ジャムよりも甘く



 俺はみんなに嫌われている。
 理由は、単純明快だ。俺の父親がフォーク≠セったから。

 フォーク自体が、予備殺人鬼と呼ばれて、みんなに怖がられている。その中にあって、俺の父親は、本当に殺人鬼だった。当時王宮に所属する宮廷画家だった父は、好みのケーキを見つけては、アトリエに連れ帰って、酷い目に遭わせて、その姿を絵画にしていたのだという。生み出された油絵自体が証拠となり、アトリエからはたくさんの被害者の痕跡が見つかって、父は騎士団に捉えられて、処刑された。

 俺と母が暮らしていた小さな村では、そのことは大騒ぎになった。

 単身で王都に出かけていた父が、そんなことをしているとは、俺も母も知らなかった。それを知ると、母は自分の手で命を絶った。俺を道連れにしようと、最初に俺を崖から海に突き落としたのだけれど、俺は岩にぶつかるでもなく、岸辺に流れ着いて、一命を取り留めた。そして母だけが亡くなった。俺が十三歳の時だ。

 俺を助けてくれた漁師達ですら、『フォークの子だと知っていたら、助けなかったものを』と、俺に聞こえる声量で、軽蔑するように俺を見ていた。

 それから一人きりになった俺は、残された村の外れの小さな家で、一人で暮らしている。もうあれから五年になるが、俺を雇ってくれる場所もないから、この村から出て行くこともできない。俺は、フォークではなかったけれど、皆が、『殺人鬼の家族』として俺を見る。そもそも俺がフォークで無いと思っているのは、俺には味覚障害がないからだけで、後天性にそうなるのであれば、俺はこれからケーキと出会ったら、自分もフォークだと発見する可能性がある。俺は、それが怖い。自分は普通の人間だと言い聞かせている。

 ただ、フォークもケーキも、世界にはほとんどいないというし、少なくともこの小さな村には一人もいないから、俺が仮にフォークだったとしても、ケーキと出会うことはないだろう。

 完全に村八分の俺だが、僅かな食料を購入することと、疾病時と葬儀だけは手を貸してもらえる。そのほかは、家の横の畑を耕し、井戸から水をくみ、ほとんど自給自足の生活を送っている。だから小さな村では本来、ほとんどみんなが顔見知りだけど、俺はみんなを知らない。ただみんなは俺を知っているという状態だ。

 栄養不良からなのか、俺の体はガリガリで骨のように細く、身長も伸びなかった。日に焼けると赤くなるのだが、日焼けして肌が黒くなることはほとんどない。

 ずっと一人でいた俺には、最早寂しいという感覚が無い。ただ、食物を買いに行けば、許されているとは言え、カビのはえたパンをようやく売ってもらえる程度、野菜をおろしに行けば、買いたたかれる毎日だ。切り詰めて生活している。ボロボロの服を何度も直しながら着ているけれど、サイズも合わず、家に残されていた父の大きな服を、嫌でも纏うしかなかったから、俺の首元は鎖骨まで出ている。ボサボサの黒い髪は、自分で切っている。

 おそらく生涯、俺はみんなに嫌われながら、このようにして生きていくのだろう。
 それは、仕方が無いことだ。

 コンコンと、ノックの音がしたのはその時のことだった。ベッドとテーブルと椅子が二脚しかない平屋の居間にいた俺は、不思議に思って扉を見る。この村には、俺の家にくる人間なんていない。葬儀があっても、俺の方は協力しなくていいことになっている。フォークの子が来るなんて、忌々しいと断られる。だから、本当に誰も来ない。

 立ち上がり、空耳だろうかと考えながら、俺は扉を開けた。

「こんにちは、きみが?」

 するとそこには、神々しいほど美しい青年が立っていた。茶色い髪は艶やかで、瞳は形の良い緑色。薄い唇で弧を描いていて、長身の人物だった。俺の名を呼んだその人は、黒い聖職者の正装をし、首からは銀の鎖の十字架をかけていた。それを見て、聖アルベス教会の聖職者だと分かった。小さい頃は、俺も村に唯一の教会に、ミサにいったものだ。

「はい、そうです」
「僕は新任の牧師で、ユイフェルというんだ。前任のファーマ牧師が老齢で職を退いたから、王都大聖堂から代わりに派遣されてきたんだ。それで今、村中にご挨拶をしてたんだよ。その最後が、ここだったんだ。よろしくね」

