海の城で聞いた心音




 遺跡攻略数No.1の俺は、報酬として海の中にある城をもらった。
 だが――ソロ(ぼっち)で活動している俺には、この客間もたくさんあるホテルのような城は、無用の長物にも思えた。

 俺は、魔導師(ハイウィザード)だ。本来はパーティ職なのに、俺がソロをしている理由は、単純に人とのコミュニケーション能力が欠如しているからである。みんな俺の顔を見ると、なぜなのかざわざわして口ごもるのだ。

 ひとりでやってるというのは、VRMMOをやる意味があるのかという感じだが、それでも僕はこのゲームが好きだ。

 そう考えながら昼食を食べていた時だった。

「ロード、海の城当てたの?」
「ん? ヴァイス、耳が早いな」

 声をかけてきたのは、俺の貴重な魔導師仲間のヴァイスだった。
 彼はパーティ専門で、魔力補給リチャージの玄人だ。

「レベルが300になったから、入出許可書集っていう王国近辺の城一覧の本を貰ったんだ。そこに、【闇音の大賢者邸】として海底の城の話が出てきたから」
「なるほどな。そうだ、あの」

 俺は意を決して、会話が続くよう試みた。

「魔力補給を教えてくれるという話だったな?」

 実は、俺もそろそろパーティ用の魔術を覚えたかったのだ。
 最近、大賢者などという称号をもらったので、ふさわしくなるように頑張りたい。
 ――それと同じくらい、俺は、最近出来たこの友人のことが好きで、少しでも長く一緒にいたかった。ボッチ脱出の契機にしたいというより……多分恋だと思う。

「うん。俺はいつでも良いよ――ただ、杖式が望ましいけど、俺個人としては経口を教えたい」
「経口? 杖以外聞いたことがない」
「場所、どうする? できれば二人きりのところがいいな」
「あ、それなら、いま話題になったし――俺の海のお城に入れるんだしな。行ってみるか?」
「――良いの?」
「ああ。綺麗だから、誰かを連れて行きたかったんだ」
「我慢できるかな」
「我慢?」
「なんだか怖いんだ――けど、行くだけ行ってみたい」

 こうして、俺達は、転送魔法陣に向かった。光が溢れ、次の瞬間には、俺達は、城の中の海中レストランにいた。ヴァイスが小さく息を飲んだ。海中がライトアップされていて、様々なお魚や宝石のような海藻が、キラキラ輝いている。ある種の星空のようなのだ。

「どうだ? 綺麗だろう?」
「うん。想像異常だった。海のお城って、海の中なんだね」
「そうなんだ」
「――けど、ここ、やっぱり俺は怖い」
「そ、そっか」

 俺は驚いたし残念だが、それよりも焦った。海が怖い人ってそう言えばいたと思ったのだ。慌ててヴァイスの腕に触れた。

「ごめんな、帰ろう」
「――いや、いるけど」
「? ん?」

 ヴァイスは、怖いのか、俺の腕を引っ張った。そのままギュッとされた。

「そんなに怖いのか?」
「こうしてると落ち着く」
「それなら良いけど」
「良いの?」
「いや、良くないけど、落ち着か無いのはもっと良くないだろ?」
「本当は死ぬ程ドキドキしてて落ち着いて無いけどね」
「どっちだよ? お前、顔に出ないからわからない」
「心音聞いてみれば?」
「なるほど?」
「っ」

 俺は、ヴァイスの胸に耳を当ててみた。ヴァイスが、ビシッと硬直した。自分で言ったくせに何か照れたのだ。

「うーん、普段の心拍数知らなかった。比較できない」
「……そ、そう」
「大丈夫なら、下に行こう。ダメなら、帰ろう」
「もうちょっとここにいたい」
「分かった。何か飲むか?」
「ううん。このままで良い」
「このままって、お前、俺を抱き枕にしてるだろ」
「枕にはしてないでしょ。起きてるし」
「コアラになってる、とかか? 何に例えれば良い?」
「例えなくてもロードと俺じゃダメなの?」
「人間が人間に抱きしめられて恥ずかしいので俺コミュ障の対人スキルゼロで心臓バクバクだから、離してくれ。こんな感じ? 俺とお前」
「――恥ずかしいの?」
「当たり前だろ!」
「ロードこそ顔に出ない。事実なら」
「心音聞いてみろ!」
「うん」
「!」

