陰キャを侍らす僕可愛い!


 大学構内へ続くロータリー。そこから見える周囲の山々の木々も、だいぶ色づいてきた。赤や黄色の紅葉は、この幻想文学同好会にあてがわれた一室からもよく見える。僕の通う稲葉大学は、山の上に位置している。

 現在僕はトリュフを食べながら、学祭の時に配布するフライヤーに掲載する写真を選んでいる。甘いものは美味しいから、僕はちょくちょく食べている。お菓子はやめられない。

 それにしてもやっぱりさ、フライヤーに載せる、サークルの雰囲気を伝える写真には、可愛い僕が映っているものをメインに据えるべきだと思うんだよね。ただでさえ、この幻想文学同好会は――黒魔術同好会なんて周囲からは呼ばれていて、実際に胡散臭くて怪しい気配を放っているんだし。

 そう考えながら、僕は正面で同じように作業をしている|稗方《ひがた》くんをチラっと見た。
 稗方碧唯くんは、僕と学科も同じで、このサークルにも同じ日に入った。稗方くんは、黒髪で目元が全然見えなくて、もう本当に陰キャを体現しているかのような人物だ。

 こんなに可愛い僕と一緒にいられる事を光栄に思った方がいいだろう。
 これでアルファだっていうんだから信じられない。

 僕はオメガだし、本能的にアルファを求める事が多いとは言うけれど、稗方くんを求める事は、ちょっと無いだろうなぁ。

 でもこの通称・黒魔術同好会のメンバーは、稗方くんだけじゃなく、みんなが陰キャって感じだ。魔術に関係あるとかと言って、野菜しか食べなくてガリガリだったり、デザイン性の欠片もない眼鏡をかけていたり、なんというか、本当……オタクの集まりって感じだ。服もダサい人が多い。

 そんな中にあって、僕だけが可愛い。
 勿論服装という意味じゃなく、僕って存在が可愛いと思う。
 だからみんな僕に優しくしてくれる。

 そう、それ、それこそを僕は求めていたのだったりする。

 そりゃあ世間にはさ、僕より可愛くて美人だと言われるオメガはいる。たとえば学科でいうなら高坂くんとかが評判だ。そして周囲は僕に対して『普通』だなんて言ってくるけど、本当に見る目がないと感じてしまう。

 けれどこのサークルの面々だけは、僕を至高の存在として崇めてくれる。

 本当にこれだよ、僕が求めていたのは。僕は可愛いんだから、チヤホヤされない方がおかしい。本当、おかしい。黒魔術同好会のメンバーは、見る目だけはあるよね!

 去年、二年生ながらに僕が、サークル勧誘のブースを歩いていた時、たまたま受け取ったのが、出来立てだったこのサークルのフライヤーだった。

 それを眺めていたら、サークルを創設した先輩が、おずおずと声をかけてきたので、僕はなるべく可愛く見える表情で微笑みかけた。そうしたら他のメンバーの先輩達も全員が僕にその場で陥落したようにうっとりした顔をしたので、本当に気分がよかった。

 なのでそのまま僕は加入を決めて、登録用紙に哀洞真織という自分の名前をボールペンで書いた。そこからメンバーの一員として、僕は勧誘を手伝い始めた。すると最初の通行人が、稗方くんだったのである。同じ学科だから存在だけは知っていたけれど、それまで話した事はほとんど無かった。



「稗方くん、これ貰ってくれないかな?」

 僕がそう声をかけると、驚いたように顔を上げた稗方くんは立ち止まり――それから先程の先輩達そっくりな反応を見せて、僕に見惚れた様子を見せた。それがもう何より気分がよくて、僕は半ば強引に稗方くんをサークルに誘った。最初は困惑していたようだったけど、そのまま稗方くんもサークルに加入した。

 あれから一年以上が経過している。現在僕は、大学三年生だ。

 周囲も稗方くんも、惜しみなく僕に『可愛い』と言ってくれるので、僕は満足している。実際僕も、可愛い仕草や表情を心掛けている。我ながらあざといというのは分かっているが……ああ、僕は本当に可愛い。

 そんな僕の欠点を無理矢理あげるとするならば、忘れ物や失くし物が多い事くらいかな。弟なんかは『ナルシストなところだろ!』と言ってくるけれど、実際に僕は可愛いから、ナルシストなんかじゃないと思う。口の悪い弟は、『兄貴は普通に可愛いが、あくまで普通レベル。平凡の域を出ない!』と言ってくる事が多い。本当に見る目がないと思う。

 実際美麗なオメガは沢山いて、学祭では、オメガコンテストも行われるし、僕は事前審査で落選したから出られないけど……それは周囲に見る目がないだけで、少なくともこの黒魔術同好会は、僕の園だ。僕が至高! みんなが僕を可愛いと称えてくれる。

