【第六話】班分けの班分けの班分けの結果






 学園生活も、三年目になった。今年で、俺も十五歳だ。
 即ち、【月の徒弟】という制度の利用が許可される。だが、俺はそもそも支配するのもされるのも、特に好きというのは無い。任務上、アドバズル卿の≪命令≫を受けたり、Domに転化した父から強い言葉を突きつけられたりして生きてはきたが、そしてそれに従う体というか欲望がSubの俺にはあるわけだが――……元々の認識が、現代ニホンの感覚である。人類皆対等とは言わないが……なんだか、誰かに屈服するというのも何とも言えない。

 そもそもSubあまりの貴族社会の学園であるから、男爵家の次男という立ち位置の俺は、支配してくれるDomをさがすのにも一苦労なのだが……まぁ、そんな考えもあって、十五歳の誕生日がきても、俺はダイナミクスを『非公表』とした。

 そもそも俺のダイナミクスなんて、誰も気にしている様子は無かった。だから、学園で知っているのは、一部の教職員と、兄上とスコット先輩だけである。兄上とスコット先輩は実に良好な関係を築いているみたいだ。俺には無縁の甘い世界だ。

 俺は今なお、貰える≪命令≫の多くは、≪殺せ≫である。
 この国は、週休二日で、土日が安息日という名前のお休みなのだが、その都度魔物討伐部隊の仕事に従事し、俺はアドバズル卿の≪|指示《コマンド》≫に従う事で、何とか自分を保っている。

 十五歳でダイナミクスが公表可能となり、『月の徒弟』といった制度が許されるようになるのには、一つの理由がある。二次性徴に呼応するようにして、この頃から、Dom性やSub性の色彩が個々人の中で強くなるからだそうで――≪命令≫を受けないと、例えば俺のようなSubは『不安症』と呼ばれる症状を、個人差は有れど発症するそうだった。

 特徴は、息苦しくなって、不安感に襲われるらしい。
 在りし日の知識で言うと、過呼吸やパニックに似ているんだとは思う。まぁ要するに、情緒が不安定になるという事だ。それで、息が苦しいから、と、つい首をかきむしる人が多い。その為、Sub不安症だと露見する事が少ないように、Subは学ランじみた制服を着用する事が多いようだ。一方のDomと、既に月の徒弟の枠を超えて、『|契約《クレイム》』を結んでいて首輪を交換しているパートナーがいるSubは、ブレザーを着用する場合が多いらしい。

 俺は勿論、学ランを来ている。詰襟だ。
 なお兄上とスコット先輩は正式に婚約もし、現在では徒弟から許婚に名前がチェンジしている。多くの場合、政略結婚であるが、DomとSubがこうした婚姻をするのは、愛がある場合が多いようだ。少なくとも兄上達にはある。父上も、相手が伯爵家の方だから、大手を広げて喜んでいた。

「……」

 まぁ、そんなわけで、俺は非公表にしているし、月の徒弟関係を結んでいる相手はいない。己がSubだと公表したとしても、恐らくは男爵家の次男では、Subあまりの現在、相手は見つからないだろうが……。

「はぁ……」

 俺は帰宅後、自室で、右手で軽く己の首を押さえて、締めるようにした。はっきり言って、僅かではあるが、息苦しさがある。これも、Sub不安症の症状なのは明らかだ。昨日まで、中間テストがあったから、魔物討伐部隊での仕事は休みだった。乱暴なコマンドでも、無いよりはマシらしい。もっとも、当初のように≪Sub drop≫してしまってはまずいが……。

「あーあ。どんな、なんだろうな。甘いコマンドって……」

 たまに、兄上とスコット先輩を見ていると、羨ましくなる。俺には未知の世界だが、スペースに入ると、まるで天国にいるような気持になるらしい。多分今後一生、セーフワードすら用いる事は許されずに俺は生きていくのだろうから、たまに空想して羨ましくなる。