 今度は俺が硬直した。俺のバカ。何言ってるんだよ……。ヴァイスも乗るなよ……。屈んで耳を当てられて、動揺して後ずさった。後ろの壁にコツンと頭をぶつけた。そのままギュッと頭を当てられた。やばい。動揺した。

「は、離せ。離してください。俺、まじで、人肌とか慣れてないからヤだ」
「そうなの?」
「っ、ちょ」

 ヴァイスが起き上がって、俺を覗き込んだ。顔が真正面にある。俺は目を見開いた。そのままじーっと見られて、俺は緊張した。冷や汗だ。滝汗だ。口がパクパクだ。声が出ない。そうしたら、左手が耳の隣の壁に置かれた。視線を動かして、元に戻すと、もっと近い場所に顔があった。ポカンだ。そのまま――軽くキスされた。呆然としていたら、目が潤んできた。え、え……? 唖然としていたら、右手で頬を触られた。そしてもう一度――今度は、深い。

「っ、ぁ」

 俺はぐっと深く唇を貪られて息を飲んだ。すると壁に押し付けられて、思わず目をキツく閉じた。そのまま、舌を追い詰められて、絡め取られて、吸われて、アマガミされたら、腰がツキんとした。ゾクリとした。おかしい、体がおかしい。思わずヴァイスの服をつかんだ。

 あ、これ、なんだ? やばい。

「っ、ぁ、ぁ……ぅっ……」

 太ももが震える。体に力が入らない。え、何これ?
 ヴァイスのキスが上手いというのは多分あるが、なんだか――違う、それだけじゃない。

「まっ……っ……ぁ……」

 息が上がって声が出ない。涙が出てきた。その時を口を離されて、俺はヴァイスに倒れ込んだ。頭がクラクラする。体が震える。熱い。熱い。熱い、熱い、熱い。

「や、あ、ヴァイス、体変だ、なんだこれ、熱い、あ、ぁ!」
「大丈夫?」
「っ、ぁ、だ、だめ……だめ、だめだ、だめ……あ、あ、あ……嘘、あ」

 俺は唖然とした。唖然とするしかない。いくら経験ゼロの俺だって、キスでイっちゃうなどと言う事が無いのは知ってる。なのだが、完全に熱が開放を求めていると自覚した。もう立っていられない。頭が白い。イく手前状態だ。なのに、イけない。

「あ、あ、あ――っ、ぁ、あ、うあ、や、やだっ」
「嫌なの?」
「やだ、あ、何これ、何、嘘、あ」
「嘘って何が?」
「ヴァイス、俺、俺、うあ……ぁ……あああああ」

 イきそうだ。どんどんそうなる。声が出る。思わず歯をきつく噛んだ。崩れ落ちた俺をヴァイスが抱きとめた。その体温が辛い。回された腕の中で、俺は震えた。完全に食べられる寸前の獲物みたいだ。むしろ、とどめが欲しい。ポロポロ涙が出てきた。熱い。

「うあああ、俺、イきそっ……あ、あ、けど、あ、イけなっ」
「どうして欲しい?」
「イきたい、イきたい、あああ」
「――ロード?」
「あ、あ、あ――っ!」

 ヴァイスがまた俺にキスをした。唇を重ねるだけだったのだが、俺は無我夢中で貪った。なんとかして、もっと気持ち良くなりたくて、それしか考えられなかった。必死で、必死で、頑張って拙く舌を動かしたら、鈍く噛まれて、ずきんと体が疼いた。もうなにも考えられない。声を殺してボロボロ泣きながら、噛まれる度に悶え、気付いたら乳首をつままれ背を逸らしていた。そこから優しくずっと乳頭をこすったりつままれたりして、俺はもう気が狂いそうになった。熱い。