 そんな事を考えていた時、僕は視線に気が付いた。顔をあげると、稗方くんが僕を見ていた。前髪が長いから、目はよく見えないが、僕に顔を向けているのは間違いない。

「どうかした?」

 僕は口元を意図して綻ばせて、綺麗に見える表情を心掛けながら、微笑して見せた。

「あ、いや……」

 すると慌てた様子で、稗方くんが首を振った。照れているのが分かる。耳が少し朱い。そりゃあそうだ、可愛い僕に話しかけられたら動揺もするよね。それに、僕に見惚れるのも理解できる。

「学祭で、少しでも、黒魔術……幻想文学同好会に興味を持ってくれる人が多いといいよね」

 僕が続けて笑みを深くし、両頬を持ち上げると、焦ったように何度も稗方くんが頷いた。危ない危ない、黒魔術同好会って言いかけてしまった。あくまでもそちらは通称だ。

 なお稗方くんは、一番の僕の信者だ。僕がいると必ずサークルの部屋に顔を出してくれるし、ほとんどなんでも言う事を聞いてくれる。僕が、『チョコレートが食べたいなぁ』と呟けば、翌日にはたくさん持ってきてくれるような下僕っぷり……優しさの持ち主だ。とにかく僕に尽くしてくれる。

 非常に気分がいい。

 僕はサークルに限らず、学科でも稗方くんと一緒にいる事が増えたし、ノートを見せてもらったりもしている。僕は好きな講義は真面目に集中して受けられるんだけど、苦手なものは眠ってしまったりする。だからテスト前には稗方くんに色々教えてもらう事も多い。これも可愛いから許されるのだと思っている。僕は本当に可愛いオメガだと、自負している。

 稗方くんが少しの沈黙をはさんでから、改めて言った。

「そうだな……」
「頑張って催し物の展示をするブースで配るフライヤーを完成させようね」
「ああ。あとは、展示物を作る模造紙とか、飾りつけるものも買いに行かないとな」

 稗方くんの声に、僕は一度手をとめて、机の上に両肘をついた。そして両手を頬に当てて、じっと稗方くんを見る。我ながら、この仕草も可愛いと思う。他のメンバーは、本日は魔術儀式をするだのと意気込んで空き教室に行ってしまったので、現在学祭の作業をしているのは、僕達だけだ。

 勿論儀式と言っても、幻想文学扱いの本に書かれている呪文を唱えるだけで、ファンタジックな現象が起こったりはしない。学祭の展示物に関しては、本当に先輩達は全然頼りにならないので、僕と稗方くんが頑張るしかないだろう。主に稗方くんに頑張ってもらうしかない。

 そうしないと僕らと同じ三年生のメンバーはいないし、二年生と一年生は一人も入っていないから、来年を考えると、現状のままだと、僕と稗方くん意外は誰もサークルにいない計算になる。同好会は二名いれば登録を可能だけれど、ほとんど潰れたみたいな状態になってしまうし、何より僕をチヤホヤしてくれる人が減るのは悲しい。

「明日にでも買いに行く?」

 僕が言うと、稗方くんが小さく息を呑んだ。それからおろおろとするように視線を彷徨わせた気配がし、僅かに頬に朱を差したのが分かった。

「行くか……そ、そうだな。哀洞がいいなら」
「じゃあ明日、桜葉丘駅の前に集合ね。西口。そこの駅ビルに大体なんでもあるし」
「あ、ああ。その……二人で?」

 どこか動揺したような稗方くんの声に、僕はこれもまた可憐に見える笑顔で頷いた。

「嫌?」
「ち、違う! う、嬉しい……あ、明日。楽しみにしているから」
「うん、僕も」

 僕は上辺は笑みのままでそう述べた。明日は土曜日で、大学の講義もない。たまに土曜日にも講義がある場合もあるが、僕も稗方くんも取っていないし、臨時の講義も無い。

「何時に待ち合わせにする?」
「よ、よ、よかったら、お昼も一緒に食べないか?」
「いいよ」

 勇気を振り絞ったよいうような稗方くんの声に、僕は頷く。
 すると稗方くんが、ホッとしたように吐息した。

「じゃ、じゃあ、十一時くらいに駅前で……その後、食事に行こう」
「うん。そうだ、明日は少し髪を整えてみたら? 似合うと思うんだよね」

 僕は何気なく呟いた。純粋に食べる時に邪魔そうだと思ったからだ。
 すると、何度か小刻みに稗方くんが頷いた。
 こうして僕達は明日、食事と買い物に行く事に決めた。



 目覚ましのためにかけたスマホのアラームに急かされて、僕は九時に起きた。本日も可愛いを貫くための準備があるからだ。買い物に一緒に行く相手は気を遣わなくていい稗方くんではあるけれど、街には人目がある。やっぱりみんなには僕の魅力に気づいてもらいたい。

 普段から僕は、スキンケアは特に念入りにしている。僕は甘いチョコレートが好きだから、肌にふきでものでも出来たら大変だ。特にお気に入りなのは、ちょっと高いんだけどメリアルという会社のトリュフだ。

 そうして一時間半ほどかけて、僕は何度も鏡を見ながら、身支度を整えた。
 その後電車に乗り、隣の桜葉丘駅へと向かった。
 すると、何やら、チラチラと通行人が西口の壁の方を見ていた。

