【13】一人の体



「本当に強かったんだな」

 その日、一度ギルドに戻ってから帰宅すると、既にユフェルが戻っていた。
 玄関で出迎えられた俺は、思わず微笑する。

「村で毎日大根――……マンドラゴラと戦っていたからな。慣れていたんだ」
「ワミルーナ村で、か……確かにあそこは、この王国の中でも魔力が強い土地ではあるが……毎日……」

 ユフェルはそう言うと複雑そうな顔をしてから、俺に歩み寄ってきた。そして、正面から俺を抱きすくめた。

「お、おい! 何をするんだよ!」

 周囲には使用人達もいる。俺は狼狽えた。

「強いのは分かったが、倒しすぎだ。真面目なのもよく分かったが、働きすぎだ。それに――危険だって伴う。途中からは俺も君に任せていた部分があるが、心配していたんだ。撤収作業さえなければ、最後まで俺は一緒に戦いたかったんだが」

 ユフェルの腕が俺の背中に回っている。褒められた事がまず嬉しかったし、心配されたというのも何となく嬉しいが――それより俺は、この状況の方に動揺してしまう。

「俺は大丈夫だから、な? 離してくれ!」
「怪我は無いんだな?」
「無いよ、無いから!」
「一人の体じゃないんだからな?」
「へ」
「絶対に怪我をしてはダメだぞ」

 そう言うと漸くユフェルが手を離してくれた。
 ……一人の体じゃないというのは、どういう意味であろうか。一応、家族になったから心配してくれているという意味か? それとも、これから子供を産む為に必要だという意味か? ま、まぁ……きっと後者の意味なんだろうけどな……。

「お風呂に入ってくる」

 俺はそのまま浴室へと向かった。着替えを取りに行くのを忘れたが、入浴を終えると、アーティさんが運んできておいてくれた。そうして夕食になった。

 俺はお風呂上がりという事もあり、切った檸檬入りの炭酸水をゴクゴクと飲んでしまった。聖夜は終わったが、普通の日の食事も豪華だ。マナーを覚えて、本当に良かったと思う。まだまだ付け焼刃だが。

「王都にはよくマンドラゴラが出るのか?」

 俺が尋ねると、魚を切り分けながら、ユフェルが小さく頷いた。

「マンドラゴラに限らず、急にSSSRランクの魔獣が出現するケースがある。国内に入り込んでいる魔族が手引きをしていると囁かれているが、原因は不明だ」
「そうなのか」
「ああ。問い合わせた限り、フェルディアナ帝国は関知していないと言うしな。俺があちらで即位すればはっきりする事の一つでもある」
「魔王になるって事か……」
「そうだな」

 頷きながら、ユフェルがワイングラスに手を伸ばした。俺はそれを眺めながら、複雑な気持ちになった。実はギルドの誰でも閲覧可能なSSSRランクの随時依頼書の一つに『魔王討伐』という依頼があるのだ。達成者は存在していないが……。

 ユフェルが魔王になって、この国と帝国が和平関係を結んだら、あの依頼は消える事になるのだろうか? まだ出会って数日ではあるが、ユフェルが討伐されてしまうというのは、何となく嫌だ。

「それはそうと、ドール伯爵夫妻が、カルネに会いたいと手紙を寄越したぞ」
「へ?」
「国王陛下への挨拶もある。今回、大量に討伐した点を踏まえても、少し体を休めた方が良いだろうし、二・三日は冒険者の仕事を休めないか?」
「挨拶……」

 まだ結婚したという実感が無い俺からすれば、ちょっとハードルが高い。

「……もう少し、冒険者として落ち着いてからが良い」
「SSSRランクのモンスター討伐が可能な、Sランクの冒険者の君は、この後一体何を望むんだ? より忙しくなる事はあれど、カルネの言う『落ち着く状態』が俺には想像できない」
「俺自身もこれからどうなるのかは分かってないけどさ……」

 口ごもりながら、俺は魚を食べた。味は美味しいし、本日は仕事で達成感もあるのだが、何となく爽快感が無い。改めて結婚したと考えると、気が重いのかもしれない。決してユフェルは嫌いではないのだが、挨拶等の付随する部分が億劫だ。しかも俺は好きに活動させてもらっているわけで、その部分には若干負い目もある。いくらユフェルに下心があるからとはいえ、俺ばっかり、俺に都合の良い状態でばかり、過ごすのはどうなのだろう。

「……挨拶って、何をすれば良いんだ?」
「陛下はご多忙だから、朝の謁見の時間に少し顔を出すだけで構わない。まずは、な。正式に挨拶する日取りは、後に決定する」
「本当にちょっと顔を出すだけなら……」
「ああ。約束する。では、明日、王城へ一緒に来てくれるか?」
「う、うん……」
「有難う、カルネ」

 ホッとした様子でユフェルが微笑した。俺は心が苦しくなった。ちょっと挨拶すると言っただけでユフェルはこんなにも喜んでくれるのだ。俺も、もう少し何か、ユフェルの為に行動すべきなのかもしれない。しかし出来る事がほとんどないのだ。

「ドール伯爵夫妻への挨拶はどうする?」
「……」
「会いたくないか?」

 正直、あまり会いたく無い。しかし、いつまでも会わないわけにもいかないのだと思う。しかもあちら側から、『会いたい』という手紙が着ているらしい。実際に顔を合わせたら、両親とまだ見ぬ弟やらとも、俺は和解したり出来るのだろうか……?

「……えっと」

 決めるのは、やはり俺なのだと思う。ここに来て、改めて俺はそう考えた。

「会って挨拶するだけなら……」
「恐らく、伯爵家で食事をする事になるだろうな」
「……マナー、大丈夫かな」
「アーティに教わって、上達したと俺は思うぞ」
「ほ、本当に?」
「ああ。その点の心配は不要だ」
「じゃあ、ちょっと食事をするだけなら……」
「そうか。では、そのように、ドール伯爵には返事を出しておく。いつ来ても良いという旨だったから、恐らく今宵中に返事を出せば、明日の夜に食事となるだろう」

 急であるが、こういうのは、早く済ませてしまった方が良いのかもしれない。
 俺は静かに頷きながら、上手く挨拶が終わる事を祈った。