【3】初めての朝


「ヴェル……お前は責任感の持ち方を間違っている」
「え?」
「人を害するような価値観の持ち主を庇う事は正義では無い。法に触れない善良な市民を守る事の方が肝要だ」
「……」

 セリスの言葉に俺は口ごもった。確かに……俺は悪い事をして生きてきた。だが、悪い事の道には、それなりの、俺なりの正義もあるのである。

「……とにかく、言えないよ」
「そうか。では今日は休もう」
「うん」

 俺が俯きがちに述べると、セリスが俺の頭を撫でた。その後セリスは俺の手を引き、最初に案内してくれた大きな寝台がある部屋へと連れて行ってくれた。ふかふかのベッドに入るとすぐに睡魔が訪れた為――俺はセリスに毛布をかけてもらった直後には、すぐに眠り込んでしまった。

 ――翌朝。

「ヴェル、そろそろ起きろ」
「……?」

 頭を撫でられた俺は、うっすらと目を開きながら、自分がどこにいるのか最初、分からなかった。緩慢に瞬きをすると、視界にセリスの顔が入った。

「あ!」

 そうだった。俺はセリスの家で雑用係をする事になったのだ。慌てて起き上がると、パサりと毛布が落ちた。

「今後は、朝は八時に起きるように。ここに時計を置いておくからな」
「う、うん!」
「食事にしよう」
「俺が作るんだよな?」
「明日からで良い。今朝は俺が用意した」

 セリスは微笑すると、俺を見て小さく頷いた。まだ雑用係の仕事にピンと来ていない俺は、ただ単純にお腹がすいたなぁと考えていた。

 セリスに促されて、食堂へと向かう。テーブルの上には、お茶碗に入ったライスと、木製の器に入った冷たいポタージュ、茹でたソーセージとサラダがあった。キラキラ輝いて見える。見ただけで、目が釘付けになってしまい、空腹をより実感した。

 セリスが引いてくれた椅子に座り、彼が俺の正面に座すのを見ていた。こうして朝食が始まった。頬が蕩けるというのは、こういう事を言うのだろう……。俺は野菜があんまり好きではないが、空腹には勝てない――と、思いつつ食べたサラダは、オーロラソースがかかっていたのだが……美味だった。本当にちょっと手を加えるだけで、食べ物って美味しくなるんだなぁ……。

「マルルが、ヴェルの衣服を買いに行ってくれた」
「そうなのか?」
「ああ。何か引越しに際して、家から持ってくるものはあるか?」
「俺……家が無いからなぁ」

 そう述べてソーセージを食べると、セリスが小さく頷いた。それを見て俺は続ける。

「俺みたいな孤児はいっぱいいるのに、みんなを助けてるのか?」
「――いいや」
「じゃあどうして俺を助けてくれたんだ?」

 素朴な疑問をぶつけると、セリスが視線を下げてから――少しだけ自嘲気味に笑った。

「ヴェルは似ていたんだ」
「誰に?」

 そのままセリスは黙り込んでしまった。どこか辛そうな表情を見て、こんな顔もするんだなぁと俺は驚いてしまった。あんまり深くは追求しない方が良いかもしれない。

「え、えっと……このお家には、セリスとマルルが住んでいるのか?」
「マルルは泊まっていく事も多いが別に家がある」

 気を取り直すように俺が尋ねると、漸くセリスが顔を上げた。

「ふぅん。マルルとは本当に仲が良いんだな」
「腐れ縁だ。食事を終えたら、まずは風呂に入ると良い」

 その言葉に俺は頷いた。食後俺は、浴室に案内してもらった。ドキドキしながら広い浴室の湯船に浸かってみる。体の芯まで温まってから、石鹸で髪や体を洗った。じっくりとお風呂に入ったのは、家を売ってしまう前が最後だ。気持ち良い。

 入浴を終えると、脱衣所の椅子に座っていたセリスが、立ち上がった。手にはバスタオルを持っている。

「自分で拭けるか?」
「そこまで俺は子供じゃないぞ?」

 唇を尖らせてから、俺はタオルを受け取った。それにくるまり、一息ついてから、体や髪を拭いていく。セリスはバスローブを今度は手に取り、俺を見た。

「マルルが戻ってくるまではこれを」
「有難う」

 タオルをカゴに入れた俺に、セリスがバスローブを着せてくれた。紐が上手く結べなかったのだが、セリスが結んでくれた。セリスは――とても優しい。それからセリスがお水の入ったグラスを手渡してくれたので、俺は喉を潤した。

「ただいまー! お風呂中?」

 そこへ声がかかった。視線を向けると、ひょいとマルルが顔を出した所だった。猫耳が揺れている。手には大きな紙袋を持っている。

「ああ、丁度今あがった所だ」

 セリスが答えると、大きくマルルが頷いた。

「なるほど。買ってきたよ! ヴェルくんって言うんだっけ? 昨日は僕を捕まえてくれて覚悟しとけよって言いたいけど、まぁセリスが決めた事だから僕も見逃すね! マタタビ酒はとっても美味しかったし」

 マルルは紙袋をセリスに押し付けると、俺にグイと詰め寄ってきた。その勢いに俺は慌ててしまう。マルルは昨日俺が近づいてマタタビ酒を振舞った時から、とってもテンションが高かった。俺が狼狽えていると、セリスが紙袋の中から、服を取り出した。

「こちらに着替えろ。他の品は、部屋の戸棚に入れておくと良い」
「うん……」

 こうして俺は着たばかりのバスローブを脱いだ。すると――マルルが腕を組んだ。

「ヴェルくんは、もっと気を遣って着替えをした方が良いんじゃない?」
「ん? どういう事だ?」
「僕は同族にしか興味が無いけど、セリスだって男だしさ」
「?」

 俺が首を捻ると、セリスが咳払いをしてから、マルルの頭をポンと叩いた。

「子供に手を出すほど、俺は獣ではないぞ」
「子供、子供、って繰り返して予防線はってるのが、逆に意識してますって僕には聞こえるけど?」
「余計な事を言う暇があるのなら、お得意の薬草術で回復薬を作っておいてくれ。明日使うから今日中に頼む」
「はーい」

 二人のやり取りが、俺にはよく分からなかったが、こうして俺は新しい服を手に入れた。