 改札を抜けた僕は、何気なくそちらを見て、思わず息を呑んだ。

 そこには、イケメンが立っていたからだ。少し前髪は長いが、それを流していて、服もどこか垢ぬけている。もうちょっと今風の髪型にしたならば、まるでモデルみたいだと思うが――その長身の青年に、僕は既視感があった。

「え?」

 しかも待ち合わせをしている場所といえる位置だ。
 おずおずと僕は歩み寄りながら、じっくりと観察してしまった。
 すると気づいた様子で、あちらも僕を見た。

 そして柔らかい表情で、両頬を持ち上げた。綺麗な薄い唇が弧を描いている。

「哀洞」

 響いてきた耳触りの良い少し低い声音には、聞き覚えがありすぎた。

「稗方くん?」
「ん?」
「あ……お、おはよう!」

 元の素材は悪くないのではないかと常々僕は思っていたのだが、ちょっと予想外過ぎる顔面造形の持ち主――だと判明した稗方くんがそこにはいた。こ、これは、僕の隣に並ぶには相応しい! い、いや、気合いを入れないと、僕が見劣りするかもしれない。いいや、いいや! 何を気弱になっているのだ、僕は。僕ほど可愛い人間は、ちょっといないんだから、大丈夫!

「おはよう、哀洞。何が食べたい?」
「パ、パスタとか」
「分かった。じゃあ、駅ビルの二階に行くか」

 微笑している稗方くんには、さらに周囲の視線が集中している。
 本当に元の素材が良すぎる。僕まで見惚れてしまいそうになった。

「なんか、今日は雰囲気が違うね」

 思わず僕が言うと、照れくさそうに稗方くんが笑った。

「哀洞が髪型を変えろって言ってたから……明日は、きちんとした美容院にも、そ、その、予約を入れた」
「そうなんだ……それに服装もなんか違うっていうか」
「こういう服、哀洞が前に格好いいって言ってたのを覚えてて、買っておいたんだ。でも、中々恥ずかしくて……いつも俺は普通のシャツだしな……初めて着てみた」
「そっかぁ」

 確かに雑誌を見ながらそんな事を言った記憶はあるけど、覚えていたのか。つまり、現在の稗方くんの本日の装いは、僕のために? やっぱり可愛い僕の発言は、影響力があるんだな。嬉しいなと素直に僕は内心で喜んだ。

「やっぱり、その……変か?」
「ううん。似合うし、すっごくいいと思うよ」

 思わず僕は本音でそう伝えてから、稗方くんと並んで歩いた。
 隣の駅ビルに入り、エスカレーターに乗る。そこでも人々の視線がこちらへと集中してくる。

 そして二階に出店しているイタリアンの店に、僕達は入った。

 僕はたらこパスタを頼む事にし、稗方くんはボロネーゼを選んでいた。ドリンクバーも注文し、交互に席を立つ。他には二人で食べられるピザも頼んだ。席に戻ると、セットのスープとサラダがすぐに運ばれてきた。少し価格が高いファミレスみたいな空気のイタリアン専門店だ。店内には、様々な場所に背の高い観葉植物がある。僕はそれを眺めていて、少ししてから視線に気づいた。

 見れば真面目な顔をした稗方くんが僕を見ていた。端正な顔で黒い瞳を向けられていたものだから、少しドキリとしてしまった。イケメンはこれだから卑怯だ。目が合うと、いつもと同じように、慌てたように稗方くんは顔を背けた。その頬は、やはり僅かに朱い。いつもは長い前髪で見えなかったけれど、普段から稗方くんは、今みたいに僕を見ていたのだろうか。

「な、なんだか、デートみたいだな……」

 ポツリと稗方くんが呟いた。潜めた声だったが、嬉しさが滲み出している気がした。僕は気をよくして、思わず満面の笑みを浮かべてしまった。

「なに言ってるの」

 僕はその冗談に笑いつつも、実際周囲には、僕達は恋人同士みたいに映っているんじゃないかと考える。

 今の服装と髪形の稗方くんとなら、そう思われるのは嫌じゃない。が、僕は別にイケメンだからといって、恋心を抱いたりはしない。なにせ相手は稗方くんだし。可愛い僕には、相応しいアルファがいつか現れるはずだ。僕はこれまでに恋人が出来た事は無いけれど、恋愛には夢を見ている方だ。

 弟に言わせると、『兄貴は恋愛対象に求めるハードルが高すぎる』らしかったが、僕はそうは思わない。僕は自信をもって僕を愛してくれる人と|番《つがい》になりたい。

 そこへ店員さんが、パスタの皿を運んできたので、僕達は昼食とした。
 そしてその後は、学祭の展示物に使用するためのものを、稗方くんと購入してまわった。



「稗方くん格好良くない?」
「うん、印象変わったよね」

 ――翌週。髪型を最近流行のふんわりとしたマッシュボブに変えて、服装もがらりと変化した稗方くんの存在は、すぐに学科はおろか大学でも目立つようになった。

 今も二人で歩いているのだが、周囲は僕の可愛さには気づいた様子は無く、ひそひそと稗方くんについて語っている。中身は全然変わっていない陰キャだし、僕の言う事はなんでも聞いてくれるのだけれど、見た目が違うと人々への印象はこんなに変わるのかと思い知らされる。

