【四】◆大学時代 ―― 一年 2 ――







「……」

 しかし結果、俺が通りかかっても、誰も声をかけてくれなかった。立ち止まる勇気が出ず、そのまま隣まで歩くと、そちらではフライヤーを渡された。

「新入生! 学科は?」
「心理学科です……」

 意気消沈しながら答えると、小説研究会の隣の隣の場所のサークルの先輩が、満面の笑顔になった。

「俺も心理。入ってくれたら、過去問渡しちゃるよ」
「はぁ……」
「野球興味ある?」
「無いですね」
「きっぱりしちょるね。が! 安心して良い。俺も無い。俺ら、今年新設の草野球サークルだけどな、メインは週二のアフターだから! やりたい奴だけ練習して、その後みんなでファミレスで飯食って、居酒屋行くのが主な活動だから!」
「考えておきます」

 俺は曖昧に笑い、踵を返した。次こそ、次に通りかかった時こそ、小説研究会に声をかけてもらえるかも知れない。そんな淡い期待を胸に、俺はその列を三往復した。しかし小説研究会の人々は、俺の前後の学生を勧誘する場合があっても、何故か俺には声をかけてくれなかった。

「めっちゃ通るやん。何、自分? 本当は草野球気になってる?」
「……入りたい所があるんですが、勧誘されなくて」

 ついに俺は、草野球サークルの先輩の前で項垂れた。すると目を丸くした先輩が、顔を俺が辿っている道筋に向けた。

「ちなみにどこ? 俺、知ってる所なら、話通してやろっか?」
「え? 良いんですか?」
「で、どこなん?」
「小説研究会です」
「あー……そりゃ、まぁ、無理やんな」
「へ?」
「君(きみ)、言うちゃあ悪いが軽そうに見えるし。あそこ、お堅いサークルで有名だから、まずもって髪染めてたら声かからんわ」

 それを聞いて、俺は涙ぐんだ。

「外見で差別があるんですか!?」
「世間は世知辛いんよ。俺だって、ノリ悪そうな新入生には声かけてねぇし」
「……俺、そういうの嫌だ」
「見た目に反して真面目くんなんやね。君、名前は?」

 先輩はクスクスと笑っていた。柔らかそうな髪の毛をしていて、その色は狐色だ。

「灯里創介です」
「俺は、湊川晶(みなとがわあきら)。心理の三年。サークルの副会長や」
「出身どこです?」
「ん? 唯見だけど?」
「へ? その謎方言口調で?」
「エセ関西弁ってよく言われるわ」

 大学は変わっている。俺にそんな印象を最初に抱かせたのは、間違いなくこの湊川先輩だったと思う。

「とりあえず、新歓だけでも来ちゃいなよ。サークルは、ゆっくり考えればいいし、掛け持ちしたっていいんやし」
「はぁ……」
「あんまり深く考えんで、楽しく新歓だけおいで」

 湊川先輩はそう言うと、俺にフライヤーをバサっと押し付けた。反射的に受け取ると、楽しそうな笑顔になった。

「さ、配るの手伝って」
「は?」
「君なら行ける!」
「ま、待って!? まだ入るなんて――」
「大丈夫。あ、あと連絡先を教えてくれ」

 こうしてこの日、俺はそのまま流れで連絡先を交換した後、新入生歓迎会参加名簿に名前を記入し、そして何故なのかフライヤーの配布を手伝わされた。