 まぁ、妄想くらいは自由だろう。現実には来ないとしても。
 そんな事を考えてから、簡単な宿題を消化した後、俺は寝台にあおむけになって微睡んだ。明日からは、三年に一度行われるルナワーズ魔法学園の学園祭の組織委員会の活動が始まる。義務過程の縦割り班が作られるらしい。多くの場合は、同じ派閥でそれとなく組み合わせがなされるようだが、時々それと外れる場合もある。例えば、俺は『知っている』。ロイ王太子殿下の護衛を兼ねるから、俺は恐れ多くも同じ班になる。王太子殿下の班は、今回内々に、公爵派と俺の所属する乳母兄弟が嫡子の侯爵派から選ばれたようだ。とはいえ、同じ班組でも何人もいるから、俺は空気として、モブとして、同じ空間にいるだけで、接点は無いだろうが。

 そう考えつつこの日は眠り、俺は翌朝を迎えた。
 本日は丸一日が打ち合わせと決まっている。大講堂に集まることになったので、俺はそちらに向かった。兄とスコット先輩は別の班だ。この辺でもバランスを取っているらしい。今回俺は、なるべく関わりたくないゲームの攻略対象であるロイ殿下と、あとはいつか、素性を隠して助けたグレイグと同じ班である。他の攻略対象や、名前のあった脇役は別の班だ。ひっそりと打ち合わせがある大講堂の片隅に、俺は目立たないように座った。

 すると少しして、王太子殿下とグレイグが、取り巻きを引き連れて入ってきた。同じ班だが別陣営だという認識を表面上は少なくともしている形なので、俺は同じ派閥の人々と共に、隅に退いた。俺は、現派閥内でも全然目立たない平々凡々な、男爵家次男としてそこにいた。

「――というわけで、班の中で、再度、個別の班編成をし、効率化する事を提案する」

 ぼんやりしていると、学年は下ながらにその場を掌握し、仕切っていたグレイグが宣言した。まずい、全然聞いていなかった。顔をあげた俺は、直後ロイ殿下が続けたのを見た。

「そこで、事前にあみだくじで班分けをしてきた。今回は、派閥を超えて、共に学祭において、最優秀班を目指そう」

 一応、王家はどの派閥にも公平なフリはしている。その殿下の言葉に、否は唱えられない、絶対王政国家がここだ。こうして、班組の中の更なる班編成が発表された。

 ――俺の名前は、A班だった。
 メンバーは、ロイ殿下、グレイグ、俺、その他数名(俺以外、全員保守の公爵派)。
 ロイ殿下の護衛にはものすごく都合がいいが、派閥的にはものすごく気まずい。あみだくじって不公平だな? しかし文句も言えない。俺は、初対面のフリをして、愛想笑いをするしかなくなった。

「ライナ・アンドラーデです。よ、よろしくお願いします……!」

 早速A班で話し合いにとなった為、俺は自己紹介の順番が回ってきたところでそう述べた。俺の右隣りには、グレイグがいる。左隣の生徒は、グレイグの右腕だというレグス先輩だ。レグス先輩は、攻略対象の一人であり、第一騎士団の団長のご子息だ。

「さらに効率化するために、班内部で二人一組の単位を提案する」

 その時、グレイグが述べた。もう好きにしてくれと思いつつ、俺はそちらを見る。

「これもくじびきしておいた。俺は、ライナ先輩と組む」
「えっ」

 グレイグの声に、思わず俺は思いっきり声をあげてしまった。するとギロリと睨まれた。

「何か不満が?」
「い、いいえ。恐れ多い事です」

 引きつった顔で俺は笑っておいた。多分、俺が助けた事は露見していないし、本当にくじ引きの結果がこうだったのだろう。あちらも不本意に違いない。俺はそう考える事にした。

 まぁ、本音を言えば、ゲームのメイン登場人物には、あんまり絡んでほしくはないが。なにせ、波乱万丈である。俺は、ただでさえ現状が精いっぱいであるから、今後これ以上の難題に関わるのはきつい。

「では、あちらで少し話そう」

 こうして班分けの班分けの班分けがなされた結果、俺はグレイグと二人きりで話すことになったのである。