【一】最初の手紙
この小さな島には、三つの国がある。
――最も富んでいるものの悪名高き、イグナルド帝国。
――最も小さいながらも聖なる神の加護を受けている、ミズワ聖国。
――最も凡庸ながらも広大な土地を持つ、アズベルド王国。
隣のホークリズ大陸から少し離れた場所にある島において、三ヵ国は歴史的には戦乱もあったものの、現在はある程度の均衡を保って存在していた。しかし六年ほど前から、隣の大陸が、三ヵ国のあるユーフェル島に攻め入ってくる気配が強くなり、情勢が変化した。
――ここは、三ヵ国で同盟を結び、大陸から攻められた場合に備えるべきではないか。
そんな風潮である。
三ヵ国の皇帝・教主・国王は話し合った。しかし大人が互いに急激に親しくなるというのも困難であり、若手に親睦を深めさせる事で、今後に備えよう、と、そんな流れになった。
結果として、各国から次世代を担う王侯貴族を数名ずつ、親睦の場――中立地リズール峡谷にあるベラレルナ城に滞在させ、国交を強固にしようと決定された。
――らしい。
僕はその中の、アズベルド王国の第二王子だ。
王太子のベルザ兄上と、父である国王陛下は、国に残っている。
「頼む、フェルナ! 行ってきてくれ……!!」
「兄上……一つ貸しだよ? あと、兄上と離れるなんて寂しすぎるから、毎日手紙を書いていい?」
「手紙ならいくらでも書いてくれ! 読まなかったらすまない」
「いや、読めよな?」
と、いうようなやりとりがあり、僕はベラレルナ城へとやってきた。僕の付き人は、騎士のリューク。リュークは昔から、僕専属の近衛騎士だ。大体いつも笑顔の気の良い人物で、僕の四歳上の二十七歳。僕は今年で二十三歳だ。
なお、他の国から来た内、最初に僕が挨拶したのは、ミズワ教国の次期教主と言われている、ルイスだった。ルイスは金色の髪に海色の目をしていて、現在二十一歳なのだが、生まれ持った神聖力が非常に強いのだという。王族という身分以外は平凡な僕と違って、生まれた時から手厚く保護されて生きてきたらしく、今回は緊張していると――作り笑いで言っていた。目が笑っていなかった。絶対に腹黒いと僕は感じた。ルイスの付き人は、ジェイルという名で、青緑色の教服にモノクルをかけていて、こちらは腹黒さはあまり感じさせないくらい突き抜けた笑顔だったが、毒舌をたまに吐く。だから多分、この人物もまた、腹黒いのだろうと僕は思っている。
そして最後に挨拶をしたのが、過去に僕の出身地の王国とは戦争経験がある帝国の、シディス第三皇子殿下だった。黒い更々の髪に紫色の瞳をしていて、この場にいる誰よりも目を惹くのではないかというくらいの美青年だった。僕の一つ下で二十二歳なのだという。なおその付き人は、帝国の魔導騎士団正装姿で、口布と目深にかぶったローブのせいで見た目が不明な、ロードという人物だった。年齢すらも分からないし、喋らないから声からも推測できない。
「貴様が、アズベルド王国の第二王子か」
最初に顔を合わせた時、吐き捨てるようにシディス殿下に言われた。正直感じは悪かったが、僕は顔面に見惚れていたので気にならなかった。
「どうせ役には立たないのだろうが、幸いにもこの場には俺がいる。この俺、が。困ったら助けてやらない事はない。俺に出来ない事は非常に数が少ない。せいぜい足手まといになるな」
それを聞いて、僕は目を真ん丸にして、半分ほど口を開けた。
「それは、望みを叶えてくれるって事?」
「望み? 何が希望だ? まあ、ありていに言えばそうなるが、まだ三ヵ国における共同防波堤の話は始まっていないが、先行して――」
「あ、あの! 僕、シディス殿下と同じ部屋で寝たいです!」
「――? どういう意味だ?」
「ぐちょぐちょのドロドロに犯したいって言うか」
「ぶっは」
僕が率直に言うと、シディス殿下が咽た。僕は拳をぎゅっと握り、笑顔で力説する。
「僕、我ながらブラコンの自信があったんですが、今、最愛の顔の順位が入れ替わりました! 好き! シディス殿下の顔が好きだ!」
「馬鹿にしているのか! もういい!」
そのままシディス殿下はキレ気味な様子で歩き去ってしまった。その横を、ロードがついていった。僕は見送りながらしょんぼりとした。
「ま、まあ、なんだろうな、フェルナ殿下。本心だとしても、距離の詰め方は気を付けた方がいいと俺は思いますよ」
僕の隣では、そう言ってリュークが笑っていた。
と、まぁこのような初日があった。
――お分かりですか、兄上?
事件です。我ながらブラコンの僕ですが、一目惚れをしました。今日から、毎日手紙を送るので、しっかり読んで下さい。どうぞよろしくお願いいたします!