 ニコリと笑っている人の良さそうな牧師様を見て、俺は困惑しながらも、無理に口元だけに笑みを浮かべた。ミサに行くことも許されてはいないから、俺が宜しくする機会は、それこそこの挨拶くらいのものだろう。

「よ、よろしくお願いします」
「気楽に話してくれていいよ。僕は村のみんなと仲良くしたいんだ」
「……そ、そうか」

 俺は頷いたが、きっと新任だから、まだ俺のことを知らないのだろうと考える。王都から来たとは言うが、俺の父の事件はもう五年も前だから、忘れ去られているのかもしれない。

「少しお話がしたいから、中に入れてもらってもいい?」
「う、うん」

 おずおずと頷き、俺は中に振り返る。幸い、椅子は二脚ある。母と俺が座っていたものだ。父の分は、母が亡くなる前に壊してしまった。

 中に引き返した俺は、簡素なヤカンの前に向かう。火を点けて、俺はお湯を沸かす。来客なんてこないけれど、知識としてお茶を出すくらいはした方がいいのだろうという判断からだ。ユイフェルという名の牧師様は、椅子を引いて座った。それを確認してから、俺はカップに、自分で山で摘んできたドクダミのお茶を注ぎ、カップを二つ持って、テーブルへと戻る。

「お構いなく」
「あっ、その……いらなかったら……残してくれ」
「いいや、社交辞令だよ。いただくよ、ありがとう」

 くすりと笑ってから、ユイフェルはカップに口をつける。それを見守ってから、俺もお茶を飲む。

「うん、美味しいな。他で出てきた紅茶や珈琲よりも、僕はこの味が好きかもしれない」
「そうなのか? 変わってるな」
「甘い匂いがするからだと思う」
「? ドクダミ茶だぞ? 甘い匂い?」
「――ああ、こちらの話だよ。別にお茶の話ではないんだ」
「ふぅん?」

 ユイフェルの言葉の意味が、俺にはよく分からなかった。

「マイスは、何か困っていることはある?」
「別にない」
「本当に?」
「うん」
「話によると、きみは村八分状態のようだけどね?」
「っ」

 笑顔のままでそう告げられて、俺は体を硬くした。知らないのだろうと踏んでいたが、ユイフェルはどうやら知っているようだ。

「きみには挨拶不要だと、散々言われたけどなぁ、僕は」
「……」
「それに、見るからにきみは細すぎる。きちんと食べているのかな?」
「……」
「目の毒だよ、全く。その綺麗な顔で、鎖骨がそんなに見えて、肌が透き通るようだなんて。はぁ。我慢するのも大変だね」
「我慢……? なにを?」
「ああ、いや、これもこちらの話だよ。ところで、栄養状態が本当に悪そうだから、少し体を診せてもらえないかな? これでも僕には、医術の心得がある」

 にこやかな明るい声音で言われ、俺は困惑した。おろおろとしていると、ユイフェルが立ち上がり、奥のボロボロのベッドの横に移動した。
「こちらに」
「え……べ、べつに、俺は平気だぞ……?」
「いいから」

 声音は明るいのに、有無を言わせない迫力があった。おずおずと立ち上がり、俺はそちらに向かう。ユイフェルの胸の位置に、俺の額がようやくあるくらいだから、ユイフェルは本当に長身だし、俺の背はそれだけ低い。

「座って」
「う、うん」

 俺がベッドに腰を下ろすと、綺麗な指の長い手で、ユイフェルが俺の右頬に触れた。左手は、俺の肩に置いている。そしてユイフェルは、じっと俺の顔を覗き込んできた。

「マイスは、可愛い顔をしているね。よくこれで――村の者が手を出さなかったものだね」
「? 俺は嫌われてるから、村の人は、ここに来ないし、診察みたいなことはないけど……?」
「そういう意味じゃないよ」
「? じゃあどういう意味な――っ」

 尋ねようとした瞬間だった。

 ユイフェルが屈んで、俺の唇に、己の唇を当てた。柔らかな感覚に、俺は目を見開く。これは、キスだと思う。小さい頃に母が読んでくれた絵本に、出てきた。

「ん、っぅ」

 しかし本当にキスなのか、自信がなくなってきた。俺が唇をうっすらと開けると、そこからユイフェルの舌が入ってきたからだ。驚いて舌を逃そうとしたけれど、舌を絡め取られて、ねっとりと口を貪られる。すると俺の背筋にゾクゾクとした感覚が走った。俺は、こんな感覚を生まれて一度も知ったことはなかった。

「な、なに?」

 やっと口が離れた時、俺は手で顎を持ち上げられて、涙ぐみながらユイフェルを見上げた。これは、一体何の診察なのだろう?