「哀洞?」
「なに?」
「な、なんか、機嫌が悪そうだから」
「えっ」

 僕は稗方くんの指摘に狼狽えた。
 そんな……可愛い僕にはあるまじき事だ。
 僕は思わず片手を頬に添えた。そして得意なはずの作り笑いを取り繕う。

「そんな事は無いよ? 稗方くんの気のせいだよ」
「そうか。それならいいけど……」

 何度か頷いた稗方くんは、忌々しい程にイケメンだ。
 そのまま僕達は展示ブースとなるあてがわれた空き教室へと向かった。
 ここは文科系のサークルの展示物が並ぶ区画となる。

 僕達の出し物は、一応幻想文学の歴史として大学には申請しているけれど、様々な場所に先輩達いわく『魔術に使う品』であるらしい、短剣の模造品や祭壇だというダンボールに黒い布をかけたもの、パワーストーンや鏡などが置かれている。

 僕と稗方くんが作った模造紙の展示物以外の先輩達が用意した品は、いずれも怪しさが溢れているから、これではそもそも室内にも入ってきにくいだろうし、入ってきてもおどろおどろしい気配に逃げていきそうだ。

 飾りつけも学祭というより、完全にハロウィン仕様である。
 それでも成功を祈るしかない。

 この日も稗方くんと二人で、少しずつ先輩達の用意した品の方向性を修正し、ちょっとだけ室内に入りやすい飾りつけを施した。

 そうして帰宅する事にした僕達は、構内にあるバスのロータリーへと向かって歩いた。僕と稗方くんは別々のバスに乗るのだけれど、発着場所は同じだ。

 そのようにバス停に向かう最中も、稗方くんには視線がとんできた。頬を染めながら稗方くんを見ている女子やオメガ男子がすごく多い。

 なんとなくそれにムッとした。稗方くんは僕のものなのに。
 そう思って、僕は思わず稗方くんの腕に、自分の腕を絡めてみた。

「あ、哀洞……っ」
「なに?」
「や、腕……」
「うん?」
「……嬉しい」

 ポツリと言った長身の稗方くんを隣から見上げたら、あからさまに赤面していた。僕はそれを見て気分がよくなった。稗方くんは、やっぱり僕の信者だし、かなり僕の事を好きだと思う。

 そう考えつつ、僕達はロータリーまで坂道をおりていった。そしてそれぞれのバスに乗るために別れた。

 バスは着ていたので、僕は乗り込んで一人掛けの席に座る。

 それからすぐに走り出したバスの中で、僕はぼんやり考えた。窓の外には紅葉の木々が見える。それを一瞥しつつ、腕を組んだ。

 ――どうして僕は、ムッとしたんだろう。

 やっぱり稗方くんは僕のものだという意識が強いからかもしれないけど、本当にそれだけなのかな。これまで稗方くんと話すのは、サークルの先輩達を除いたらほぼ僕だけだったのに、最近は話しかけられているのをよく見かける。だから自分だけのものじゃなくなったみたいで、僕は寂しいのだろうか。ん? 寂しい? そう考えた瞬間、ムッとした理由に気がつき、僕は目を見開いた。冷や汗が流れてくる。脳裏に稗方くんの笑顔が駆け巡る。ずっと一緒にいた稗方くんの昔と今の様々な姿が、僕の心を占め、埋め尽くしていく。

 同時に僕の心臓は、ドクンドクンと煩いほどに早鐘を打ち始めた。こ、これは……もしかして僕、稗方くんに……恋をしている? そう考えた瞬間、僕は勢いよく頭を振った。相手は稗方くんだ。そんな事は認めたくない。

「でも……」

 誰かに稗方くんをとられてしまったら……?

 それは、絶対に嫌だ。これからも稗方くんには、僕の隣にいてほしい。だから稗方くんが誰かのものになってしまうなんて絶対に嫌だ。僕は気づいてしまった己の気持ちに困惑しながらも、バスが着いたので帰宅した。

 ただ、この日を境に、僕の稗方くんを見る目は変わってしまった。

 稗方くんは相変わらず僕を好きそうにはしているけれど、周囲にモテはじめた。このままでは、稗方くんは誰かのものになってしまうかもしれない。そう考えると嫌だし、やっぱり僕は稗方くんの事をどうやら好きらしいのだが……それも振り返ると、ずっと一緒にいてくれた以前から特別だと思っていたみたいなのだが……自分から告白するなんて、プライドが許さない。

