【一】ギルドホームにて





 ギルド、という制度がある。それは太古の昔、チキュウという異世界から集団転移してきたエムエムオーアールピ−ジーに存在していたシステムのようで、現在それらは神話扱いになっているが、制度だけは残存している。

 簡単に説明すると、冒険者が所属して、依頼書を見る場所だ。
 大抵が酒場を併設していて、そこがギルドホームと呼ばれている。

 ココ――【砂梟(スナフクロウ)の止まり木】も、そんなギルドホームの一つだ。
 砂梟というギルドのメンバーが屯する場所である。

 大鎌使いである俺は、真っ黒い死に神みたいなローブを羽織って、現在ズブロッカをロックで飲んでいる。桜餅の葉っぱの香りが良い感じだ。

 大抵俺は、このギルドホームで夕方から酒を飲んでいる。というのも、二階の宿を年契約で借りているから、ここに住んでいるに等しいからだ。

 冒険者というのは登録制の資格で、様々な技能の持ち主が登録できる。
 ただ俺のように『大鎌使い』という、ニッチな職業の人間は少ない。

 大鎌使いは、巨大な死に神っぽい鎌を振り回して敵を殲滅する、一応範囲攻撃が可能な後衛職だ。ただ同じ立ち位置から攻撃する攻撃魔術師や弓銃師などと比較すると、弱い。ただ振り回すだけで良いとも言える簡単な技能なので、魔力が無いとなれない魔法職や、カガクという古代知識が無いと武器の整備が難しい弓銃を扱う職とは異なり、誰でもなれる。俺には魔力は――ないわけではない。カガクの知識は……ゼロではない。

 ただし致命的に俺には、やる気が無いし、金も無い。
 その為、基本的にはギルドホームの開店前の清掃を手伝うことで、夕食代を無料にしてもらっている。大鎌使いではあるが、最近大鎌という武器を使った記憶も無い。ギルドホームで引き受ける依頼はといえば、専ら迷い猫探しなどだ。草むしりとか。窓拭きとか。たまに危険な仕事があるとすれば、筆頭は蜂の巣の駆除だろうか。

「あー怠ぃ」

 その時、椅子を二つ空けた場所に座っているトールがぼやいた。
 俺はグラスの中の氷を注視し、聞こえていないフリをする。

 トールは弓銃師だ。いつも黒い手袋をしていて、長い銃を武器にしている。このギルドで一番高火力の稼ぎ頭だ。砂梟というこのギルドは、歴史はそこそこあるが、基本的にまったりしている。だがトールは明らかに、まったり勢ではない。なんでここに所属しているのか謎だ。

 暗めの金髪で、整った顔立ち。細マッチョとでもいうのか、引き締まった体躯――非常にモテる。砂梟は大規模ギルドではないので、ギルメンは皆知り合いというような所はあるが、その誰にでも(俺にすらも)声をかけてくれる気さくな一面も……いや……どうだろうな? トールも、声をかけない相手は居る。

 俺は階段が軋む音がしたので、その事実を思い出した。
 丁度時計が午後七時を知らせた瞬間だ。
 毎日この時間に二階から降りてくるのは、攻撃魔術師のラークだ。

 一瞬だけ俺は視線を上げた。
 そしてラークの姿を確認してから、するりと視線を流して、窓の外を見た。

 ラークは黒い髪に紫の瞳をしていて、こちらもまた整った顔立ちをしている。ギルドホーム内の顔面偏差値が一気に高くなった気がした。そこを行くと、俺は普通だと自負している。なおラークは、攻撃魔術師として非常に高名だ。いくつもの魔導書を執筆している。

 このラークとトール、あんまり仲がよろしくないようだ。
 お互いに慎重に距離を取り合っているし、たまに話すと口喧嘩をしている。
 俺は巻き込まれないようにと、メニューを何気ないそぶりで手にし、集中しているフリをする事に決めた。あー、このジャガイモのチーズ焼き美味しいんだよなぁ。

「明日は安息日だっていうのに、依頼が入ってる……あー、怠ぃ」

 トールが繰り返した。
 話しかけている相手は、カウンターの向こうにいるバーマスのサリュだ。
 サリュが苦笑したのが気配で分かる。

 なおこのバイマレリナ大陸は、週休二日で土曜日と日曜日が安息日と言われる、一般的な休日だ。俺は週末は混むので、平日に休みを取りがちだが。

「トールの力が必要なんでしょう? 頑張ってきて下さいよ!」

 サリュが明るい声を放った。
 そこから二人が話し始めたので、俺はジャガイモのチーズ焼きを頼むタイミングを見失った。途切れたらお願いしよう。

 しかし会話は途切れず、その後十分ほど経過した。
 そうと気付いたのは、後方の扉が開き、鐘が鳴ったからだ。
 振り返れば、ギルドマスターのマットと、サブマスターのアズとロイが入ってきた所だった。現在ここにいるメンバーで、大体ギルドメンバーは全員だ。あとは所属だけしていて、必要時しか来ない者がいる程度だ。

