表情の意味を聞きたかったのだが、直後――僕は、兄のそばの救護シートの上で治療を受けている、父である国王陛下の姿を見つけた。意識不明とのことで、腹部からは県による傷で、血が流れ出ている。
「兄上、こ、これは? 父上は?」
「――命には別状がないとのことだが、意識が戻るかはまだ不明だ。まさか王宮に魔王が潜んでいただなんて」
「魔王って……」
「ラスカは魔王だ。国王陛下が正体を見破った」
僕は、ぽかんとするしかなかった。
そのまま、遠くで、何度か剣が立てる音を聞いていた。
僕が緩慢にそちらへ視線を向けたとき、ラスカがウィズの剣を吹き飛ばしていた。
そして何かを言いたそうに僕を見たあと――そのままラスカは姿を消した。
僕は頭が真っ白になった。
渡せなかった指輪が、僕のローブのポケットには残った。
国王陛下は意識不明の重体とのことだった。
兄が臨時の国王代行となるという。
ラスカは逃亡したそうで、既に王都のどこにもいないらしい。
「絶対に許さない。これもでだって何をしていたのか! 裏切り、いいや、初めから――」
悔しそうにウィズが言った。
「俺が絶対に見つけ出して倒す。約束する。国王陛下の敵を撃つ!」
「ウィズ……」
「ユーリ、お前も一緒に来てくれ。お前の魔術と俺の剣なら、あいつを追い詰められる。必ず倒せる」
「――俺も行きたい。だが、俺は、第一王子として国を守らなければならない。だが、ユーリは行かずに俺の補佐をしてくれるととても嬉しい。俺の代わりに行って欲しいという思いもあるが……兄としては、王族として、国政の側に立って欲しい」
「ユーリ、俺と来てくれ!!」
ウィズと兄の言葉に、僕は何も言葉が出てこなかった。
「……今日は、少し休んでみる。考えさせて欲しい」
こう答えて、その日、僕は自室に早めに引き上げた。
そして、ベッドに座って、天井を見上げた。必死に考える。
現在僕は十三歳だから一年遅れだが、ゲーム通りの旅立ち展開がやってきた……。
今後に関しても、唆されるというが、それがラスカからなら、わからなくはない。
僕は、ローブから箱を出して、指輪を見た。
その後、ラスカにもらった、左手にはめている指輪も見た。
ショックでどうしていいのかわからない。
――こういう時は、無心に生産するに限るだろう。
その日から僕は、ぼけーっと裁縫をした。
裁縫レベルは現在――……199。
あ、カンストする。した。
いつもだったら大歓喜するというのに、淡々とレベルがあがった音を聞いていた。
なんの感慨もなかった。
一人だからだろうか?
そうだ、カンストしても一人だ……一緒に喜んでくれていたラスカがいない……。
しかしなんでラスカが陛下を?
そういえば状況を聞いてない。
僕は早速聞きに行くことにした。
兄がまだ玉座の間に残って仕事をしていたので、声をかけた。
「ねぇ、フェリクス兄上」
「どうかしたか? ――安心しろ、俺がお前のことは守る。お前は大切な弟だ」
「ありがとう。僕もできることをする。それでさ、具体的には何があったの? 父上はどのようにして、怪我をしたの?」
「――父上の怪我は、近衛がラスカに放った剣を、ラスカが弾き返したのがかすったんだ」
「え? 頭部を打ってるんでしょう?」
「それはその衝撃で、父上が転倒したからだ」
「ラスカが正当防衛して、父上が誤って転倒したっていうこと?」
「正当防衛? 正当じゃない。長らく一緒にいて信じたい気持ちはわかるが、やつは魔王だった。ユーリ、もう忘れろ」
「……ごめん。ねぇ、兄上、もうひとつだけ」
「なんだ?」
「魔王って、これまでに具体的には何をしてきたの?」
「魔王は、世界の滅亡を招く。世界を滅ぼす存在だ。それ以上でも以下でもない。話はそれだけか? 悪い、まだ書類が残っているんだ」
「あ、ごめん。ありがとうございました」
僕は会釈してから、部屋へと戻った。
しかし内心では、曖昧とした回答に、なんだそれはと思っていた。
意識がまだ戻っていない父上のことは心配だ。
もちろん今一番心配だ。
だけど、ラスカが魔王だというのも信じられず、だとしても、ラスカが悪いことをしているなんてとても信じられなかった。だから聞いたのに魔王が何をしているのかよくわからない。どういうことだ! 漠然としすぎだ!
僕は悩みながら、悩みを忘れるように、木工に打ち込んだ。
気づいたときには木工もカンストしていたが、嬉しさはこみ上げてこないし、悩みは消えないし、なんだか胸中はもやもやするし、やりきれなかった。