「ああ、もう! 稗方くんだって僕の事を好きなら、早く告白してきてよ!」

 無人のトイレで、僕は思わず声をあげてしまった。誰も聞いていないのをいい事に、ブツブツと呟いてしまった。なんだか悶々としてしまう。

 その後トイレを出て、僕は少し考え事をするために歩きたかったから、階段を降りて外に向かう事に決めた。

 そして二階分ほど降りた時の事だった。下の踊り場から声が聞こえてきた。

 みんなエレベーターを使うから、ひと気があるのは珍しい。何気なくそちらを見てから、思わず僕は気配を消した。身を隠す。

 そこには稗方くんと――学祭のオメガコン最有力候補と噂されている、僕達の学科で最高の美人と評判の高坂くんがいたからだ。

 高坂くんは、天然らしい薄茶色のさらさらの髪と目をしている、オメガにしては背が高い、男ながらに美人と評するのが相応しい人だ。

 一方の僕は典型的なオメガといった感じで背は低く、体も薄っぺらくて貧弱だ。僕自身はそこも僕の取り柄で可愛いと思っているけど、高坂くんはそんな僕でもオメガ同士ながらに思わず見惚れてしまうほどの麗しい容姿をしている。

 え? 一体、この組み合わせは何? 僕は聞き耳を立てた。

「僕……稗方くんの事が好きなんです」

 すると、どこか切ないような高坂くんの声が聞こえてきた。
 こ、これは、告白だ。稗方くんが告白されている。
 気づいた瞬間、僕はびっしりと背中に汗をかいた。

 美人で性格もいい高坂くんに告白されたら、断る人間の方が珍しいだろう……。僕の胸が、グッと締めつけられたようになる。だめだ……僕は詰んだ。僕は稗方くんへの恋心を再度自覚して苦しくなった。自覚した途端に、失恋して、恋が終わるなんて辛すぎはしないだろうか。ああ、僕は本当に稗方くんの事が好きだったんだなぁ。

「悪い、高坂。俺、好きな相手がいるんだ」

 しかし稗方くんは、きっぱりとそう言った。僕の肩から力が抜けた。脱力して、僕は壁に背中を預けた。稗方くんの声は、いつも僕と話している時とは異なり、冷静だった。動揺したように舌を噛んでばかりの普段が嘘のように、よく通る声だった。

「そう……ですか。付き合っているんですか?」
「いいや、片想いだ」
「じゃあ、僕にもまだチャンスはありますか?」
「無い。俺はフラれても、ずっとその相手を好きでいる自信がある」
「……いつから好きなんですか?」
「入学してすぐに、好きになった」

 稗方くんと高坂くんのやりとりを聞いていた僕は、とりあえず明確な失恋は回避したと思ったが、直後陰鬱な気持ちになった。僕と稗方くんがきちんと話したのは、昨年のサークル勧誘の場だ。

 一年時には、僕は稗方くんと話した記憶があんまりない。

 確か必修の英語のクラスが一緒で、席順が自由だったから、何度か隣になったくらいだ。話をしたのは、僕の唯一の欠点と言える忘れ物をした時で、稗方くんからシャープペンを借りた時くらいだと思う。あの後、僕は翌週お礼に、メリアル社のチョコレートを余分に鞄に入れてきて渡したのでは無かったかな。

 本当にそれくらいの顔見知り程度の付き合いだったから、稗方くんの好きな相手は僕ではないだろう……。

 今まで僕は、稗方くんは僕を好きだと、どこかで信じていたし、疑っていなかった。
 だけど、稗方くんには、僕ではない、僕以外の好きな相手がいるらしい。
 それを知った途端、再び僕の胸はズキズキと痛みだした。

 結局僕の恋は終了確定だ。

 僕ではダメって事なのだから。僕は気づかれないように階段を引き返した。そしてエレベーターで地上に降りてから、この日は逃げるように家へと帰った。



 ――この日から、僕は稗方くんと一緒にいると、意識しすぎて挙動不審になってしまうようになった。元々は稗方くんの方が僕を前にすると挙動不審になっていたのに。まぁ結果として僕達はお互いに挙動不審になってしまって、あまり会話が生まれなくなってしまった。

 これまでを振り返ってみると、基本的に僕ばかりが喋っていたのだから、僕が黙ると会話が生まれないのは当然だ……。

 本日も二人で展示物を作っているのだけれど、僕は気になってチラチラと稗方くんを見てしまうのに、言葉は出てこない。

「な、なぁ、哀洞」

 するとその時、珍しく稗方くんから話しかけてきた。
 僕は緊張して、ピンと背筋を正した。

「な、なに?」
「その……俺は、何かしたか?」
「えっ?」
「さ、最近……哀洞は、あんまり俺と話してくれない気がして」

 バレていた事を知り、僕は慌てて笑顔を取り繕ったが、自分でも頬が引きつっているのが自覚できた。

「展示物造りに集中していただけだよ? ぼ、僕はいつも通りだよ?」
「そうか。悪いな、変な事を聞いて」
「う、ううん。ちょっと写真の角度とかを考えてて」

 僕はそう述べた。嘘をついてしまった。
 スマホのアラームが音を立てたのはその時だった。

 |発情期《ヒート》抑制剤を飲む時間が来たのだと理解する。発情期を人工的に抑えるために、この大学に通うオメガは、毎日三度、きちんと抑制剤を飲む事が、学則で定められている。偶発的な発情は仕方ないとして、その場合は保健室で緊急抑制剤を投与してもらう事になっている。

