【3】




 ログインすると、最後にログアウトした最寄りの街で、基本的には再開となる。だが、今回俺は、VR版において”初めて”ログインするため、冒険ゲーム開始時に自動的に飛ばされる【エクレアの街】からの開始となった。

 先程立ち寄ってからは、すぐに島に向かったため、じっくりと見るのはこれが初めてとなる。街に降り立った俺は、リアルな周囲を見渡した。本当に街があるみたいに見える。MMO時代には見慣れていた風景だが、目の前に立体的に、現実さながらに広がっていると、まるで異国に迷い込んだ気分になる。

 人気が多い。やはりVRの普及により開始した人々が多いようだ。MMOからの移行者はまだ少数であると聞いている。アバターは、皆ゲーム課金のものやイベント品だが、顔の作りは、現実の街を歩いているのと変わらない。VRは全身をスキャンするため、顔面造形などは、まだ変更できないそうだ。ただし、ゲームアイテムの、猫耳アバターなどは身につけることができるようで、様々な姿の人々が居る。

 レンガの道を歩きながら、俺はまず最初に【天気予報の館】に向かった。ここで一日に一度、その日の運勢を占うことができる。その結果によって、生産の成功率が変わったり、アイテムドロップ率や経験値取得度が変化する仕様だ。時々、イベントチケットなどが当たったりもする。

 そこにいた天気予報の術師――NPCが、これまたリアルだった。

「これじゃあプレイヤーと見分けが付かないな」

 つぶやいてから、俺は天気予報を見た。十段階評価なのだが、ドロップ率と経験値取得度は共に5だった。こういう日は、MMO時代は生産に勤しんでいたものである。

 館を出て、俺は今度は街の入口へと向かった。ここは、冒険を開始したばかりの初心者が最初に降り立つポイントである。眺めていると、次々に新規の冒険者が姿を現した。なぜ初心者と判断できるかといえば、服が同一だからである。赤色の冒険者の服を全員がきた状態で開始するのだ。それは職業を問わない。武器は、木の剣・木の杖・木の盾・木の太鼓の四種類から好きなものを選んで開始だ。最初は四職業、その後の分岐で十職業になるのである。

 ステータス画面で、【人口】を見る事ができる。それを見た限り、初心者が96パーセントである。残りの3パーセントがVR開始時からの参加者で、MMOからの移行組は1パーセントしかいない。これから増えるのだろう。さらにそのカテゴリごとのランキングが見られるのだが、俺はMMO移行者の中で、レベルが3位である。まずここに一つ、俺の名前があった。いいや、忘れよう。俺は、新たなるゲーム人生を開始したのだから。

 俺には決めていた事がある。俺も――冒険初心者の振りをするのだ。
 外側からでは、名前もレベルも見えない。もっとも名前は、二千人以上の人々がゲームを開始しているようだから、被っている事もあるだろうし、バジルと名乗っても同一人物だとは気づかれないだろう。レベルは、強いスキルを使わなければバレない。問題は装備である。俺はひっそりと、赤い冒険者の服を身につけた。武器も木の杖に変更した。その上に、VR開始時に全員に配布される茶色いローブを纏う。これで、俺はもうどこからどう見ても初心者だ。

 初心者の波に紛れながら、俺はこれから初々しい気分で頑張ろうと思った。



 このゲームには、メインシナリオと呼ばれる全員共通のストーリーがある。シナリオを読みながらボスを討伐するものだ。このボスがレアアイテムを落とすため、一度クリアした後も、連戦と言って何度も倒す遊び方が一つある。他にサブシナリオと言って、各街の酒場で受注可能なミッションがある。こちらは特定のモンスター討伐などをするもので、これもパーティを組んで遊ぶ。

 パーティは、チャットの【叫ぶ】や、掲示板の【募集】といった機能を使って組むこともできるし、現地で顔を合わせた相手と組むことも可能だ。それらは、フレンドを作る絶好の機会である。毎回遊べるような友達が俺は欲しい。他にもレベル上げパーティで仲良くなるという事もある。

 俺はメインシナリオは、VR版の最新までMMOでクリアしてしまっている。
 さて、どうしたものか。少し考えてから、初心者のレベル上げパーティに紛れ込む事に決めた。ステータスでは、職比率も見る事ができたのだが、聖職者は非常に少数だった。初心者がやるには難易度が高いからかもしれない。高レベルでも少なそうだった。不人気なのかもしれないが、それでも俺は回復職が大好きだ。

