【1】僕は、人間が嫌いだ。




 僕は、他人が嫌いだ。かと言って決して、己を好きだというわけでは無い。
 他人が特に嫌いであるだけで、自分の事も好きでは無い。
 ――世界は、害意で出来ている。僕は、この世界を築く人間自体が嫌いなのだ。

 寂れた木造の小屋、二階建て。
 一階は僕の職場で、二階は居住スペースだ。
 顔も見たくない他人は、一階に訪れる。仕事の関係だ。

 いくら誰にも会いたくは無いと考えても、生きるためには収入がいる。
 ならば死んでしまうという選択肢も当然用意されているわけだが、万が一失敗でもすれば、大嫌いな他人に囲まれる事になるため、それは最終手段として残してある。過去に数度、僕は世界に耐え切れなくなった事があるから、いつでも右足首に吊るための紐を巻きつけ準備をしつつも、お洒落な振りをして過ごしている。

 二階の奥の寝室兼私室で、僕は姿見を一瞥した。
 濃い青闇色の瞳、それを更に夜に近づけたような黒い髪をしている。髪の色は亡くなった母譲り、瞳の色は父方に多く出る遺伝的な色合いだが、その父方も僕を残して途絶えている。天涯孤独――それは僕にとっては、幸いな現実だ。家族であっても、僕にとって、それは他者なのだから。僕の青白い肌は、純粋に屋内で仕事をしていて外に出ないためだ。どちらかといえば細身の理由は、仕事で食事を忘れる事が多いというのと、そもそも食欲があまり無いからである。

 若草色の服と、クリーム色の下衣に穿きかえてから、僕は階下に降りた。
 これから、仕事の始まりだ。
 僕の仕事は、魔術武器(グリム)の作成である。

 魔術武器には、三種類ある。

 一つ目は、杖だ。握って振る、長い杖である。これは、高位の魔術師が使用する。
 頭の中で魔方陣を描き、杖を振る事で、魔術が発動する代物だ。
 即ち、使用者に、一定の魔術知識が必要とされる。

 二つ目は、魔導書だ。こちらは、左手に持って開く。すると書籍に記録されていた魔術が発動する。使用者自身には、必ずしも発動される魔術の知識は必要ではない。記述者側に、魔術知識が必要となる代物だ。よって、製作者自身も魔術師である場合が多い。

 三つ目は、結界魔導具だ。これは、魔術師で無くとも使用可能だ。この世界には、魔獣と呼ばれる、体内に魔力を持つ害獣がいる。それらが瘴気として撒き散らす異質な魔力を防ぎ、ただの獣と等しくさせるための魔導具だ。剣士であっても槍士であっても、魔獣の討伐の際には、結界を必要とする。

 僕はこの、杖・魔導書・結界魔導具の全てを作成している、魔術武器職人である。
 必要に迫られたのもあって、僕自身にも魔術知識はある。
 しかし僕自身は、魔術師として生計を立てたいとは考えていない。

 僕が創りたいのは、武器だ。物だ。無形の魔術を生み出したいわけではない。
 だから今日も、一階の職場に、魔術武器製作を依頼に来る大嫌いな他人の相手をするはめになる。客足は絶えない。しかし多くの場合、僕は断る。魔術武器専門店に品を卸しているから、そちらでの購入を勧める。

 ――魔術武器専門店には、売れ筋武器のランキングが出る。
 三種類のそれぞれと、総合のランキングだ。
 これが理由で、僕の元に訪れる客が多い。自分のオリジナルを作って欲しいと言う。
 僕の作る魔術武器は、それなりに人気であるから、ランキングに載る事が多いのだ。

 冗談ではない。誰が嫌いな他人の特徴を把握して、魔術武器など作るか。
 遠隔的な表現で断りながら、僕は内心に虚無を抱く。
 だが、中にはしつこい客もいる。

「――いい加減に、承諾しろ」

 朝一番で訪れた騎士が、目を細めた。氷のような光を宿した凍てつく腐葉土色の瞳をしている。切れ長の眼差しを、忌々しそうに歪めている。見下されているように感じられるのは、長身で肩幅の広いこの人物が、いつも顎を少しだけ持ち上げて僕を見るからなのかもしれない――し、僕が彼を嫌っているように、彼もまた僕を嫌いなのかもしれない。長めの紺色の髪をかきあげるようにしてから、彼は腕を組んで僕を睨めつけた。

「断ってる」
「ラスト。この俺が誰だか、まだ分かっていないわけでは無いだろうな?」

 威圧感たっぷりの声で名を呼ばれ、僕は嘆息した。

「この街に拠点を置く、王立第二騎士団のマーカス団長だと存じてますよ。暁の砦の守護騎士の」
「――暁の砦が築かれたのは、侵入してくる魔獣が異質であり甚大な被害が過去に幾度ももたらされたからだ。市販の魔術武器では、心許ない。その為にも、大陸で有数の魔術武器職人である貴様に、こうして依頼に来ている。この俺がわざわざ下手に出ている」
「下手に出てもらわなくな構いませんよ。僕は、引き受けるつもりが無いので」

 どこが下手なのか、そもそも問いかけたかった。僕にとっては、迷惑極まりない来訪者の一人である。

「市販の魔術武器をご使用願います」
「それでは心許ないと伝えたはずだが? 一体何が気に食わないんだ? 報酬も弾む」
「市販品以上の品をお渡しできるわけでは無いので」

 その時、この店の扉が開いた。入ってきたのは、騎士だった。

「団長、砦のすぐ外に、魔獣の反応がありました」
「――すぐに行く」

 答えたマーカス団長は、それから忌々しそうに僕を見た。

「また来る」

 こうして彼は、部下と共に帰っていった。二度と来なければ良いのにと僕は思った。