「甘い。極上だね」
「?」
「フォーク≠フ子はフォーク≠ナあるかもしれないから注意深く観察しろと言われてきてみたら、教会の特別保護対象のケーキ≠ェこんなところに、こんな風に無防備でいるとはね。食べて下さいって言ってるみたいなものじゃないか。これも神の思し召しかな。僕は善良だしね」

 つらつらと語られて、俺はその意味を必死で理解した。そして直後、驚愕して目を見開いた。

「それは、俺がケーキってこと、か……?」
「うん、そうだよ、ケーキはフォークとで会わない限り、自覚がないものだからね。幸い、この村の村人にはフォークはいない。よかったね」
「俺が……ケーキ……そ、そっか……よかった」

 俺は大きく吐息した。俺がフォークでないというのが確かならば、俺は父みたいにはならないはずだ。

「なにがよかったの?」
「俺は誰のことも食べたくならないってことだろう? 本当に良かった」
「――なるほど。きみ自身も、自分がフォークじゃないかって心配してたんだ?」
「う、うん」
「遺伝性は基本的にはないから、そんな心配は不要だったのに」
「そうなのか……」
「きみが気をつけるべきなのは、フォークに喰べられることだと思うけれどね」
「だって、村にはフォークはいないぞ? 今お前もそう言った」
「僕は、村人にはいないと言っただけだよ」
「? 同じことだろ?」
「――僕は、村人ではないんだけど」
「? それはどういう……っ、ぁ、あ!!」

 その時、俺の服から丸見えだった首元に、急にユイフェルが噛みついた。それから強く吸ってから、舌で俺の肌を撫でたまま、ダボダボの上着の中へと、左手を差し入れて、急に俺の左乳首を摘まんだ。驚いていると、右手では肩を押され、俺はベッドの上へと押し倒された。何度も肌に口をづけられながら、乳首を指で嬲られていると、俺の背を、またゾクゾクとした見知らぬ何かが駆け抜ける。それが怖くて、俺は震えながら、俺を押し倒しているユイフェルを見上げた。

「フォークが唯一、就くことを許可されている職が何か知ってる?」
「? そんなの、あるのか?」
「勿論。聖アルベス教会は、差別をよしとはしないからね。フォークでも、聖職者になれる。この王国で、唯一、フォークはフォークだと分かっても、聖職者にだけはなれるんだよ。まぁ、多くは知らないのかもしれないけど――田舎の村になんて誰も行きたがらないし、そういうところにはめったにケーキがいないから安心だとして、フォークの清色色者は大抵へんぴな土地に派遣される。これは公然の秘密だよ」
「……それって……? ユイフェルが、フォークってこと、か……?」
「正解」
「っ、俺が本当にケーキなら、じゃ、じゃあ、お前は俺を殺すのか?」

 俺は急激に恐怖が募ってきて、思わずユイフェルを押し返そうとした。けれど俺の非力な両腕では、びくともしない。

「殺しはしない。聖アルベス教会は、ケーキを特別保護指定しているからね。寧ろ、大切にしてるよ、人間もフォークも、ケーキを見つけたらね」
「そ、そっか……」
「たとえば、生活費の援助もしているから、きみも申請するといいよ。ただし――ケーキには義務がある」
「義務……?」
「そこにいる教会所属のフォークに、殺されたり怪我をさせられないかぎり、その味を提供するという義務だよ」
「……? それって、俺はどうすれば?」
「簡単に言えば、SEXさせろって意味」
「せ、せっくす? それは、何をすればいいんだ?」
「……え?」
「初めて聞いた……どうしたらいいのか……俺、この家には本もないし、村の学校には行けなかったから……学がないんだ……」

 困りながら俺が眉根を下げると、ユイフェルが表情を消した。そしてじっと俺を見て思案するように一度だけ瞳を揺らしてから、不意に実に楽しそうに唇の両端を持ち上げた。

「そうなんだ。じゃあ、俺がじっくりと教えてあげるよ」
「う、うん」
「ただ、約束して。俺以外とは、SEXしてはダメだよ? だってきみは、俺が見つけた、俺の食べ物なんだからね」

