【19】★



 リュートを見たら、何故なのか俺の涙腺が壊れた。
 歩み寄ってきたリュートが、ぎゅっと俺を抱きしめた。ここは現実だ。男同士で抱き合っていたら変だ。

「離してくれ」
「なんで?」
「誰かに見られたら……変だ」
「別にいいだろ。それより、ずっと気になってたんだよ、どうしてるか。帰って、幸せにしてるかどうか」
「――寂しかった」

 俺は思わず本音を口にしていた。リュートの背中に震える手を回してみる。少しだけ怖かったが、そうするとリュートがさらに強く抱きしめてくれた。

「それはVRの方が良いからじゃねぇだろうな」
「え?」
「俺がいなくて寂しかったんだろう? VRだろうが現実だろうが、俺がいる場所が良い――そこが一番幸せなんだよ」
「リュート……」

 リュートは俺の目元の涙を拭うと、苦笑した。そして俺の髪を撫でながら耳元で囁いた。

「先に言っておけば良かったと思った。俺はな、お前のことが大好きなんだぞ」
「……っ……」
「お前はさっぱり覚えていないみたいだけどな、MMO時代にも俺はお前にレベル上げを手伝ってもらったことがあるんだ。今回と同じ場所で」
「え?」
「その時、いつかお前の隣に並びたいと思ってたら――バジルの隣には、兄がいた。だから俺は頑張ったんだよ。そうしたらお前は引退だ。俺はやさぐれて、出会い厨と化した」

 冗談めかしてそう言ったリュートは、それから俺の頬を撫でた。

「あの頃はお前に俺は守ってもらうしかなかった。だけどな、今ならお前を守れると思って、今回は頑張ったんだよ。思えば最初からバジルの事が好きだったのかもな」
「本当に……?」
「おう。だからお前も、俺を好きになれ」

 そう言って、通行人がいるというのに、リュートが俺の唇に軽く口で触れた。
 思わず俺は赤面する。

「行こう」

 リュートはそう口にすると、俺の手を握って歩き始めた。慌てて追いかける。雑踏を抜けながら、俺はリュートを見た。

「なぁ……ミスカはどうなったんだ?」
「さぁなぁ。気になるか?」
「リュートは気にならないのか?」
「まぁ、なるっちゃなる。ただその”気になる”の意味合い次第では、単なる嫉妬になる」
「嫉妬?」
「俺やっぱり一穴一棒主義だわ」

 その言葉に、俺は思わず咳き込んだ。なんていうことを言うのだ。

「ホテル行こう。ダメ、無理、我慢できん」
「……っ、あ、あの……」
「俺が恋人になってずっとそばにいるのは嫌か?」

 俺は――……二度ゆっくりと瞬きをしてから、リュートの手を握り返した。

「嫌じゃないよ」

 それは、本心だった。そこにあったのは、ただの寂しさだけではない。俺は、退院してから、ずっとリュートの事を考えていたのだ。だから――これで、良いのだと思った。

 あるいはミスカとリュートが逆だったとしたら、俺はその時はミスカに惚れていたような気がする。その程度に曖昧な感情のままだが、今、確かに俺の内側に、”特別”な想いが育ち始めようとしていた。恋の始まりなんて、そんなもので良いのではないかと、自分に言い訳する。

 二人で向かったホテルの部屋に入ると、すぐにリュートが服を脱がせてきた。
 深いキスをしたのは、その後だ。


「ぁ……ああっ」

 じっくりとローションをつけた指で、中を解される。VRとは違って、経験はあるもののきつい。それでも根気よくリュートが中を暴いていく。優しく指を振動させられると、鼻を抜ける甘い声が漏れた。

「あ、ああっ、ああああ」

 リュートが中に入ってきた時、俺は怖くなってしがみついた。汗ばんだ髪が肌に張り付く。VRとは違い、生きた香りがした。息遣いが熱い。その状態でキスをして唾液が交わった。中まで進んできた陰茎は、一度動きを止めた。馴染むまで待つように、じっくりと体を埋めている。

「ずっと現実で、こちらでこんな風に繋がりたいと思ってた」
「うん、あっ」
「まぁ良い、お前はゆっくり俺を好きになれ」
「あ、あ、ああン――!!」

 動き始めたリュートに翻弄され、すぐに俺は理性を失った。


 こうして、俺とリュートは付き合い始めた。俺は秘密のつもりだったが、リュートがトキワに暴露し、トキワの店を知っていたユフテスにすぐに伝わり、ユフテスとリアルでも親交があったローレライからは「大丈夫か!?」と心配の声まで俺に届いた。

 なんだかんだで、俺は恵まれているのかもしれない。

 なお、サンセット・グリードは、今回の件でVR配信が中止された。代わりにios版が復活し、そちらで遊べる事になった。世論は賛否両論だったが、ゲームには根強いファンが多かったらしい。俺は――そちらに復帰した。だからリアルでは無くなったが、ペットと遊んだり、栽培をしたりしながら……最強に戻った。

 そして現在では、リュートと共にギルドを運営している。俺がサブマスだ。
 ミスカの行方はいっこうとして知れないが、俺は彼もまたこのMMOをやっているような気がする。なんとなくだけど。ゲームの魅力は、まさに魔力だ。

 こうしてリアルでもゲームでも、俺はリュートと共にいる事になった。
 色々あったが――こんなエンディングも悪くないと俺は思う。
 一度レイトにも会って、お互い気まずかったのだが――一応祝福してもらえた。
 これが俺の結末だ。