【第八話】Side:グレイグA






 当初は、DomかSwitchなのだろうと思っていた。その為、普段は完璧に制御しているグレアを、グレイグは班の初顔合わせで二人きりになった瞬間に、軽くぶつけてみた。グレイグは高ランクのDomであるから、当人にとっては軽かったし、ライナの実力的にも問題は無いだろうと思っていたが――結果、怯えられた。それを見た瞬間、『もしや』と思った。その後自分の『軽い命令』に従わせた瞬間の充実感もあって、この感覚は……と、即座にグレイグは、内々にライナのダイナミクスを調査させた。教職員を買収させたのだ。

 結果、歓喜した。
 ライナは、Subだった。非公表にしているが、Subだ。
 現在グレイグは、十四歳だ。あと一年、あと一年だけ待てば、ライナを月の徒弟に出来る。そう理解した瞬間の喜びと言ったらなかった。

 ――が。
 対立派閥のヴェルガ・ユングレールがライナに声をかけているのを聞いた瞬間、グレアが抑えきれないほどに苛立った。他者の徒弟は、徒弟にする事は出来ない。一度契約してしまえば、ずっとそのままで解消も無い。そこが、本物のパートナー契約とは違う点だ。ヴェルガは十七歳だ。当然、本気ならば、すぐにでも同じ派閥でもあるし、ライナを徒弟に出来てしまう。しかし己は、あと一年間は無理だ。

「……」

 思わず唇を噛みながら、グレイグは怒りを抑えようとしていた。だが、目の前で困惑したような目をしているライナを見ていると、八つ当たりしたくなってくる。分かっている。己の勝手な――片想いである。だがグレイグにとって、ライナは既に、『自分のもの』でもあった。絶対に誰かに渡したくない。自分だけが命令し、支配し、褒めて、ドロドロに甘やかしたい。ここまで強い執着を他者に覚えた事が一度も無いので、その衝動は、グレイグ自身も困惑するほどだった。

 現在は、食堂から場所を移して、班での話し合いの最中だ。
 学園祭まで、あと二週間。
 それが終わったら、班で顔を合わせる事もなくなる。

「グレイグ?」

 気づくと班の活動が終了していた。司会をしていたロイが顔を向けると、グレイグが顔を向ける。頭の中に内容はすべて入っているので、聴いていなくとも特に問題は無い。

「難しい顔をしてどうしたんだ?」
「――いいや。一学年の差がもどかしいと思ってな。早く十五になりたいものだ」
「ああ。ライナ先輩か。彼は強いのだろうが、立場が弱いようだな」
「何か知っているのですか?」

 グレイグが『強い』という言葉に反応した。すると近衛騎士団から護衛について耳に入っていたロイが頷く。

「交換条件としよう。上手く平民も学園に通えるように制度を変える手伝いをしてくれるのならば、私も知っている事を隠さず話そう」
「それが殿下の望みならば、忠実な臣下として助力は惜しまないが、先に聞かせてくれ」
「ライナ・アンドラーデは、私の護衛だ。義務過程の期間は、私の通学は毎日ではないが、こと高等課程に入ってからは本格的に私を守ってくれる事だろう。彼には期待している」

 知らなかった情報に、グレイグが目を瞠る。それから顎に手を添え、逡巡するような目をした。

「では、殿下がライナ先輩を徒弟とするのか?」
「いいや? 私は、初恋の君さえ居れば良い。早くクリフに会いたくてならない」
「なるほど、利害は一致しているな」
「だろう?」
「俺がライナ先輩を徒弟にすれば、俺と殿下はどのみちそばにいるのだから、護衛役も果たせるだろうしな。円満に婚約破棄をするその日までは」
「そういう事だ」
「しかし学内で護衛が必要な事態などあるのか? ロイ殿下に手出しなどすれば、首が跳ぶというのに」
「さぁ? 私には下々の考える事は分からないよ」

 そう言ってロイは悠然と笑う。頷いてから、グレイグは腕を組んだ。まず、己がやる事としては、いかなるDomにも、ライナを月の徒弟にさせない事だ。その為には、最も注意すべき敵対派閥の内部のDomを洗いだして、掌握しておく必要があるだろう。

「所でグレイグ」
「何か?」
「――何か企んでいる顔をしているが」
「ああ。ユングレール派について少しな」
「それがライナ先輩に関係する事であると仮定し、お前の事だから場合によっては派閥を潰して吸収する事を検討していると判断して助言するが、グレイグはライナ先輩が好きなのだろう?」
「ああ。それが? 助言?」
「外側を封鎖してライナ先輩に誰にも手出しさせないというのも悪くはないかもしれないが、もっと簡単な方法があるのではないか?」
「? 回りくどい」
「気持ちを伝えれば良い。自分が徒弟にしたいから、あるいは恋人としたいから、他の誰とも関係を持たないで欲しいと請えば良い」

 ロイの言葉に、グレイグが呆れたように嘆息した。

「フラれたらどうすれば良い?」
「私が慰めてあげよう」
「慰められると何か事態が変化するのか?」
「気分は変わるかもしれない」
「何の役にも立たないじゃないか。からかうな」

 肩を落としたグレイグを見て、ロイが吹き出す。

「恋に不安はつきものだな」