【7】めでたし、めでたし(★)


 すると、腰の刀の鞘が、謙翁にぶつかった。

「これは?」
「ああ――本物に見えるだろう? ほれ」

 宗純がそれを抜くと、そこには木刀が現れた。

「鞘に収まっていたら立派だろう? けどな、実際はこれだ。同じように、外見だけじゃ、中身が立派かは分からないと証明したくてな」
「なるほどね。私は、最後に会った時から、今までの間の、宗純の話がもっと聞きたいな――何やら、あれほど駄目だと口にしていた癖に、美味しそうな酒とお魚もあるし」
「良いぞ。座れ。俺も変わったんだ、謙翁の教えでな」

 冗談めかしてそう言うと、宗純が謙翁を座るように促した。二人で並んで座る。今度こそ宗純は酒を注いだ。二人分だ。

「やっぱり頓知が得意なのかい?」

 謙翁が問うと、宗純が喉で笑った。

「ああ。屏風の虎を退治したり、渡ってはいけない橋を渡ってみせたり、忙しいぞ。ただ、そういったものも含めて、それが俺の風狂なんだ」
「そう。大人になったんだね」
「――不思議だな。俺の中では、謙翁こそがずっと大人だったんだが、今は俺より幼く見えるぞ」

 隣にいる謙翁が、記憶以上に華奢で可愛く思えて、宗純は不思議な気持ちになった。正確には、線の細い美人に見える。

「何歳? 私はね、君とは七歳違うんだ。最後に会った時は二十七歳だったんだ」
「俺は今年で三十二だ。なるほどな。謙翁が老けていたというよりは、俺が幼くて大人を見る目が養われてなかったんだろうな」
「五歳も年上になったのかぁ。だけど私には前世知識もあるからね――……前世は丁度八歳で病死したから同じ歳だね。生まれた時から病気だったから、私の趣味はWeb小説を読む事だったんだ」
「『うぇぶ小説』とは何だ?」
「そうだなぁ、御伽噺とでも言ったら良いのかな」
「へぇ。俺も、詩集でも書こうかと思っていたんだ。今度見てくれ。題名は、狂雲集とするつもりなんだ」

 たわいもないやり取りは、いちいち幸せで、宗純は笑顔を浮かべながらも、泣きそうになってしまった。死のうとした暗い過去の話は封印し、なるべく謙翁を楽しませる話だけをしたいと考える。久しぶりに会ったものだから、緊張していた。

 謙翁はといえば、数日ぶりの感覚であるから、至極いつも通りだ。その上、逆向転生者の規則でこれまでは話せなかった事も、二人きりの時には話して良いと歴史管理人の紫峰にお墨付きを貰っていたから、これまで以上に気楽に話している。もう歴史は変わっているからだ。正しい側面は保たれ、裏側では変化したのである。謙翁宗為は死ななかったのだ。

 いいや、死んだ。歴史上は死んだ事になった。そして今は、転生前の記憶と今の人生の両方を併せ持つ、新たなる一個人となったのである。名前は、岐翁紹禎だ。本来であれば、宗純の子供として生まれるはずだった人物であるが、その未来は来ないため、多少の誤差として、紫峰が処理をしてくれたのである。外見年齢が変わらないが、後世に写真が残る事は無い。

 ――二人の間の、この温度さに、暫くの間、謙翁は気がつかなかった。ただ嬉しそうに逆向転生の知識についてや紫峰について語っていたのである。漸く気づいたのは、宗純が何も言わずに頷いている事を理解した時だった。

 じっと目を見れば、宗純の瞳は涙で濡れていた。謙翁の脳裏に、子供だった頃の宗純……周建の姿が過ぎる。大切な、弟子でもあると再確認した瞬間だ。

「好きだよ、宗純」
「……おう」
「宗純、ごめんね。本当に、私は自分勝手だった」

 自分の話ばかりしてしまった事を、謙翁は反省した。

「全くだ」

 短く頷いた宗純はといえば、どれほど愛の喪失に押し潰されそうだったかを、糾弾したいほどの気持ちだったが――愛おしい笑顔を見ていると、それが出来無い。第一、今の自分が在るのは、その経験があってこそでもある。

