【十五】恋は堕ちるもの
その後、俺は服を着替えた。一度アルトは部屋を出ていった。アルトも着替えてくるようだ。
「ダイニングは、初めて行くな。それに城の中も案内してくれるって」
アルトの言葉を思い出して、俺は両頬を持ち上げた。気遣いが最高に嬉しい。
コンコンとノックの音がしたのはその時の事で、アルトだろうかと顔を上げると、そこには初日にだけ顔を合わせた執事さんが立っていた。
「リュート様」
「あ」
手紙を隠していたと、さっき聞いた。気まずい。俺は嫌われているのだろう。好感度は攻略対象しか見えないから、絶対とは言えないけどな。
「アルト様よりお叱りを受けました。それだけでなく、個人的にもお詫びを申し上げたくて参りました」
執事さんはそう言うと、ソファに座っている俺の方へと歩み寄り、テーブルの上に箱を置いた。視線を向けると――手紙が沢山入っていた。
「本当はお届けするはずだった、アルト様からの手紙です。毎日書かれていた様子で、時には封筒に三日分の手紙が入っているようです。私は、それを貴方に渡しませんでした」
執事さんは無表情だ。けれどその声が、どこか悲しげに聞こえる。
俺は苦笑した。
「それは、俺が神子だからなんだろ? 俺っていうより、みんな神子が嫌いだって今は分かってきたから、しょうがない」
それを教えてくれたのは、アルトだ。ただ一つ思うのは、過去の神子は色々やらかしたみたいだけど、俺と違って力の渡し方がきちんと分かっていたみたいだ……。身体的な接触はあったのかもしれないが……。
「そうですね。貴方は神子ですね――こうなったならば、なすべき事をなして下さい」
「なすべき事?」
執事さんの声に、俺は首を捻った。
「魔王様にきちんと力を提供し、怪我も癒して下さい」
「俺、力の渡し方がわからないんだ。聞いてない?」
「聞いております。ですが、身体接触をすれば渡せるのでは?」
「宰相さんと、それはしないって約束して、紙にサインしたからな」
「それは人間のルールです。魔王国には適用されない。魔王は確かに人の爵位もお持ちですが、それは便宜上ですので」
つ、つまり? 難しくて、俺はよく分からない。
「? 俺に、どうしろって事だ?」
「ですから、魔王様にお力をお与え下さい。魔王様は、貴方を大層気に入っておられるようですので」
「ん? だから、どうしたらいいんだ?」
確かにアルトは、俺を好きだと言ってくれるから、気に入ってはもらえてるのかもとは思う。みんなの好感度が低すぎる俺にとっては、すごく嬉しい事だ。
「身体接触を」
「え、えっと……? そ、その……キス、したぞ?」
「そのようですね。魔王様の魔力はある日を境に爆発的に増加したと聞いています。ですが、それでは不十分です」
「じゃあどうすれば良いんだ?」
「体を繋いで下さい」
「繋ぐ? どうやって?」
「貴方は魔王様に身を任せていれば良いのです」
意味がさっぱり分からなかった。手でも繋ぐのだろうか?
「それではダイニングにご案内します。既に魔王様は向かっておられます」
「あ! そうなのか! 有難う」
こうして俺は、執事さんの後に従って、部屋を出た。長い廊下を歩いていく。本当に長い。部屋から出ていなかった俺は、初日以来初めて歩いている。窓からは、アルトと最初にキスをした庭園が見える。思い出したら照れそうになってしまった。
一階にあるダイニングに到着すると、長いテーブルがあって、アルトがその端に座っていた。俺は角をはさんだ位置に促された。既に料理が並んでいる。
「美味しそうだ。いただきます!」
「ああ、沢山食べてくれ」
「魔族も人間と同じものを食べるんだな」
何気なく俺が言うと、アルトが少しだけ目を細めた。
「娯楽としてだが」
「え? 娯楽?」
「魔族の主食は、人間や魔法植物に宿る魔力だ。例えばこのサラダには、魔力が込められた野菜が使われている。人間が食べる分にはただの野菜だが、俺にとっては魔力の吸収が可能なんだ」
見た目はシーザーサラダだと思いつつ、俺は頷いた。
「って事は、俺の魔力も食べられるのか?」
「――貴様は魔力を持っていない」
「あ」
そういえば測定結果……俺、ゼロだったじゃん……。項垂れた時、アルトが続けた。
「代わりにリュートには、神子が持つ神力がある。それは魔族の糧にはならないが、与えられた者の持つ力を高める。食事で魔力を吸収するよりも、ずっと容易だ」
そこで俺は、執事さんの言葉を思い出した。
「なぁ、アルト。俺はお前と体を繋いだら、力を分けられるんだろ? どうすれば良いんだ? 手を繋ぐのか?」
「……普通、体を繋ぐといったら、SEXだと俺は思うが」
「え」
俺はぽかんとして、フォークを取り落としてしまった。するとすぐに、壁際にいた執事さんがやってきて、新しいフォークを置いてくれた。その間、俺はぐるぐると考えていた。なんだって? SEX? そ、そういえば、ヤるとどうなるのか、まだ聞いていない!
