【6】
店の前に戻ると、そこにはユリスが立っていた。
すると僕に紙袋を渡し、マーカス団長が一歩前に出た。
双方口元には笑みが浮かんでいる。なのに瞳はどちらも険しかった。
「率直に言います。僕のラストに近づかないで頂けますか? 僕とラストの関係をご存知でしょう?」
「――ああ、貴様が広めた付き合っているというデマ、貴様とラストの間には何もないという、無関係という事実を俺は知っているつもりだが?」
「まだ、口約束はしていない――という段階に過ぎません。邪魔をしないで頂きたい」
「邪魔者はどちらだ? たかが一介の街で裕福だからといって良い気になっている田舎者の相手をこれ以上する気は起きない。消えろ」
「左遷されてきた第二騎士団の団長様には言われたくない。そちらこそ帰って下さい」
二人の口論が始まった。興味がわかず、僕は扉の鍵を開けた。
そして先に中には入り、施錠するか悩んだ。どちらか片方が入ってくるのも、両方が入ってくるのも、好ましくない。しかしユリスは何か用があって立っていたのかもしれないし、団長には助けてもらった礼をする必要性がないわけでもない。
二階のキッチンへと向かい、紙袋をテーブルに置く。
いつもならば、この後は、スープを作る。しかし、そんな気力が起きなくて、寝室へと向かった。目を閉じると、先程の囲まれた恐怖が過る。物理的な現実的恐怖だ。しかし僕の中であれらと、手紙等で届く糾弾の言葉は、同じ程度には辛い。そう思っていたが、指先が震えて止まらないのは、初めての事だった。
結局その日は、その後どちらかが入ってくる事は無く、僕は料理もせず、横たわって過ごした。翌日は、本日こそスープを作らなければならないと考えて、やはり店を閉めたままで、料理をした。
夕暮れ――ポストの確認に階下へと降りた時、魔術武器専門店の店員であるハリルが立っていた。
「最近は、新しい納品申請が無いようだがね。君のような凡作の製作者の品であっても、無いよりはマシな場合もある。何故ランキングに載るのかまったくもって理解できない武器ばかりではあるが、名前を見ないとせいせいすると同時に、製作速度だけが取り柄だった君の、その貴重な取り柄さえも失われたのかと勘ぐってしまうよ」
出会い頭にそう言われた。魔道書専門の読書家を自称する彼は、日中は魔術武器の納品管理や申請手続きを行っているらしい。
「そ、その……しばらく店も開けていないようだがね、な、何かあったのかね?」
続いた声に、僕は俯いた。もう、二度と開けないという誘惑。それが再度脳裏をよぎった。好きだと言ってもらえる事があって、それが死ぬほど嬉しい。けれど、今の僕は、辛い世界に太刀打ちできそうにもない。僕が知る限り、悪意ある否定的な見解の人間の方が、圧倒的に声が大きい。
「な、何か、そ、その……魔術武器製作の事で悩みがあるのなら、見識豊富な私が時間を割いて話を聞いてやらない事も無い」
「……もう、疲れたんです。少し、休みます」
「っ、あ……お、おい?」
僕はハリルを振り切って店に戻り、施錠した。
それから周囲を一瞥し、作業道具を見る。今後、しばらく使う事は無いだろう。