 ユイフェルはそう言うと、ポケットから聖油が入った小瓶を取り出した。これは、神聖な火を点すものとして、聖職者が持っている品だという知識だけは俺にもある。

「マイス、ベッドにきちんと上がって」
「分かった」
「それから、下を脱いで」
「うん?」
「いいから、僕が言う通りに。できるよね?」

 口元は笑っているが、ユイフェルの瞳はどこか鋭い。俺はビクビクしながらも言われた通りにした。逆らってはいけないような気迫があった。

「膝を立てて。ああ、気分がいいなぁ。僕のことしか知らないなんて」
「うん……あ、あの……これ恥ずかしい」
「そんなことはないよ。フォークとケーキの間の正しい形なんだからね」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。今から、きみの体がケーキとしていっぱい美味しいものを出せるように、教えてあげるからね。楽しみだな――まずは中だけで、なんにも知らないみたいだから、後ろだけで、イけるようにしてみたいね」
「? っ、あ!」

 聖油を手にまぶしたユイフェルが、急に俺の後孔に指を一本突き入れた。ぬめる聖油のせいなのか、すんなりと指は入ってきたのだが、俺はそんな場所に指を入れられたことはないから、驚いて体を撓らせる。

「この聖油には、弛緩作用があるから痛みは無いと思うけどね、大丈夫?」
「ンっ、ぁ……」
「大丈夫そうだね」
「待っ、大丈夫じゃな――っ、ッぁ」

 すぐに指は、二本に増えた。ぐちゅりぐちゅりと音がする。俺は涙ぐみながら、体を震わせる。これが義務なのだろうか? これをすると、生活費がもらえる? ぐるぐると考えていた、その時だった。

「あ!!」

 ユイフェルの二本の指先が、俺の中のある箇所を刺激した。
 そうされると、ジンっと体の奥から、俺の全身に熱が広がっていく。

「あ、あ、あ」
「声まで可愛いんだね、反則的だな。早く食べたいな」
「んぅ……っ、ァ、ああ! あ、ぁ!」

 ユイフェルがその箇所を強めに嬲った。そしてそこばかりを二本の指で責め立てる。
 すると不思議なことが起こった。俺の前についている陰茎が、何故なのか暑くなって、太くなって、硬くなった。

「あ、っ、やぁ、体が熱い、ン――っ」

 その上、そこから何かが出そうな感覚になる。俺は必死で呼吸をしながら、涙ぐんだ。

「待って、体が変だ。何か出そう」
「ピンクで小ぶりで、可愛いな。タラタラ蜜を零し始めてるね」
「んぅ」
「やっぱり、こっちから出したこと、無いんだ?」
「あ、あ? な、なに? ンぅ」
「だったらなおさらな。初めてが中だけなんて、色々な意味で美味しそうだしね」
「ん、ン――っ」
「――聖職者のフォークは、保護対象のケーキの同意があれば、性欲を満たしても構わない。僕に教えて欲しいとある意味願ったんだから、同意でいいよね。今日はまず、性欲を先に満たさせてもらうよ。そうしながらじっくり開いて、教えてあげるから」
「あ、ぁ……は、っ……あ、あああああ!」

 その時、俺の後孔に、ユイフェルの剛直が挿いってきた。熱く硬く、俺とは比べものにならないほど大きい陰茎が、ぐっと俺の中に挿入され、前立腺を擦りあげるように突いた。

 俺の菊門が限界まで押し広げられ、ギチギチになってしまった内壁が、ユイフェルのものを締め上げている。

 そんな状態で、ユイフェルが腰を激しく揺さぶり始め、俺の前立腺ばかりを強く突く。俺はいよいよ全身が熱くなり、呼吸がうまくできなくなった。

「あ、あ、あ――っ、あ、いやぁ……ッンん、あ、あ、おかし、おかしいよ、体、おかしくなっちゃう。うあ、ぁ――!!」

 こみ上げてくる未知の感覚が怖い。

「気持ちいいでしょう?」
「ん、っぅあ」

 笑み交じりの声を聞いた時、俺はこの感覚が、快楽だと知った。気持ちの良い場所を突き上げられる度に、俺の陰茎は張り詰めていく。

「フォークはね、食欲が満たされない分、他の欲求が強いんだよ。たとえば、性欲とかね」
「んぁア――!!」

 ユイフェルが何かを言っていたが、俺にはそれを理解する余裕なんてもう無い。

「い、っ、あ、出る、待って、何か出ちゃう」
「それをイくっていうんだよ。言ってごらん?」
「イく、イく!」
「ダメ」
「ああっ!! な、なんで、っ……!」

 もうすぐ出そうだった時、急にユイフェルが動きを止めた。俺は急に無くなった刺激を求めてボロボロと泣きながら、腰を動かしてしまう。勝手に俺の腰は動く。するとくっと楽しそうに笑ってから、ユイフェルが言った。

