【三】とんでもないヌルゲー
確か攻略対象は、国王陛下・宰相閣下・騎士団長・宮廷魔術師長・神官長・魔王なので、これで魔王以外とは全員顔を合わせてしまった。隠しキャラの魔王は兎も角として、この乙女ゲームは、このそれぞれとキスしたり抱き合ったりして、神子の力をヒロインが与えながら、魔物などから国を守るというのがストーリーの土台だったはずだ。そしてライバルキャラがサラ嬢だ。悪役令嬢というものだろう。
「皆、挨拶が済んだな。これにて謁見は終了とする」
俺が考えていると、宰相閣下が仕切りなおした。そして俺は、神官長のエデルに連れられて、再び目を覚ました部屋まで連れて行かれた。
「ただいまお茶の手配を」
エデルがそう言って出て行く。それを見送りながら、俺は考えた。
攻略対象のそれぞれとのエンディングやルートを思い出そうではないか、一応。念のため。ええと……。
まず国王陛下。エバート。
エバートのルートだと、最終的には王妃様になったはずだ。エバートが若くして王様をしているのには理由があって、前国王だった兄が突然崩御して、幼い甥っ子が残されたため、代理で一時期という流れだったはずだ。そのため、その子の即位を見届けたら引退すると公言していて、それまで子供も設けないというエピソードがあった。つまりお世継ぎの心配とかは、何の問題もないのだろうが、まずもって俺に王妃様とか、無理である。
――いや待てよ。考える必要があるのか?
奴ら、全員男だぞ? 股間にブツがぶら下がってるんだぞ?
ここは誰とも結ばれないエンディングを思い出すべきじゃ……。
「そうだよ!」
気づいた俺は、ノーマルエンドやバッドエンドを思い出す事にした。まずバッドエンドだが、バッドとはいうが、全然バッドじゃない。バッドエンドは実はフラグで、そこを通過すると、魔王攻略ルートに突入するというだけだ。忘れよう。
つまり俺が目指すのは、ノーマルエンドだ。いや、待てよ。このゲームのノーマルエンドとは、ノーマルなど名ばかりで、通称逆ハーレムエンドではなかったか? そうだった。確かにそうだった。つまり誰とも結ばれないが、全員から好かれるという結末だ。
「このゲーム、ぬるすぎるだろ!」
ハッピーエンド×5、バッドエンド(と言う名の魔王とのハッピーエンド)×1、ノーマルエンド(こと逆ハーレムエンド)×1の七種類しか存在しない。
これって俺は、どこをどう歩いても、男とフラグが立つってことなのか?
戦々恐々とした所で、俺はサラ嬢の事を思い出した。
「サラさんと結ばれたら、回避できるかな? いいや、回避とかじゃなく、可愛かったなぁ……」
ブツブツと呟いていると、エデルが部屋へと戻ってきた。そしてティセットを並べ始めた。
「謁見、お疲れ様でした」
「ん? あ、ああ……」
「はじめての世界で、困惑なさる事も多いでしょうに、よく頑張られましたね」
立って話を聞くくらいは俺にもできるので、そこまで褒められると困る。
「ご不安な事があれば、遠慮なく僕に伝えて下さいね」
「あの、この世界では、同性愛はどういう扱いなんだ?」
不安な事といったらその部分だ。そこ以外に、特にない。俺の言葉に――エデルが両頬に朱を指した。
「僕を煽らないで欲しいんですが」
誤解だ!
「マルス神は説いています。愛の前に、性別等関係がないと」
「なんだって!?」
「リュート様にはちょっと刺激の強いお話でしたね」
「ある意味な!」
とても複雑な心境になってしまった。つ、つまり、やはりこのまま歩いていったら、俺の目の前にあるのは地雷原であり、うっかりすると、男と男のラブゲームが始まってしまうに違いない。別段、同性愛に偏見があるわけじゃない。ただ、女の子にさえ触った事のない俺には、ちょっとハードルが高すぎる。
「リュート様のようにお綺麗だと、老若男女を惹きつけてしまうから、大変でしょうね」
「……」
「変な虫がつかないよう、この僕が誠心誠意お守りいたしますので」
それを聞いて、俺は目を見開いた。
「つまりエデルが、防虫スプレーになってくれるって事か?」
「……え、え? ええ、まぁ。僕自身も虫かもしれませんが」
「後半は聞こえなかった、聞かなかった。そうか、なるほど、エデルという盾がいれば、俺は安全だな!」
気合いを入れ直してエデルを見ると、彼は真っ赤な顔をして、チッラチラ俺を見ていた。恋心を弄ぶようで心苦しいが、俺はあくまでもファンタジックな世界で、フリーターをせずに暮らしたかっただけなので、背に腹はかえられない。
「ところでリュート様。今後の日程ですが」
「はい?」
その時、エデルも表情を切り替えた。きょとんとした俺が首を小さく傾げると、エデルが続けた。
「まず今宵は歓迎の晩餐会がございます。国王陛下達とご歓談下さい」
「……は、はい」
「貴方が守り、貴方を守る、そんな国を統べる方々は、皆優秀です」
微笑したエデルは、とても神官長らしい表情をしていた。こうして見ている分には、ごく普通のイケメンである。そもそもイケメンが普通というのがおかしいのだが、今のところ俺は、鏡で見た俺自身を除いては、全員イケメンにしか遭遇していない。例外は、顔が濃かったサラ嬢と、もはや思い出せない侍女の皆様だ。
「あの、質問がもう一つあります!」
「なんです?」
「サラさんも晩餐会には来ますか?」
「――ええ。彼女は、国王陛下の妃候補の一人ですので」
「もう一つ質問ができました!」
「どうなさいました?」
「俺は結婚できますか?」
「僕で良ければ今からでも」
「良くねぇよ! 男同士も結婚できるの!? そうじゃない! 俺がサラさんと結婚可能か聞いてるんだよ!」
「同性婚制度がございますが……はぁ? サラ様とリュート様が婚姻ですか? 一般論として申し上げれば、エバート陛下が、サラ様以外と御成婚なされば可能だとは?」
俺の言葉に、エデルが不思議そうな顔をした。それから彼は曖昧に頷くと、細く長く吐息した。
「とりあえず、今宵、皆様とお話をされてみて下さい。それまではゆっくりと休んでいて下さいね」