 なお飲み忘れると、無理に発情期の節理を抑えているオメガの体は、即座に発情状態になる。僕はまだ発情の熱を知らないけれど、これだけは絶対に忘れてはいけない薬だ――と、考えながら、僕は自分の鞄を手繰り寄せた。

「あれ……?」

 そしていつもピルケースを入れてある鞄の内ポケットのジッパーを開けて、目を丸くし、何度か瞬きをした。しかし何度見ても、ピルケースが無い。鞄のその他の場所をごそごそと漁ってみたが、どこにもピルケースが無い。え? 焦りながら、僕は最終的に鞄をひっくり返した。だが出てくるのは、参考書やルーズリーフ、ペンケースばかりだ。

「哀洞?」
「な、無い!」
「何が?」
「発情期抑制剤が入ったピルケースが無くて……!」
「なっ」

 すると驚いたように稗方くんも息を呑んだ。じっくり考えてみるが、最後にピルケースを見たのは自宅だったし、本日は何度か鞄を落としたりしたから……どこかで失くしたのかもしれない。

 元々僕はそそっかしいところがあって、それこそ本当に唯一の欠点が、忘れ物や失くし物なのである。

 僕は慌ててスマホを見た。あと十分以内に抑制剤を飲まなければ、発情期がくる。体への影響があるから、決められた時間以外は服用できないという制限がある薬だ。だからすぐに発情期もきてしまう。

「ど、どうしよう……」
「とにかく保健室に行くぞ」

 稗方くんがいつもとは異なる、冷静で頼りになる口調で言った。

 動揺しながらも頷き、僕もまた立ち上がる。既に僅かに熱が体の内側で燻り始めたのが分かる。

 そのまま僕は稗方くんに連れられて別の棟にある保健室へと向かった。

 だが最悪な事に、『外出中』の看板が出ていて、保健の先生は不在だった。扉は開いていたから中へと入ったのだが、その頃には僕の息はあがっていた。

「う……ぅあ……」

 僕はベッドに座り、両腕で己の体を抱いた。
 稗方くんが棚の硝子戸を開けて、抑制剤を探している。

 どんどん僕の体は熱くなっていく。もう発情しかかっているし、甘い匂いの|媚香《フェロモン》も室内に広がり始めたのが理解出来た。

「悪い、薬が見つからない。俺は外へ出る。ここにいたら、哀洞を傷つける」

 稗方くんの声がした。
 僕は潤んだ瞳で稗方くんを見上げる。

 アルファの稗方くんには、僕の放つ媚香が辛いだろうというのはよく分かる。なのに、僕を押し倒さないのは、本当に優しいと思う。今の稗方くんの黒い瞳には、どこかいつもとは違う、獰猛な光が宿っているように見えるのに。その眼差しに、僕はゾクリとしてしまった。その感覚もあって、稗方くんに惹きつけられて、思わずじっと端正な顔を見てしまう。そうしていたら、どんどん何も考えられなくなっていき、僕は口走っていた。

「稗方くん、お願い。辛い、体が辛い」
「先生を探しに行ってくる」
「違う、ぼ、僕……稗方くんがいい。僕、稗方くんの事……その……」

 しかし肝心の一言が出てこない。ちっぽけなプライドがここでも邪魔をしてきた。僕の言葉に、稗方くんが硬直しているのが分かる。扉の前に立っている稗方くんは、驚いたように息を呑んで、僕を見ている。

「稗方くん、お願い……だから、僕……だ、だから、その……好きなんだよ」

 だがその時、僕の理性が霞んだので、僕は本音を吐露した。体が熱に絡めとられているせいで、フラれるのが怖いといった意識がなくなっていた。

「哀洞……本当に?」
「うん。うん」
「――っ、哀洞」

 すると稗方くんが扉の鍵を閉めて、僕へと歩み寄ってきた。
 そして正面から僕を抱きしめた。

「あ、アぁ……」

 その体温が辛くて、僕は思わず鼻を抜けるような声を漏らした。想像よりも稗方くんの胸板は熱く、腕は力強い。着やせするタイプらしいと分かる。

「そんな事を言われたら、っ……もう俺も、我慢できない」
「あ……」

 稗方くんは右手を僕のうなじにまわして撫でながら、左手で僕の顎を持ち上げた。そして屈んだ稗方くんの唇が降ってくる。薄っすらと僕が口を開けると、舌で舌を絡めとられて、甘く噛まれた。そうされるとゾクゾクと僕の全身に快楽が響いてくる。お口が気持ちいい。ぼんやりと曖昧になってしまった思考でそう思い、何度も何度もキスを受け入れていたら、僕の後孔がぬめり始めたのが分かった。何度もうなじを撫でられているのも悪い。

「もう気づいていたとは思うけどな……俺は、哀洞の事が好きだ」
「んっ、ふァ……」
「うなじ、噛みたい。噛んでもいいか?」
「あ、あ……僕も好きだよ、好きだから。噛んで……っ」

