【一】人間観察をする者の観察



 昼下がり、目を覚ます。
 気だるい体で煙草を銜え、真っ先に行ったのはPCの起動作業だ。
 火をつけながら、コーヒーサーバーの前に立ち、漠然と考える。

 今日も退屈だ。おそらくは、明日も、明後日も。

 何事も無い、平坦な日常に、俺は嫌気がさしている。何も行動を起こさなければ、それが続くと確信しているからこそ、俺は『楽しさ』を求めて街へと繰り出す。俺はその一連の行動を散歩と名づけているが、実際には違う。ブラブラと歩く事が目的ではない。

 俺の趣味は、人間観察――を、している人間を観察する事だ。

 俺は自分自身の観察の方が好きであるから、何故他者に興味を抱く人間がいるのか、不思議でならない。そう思う内に、時にカフェで、時にショップで、他者を観察する人々をすぐに見つけられるようになった。

 人間観察をする者というのは、一様に似通った眼差しをしている。だからすぐに、分かるのだ。

 珈琲を飲み終え、着替えてから、俺は街へと繰り出した。今日の観察対象を探す。結局の所、人間観察をしている人間を観察する俺もまた、人間観察が趣味としても良いのだろう。そう考えていたら、軽く目眩に襲われた。体がよろめき、近くのカフェの入口脇の壁に手をつく。

「大丈夫ですか?」

 その時、声がかかった。虚ろな眼差しで視線を向けると、そこには一人の青年が立っていた。俺と同じくらいに見える。二十代半ばから後半くらいだろうか。柔和な笑みを浮かべているが、すぐに作り笑いだと分かった。彼の瞳は、観察者特有の煌きを放っていて、ただの善意だけには見えない。

「大丈夫です」

 答えた俺の声は、掠れていた。俺に一歩近づいた青年は、それから屈むと、じっと俺を見据える。そして口角を持ち上げると、余裕たっぷりの表情で頷いた。

「とてもそうは見えない。少し休んだ方が良い」
「……」
「顔色が悪いからね」
「……ここのカフェに入るから、平気です」
「そう。心配だからご一緒しても良いかな?」
「……」

 断りたかったが、上辺だけであっても他者の善意を一蹴するような行為は、俺には出来無い。観察者の観察対象に選ばれてしまったと悟ってはいたが、俺は小さく頷いた。すると俺の背に手を沿え、青年がカフェの扉を開ける。鐘の音がした。

「いらっしゃいませ」

 店主の声に、青年が何事か答え、俺達は奥の喫煙席へと案内された。この青年は喫煙者なのだろうか。座りながら、珈琲を二人で頼む。青年はすぐに煙草のボックスを取り出した。

「吸っても良いか? 君も吸うんだろう? 煙草の臭いがする」
「ああ、どうぞ」
「名前は?」
「高遠です」
「俺は松原。よろしくね」

 それから、松原と名乗った青年は、煙草を銜えるとオイルライターで火をつけた。俺はそれを見守りながら、収まってきた目眩に安堵していた。彼が俺を観察するのであれば、俺もまた彼を観察すれば良いのだ。己を観察されるという状況は初めてだが、興味がある。

 こうして、俺と松原の奇妙な関係が始まった。