「ま、真面目な話さ、SEXすると、どんな効果があるんだ?」
すると魚をナイフで切り分けながら、アルトが俺を見た。
「魔力を神子の体内に注ぐ。すると、魔力核が中に宿って、遠隔でも、魔力を注いだ者は、神子の魔力を吸収できるようになる。ただ、神力を抜かれると、神子は欲情する事になる。つまり魔力核を通して、遠隔から擬似SEXを行うような状態になる」
難しくてよく分かんない。なので首を揺らして、俺は困った顔になった。
「もっと簡単に行ってくれ」
「俺が遠くにいても、俺に突っ込まれている感覚を、この城の中で味わう事になる」
「へ?」
「それもいつ力が必要になるかもわからないから、貴様から見れば、急に犯された気分になるだろうな」
ポカンとしてしまった。新しいフォークで魚を食べつつ、俺は執事の言葉を思い出す。俺にそれをやれという意味だったのか……。
「――アルトは、俺にそうしたいのか?」
「いいや」
「え? その方が俺も役に立つんじゃないのか?」
「既に討伐は終了に近い。だから今日はこうして食事も共にできると伝えただろう?」
「でも、次に出た時とか……」
「その場合は、その場合でまた考える」
アルトはそう述べると、俺をじっと見た。
「今、俺が欲しいのは、貴様の神力じゃない」
「じゃあ、何が欲しいんだ?」
「心だ。俺を好きになって欲しい。そういう意味では、魔力を注ぐような事を俺はしないと誓うし、リュートを抱きたいという気持ちは変わらない。だから、貴様が俺に心を許し、体もまた許してくれると言い出すまでは、俺は待つつもりだ」
それを聞いて、俺が思わず目を閉じた。気はずかしい。本当に愛されている気がしてならない。ただ、本心なのか不安だ……。
「お願いがあるんだ。好感度、また見せてくれないか?」
「――仕方がないな。それで貴様が安心すると言うならば、リュートの願いなら、俺はなんでも叶えたいからな」
アルトはそう言って、長々と瞼を閉じていた。すると頭上に、ピンク色のハートが出現した。好感度は――……え?
「え? え?」
「どうかしたのか? 自分の数値は、自分では見えないんだ。マイナス感情は記録できたが」
「……」
俺は完全に赤面した。なんとアルトの好感度が、MAXになっていたのだ。つまり、100だ。
「リュート?」
「アルト……俺達、まだ会ったばかりなのに、なんでそんなに俺を好きでいてくれるんだ?」
「恋は堕ちるものだ。時間等関係ない」
頬が熱い。俺はアルトの笑顔を見て、思わず惚けてしまった。心臓が、ドクンドクンと啼いて煩い。確かに、アルトの言う通りだろう。恋、俺はした気がする。ここに来て、俺は自覚した。アルトの事が好きだ。男同士だけど、そんなの関係ないくらい、アルトを見ていると惹きつけられる。優しさが嬉しい。
「ゆ、許す」
「ん?」
「許すから! 俺、心はもう許してるし、そ、そ、そ、その……体も……」
「神力を渡してくれるという意味か? 俺はそういう理由では、リュートを抱く気はない」
「俺だってそんな理由ならやだ。そうじゃなくて……俺、アルトの事が好きみたいだ」
小声で俺が述べると、アルトが驚いたように息を呑んだ。そして、満面の笑みを浮かべた。
「恋に堕ちたか?」
「うん。堕ちてた」
「では、城の中の案内は取りやめて、食後はリュートの部屋へ行って良いか?」
「う、うん」
「恋人として、これからずっと、俺の隣にいてくれるか?」
「アルトが、いいっていうんなら、ずっと一緒にいたいよ、俺も」
そんなやりとりをしながら、俺達は食事をしたのだが、ドキドキしすぎて、味が上手く分からなかった。