「ただ、俺はもう、しっかりと大人になった」
「外見以外も? 悟りは別として。それは君の宿命だったみたいだからね」
「全般的にだな。試してみるか?」
「え?」

 そう言うと、宗純が謙翁の腰を抱き寄せた。やはり細く感じる。宗純は無骨に変わった己の長い指で、謙翁の体を再び抱きしめながら、儚く消えてしまう事を恐れた。もしもこれが夢ならば、今度こそ己は立ち直る事が出来無いと実感する。

「――浮気した?」
「誓ってお前以外とは寝た事が無い。遊びに行っても勃たなくてな。帰って謙翁を思い浮かべて寂しく右手だ」
「な、生々しいな……――する?」
「謙翁が欲しい」

 そのままその場で、宗純は謙翁を押し倒した。そして性急に法衣をはだけていく。謙翁の体は、肌に触れる宗純の指先が動くと、小さく跳ねた。謙翁の両手首を掴み、逃れられないように押し倒している宗純は、それから謙翁の白い首筋に唇を落とす。

 椿油は、謙翁が持っていた。

「手紙を置いてから、持ってきたんだ。もしも会えなかった時に備えて、何か私も記念に持っていこうと思っていたら、布団の周りにはこれしかなくて」

 二人で顔を見合わせ、小さく吹き出した。その後、体勢を変える。謙翁が猫のような姿勢になり、じっくりと指で慣らしてから、宗純が挿入した。椿油で滑りながら、宗純の熱い楔が謙翁の中に入ってくる。奥深くまで暴かれた時、謙翁が喉を震わせた。

「ぁ……ぁ、ぁ」

 その細い腰を掴み、何度も貪るように、宗純が打ち付ける。その後、背中に体重をかけて、謙翁の身動きを封じた。もう腕から離したく無かった。

 そうされた側の謙翁は、感じる場所を突き上げる形で動きを止められた上、動けなくなり、背筋を這い上がってくる快楽に震える息を吐く。

「あ、あ、ああ、あ……ゃ……ぁ、ぁああっ」
「もっと謙翁を感じさせてくれ」

 宗純は囁いてから、謙翁の耳の後ろを舐めた。その刺激すら快楽に変換され、謙翁が悶える。震え始めた謙翁の汗ばんだ体は、肌が白いから赤くなるとよく分かる。うなじを舐め、そこにも口づけ宗純が強く吸う。

「ゃ、あ、動いて……っ……あ、あっ!」

 堪えきれずに謙翁が懇願すると、非常に緩慢に宗純が動いた。その刺激に焦らされて、謙翁が涙ぐむ。その気配に喉で笑うと、一転して激しく宗純が律動を開始した。謙翁が喘ぐ。卑猥な水音と、皮膚と皮膚が奏でる音が谺していく。

「ああ、あ!」

 その後、何度も強く打ち付けられて、最奥まで貫かれた時、謙翁は果てた。しかし宗純の動きは止まらない。

「や、あ、待って――っ、あ、ぁあ!」
「悪い、もう余裕が無い。ずっと、お前が欲しかったんだ」
「ん――!」

 連続で結腸を責められて、謙翁の頭が真っ白に染まる。中だけで今度は果てた。あまりにもの壮絶な快楽に、息が出来なくなる。快楽が全身に響き、埋め尽くしていく。

「あああああ!」

 そして謙翁が再び放った時、ほぼ同時に宗純も果てた。お互いの荒い息が庵の中に広がる。ゆっくりと宗純が体を起こし、陰茎を引き抜くと、謙翁がぐったりした様子で床に頬を預けた。茶色い髪が汗で濡れている。そのまま謙翁は寝入ってしまった。

 宗純はそんな謙翁の隣に寝そべり、腕枕をする。寝顔を見ているだけでも、愛しさがこみ上げてくる。謙翁が目を閉じたのを良い事に、声は出さずに静かに泣いた。歓喜の涙だ。

 こうして。

 一休宗純の恋は、史実の歴史においてであれば、仮にそれが事実であったとしても死別に終わるのだが、歴史管理人のいるこの『現実』においては、幸せに実る事となった。


 めでたし、めでたし。



【終】