 気づくと押し倒されていた。先走りの液でドロドロで、それを指でなぞられ、陰茎が反り返った。ヴァイスが、「こんな所までいちいち綺麗だ」なんて言っていたが、俺にはその声と一緒にかかった吐息が辛かった。そのまま、指が一本入ってきた。反射的に体をひいた。だが、容赦なく進んだ。理性では入るはずがないと思ったのに、グチュと音がして入った。付け根まで進められて、それを小刻みに振動させられた時、俺は泣き叫んだ。

「あああああああああっ」
「可愛い」
「やぁっ! あ、あ、あ!」
「イけそう?」
「だめ、あ、だめだ、イけなっ」
「――これは?」
「うああああああああああああ!!!!」

 ヴァイスがもう一方の手で前を握ってこすった。その上、中がおかしな程気持ちの良い場所をついた。頭に電流が走ったみたいになった。その時、もう一回キスをされたら――その『気持ちいい』が、皮膚の内側全部に満ち溢れた。

「え」

 俺は目を見開いた。直後喉を仰け反らせて、叫んだ。

「ああああああああああああああ!!!!!!!!!」

 出口の無い快楽が、体の内側全てを支配して、渦巻いた。震えた、ガクガクと震えている。だが、こんなのは知らない。恐怖が強い。

「いやああああああああああああああああああ!!!!!」

 ヴァイスが指を抜いた。俺の耳元で、「魔力吸収」と呟いた。何のことか知らなかったが、知っていてもダメだっただろう。気づくと、抱き抱えられて、巨大な陰茎を挿入されていた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ――っ」

 入るタイミングで声が出た。そして入りきった時――ズドンと、今度は『快楽』が流れ込んできた。体が溶けた。ヴァイスとひとつになっていた。ヴァイスの『気持ちいい』が直接流れ込んできた。俺は挿れられているのに、挿れているヴァイス側の快楽まで全部入ってきた。わけがわからない。ヴァイスが感じている、俺から読み取った『気持ちいい』も入ってきて、それのループで、俺の中身は全部『気持ちいい』に塗り替えられた。

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 揺さぶられて、俺は絶叫した。泣いた。ダメだ、狂う。
 そのまま、壮絶な快楽で、俺の意識は飛んだ。
 時折目を覚ます感覚で、ずっと海の中みたいだった。

 ヴァイスと一個になっていて、もう声も出ない。

 俺は、それから一瞬なのか永遠なのか分からない時間の後――呻いた。
 中だけで果てていた。というより、前は封じられた。出していないのに酷い絶頂感に襲われて、さらにそれが、肌の内側で暴れ狂った。

「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 そこからは、逆にイけるようになった。ヴァイスは俺をギュッとして動きを止めた。俺は体に力が入らず、震えることすらできないまま、前から放ち、そのまま中でまたイき、二回中でイき、また前から今度はダラダラだし、その内体がまた熱くなりそして震えるのが再開した。息が苦しい。舌を出していた。

「う、うぁっ」
「気持ちいい?」
「ヴァイス動いて」
「!」

 声が出るようになった時懇願していた。するとヴァイスは俺を突き飛ばすように前に倒して、猫みたいな姿勢でガンガンついた。気持ちよくて死にそうだった。そのままヴァイスが果てた時、俺も出して、床に潰れた。ヴァイスの体重を感じながら、俺は意識を失った。

