悪役令息はお休みだ!
僕は、悪役令息である――と、自負している。
と、言ってもイジメをするようなみみっちいことをするわけではなくて、もっとこうバーンと悪事を働いている……!!
たとえば貧民街に行けば、僕の下僕を増やすべく大量に施し(賄賂)を渡して、孤児や困窮している者を僕の信者にしたり。王立学院で成績が悪い貴族令息がいたら、嫌みったらしく予習したノートを見せてやったり(大体の場合相手は僕のノートを写した後、涙ぐんでいる。感涙だと口にしていたが、きっと自尊心が傷ついただけに違いない)。
週に一度の王家の茶会――婚約者と親睦を深める茶会、即ち僕の許婚のジェイド第二王子殿下との顔合わせでは……この時だけは、僕は片想いをこじらせているからあんまり表情を変えることが出来ず、嫌われないように必死で、無表情で、会話を探している内(見つからず)に、お茶会の時間は終了してしまうのだが、ジェイド様も全く同じで表情変化がなく口を開かないので、きっとジェイド様にも僕の悪評は伝わっているのだろう。
このように、僕は悪役令息だ。我ながら、性格が悪い。
ただ僕が生まれたメルロード侯爵家というのは、決して人に侮られないように悪の道を貫く!! というのが信条なので、僕も幼少時から『悪役令息であれ!』と言われて育ってきた。僕の父は、令息ではなく既に悪役となり、このアルヴェゼルダ王国の宰相になったので、色々なものを牛耳っている。この前も自分の評判を高めるためだとして、国王陛下が他国の王族と会談していた時に言葉が分からなかったら、代わりに喋っていた。きっと陛下の自尊心はボロボロだろう。
ただ不思議なことに陛下は、『宰相がいてくれてよかった……』と、わざわざうちの侯爵家にお礼を言いに来たが。
現在僕は二十二歳。王立学院の卒業式まであと二ヶ月だ。
卒業して四月になったら、僕はジェイド様と結婚する。そうしたら……少しは仲がよくなれるだろうか……?
そんなことを考えながら、この日も就寝した。
◆◇◆
「ラピス・メルロード。お前との婚約を破棄する! 俺はフェイルを愛している!」
卒業パーティーで高らかに響いた声。
その後はあっという間で、僕はその場で会場警備をしていた騎士達に拘束されて、王宮の離れにある牢獄塔に幽閉された。簡素な木のベッドと、魔法がかかったトイレの壺があるだけの部屋で、窓には鉄格子が嵌まっている。
僕が王家に代々仕える賢者様の後任になる神子様を害したという理由で、僕はジェイド様に蔑まれながら、婚約破棄された。断頭台に上るのは、明日だという。お家は取り潰し。父は失職。僕は……やはり、悪役令息で、その悪役度が振り切れてしまっていた様子だ。
神子様は、僕とジェイド様が卒業する二ヶ月前から、行儀見習いということで王立学院に、僕らの卒業までの間だけ来ていた。銀糸の長い髪をした美しい人で、フェイル様という名前で……。確かに僕はいじめ抜いたのかもしれない。
なにもよりも、愛するジェイド様にあのように嫌われたのが、とても辛い。
◆◇◆
「――!!」
僕は飛び起きた。心臓がバクバクと煩い。滝のように冷や汗がダラダラと流れていて、僕は最初、状況が理解出来なくて、何度も瞬きをした。それから手を持ち上げて、掌を見る。
「……夢……」
僕は青ざめた。
現在は、二月の半ばだ。王立学園の卒業式まであと一ヶ月半。夢の通りで、半月前から、賢者見習いである神子様――フェイル様は、現在学院にいる。未来予知などの不思議な力を持っているらしい。そして夢の通りで、僕は『そこは足し算が間違っています!』などと結構口うるさくしている。一応、将来僕も王族になるから、関わりが深いと言うことで、教育係のようなものを、ジェイド様と共に拝命しているからだ。
そしてジェイド様とフェイル様は非常に親しい。見目麗しい二人が並ぶと、ある種神々しくて……お似合いに見える。僕の前ではジェイド様はほぼ笑わないが、神子様の前だといつもジェイド様は笑顔だ。ジェイド様と僕はあくまで親が決めた許婚だから……ジェイド様の心は神子様にあるのかもしれない。
僕は鬱屈とした気持ちになった。
死ぬのも当然嫌だけれど……それ以上に、ジェイド様の心が僕にないのが辛い。ここは、ジェイド様のことを考えて、僕が身を引くべきなのかもしれない。
「卒業式まで……大人しくしていよう。ジェイド様と神子様を応援した方がいいだろうし……家族に迷惑をかけるわけにもいかないしね……」
