【零】@ゾンビ




 ――これは、そう遠くない現実の話だ。

 夜。
 日中が曇り空だったからなのか、星は見えない。当然救いの星なんて無い。希望という星はどこにも見えない。だから、俺は潰すのだ。殺す訳じゃない。なにせもう――相手は死者なのだから。

 鉈を持つ手が汗ばむ。木の柄の感触、木目。滑りそうになるのをぐっと堪える。

 頭部を叩きつぶす感覚に、全身が熱くなった。
 生焼けのハツを噛み切れ無かった時の感覚に似ている。そんな感触が口内ではなく、生々しく掌に伝わってくる。頭蓋は案外固くて、砕けるまでには間があった。脂肪で黄ばんだ骨だったけど、血肉の赤の前では、純白に見える。

「うあああああああああああああああああああああああ!!」

 自分を鼓舞する叫び声。ありきたりな音が、周囲に響いたと思う。
 それから何度も何度も、俺はバッドを振り落ろした。
 アスファルトが赤く染まっていく。闇夜で赤という色が認識できるとは思えなかったし、多分その色は、どす黒かった。骨を砕く感触は、望月キャンディを噛む時と似ている。

 腐った肉体を持ち、死してなお動き続ける――ゾンビだ。

 飛び出した眼球。
 眼窩からポロリと落ちたそれを、俺は踏みつけ、完全に脳を破壊した。
 脳を破壊すれば、ゾンビは動きを止める。二度と立ち上がらなくなる。
 それを知ってはいたが、何度も何度もバットを振り下ろしていた。気づけば泣いていた。ボロボロと頬を温水が濡らしていく。どうしてこんな事になってしまったのだろう? 誰かに聞いて解答が返ってくるとは思わない。

 正答なんて、多分どこにも無かった。