 目を開けたら、ヴァイスに抱き抱えられていた。俺が顔を上げたら、ヴァイスが動きを止めて、若干気まずそうに俺を見た。それから短く吐息した。

「怖いっていったけど、予感通りになった」
「……どうい、っげほ、意味だ?」
「声、掠れてるね。色っぽいけど、罪悪感があるな。いや、海の中。混ざってる時みたいな感じしない?」
「さっき、海の中みたいだと思った。なんだったな?」
「――うん」
「うん、じゃない。あのな、俺は経験ゼロとはいえ、今のが何か普通じゃないのは分かった。体が変だった」
「現実世界では普通じゃないし、ありえないし、変だろうね」
「どういう事だ?」
「――大賢者は、悪魔――こと、快楽に弱いため、魔力を吸収されると、快楽に染まる、という、シナリオがあるでしょ?」
「え? う、うん」
「まず、キスして、イく手前ギリギリまで魔力を抜いた。魔力補給の逆」
「っ、え!? そんなことができるのか?」
「経験豊富なら」
「いや、そうじゃない、バカ! 魔力を抜くという行為自体だ」
「あ、ごめん、失言だった」
「全くだ!」
「忘れて。君の経験ゼロは忘れないけど」
「それは忘れて下さい」
「できるんだ。大賢者最大の弱点として評判だよ」
「へ!?」
「その後、体の内側で、感覚が――羽が内側から暴れているみたいにバタバタしなかった?」
「した。おかしくなった」
「うん。それ、俺の魔力でそちらの中の魔力を震わせて、その上で魔力の出口を塞いだんだ。快楽が強くバタバタして、皮膚の外に出なくなる。本当はほかの感覚に使うんだけどね」
「え!?」
「普通の感覚全部に使えるから、痛み倍増とかね」
「そ、そ、そうか」
「そうなんだよ。その後、俺がキスしたら、『気持ちいい』が、体の内側全部にならなかった?」
「なった」
「それが、魔力同士の直接接触。この時、感じていたロードの『気持ちいい』だけを渡して、魔力の逃げ道を封鎖した」
「……」
「その後入れてからは、俺の方の感覚も送った。経口魔力補給の一携帯。そこから直接体も繋がってる状態での魔力交換。海の中みたいになるし、体が溶けて、一つみたいになる」
「……」
「魔力があれば全員できる。だけど、俺は教えてと言われたし教えたかったけど、俺以外には試さないで欲しいな」
「!?」
「ロードは、この方向は、攻略経験ゼロみたいだけどね」
「ぶはっ」
「ソロですら」
「お、おい、ぶはっ」
「魔力同士の接触だから、主導権握った側は、相手の性経験とか全部受け取れるから全部分かるんだよ。ここに来てから、以外も。人生全部」
「ぶはぁああっ、童貞だ、どうせ! バカ! バカバカバカ!」
「うん、奇跡だよね。そんなに美人なのに。ひきこもってたって本当なんだね」
「うっ、フォローは結構です……」
「本当だよ。俺、一目惚れしたからね」
「え?」
「だから俺は、海の中なんて絶対我慢できないと思ったし、後悔は、いきなり悪かったとか、自制できなかったとか、順番違うだろうくらいしかない。ずっとヤりたかったし」
「え、あ……」
「ロードは俺の事、嫌い?」
「嫌いじゃないけど」
「気持ち良くなかった?」
「そ、それは! き、気持ち……良かった……」
「照れて小声、可愛いなぁ」
「なっ!」
「俺、ロードが死ぬ程好きだよ」
「っ」
「欲情しっぱなし」
「欲じょ、っ、げほ、な、な、な、お前、何言って……」
「好きです、俺と付き合って下さい」
「!!!!!!」
「いいよね?」
「え、あ、あ、え、え!?」
「誰かにずっとそばにいて欲しかったんでしょ? 本当は」
「っ!?」
「俺ならずっとそばにいるよ」
「!?」
「誰かじゃなくて、すぐに、俺にそばにいて欲しくなるから、試しに付き合ってみなよ」
「……」
「多分、付き合ったら、もう別れる気は無くなるから」
「……」
「いいよね?」
「……あ、あの」
「うん? いいよね?」
「い、いいよね、っていうか、あのさ、付き合うって、何するの?」
「ん?」
「俺は何をするんだ?」
「何もしなくて良いよ。俺の横にいれば良いの」
「それだけでいいのか?」
「うん」
「本当か?」
「うん」
「俺は、お前と一緒にいるだけで良いのか?」
「そうだよ」
「本当に……?」
「なんで?」
「だって、俺、話も上手くないし、何もしてなかったら、横に俺いても、つまらないだろ……」
「そんなことないよ。視界に入るとホッとするって言ったでしょ。空気的な意味で」
「っ、本当か?」
「本当。事実」
「……――うん。付き合う」
「なんでそこで泣きそうなほど嬉しそうになるかな」
「えっ、だって、こう、必要とされた感が……俺、本当にぼっちだからな……」
「俺には必要。今でもだけど、今後も常に。まぁ俺がいるからぼっちとは距離を置くことになるかな。良かった、付き合ってくれるんだ」


 こうして俺には恋人ができました。