どうしても、僕には先ほどの夢が、ただの夢には思えなかったのである。
――こうして、僕の新たなる(?)日々が始まった。僕はそれまでだったら高らかと笑いながら登校し、僕のカバンを持ちたいと群がってくる取り巻き達が喧嘩をするので、自分で荷物を持つと宣言し、教室に行っては予習に失敗したバカにノートを嫌味に見せ、というような生活を送っていたわけだが、それをやめた。
それに緊張して喋れないのはそうだったけれど、一目見たくて同じ空間にいるようにしていたジェイド様を避けるようにした。仮にフラれてしまうのだとしても、僕が無害なら、断罪されることもないだろう。
「ラピス様、どうかなされたのですか?」
すると昼食時。学食にいた僕のところに、神子のフェイル様がやってきた。本当にキラキラした神々しい見た目だ。
「どうか、というのは?」
「最近は僕にご指導してくださらないし……僕、寂しいです。いつも優しく、兎を見に連れていってくれたり、ニワトリを見に連れていって下さったのに……僕、なにか嫌われるようなこと、しちゃいましたか?」
兎とニワトリは、学院で自然に触れるために飼っているものだ。
貴族社会に息が詰まっているようだったから、きっと自然なら馴染めるだろうと――それにきっと素朴な人だから、兎の相手の方が茶会で他の生徒の相手をするよりよいだろうと、嫌味に思って連れていったことがある。そして僕も、兎は好きだ。
目を涙で潤ませて、今にも泣きそうなフェイル様を見ていると胸が痛む。こんなに愛らしい人だ。誰だって惚れてしまうだろう……。
「そんなことはないですよ」
「本当ですか? それに、最近……ジェイド様を避けておられませんか?」
「え?」
まさか気づかれているとは思わなくて、僕は焦った。変なところで神子様は鋭い。
「だって最近、ジェイド様がこの学食にいるとラピス様は踵を返して出て行かれて、いなくなってからまたおいでになったり……前方からジェイド様が歩いてくると、何故なのか急に角を曲がったり……」
確かにその通りだ。実際そうしている。だけど、それもこれも……断罪されないためだ。
「それに最近、ぜんぜん笑われなくなって……」
「……ええと」
「もしかして……」
「……」
「マリッジブルーですか!?」
神子様がよく通る声でいった。この神子様、ちょっと天然が入っている。
「そ、そういうわけじゃ……」
そもそも僕は婚約破棄されると思う。きっと大人しくしていれば円満解消にとはなるだろうが、ジェイド様はそうしたら神子様と結婚するはずだ。
「と、とにかく。なんでもないです。心配してくれて、ありがとうございます」
僕は必死で笑顔を浮かべた。
◆◇◆
――最近、ラピスに避けられている。
ジェイドは二階の教室の窓際で、中庭に座り一人で読書をしているラピスの姿を視界に捉え、苛立ちながら指先で窓枠をトントントンと叩いていた。
あれは、七歳の時だった。
王家主催のピアノ演奏会に出席した時、同じ歳のラピスがやってきて、その場で一目惚れ。この世にこんなにも愛らしい存在がいるのかと思い、演奏会終了後に父である国王陛下の前で床に転がり泣き叫び、結婚するとわめいた。
親馬鹿の国王陛下は悪の宰相と名高いが非常に実は善良なメルロード宰相閣下に打診し、いい顔をしなかった宰相閣下を三年かけて説得。その間に、ラピスの性格もなにもかもどんどんジェイドは好きになってしまってもうラピス以外考えられないでいたため、政略結婚形式ではあったが、許婚という地位を手に入れてガッツポーズした。
だが。
大問題が発生した。好きすぎて、話せないのである。いつも快活で明るいジェイドなのだが、ラピスを前にした時だけは別だった。完全にあがってしまって、好きで好きで好きでたまらず、もうどうしていいか分からない挙動不審状態になってしまう。
――と、いうのを、先日神子に『お二人はどんな感じなんですか? 二人きりだとやっぱり甘々?』と尋ねられた時に、盛大に愚痴った。神子が将来就く賢者という職業は、元々王族の相談役なので、愚痴を聞くのも仕事の一つだ。
ジェイドが思いの丈を語ると、フェイルが言った。
「それなら、僕が夢操作の技法で、ラピス様にジェイド様と一緒に卒業パーティーに出た時に甘い甘い言葉を囁かれて幸せになる夢を見せてみます!」