 僕が述べると、パチンと音を立てて、稗方くんが僕のネックガードを外した。
 そして僕の顔の向きを変えると、うなじをぺろりと舐めた。
 瞬間的に、僕の内側の熱がよりいっそう激しくなる。

「ああ!」

 直後、うなじに噛みつかれた。
 全身から力が抜けた時、稗方くんが僕を押し倒した。

 僕が涙の滲む瞳を向けていると、獰猛な眼をしたままで、稗方くんが僕の服を乱し始めた。すぐに一糸まとわぬ姿にされた僕は、それから体を反転させられた。そして再びうなじを舐められる。

「大丈夫か?」
「も、もうダメ。体が熱くて――ひぁ!」

 何度も何度も稗方くんが、僕のうなじや首元を噛む。その度に、僕の体の熱は酷くなっていく。稗方くんに後孔を撫でられた時には、既にそこはドロドロだった。

 稗方くんがベルトを外す金属音が響いてくる。
 それからすぐに、剛直を菊門へとあてがわれた。

「挿れるぞ」
「う、うん。あ、あ、あ……ぁア――!」

 想像以上に硬く太く長い陰茎の巨大な先端が、僕の中へと挿いってきた。雁首まで挿入したところで、一度荒く吐息してから、その後一気に稗方くんが肉茎を僕の中に進めた。

「あ、あぁ……熱い、熱いよ、息が出来ない、や、あァ――!」

 僕の内側もドロドロだったので、初めてではあるけれど、痛みも無くすんなりと挿いってきた。ギュッと僕はシーツを掴みながら、臀部を突き出す。

 そんな僕の腰を掴んで、稗方くんが打ち付け始めた。次第にその動きが荒々しく変わっていく。激しい抽挿の度に、肌と肌がぶつかる音と、卑猥な水音が、静かな保健室に響き渡る。

「だ、ダメ。気持ち良、っ、ぁあ……だめ! あ! 激しい、っ」
「悪いな止まらない」
「や、やぁ、わけわかんない。あ、ああ、あ、頭真っ白で、や、んン――!」
「お前の中、すごく熱い」
「イ、イく、イっちゃ――あ、あああ!」
「俺も出す」

 こうして一際強く打ち付けられた瞬間、僕は放った。同時に中に飛び散る稗方くんの白液を感じた。

 行為をすると、発情は収まる。

 それもあって、事後、さっと体から熱が引ひいていく中で、僕はぐったりと寝台に体を預けた。

 そんな僕から陰茎を引き抜くと、稗方くんが隣に寝転び、僕を抱き寄せた。
 それを見ている内に、理性が戻ってきた僕は、思わず尋ねていた。

「稗方くん……僕を好きって本当?」
「ああ。ずっと好きだった」
「他に好きな人がいるんじゃないの?」
「ん? 俺はお前一筋だ。どうして?」
「え……それは、その……えっと、いつから?」

 偶然聞いてしまった事は言えないと思い、僕は別の方向から訊いた。
 すると綺麗な笑顔を浮かべた稗方くんが、照れくさそうに言う。

「一年の時だ。お前が、俺にチョコレートをくれた事があっただろ?」
「う、うん」
「あれ、俺の家の会社のチョコだったんだよ」
「えっ?」
「美味しいって言ってもらえたのが嬉しくて、それから気になってずっと見てたんだ。俺は、社長の息子だっていうと言い寄ってこられる事が多かったから、大学では隠してたんだけどな、何も知らないのに哀洞は、俺の家のトリュフをよく美味しそうに食べていて、それを見ている内に――興味のない講義では寝ているのに、好きな講義では誰よりも真面目だったりするところを見ていたりしたら、目が離せなくなった」
「え、メリアル社が稗方くんの家の会社なの?」
「そうだ。それでサークルが同じになってからは、可愛いというのもあったけどな、ちょっと抜けているところがたまらなく好きになったんだよ。俺がいるのに気づかないで、誰もいないと思ってるらしい時に、鏡を見ながら『僕、可愛い』とか言ってる姿を見ていたら、実際可愛いと思ったし、オメガコンの予選落ちの時の悲しそうな顔にもキュンとしたりな。自分磨きを頑張ってるところも好きになった」
「き、気づいてたというか、そんなところ見てたの……?」

 恥ずかしくなってしまい、一気に僕は赤面した。
 するとゆっくりと頷いてから、稗方くんが、僕の頭を撫でた。

「好きすぎて、俺はいつも挙動不審になってしまっていて、上手く話せなかったんだけどな。初めてこんなに人を好きになった。とにかく哀洞の事は放っておけないと思ったし、目が離せなかった」
「稗方くん……」
「俺はお前と番になれて本当に嬉しい。全然脈を感じなかったから、さっき好きだと言われて死ぬほど嬉しかった。もうその言葉、撤回はさせない」