 全員男である。男っ気しかないギルドだ。

 マットは聖槍騎士、ロイは大剣使い、アズは神聖魔術師だ。
 壁、壁、回復である。
 一応サリュは、踊り子らしい(バフをかける技能持ちだ)。

 他にも様々な技能はあるが、このギルドのメンバーはこんな感じだ。

「そろってるな」

 ギルマスのマットの声に、俺以外も皆が視線を向けた。アズはいつもの通り、ニコニコと笑っている。若干チャラさが垣間見える。ロイは一番真面目な顔をしている。こちらも普段からだ。

「今、ギルド連合で会議があって、情報が共有された。なんでもなぁ、街の西の森に、新しい遺跡が発見されたらしい。ギルド連合から、一斉に依頼も入ってきた」

 ギルド連合というのは、冒険者のギルドの全てが加入することを義務づけられている組織だ。各街――例えばこのジョーンズワートの街にも支部があって、定期的に、そして何かあった場合も会議が開かれている。ギルマスを含めて三名まで出席可能である事が多いので、いつも砂梟からはマットとアズとロイが行く。

「俺達にも依頼が入った。そこで明後日より、遺跡調査と内部の魔物討伐依頼を引き受ける事とした」
「え? 俺明日も依頼はいってるって言うのに、明後日も働けって?」

 トールが目を剥いた。マットとアズは笑顔で頷いている。
 ロイは何も言わない。ロイもまたサブマスなのだが、俺と立ち位置が似ていて、黙っている事が非常に多い。そんな事を考えていたら、ロイと目が合った。するとロイが小さく会釈した。こういう気遣いもとても心温まる。

 俺はこのギルドで、ロイが一番好ましい。他のみんなが嫌いというわけではなく、ロイが一番落ち着く気がするという意味だ。が、ロイとも深く話した事はないので、内面までは知らない。

 ロイは非常に長身で肩幅が広く、体格が良い。男らしい。男前とはロイのためにある言葉だと俺は思う。年齢は俺と同じで二十一歳。同じ年だから親近感がわくのだろうか? いいやそれはないか。二十四歳のトールとラークは険悪な仲だしな。二十七歳のマットとアズは親しいが……。なお、一番若く見えるサリュが一番年上で、三十二歳である。どこからどうみても十代後半くらいにしか見えないのだが。

「アズ、ロイ、座れ。サリュ、俺達にも麦酒を」
「はぁい。お疲れ様です皆様!」

 マットの声に、サリュが笑顔を浮かべた。
 俺の隣にロイが座る。大体いつもこの位置だ。
 そしてロイの横がトールとなり、その隣にマットとアズ、一番向こうにラーク。
 これも定位置だ。半円のカウンター席が全部埋まった。

「お疲れ様」

 麦酒を受け取ると、ロイが俺を見てそう言った。俺もロックグラスを持ち上げて、慌てて頷く。俺もそう背が低い方では無くて、これでも175cmあるのだが、ロイはそれより10cm以上高いから、どうしても軽く見上げる形になる。最初は威圧感を覚えた事もあるが、段々慣れてきた。

「では、説明を始める。まず、西の森で見つかった遺跡だが、大量の神樹石がとれるそうだ。だがそのため、非常に魔力圧が強いから、通常であれば難なく倒せる雑魚の魔物ですら、巨大化し、凶暴になっている」

 マットが説明を始めると、皆がそちらを見た。アズとロイは既に知っているのだろうが、言葉を挟む事は無い。

「いつの時代の遺跡なの?」

 説明が一区切りした時、ラークが静かに尋ねた。するとアズが両頬を持ち上げる。

「五百年は昔のものと考えられてる、非常に古い遺跡みたいなんだ」
「古すぎねぇかそれ……」

 トールが双眸を細めた。遠い目をしている。

 五百年前といえば、第一次カガク文明時代が終了して一端文明の記録が消えてしまった【白紙の時代】の頃だ。白紙時代は、文明レベルも後退していて、石器時代に戻ったに等しかったという伝承がある。冒険者の仕事の一つに、この期間の痕跡を探すというものがあるから、遺跡の調査をするというのは、納得である。この仕事はギルド連合が定めた事柄の一つだ。

「トールは初めてか?」
「おう。俺は白紙後の第二次カガク文明――文明復興期が専門だ」

 トールが頷くと、問いかけたマットが微笑した。

「白紙関連遺跡の調査経験が一番豊富なのはラークだな。ラークに色々聞くと良い」
「――は?」
「ラークとトールで組んで、明後日から調査を頼む」

 マットがまとめると、トールが唖然としたような顔になり、ラークも片目だけを細くした。それぞれ嫌そうな顔に、俺には思えた。

「……マスター。僕は攻撃魔術師だし、トールは弓銃師だから、どちらも後衛で……その……ほ、ほら? 襲われた時の対処が……」

 ラークが抗議した。やっぱり嫌みたいだ。

「安心していい。お前達は、持ち帰った資料の調査の担当だ。現地調査じゃ無い」

 しかしマットは引かなかった。

「調査は今回ね、ロイとネリスにお願いしようと思ってるんだよね」

 アズが補足した。
 そうか、ロイとネリス……ネリス? ネリスって俺の名前じゃないか!
 驚いて勢いよく顔を上げた俺は、口を半分開けた。

「お前達は調査経験がまだ少ないからな。経験を積む良い機会だ」

 マットは良い笑顔をしている。トールとラークはそれぞれ何も言わない。

「よろしく」

 小声でロイに言われた。俺は引きつった笑顔を浮かべるしか出来なかった。