というような話をしていた。
それでなにがどう変わるのかはよく分からなかったが、ジェイドは期待した。ラピス側も善良なのに自分の前でだけは何故かいつも表情が硬いので、それが少しでもなおってくれたらいいという期待だ。結婚したら、距離を縮める機会は生涯あるのだし、焦らず行こうと思っていた。
が。
その夢操作の技法とやらの後から、親しくなるどころか仲が後退した。完全に避けられている。きつい。きつすぎる。
「俺に甘い言葉を囁かれる夢を見て、気持ちが悪かったとか、か? だとして、絶対に今更逃がさないからな。ラピスがいない人生なんて考えられない! ここ、は。絶対俺から逃亡なんてさせない。捕まえてやる。身も心も捕まえてやる。もう俺もぐだぐだ好き避けしてないで――気合いを入れて行動あるのみだな!」
ジェイドはそう決意をした。
◆◇◆
最近、ジェイド様の様子がおかしい。
まず、朝からして変だ。僕が学院に行くと、何故なのか校門の所に立っている。僕はいなくなってから中に入ろうと思ったけれど、これ以上は遅刻すると思って、なるべく何気ない素振りで会釈だけして通り過ぎようとしたら、ガッと腕を掴まれて、満面の笑みで『おはよう』といわれたのが始まりだった。これは今ではもう朝の日課になっている。
その後教室までは、腕を組むか手を繋ぐかして連れていかれる。僕は完全に挙動不審なのだが、これまでが嘘のようにジェイド様の口数は増え、僕にあれやこれやと話しかけてくる。そして何故か急に席替えが行われ、ジェイド様と僕は教室の後ろの二つしか無い並んだ席に強制的に選ばれて、以後授業中は何故かジェイド様は常に教科書を忘れてくるので、机をくっつけて僕が見せることになってしまった。何が起きているんだ?
そうして昼食。僕は学食に行こうとするとジェイド様が必ずついてきて正面に座るから、サンドイッチを持参するようにしたら、ジェイド様もじゃあ一緒にと中庭のベンチで二人で食べるようになってしまった。学食は人目があるが、中庭はそれはないものの、本当に二人きりだ。気まずいと思っていたが、今ではジェイド様が饒舌だ。
そして午後の授業を乗り切ると、一緒に帰ると言い出す。そして僕の家までやってきて、夜に近衛騎士が迎えに来るまでずっと僕と話している。なんだこれは?
嬉しいけれど、だって僕はジェイド様が好きなのだから……でも、最近ジェイド様は神子様と絡みがない……。神子様への指導係の僕達なのだが、神子様も特に僕達に近づいてこない――というより、僕が第三者と話そうとすると隣にいるジェイド様が冷ややかになるから、誰も近づいてこなくなった。
曰く、『お前らラピスの人がいいからといって、ノートを見せてもらうのは禁止だ!』とのこと。『鞄は俺が持つから、いくらラピスが好きだから持ちたいからって取り巻きは散れ! ラピスは俺のものだから!』らしい。僕は悪役令息だから当然のことをしてきたはずなのだが、ジェイド様には、それが善良に映っていた様子だ。
それでも機を見て、僕はジェイド様を避けてみようと心がけるのだが、すると壁ドンされて腕の間に閉じ込められて、『何処に行くんだ?』と低音ボイスで囁かれる。僕には何が発生しているのか、本当によく分からなかった。
――こうして、卒業パーティーの日が訪れた。
僕は戦々恐々としていて、もしかしたらここから断罪劇があるのだろうかと怯えていた。だが、僕の手を握り微笑しながら入場したジェイド様は、僕の腰を抱き寄せると、僕の耳元で囁いた。
「これからは、もっとずっと一緒にいられるな」
ドキリとして、僕は真っ赤になったと思う。こうして恙なく卒業パーティーが進んでいくと、終盤にさしかかった時、神子様がやってきた。
「おめでとうございます、ご結婚なさるの待ち遠しいですね!」
その言葉に、神子様とジェイド様には恋愛色が見えないため、夢は所詮ただの夢だったのだろうかと、僕は考える。だが、それにしては生々しかった。
「ところで、ラピス様はどうしてジェイド様を避けていたんですか? やっぱりマリッジブルー? そ、それともまさか――ジェイド様と同じように好き避け!?」
「へ? ジェイド様が好き避け?」
「言うなフェイル。それは今となっては俺の黒歴史だ」
というやりとりの後、僕は俯いた。今の幸せの状況の方が夢だったらと思うと怖い。
「顔が曇ってますけど……どうなさったんですか? ラピス様」
