【11】恋の自覚




 しかしその後、俺は帝国騎士団の第二騎士団の団長を務めるまでになったのだが、現在までに俺の他には、第二王子後宮には、一人も妃がいない。正妃の俺のみだ。正妃が騎士団長というのも前代未聞だというが、後宮に政略結婚の寵姫が一人もいないというのも異例だとの事である。

「ロイル団長、なんとかザイド様に寵姫を迎えるように申し上げて頂けませんか?」
「昨日も伝えた。考えておくの一点張りだったんだ」

 俺は帝国の宰相閣下と顔を見合わせて溜息をついた。俺達が結婚してから早二年。ザイドは学園を卒業し、主に外交を王宮で担当している。結婚した直後こそ、毎晩一緒に眠っていたが、最近はお互い多忙な事もあって、寝室も別だ。ザイドは性欲の権化だと考えていたのだが、ここの所は俺に手を出してくるでもない。

 現在までの所、俺はザイドに恋をしてはいない。なんだか、『ザイド』というポジションが独立して俺の中に存在している。身近で特別な存在となったようには思うが、恋をしているかと聞かれると、疑問だ。胸がときめいたりした事が無い。

 この日も帰宅し、俺は遅い晩餐の席でザイドに言った。

「ザイド。そろそろ寵姫を迎えたらどうだ?」
「何度も言っているが、お前がそれを言うのか?」
「みんなに頼まれてるし、俺もその方が外交的にも円満になると思う」
「……考えておく」
「そればっかりじゃないか」

 俺が目を細めると、ザイドが不貞腐れたような顔をした。

「……一体、いつになったら俺を好きになってくれるんだ?」
「そう言われても……」

 俺だって困ってしまう。
 ――そんな俺達に転機が訪れたのは、ある春の日の事だった。

「久しぶりだな」

 王国から外交で、バリス殿下が帝国へと訪れたのである。護衛にはベクス先輩を伴っていた。俺も今回は正妃の仕事として、ザイドの隣で接待する事になった。その夜、バリス殿下に、歓迎の夜会の場のテラスで、耳打ちされたのである。

「戻ってこないか?」
「え?」
「ずっと言いたかった。しっかりと。俺はお前が好きなんだ。今でも」

 それを聞いた時である。
 何かが胸の中で、ストンと落ちた。俺は――帰ろうとは思わなかった。何故なのか、ザイドの隣にいる方が自然な気がしたのである。

「気持ちは嬉しいけど、俺はここにいるよ。有難う、バリス殿下」

 こうしてこの夜、俺は自分が、どうやらザイドを好きらしいと理解した。いつからそうだったのかは分からないのだが、急にザイドの顔が愛おしく見え始めた。

「何を話していたんだ?」

 ――夜会後。
 自宅に戻ると、ザイドが俺を見た。やっぱりその顔が妙に惹きつけられるものに見えるから不思議だ。

「色々とな」
「俺には言えない話か?」
「そういうわけじゃない。ただ、笑われそうだな」
「ほう。笑わせてもらおうか」

 ザイドが俺を抱きしめた。俺は久しぶりの体温に苦笑する。

「王国に帰ってこないかと言われて、断った」

 端的に俺が告げると、ザイドが目を瞠った。

「……断ったんだな?」
「ああ」
「そうか。王国との戦が回避できて何よりだ」
「――ザイドは今も俺が好きか?」
「何度もそう言っているだろうが」
「俺も好きになったみたいだ」

 少しだけ勇気を出して告げると、ザイドが今度は息を呑んだ。それから両腕に力を込めると、俺の額を胸板に押し付けた。

「アニスよりもか?」
「最近姫の事は忘れていたな、そういえば……」

 最推しだったはずなのだが。俺はここの所、思えばザイドの事しか考えていなかった。主に後宮問題だとはいえ。

「そうか……俺は、やっとお前の心を手に入れられたんだな」
「え?」
「最近、虚しかったんだ。結局心が手に入らないのでは意味が無かったと思い知らされていた。だから本当に良かった」
「ザイドでもそんな事気にするんだな」
「俺も大人になったらしい」

 ――この夜は、久しぶりに二人で一緒に眠った。
 と、このようにして、最推しに浮気された事がきっかけで、流されに流された俺ではあるが、最終的にはきちんとした恋をするに至った。人生何があるか、本当に分からない。

 その後もザイドは結局寵姫を迎えなかった。なお、俺達は、養子を一人迎えた。以後、俺の最推しは、息子となったリュースに変わる。ゲームには勿論登場しなかったキャラクターであるが、本当に可愛い。




(終)