<11>僕は会いたかった!
槍に関してだが――一応、素材集めはしておこうかなと思った。
作成可能だと口にするかどうかもまだわからないが、容易にこしたことはない。
槍素材で一番難しい、ボスの落とすアイテムをソロで入手できるくらいには、また僕は強くなった。……正直、助けてくれていたラスカがいなくなってから、僕は助けられていた部分にたくさん気づきながら、一人でも大丈夫だと胸を張っていつか言えるようにと柄でもなく修行を積んだのだ。
王都の西の麒麟崖の下へと向かい、そこの洞窟へと入った。
中には風竜の巣がある。ここのボスが落とす【風竜の青き牙】が素材なのだ。
これ以外は、錬金術で生み出す素材や装飾で生み出す素材が多かった。
レベルが上のものを生産するときは、失敗することがあるから、練習の意味も込めて、多めに牙が欲しい。ということで、一人で何度も、僕は風竜に挑んだ。倒しては一度巣を出て、新たな風竜の出現を待つ。その辺はゲーム的で、少しすると復活するのだ。
……魔王も、倒しても復活するのだろうか?
そんなことを考えていた時、気配がした。
驚いて、ゆっくりと瞬きをしながら、僕は立ち止まった。
振り返ってみる。するとそこには、微苦笑しているラスカの姿があった。
息を飲んだ。目を見開く。
「お久しぶりです」
そう言ったラスカは、全然変わっていなかった。
服が甲冑ではなく、上質な黒い外套であることくらいしか変化はない。
「ひ、ひさしぶり! 元気だった?」
「まぁぼちぼち。ユーリ様は?」
「んー、そこそこ?」
「――大きくなったな」
これまでに何度も、再開したらなにを話そうかと考えてきたのだけれど、気づいたら、昔の通りの、なんということもない雑談をしていた。それが、嬉しかった。涙が出そうになった。
「うん」
いちいち僕は、大きく頷いた。
「それに綺麗になった」
「最近よく言われる」
「だろうな。今の姿が見たかったんだ。会いたかった」
「僕も会いたかった」
これは、僕の本心だ。今顔を見て実感したが、僕はどうしようもなく会いたかったみたいだ。いつもいたのにいなくなってしまったラスカの場所は、僕の中で、ずっと空いたままだった。
「俺を殺すためにか?」
「なんでそういう事を言うんだよ。違う、これ。これを渡そうと思って。その、カンストしたんだ、生産!」
僕は、あの日渡すはずが、今になるまで渡せず、ずっと持っていた箱を、やっとラスカに渡すことができた。ラスカは驚いたように箱を受け取った。
「――? 指輪?」
「そ、そう! 鍛冶の、200レベルの指輪だ!」
「――救世の指輪か。確か、致命傷を一度身代わりに受けてくれる効果だったはずだ。現存するのは3つのみだと言われている。そうか、作れるんだな」
「うん! 頑張った」
「頑張りましたね。まさかあの小麦を取りに行った日からは、考えられもしない――が、頭の中身はそうでもないのか?」
「失礼だな。なんでだよ!」
「これから俺を殺すための槍を作るのに、その相手に、命を守る指輪を渡してどうするんだ?」
「……」
「父親の敵に、こんな貴重で高威力のアイテムを渡したなんて露見したら、立場がまずいのは誰だ?」
「……」
「冗談です。そんな泣きそうな顔をしないでくれ」
「……お前、世界を滅ぼすのか?」
「特にそういう予定はないな。ただ、メルファーレの国民に永遠に狙われ続ける覚悟は出来てる」
「父上のことなら、あれは正当防衛じゃ――」
「正当防衛だし、その件じゃない」
「へ?」
「今からユーリ様を攫うつもりだからだ」
「えっ?」
「嫌ならすぐに逃げろ。見逃すのは指輪の礼だ」
「な」
「ここにいれば、会えるだろうと思ってた。けど、会いたくはなかった。お前に殺意を抱かれるのは辛いからだ。が、会ってみたら変わらなすぎて笑った。ホッとしました。そうしたら、離したくなくなった」
「……」
「子供だとしか思っていなかったんだけどな」
一歩、ラスカが歩み寄ってきた。
そして腕をひかれた。
呆然としているうちに――僕は、抱きしめられていた。
昔はなんとも思わなかったその体温に、この日僕の心臓は、異常な程早鐘を打った。
混乱して顔を上げると、じっと顔を覗きこまれた。
しばしの間見つめ合っていると、静かに唇を落とされた。触れるだけのキスだった。
「魔王は、ディスティニー・クラウンが見える者の創りし槍で殺されるという伝承がある。だから、俺はお前を殺さなきゃならないんだろう、本来は。だけどな、もうそれは諦めている。一緒にいた時から、何度殺ろうとしても無理だった。俺は、ユーリ様が大切だ――でもな、今、その大切の意味が、俺の中では変わった」
そう言ってから、両手に力を込めて、ラスカが僕をぎゅっとした。
そして額にキスをした。
「好きだ、ユーリ」
呼び捨てにされたのは、初めてだった。それが無性に嬉しかった。
だが思考は、ドキドキする胸の内側のせいで、何一つまとまらない。
「会ったら、今俺は確信した。お前が好きだ、ユーリ。そばにいたい。俺と一緒に来てくれないか? くれないというだろうから、攫っていくつもりなんだけどな」
僕もそばにいたかった。
例えラスカが魔王だって僕は気にならない。
世界が滅びるのはよくないが――と、考えたところでふと思い出した。
――第二王子は、魔王にそそのかされて、勇者パーティを裏切った。
!!!!!
こ、れ、は。まずい!
ラスカを信じないわけではないが、これではシナリオの展開に何かが近くなりそうな気がする。一気にそこで僕は冷静(?)になった。
「あ、あの」
「ん?」
「十年待ってくれ!」
「――は?」
「そ、そうだ! うん! 十年待ってくれ! 十年たったら、また!」
「ユーリ?」
「僕は槍を作るかもしれないけど、同じ数だけ指輪も作るから!」
「は?」
「それとできたら、十年以内に全方向で人間と魔族の和解を!」
「――和解か。なるほど、それは俺も考えてはいるんだ。なぁ、それじゃあユーリ」
「ん?」
「俺が十年待って、そうしながら和解交渉にこぎつけたら、俺と来てくれるか?」
「う、うん! 多分!」
「多分、か」
僕の言葉にラスカは吹き出した。僕はこうやって笑っている時の彼が特に好きだ。
しかし、咄嗟に出たとはいえ、十年というのはいいアイディアだと改めて思った。
それは、ゲーム通りだと逃亡者になっている頃だからなのだ。
「まぁいい。今日は見逃す。ただ、これからは、せめて護衛は付けろ。心配だ」
こうして、この日、僕たちは手を振って別れた。