「あの……実は……僕が悪役令息なせいで……」
僕は不安をかき消し、夢だったと確認したくなって、以前見た婚約破棄からの断頭台の話をぽつりぽつりと零した。するとジェイド様の目が据わり、キッと神子様を睨んだ。神子様は、あわあわとしている。
「あああ! 僕が夢の技法に失敗したんだー!! わーん! ごめんなさい!」
「夢の技法?」
「そうです……二人の仲があんまりにももどかしかったから、僕は応援しようとして、ジェイド様がラピス様に卒業パーティーで甘い言葉をかける夢を見せた……はずだったのに、それが失敗して断罪される夢になっちゃったんだと思います!」
神子様が涙ぐんだ。ジェイド様は不機嫌そうな顔をしている。それから言った。
「この俺が、ラピスを手放すわけがないだろう」
このようにして、卒業パーティーの夜はふけていった。どうやら夢は、やはりただの夢ではなかったけれど、神子様の失敗談だった様子で、僕はホッとしてしまった。
と――そんなことがあってから、僕はジェイド様と結婚した。神子様も満面の笑みで祝福してくれた。なにより僕も、今ではジェイド様の愛を疑わなく……というより溺愛されすぎていて疑えなくなってしまった。
僕が若干ひくほどに、ジェイド様は僕に甘く、公務以外の全てにおいて僕を最優先とするし、既に公務は僕も一緒に同伴しているから、そちらでも民草の前での凜々しい姿や快活な表情でのふれあい以外の時分は、僕にべったりだ。全く、困ってしまう。嬉しいけれど……。
そんなこんなで、本日。
僕は緊張しながら寝室で待っていた。結婚後初めての落ち着いた夜となったので、今日は初夜の儀が行われるのだという。ガチガチに緊張している僕は、念入りに湯浴みをしてから、薄手の服を着て、現在ベッドに座っている。
すると、九時ぴったり、閨の儀が始まる時間に寝室のドアが開き、ジェイド様が入ってきた。ビクリとした僕に歩み寄ると、ジェイド様が僕の顎を持ち上げる。そのまま唇が降ってきた。柔らかな感触に思わず目を閉じた直後、ジェイド様が僕を押し倒した。
こうして僕達の夜が始まった。
「ぁ……ああっ」
じっくりと解されてから、ジェイド様が僕に陰茎を挿入した。押し広げられる感覚に涙ぐんだ僕だけれど、ずっとジェイド様の事が好きだったから、繋がれたことに、心が満たされた気持ちになって、涙には嬉しさも混じっている。
「辛いか?」
「ぁ、あ……平気です」
気遣ってくれるジェイド様の動きが優しい――と、思ったのはそこまでだった。
「ああ!」
急にぐぐっとジェイド様が陰茎を奥まで進めた。そうされると満杯の中で、快楽がどんどんこみ上げてきて、僕の理性が飛びかける。
「ひゃっ……ああ!」
激しく動き始めたジェイド様は僕の腰を掴むと、幾度も幾度も打ち付けた。そして荒々しく吐息する。僕は無我夢中でジェイド様の首に手を回す。結合している箇所からは、香油の立てる水音がした。
「ンぁ……あっ! ひゃ、ぁ……」
「ん。気持ちいい。ずっと欲しかったんだ」
ジェイド様の目が、獰猛な色を宿している。涙が滲む愛でそれを見た僕は、捕食されている小動物の気持ちが分かった気がした。僕の肌はじっとりと汗ばみ、髪がこめかみにはりついてくる。
「ンぁ……ああああ! やっ、イっちゃう」
「今宵は、何度でも」
そのまま僕は昂められ、ジェイド様の腹筋に僕の陰茎が擦れた瞬間に放った。
そして――その後も、夜空が白むまでの間、僕はボロボロと涙を零して快楽が怖くて怯えるほどに、抱き潰されたのだった。
こうして無事に閨の儀も終わり、僕は翌朝、日が高くなってからジェイド様の腕の中で目を覚ました。すると優しくジェイド様が笑った。
「俺から逃亡するなんて許さないからな? 絶対に逃がさない」
「……」
僕は真っ赤だ。
「しかし――悪役令息、か。俺から見れば、誰よりもお前は善良だけどな」
「えっ? それじゃあ家訓に背いちゃう……」
「大丈夫だ。ラピスはそのままでいてくれたらいい。愛してる」
こうして僕達は結ばれた。
その後、神子様は今度は王宮付きの賢者様にしごかれている様子で、たびたび僕に泣きついてきたのだが、本当に愛らしい人である。ただし、それも、ジェイド様はいい顔をしない。ジェイド様は、心底僕の事が好きな様子で、束縛心が非常に強いと、僕はもう知っている。僕は、そんなジェイド様のこともまた、愛している。
―― 終 ――