「淫らな体だなぁ。もっともっと、って、僕のことを求めてるのが分かる。どうして欲しい?」
「突いて、もっと、もっと」
「――いいよ。ただ、さらに深くを教えてあげる」
「うあああああ!! や、やあああああ!!」

 唐突に、ズクンとそれまでよりも奥深くを、ユイフェルが貫いた。

 すると俺の頭の中が痺れたように変わる。全身にびっしりと汗をかき、俺は怯えた。

 それまでの出せそうな穏やかな感覚とは全く違う、今動かれたら死んでしまうのではないかというような、強烈な快楽が、俺の内側から全身に襲いかかってくる。

「あ……あ……」
「結腸。きみの初めて、は、ここで、ね?」
「うあぁ……あ、あ――、――」

 再びズクンとそこを突き上げられる。俺の陰茎の根元を左手で握り、右手では俺の太ももを持ち上げて、さらに深々とユイフェルが最奥を穿つ。ぐぐっと奥を押し上げられ、俺は声にならない悲鳴を上げる。

「!!」

 直後再び激しくユイフェルが動き始めた。俺の頭が完全に真っ白に染まった。

「うああああああ、いやああああああ」

 俺は絶叫した直後、なにかが出たような感覚がした。けれど、根元を握られている陰茎からは何も出ない。代わりに、全身を漣のように、気持ちいいという感覚が飲み込み、それが長い間俺の体を苛んだ。ぴくぴと俺の指先は震え、思わずその感覚を堪えようと足の指先を丸くする。

「あ……っ、……――」

 最後にまたズクンと突き上げられた瞬間、気持ちが良いという感覚に完全に飲み込まれ、俺は気絶した。



「んっ……」

 目を覚ますと、俺は最初、何が起きているのか分からないままだった。

 ゆるゆると視線を動かすと、俺の陰茎を美味しそうにじゅるじゅるとユイフェルが舐めていた。口に含んでは鈴口を味わうように舌で嬲り、口を離した時は、うっとりするように俺の筋を舐めてあげている。

「!!」
「ああ、目が覚めた?」
「あ、あ……」
「どうだった? SEXは?」
「ンん、っ」

 俺は両手で自分の口を押さえる。声が出てくるのが恥ずかしい。ペロペロと俺の陰茎を舐めながら、上目遣いで、ユイフェルが俺の様子を窺っている。

「どうだったの?」
「えっ……ぁ……」
「気持ちよかったでしょう?」
「んン……」
「今も気持ちがいいでしょう?」
「う……っ、ン、うん……うん……っ」

 気持ちが良いけれど、体が熱くて辛い。それでも俺は小さく頷いた。

「美味しい精液、寝てる間にもいっぱい出してくれたもんね。僕のご馳走。最高の初日だよ」

 獰猛な目をして笑ったユイフェルに、俺はその日、何度も口で射精させられて、射精という概念を知り、何度も硬く巨大な陰茎で後孔を暴かれては、ドライオルガズムという感覚を教え込まれ、幾度も意識を手放し、けれど起きればまた体を愛撫されているという状況をたたき込まれ、とっくに出せなくなって無理だと泣きわめいても許されず、透明で緩慢に出るような状態に変わっていた精液を幾度も幾度も無理に出させられて、飲み込まれた。

 ぐったりとしてまた意識を飛ばした俺が、次に瞼を開けると、俺の全身が清められていた。傍らに寝転んでいたユイフェルが、俺の髪を撫でる。幼子の時以来だった、誰かにこんな風にされたのは。

「おはよう」

 そう言って、ユイフェルに横から抱き寄せられた時、至近距離で体温を感じ、俺は真っ赤になった。その言葉で、窓から日の光が差し込んできているから、新しく、また一日が始まり朝がきていたのだと理解する。

「本当に可愛かったし、美味しかったよ、マイス」
「……っ」
「今日から、僕はできる限りきみの様子を見に来るようにするし、その時に食べ物や衣服も持ってくるからね。ただ――規則通り、きみを食べさせてもらうけどね」
「……」
「舐め尽くして、きみの体を味わって、お互い気持ちよくなって――フォークとケーキというのは、それが自然な関係だ。ただまぁ、きみのように可愛い顔のケーキって少ないから、僕は幸せだね。ただでさえケーキは数が少ないから、美形ってあんまりいないんだけど、贅沢は言えないしね」
「……」