 街から出て山脈の合間の獣道を歩く。この先に、初心者が主にレベル上げをする洞窟が存在する。迷わずそこに向かって、俺は周囲を見渡した。大混雑である。

『パーティ空きありませんか?』

 まさに俺が同じことを叫ぼうとした時、誰かが叫んだ。見守っていると、同様のつぶやきが三百ほど流れた。あ、これダメだ。直感的に俺は悟った。こういう呼びかけが飛び交っているときは、事務的なパーティが多いから、友達ができにくいのだ。

 ……もうちょっと上のレベルの狩場に行ってみようかな……?

 仕方がないのでそう決めて、俺は踵を返した。そして洞窟から左に直進したところにある、風穴の入口へと向かった。中へと進んでしばらくすると、長い坂道が現れた。ぼこぼこ下道を歩き、俺は開けた場所に出た。足元が緑の草になり、背後には巨大な鳥の巣がある。見た目は鳥の巣だが、中ではドラゴンの赤ちゃんが眠っていた。

 ここれレベル50前後のキャラクターのレベル上げ地帯である。ステータス情報によると、レベル50以上のキャラクターは、全体の30パーセント程度だった。現状では、十分上級者と言って良いのかもしれない。人気もまばらだった。チャットもほとんど流れていない。眼前に広がる草むらには、いくつものドラゴンの卵が落ちている。これを倒していくとレベルが上がるのだ。

 この場所ならば、パーティを組んだ相手とより親しくなれるかも知れない。最初は、そんな下心で、【叫ぶ】機能を使おうとした。だが――その時、俺の視界に、一人のキャラクターが入った。リアルだから、キャラクターと呼ぶのもおかしいかも知れない。

 緑色の髪と目をしたその人物は、白い和服アバターを身につけていた。俺も色違いの臙脂色を持っている。好みだ。男だけれど、服は好みだって別に良いだろう。別段俺も、元々が同性愛者というわけでは無いのだ。

 どうやら――忍者らしい。このゲームには、和風の職業も存在するのである。双剣を振るっている。クナイに似ているが、アイテムカテゴリは【剣】である。剣忍者だ。剣忍者は、序盤は最強なのだが、レベルが上がると非常に弱くなる。弱くなる頃合が、丁度50レベル前後だ。だから皆、60レベルの第二次職業選択にて、術忍者に転向する。この50レベルから60レベルにする間が、非常にレベル上げが大変なのである。敵は強いが、爪は弱いからだ。一度術忍者になってしまえば、再びゲーム内バランスで言うならば最強クラスの強さになる。眺めていると、その爪忍者は、時々瀕死に近い状態になった。このゲームでは、死亡すると、最後に立ち寄った街に転送される。

「あ」

 その時、割れたドラゴンの卵の中から、触手のようなドロドロの手が爪忍者に襲いかかった。まずい、死んでしまう。咄嗟にそう判断した俺は、木の杖からチェンジして、聖職者の十字架を呼び出し、それを大きく振った。視界操作で、スキルを選択する。回復スキルのヒーリングをまず発動させ、爪忍者のHPを全回復させた。続いて、蘇生術を用いて、一度死んでも復活するスキルをかけた。

 すると驚いたように爪忍者が息を飲んだ。素早く俺を一瞥してから、双剣でモンスターを切り裂く。辺りに体液が飛び散った。僕がほっと一息つく前で、無事に彼は勝った。

「――助かった。ありがとう」
「いや……いきなり悪かった。思わず、な」

 無表情で礼を言った彼に、俺は苦笑しながら手を振った。するときょとんとした顔をした痕、爪忍者が微笑した。最初の真剣な印象とも必死な表情とも異なり、胸を突く温かい笑みだった。

「思わず、か。天性の聖職者なんだな」
「そんな、大げさな」
「本当に助かった。レベル上げか?」
「ああ、まぁな」
「良かったら、一緒にどうだ?」

 俺は心の中でガッツポーズをした。やった、誘われた。願ったり叶ったりである。

「うん。是非よろしくお願いします!」

 こうして僕達は、二人でパーティを組んだ。