 僕に目を合わせると、悪戯っぽく稗方くんが笑った。
 赤面したままで僕は頷く。
 すると僕の頬に手で触れながら、稗方くんが言った。

「真織と呼んでもいいか?」
「う、うん。いいけど?」
「――真織」
「な、なに?」
「足りない。もっとお前が欲しい」
「!」

 その言葉に、僕はカッと赤面した。いつも赤面していたのは稗方くんの方だったのに、今は僕が真っ赤だ。上半身を起こしてから、稗方くんが僕の事も抱き起す。そして深々と改めてキスをした。

 そうしながら僕の右胸の突起を人差し指と中指で挟み、振動させる。もう発情期の熱はひいていたけれど、その個所から僕の体にはゾクゾクとした快楽が込み上げてくる。僕の鎖骨の少し上に口づけてから、稗方くんは僕の体を優しく抱きしめた。そうして上に載せると、下から貫いてきた。

「あ、ああっ」

 稗方くんの両肩に手を置き、僕は奥深くまで入ってくる陰茎の感覚に体を震わせる。

 硬い楔で穿たれていると、自分の中が蠢いているのが分かるし、先程放たれたものが零れ落ちていくのも分かる。稗方くんが下から貫くようにして腰を揺さぶった時には、僕は快楽由来の涙をポロリと零した。

「ぁ、ぁ、ァ……んン」

 左胸の突起に、稗方くんが吸いつき、両手では僕の腰を支えている。気持ち良すぎて体から力が抜けてしまい、僕は稗方くんの胸板に倒れ込んだ。そうするとさらに奥深くを貫かれる形になり、僕は嬌声をあげる。

「絡みついてくる」
「ああ、あ、言わないで、恥ずかし、っ……んぁ」
「気持ちいい。哀洞は?」
「あ、あ、僕も。僕も気持ちいい……ひゃ!」

 その時稗方くんが激しく突き上げ始めたので、僕は思わず稗方くんの体に抱きついた。すると僕の陰茎が、稗方くんの腹部に擦れた。

「ぁ、ああッっ……んァぁ――!」

 同時に、どんどん内側から快楽が全身に広がっていき、僕は泣きながら喘ぐ。そうして僕が二度目の射精をした時に、再び稗方くんも僕の中に放ったのだった。

 そのようにして、この日は散々交わっていた。
 こうして、僕達は番に――恋人同士になった。



 さて、学祭当日が訪れた。午前中は僕と稗方くんが展示物の説明をしていたのだけれど――これが大盛況だった。稗方くん目当ての女子やオメガ男子が大量に訪れたからだ。サークルの加入希望者もかなり多い。

 嬉しくはあるけれど、稗方くん目当てだと思うとちょっと嫉妬してしまう。

 そう考えていたら、人目があるというのに、稗方くんが僕の腰を抱き寄せた。それに驚くと、頬にキスをされた。

「な」
「好きだぞ、真織」

 ……最近の稗方くんは、とにかく甘くて困る。以前の挙動不審っぷりが嘘みたいで、いつも僕を甘やかしている。自信たっぷりに愛情を注いでくれる。

 そんな僕達を見ると、来客者達はこちらに生温かい視線を向けて、結局加入希望名簿には名前を書かないで帰っていくから、さらに複雑な気分になってしまう。

 午前中はそのようにして多忙に過ごした。
 そして昼食時から僕達は自由時間となった。

 他のサークルの出店で焼うどんを買い、二人で食べた。イチゴ飴やチョコバナナななんかもあった。ソフトクリームもあって、甘党の僕は色々買い食いをしてしまった。どれも美味しかった。そう思い両頬を持ち上げたを、終始優しい表情で、稗方くんは見ていた。

 その後、僕達は大学構内を色々見てまわった。アイドルが歌うイベントがあったり、射的ゲームがあったりと、様々な出し物がある。一つ一つを僕達は一緒に楽しんだ。稗方くんは、射撃が上手だったから、僕はぬいぐるみをとってもらった。現在それは、紙袋に入れて、右手に持っている。

「真織」

 左手を繋いで歩いていた時、稗方くんが静かに口を開いた。

「なに?」
「なんだか、デートみたいだな」

 いつかも聞いたその言葉に、今度は自信をもって僕は頷く。

「デートだと僕は思ってるよ。周囲に僕達が恋人同士に見えたり分かったりするだろうなっていうだけじゃなくて、僕は稗方くんを恋人だと思ってるから。だから、これはデート。学祭デート!」
「嬉しい。大切にする」

 歩きながら、稗方くんが恋人繋ぎをしている手に、ギュッと力を込めた。僕も握り返しながら、幸せな感覚に浸る。

 それから大学を囲む周囲の山々を見た。紅葉がよりいっそう深まっている。ただ今後冬が来ても、きっと僕は稗方くんの温もりを感じていられるから、気分的にはあたたかいままだと確信している。本当に幸せだ。

 僕に相応しいアルファがいるといつか思ったけれど、それは気づいていなかっただけで、ずっと僕を見ていてくれて、そばにいてくれた稗方くんだと今では確信している。僕は、稗方くんが大好きだ。

 並んで歩く僕達の影はそろって伸びている。いつも、二人で一緒に未来へと向かい歩いて行ける事を祈りながら、僕は静かに目を伏せたのだった。





     ―― 了 ――