【27】新年



 その内に、この王国でいう――新年が訪れた。この王国には、十二の月があるのだが、一番目の月になったのである。聖夜期間は十一月の半ばから、二日間の聖夜当日の十二月の頭だ。

 イゼルも人間で言えば、もう一ヶ月――だが、魔族である為、その成長速度で、既に人間の子供で換算するならば、一歳に近接するまで成長した。中でもイゼルは成長が早いようで、既に自分の名前を認識しているらしい。喃語ももう終わりのようだ。

 俺はイゼルをあやしながら、居室のソファに座っている。本日は、新年になったという事で、冒険者としての仕事はおやすみとした。ユフェルは逆に、公務が重なっているようで、王城へと朝から出かけている。王族としてのお仕事も大変らしい。それでもユフェルが、イゼルとの――そして俺との時間を大切にしようとしてくれているのは、伝わって来る。アーティさんが呆れる程度には。

「かる、ね……」
「そう。俺の名前は、カルネだよ」

 二人父親がいる為、俺とユフェルは話し合い、俺のことは名前で呼ばせる事とした。ユフェルに関しては、将来的に魔王と次期後継者になった場合に、『父上』の方が良いだろうという判断を、俺……を、除いた周囲の全員がした為、父上と呼ばせる事になっている。俺だってお父さんなのにな……。

「かるね!」
「んー?」
「か、る、ね!」
「頭が良いなぁ、イゼルは」
「ぱーぱー」
「父上はお仕事に行ってるぞ」

 チチウエという語は、ハードルが高いかも知れないとして、パパと呼ばせる案を提案したのは、ユフェルである。こちらも上手くいってはいる。

 膝の上にのせたイゼルの柔らかな髪を撫でながら、俺は幸せに浸っていた。


 ――この国では、新年に入って最初の十日間は、冬林檎のジャムを添えた品をデザートとして食べる事になっている。多いのはクレープだ。冬林檎はその名の通り、冬に実る果物である。

 ユフェルが帰宅してから、俺とユフェル、それからイワンさん特製の離乳食を食べさせてくれるハルレさんと、それを食べるイゼルの四人でダイニングへと向かった。何度か別々に食事をした方が良いと言われたのだが、俺はイゼルのそばで食事がとりたくて、つい、一緒に食べようとお願いしてしまう。そして食べながら、食べさせ方を同時に教わっている。

 ちなみに――マナー教育の片鱗が既にある。アーティさんがさらりとスプーンを並べていくのだ。なお、もう少し大きくなったら、魔族と人間のハーフの家庭教師を専属で雇う予定だと俺は聞いている。相談が無かったわけではなく、俺には貴族や魔族の家庭教師制度が不明のため、周囲が教えながら提案してくれた形だった。

 ユフェルが俺に提案してくれたのだが、アーティさんとハルレさんが強く推していた。まだまだ俺には分からない事尽くしであるが、イゼルはもうこの家の小さな主として、皆の心を鷲掴みにしているのがよく分かる。

「か、るね、抱っこ……!」
「イゼル様、まだカルネ様はお食事中です」

 イゼルが隣から手を伸ばしてきた時、ハルレさんが困ったように笑った。俺は確かにスプーンで冬林檎のゼリーを食べていたが、スプーンなんてすぐに置きたい。チラリとアーティさんを思わず見たら、視線で『ダメだ』と注意された。

「父上は食べ終わってるぞ。パパなら歓迎だぞ? おいで、イゼル。残りは俺が食べさせるとしようか」

 するとユフェルが、葡萄酒のグラスを置いて微笑した。ハルレさんが苦笑しながら首を振る。

「私目の仕事を取らないで下さい、ユフェル様」
「俺の父としての役目の一つだと考えるが?」

 二人のやりとりを聞きながら、俺は高速でゼリーを食べ終えた。

「お、俺も食べ終わったから! いつでも俺がイゼルに食べさせられます!」

 俺が思わず声を上げると、ハルレさんは小さく吹き出し、アーティさんは溜息を零したのが分かった。イゼルが生まれてから、アーティさんは思いのほか表情が豊かだと気づいてしまった。寡黙で冷静沈着な点に変わりは無いが。

「では、入浴させるお役目こそ、俺が」

 ユフェルはそう言って喉で笑った。ハルレさんとアーティさんは、そちらへも呆れた眼差しを向けている。こうして俺は、ハルレさんからイゼルを引き受けた。そして膝に乗せて、離乳食を食べさせる。

 食後はユフェルが、イゼルをお風呂に入れた。
 夜は別々に眠るという事になったので、俺は寝室で待っていた。すると入浴後、ユフェルが戻ってきた。そして寝台に座っていた俺に歩み寄ると、正面から抱きしめて、そのまま押し倒した。俺は腕を回して、その重みを受け止める。そのまま俺達は触れ合うだけのキスを何度か繰り返した。

 それからユフェルが寝台に寝転んで、俺を抱き寄せた。腕枕をされる形になった俺は、ユフェルの脇の下に頭を預ける。

「イゼルが今日な、ユフェルの仕事中に、『パパ』って言っていたぞ」
「そうか。嬉しいな。俺も何度も、心の中でイゼルとカルネについて思い馳せていた」
「……俺も、イゼルと遊びながら、たまにユフェルの事を考えてた」
「それこそ嬉しいな。例えば、どんな事を?」
「……来年の新年期間も、一緒にいて、冬林檎のデザートを食べたいなぁだとか」
「その割に、今日は味わっていなかったようだが?」
「だ、だってそれは――」
「冗談だ」

 ユフェルはクスクスと笑ってから、俺の髪を優しく撫でた。それから耳を優しく擽った。静かに目を閉じて、俺は何だか気恥ずかしくなったから、何も続けない事にした。

 この日は体を重ねる事はせず、ずっとイゼルについて語り合いながら、二人で寝転がり、遅くまで俺達は話していたのだった。