 抱きしめられて、腕枕をされ、髪を撫でられたままで、俺はそれを聞いた。

「きみはもう少し休んでいな。また、夜に来るからね」

 そう言って俺の額にキスをしてから、ユイフェルは寝台から降りて、帰って行った。



 その日から――ユイフェルは、夜になって教会の仕事が終わると、ほぼ毎日俺の家に来るようになり、朝になると帰って行くようになった。

 俺は畑の仕事は続けているけれど、買い物には行かなくなった。

 ユイフェルが、フカフカのパンやバター、ミルクやジャム、肉類や卵を、毎日持ってきてくれるようになったからだ。俺の家の質素な食料庫は食べ物で満ち、クローゼットには、俺のサイズにあった服と、ユイフェルの着替えが入っているようになった。ユイフェルは俺と一緒にお風呂に入ることが好きで、入る度に俺の体を隅々まで洗ってくれる。そのいい匂いのする石鹸類も、ユイフェルが持ってきてくれた品だ。ただ入浴すると、いつも陰茎から食べられたり、肌を舐められるので、ドキドキしてしまう。

 髪を乾かしながら、櫛で黒い髪を梳かされる内、次第に俺の髪は艶を取り戻した。また、ユイフェルが切ってくれるようになったら、少しマシな髪型になった。

 夜、寝台で食べられた後。

 ――俺は目が覚めた時、抱きしめられて、温かい体温を感じながら、優しく頭を撫でられることが、大好きになってしまった。そして、気づいた。俺は、本当は一人が寂しかったのだと思う。今ではもう、ユイフェルがいない生活が考えられない。

 物質的に満ちていった結果ではなく、俺は会話してそばにいてくれるユイフェルのことが好きになってしまい、ほぼ毎日、畑仕事の最中まで、ユイフェルについて考えてしまうようになった。



 それをある日、ユイフェルに伝えたら、嬉しそうに笑顔で言われた。

『それはね、恋って言うんだよ』

 俺は初めて、恋という概念を、実感を持って知った。幼少時に読んだ絵本の中の知識が、やっと理解できたと言える。

『そういう時はね、好きな相手には、好きだときちんと伝えるんだよ』
『俺はユイフェルが好きだ』
『そう。僕も、マイスのことが大好きになってしまったよ』

 ギュウギュウと俺を抱きしめて、気恥ずかしそうにユイフェルが笑ったのは、昨日のことである。今日もユイフェルは来るだろうか? お互いに好きだと話した今、俺達は多分、恋人という関係になったのだと思う。それもあって、ユイフェルのことが待ち遠しくて仕方がない。また今日も、ユイフェルが来たら、好きだと伝えたい。



 ――だが。

 その日、ユイフェルは俺の家に来なかった。ずっと待っていたら、朝になってしまい、俺は俯いた。そしてまた、その翌日も、そうして三日目となる本日も、ユイフェルは俺の家に来ない。恋だと教えてくれた日を境に、一度も来ない。

「なにかあったのかな……」

 不安になって、ぽつりと俺は呟いた。怪我や病気をしたのかもしれない。

 食料庫にはまだまだたっぷり食材があるけれど、そちらの心配は浮かんでこない。別にそれらは元の通りに無くなっても構わない。だけど、ユイフェルに会えないのは、俺にとってはもう耐えられない。それだけは、嫌だ。

 いてもたってもいられなくなって、俺は四日目の朝、恐る恐る村の中央へと向かった。人目を避けるようにしながら、ユイフェルがいるはずの、教会を目指す。そして窓を見つけて、静かに中を覗いた。ミサの最中のようで、耳を澄ませば、聖典を読む――ユイフェルの声が聞こえてきた。優しげな声音は、俺の大好きなものと同じだ。厳かな気配が漂っている。俺には、入ることが許されない場所だ。

 胸が痛くなって、俺は踵を返して走って帰った。
 そうして家に着くなり、俺は呟いた。

「俺は、何か嫌われるようなこと、しちゃったのかな……」

 教会で見たユイフェルは、元気そうだった。ユイフェルがここに来ないのは、即ち病気でも怪我でもないのだろう。ユイフェルは、俺の事を大好きだと言ってくれたけど、初めて訪れた日に『社交辞令』という言葉を使っていたことを思い出せば、ただのリップサービスだっただけのような気もする。

「本当は俺の事、好きじゃなかったのかな……だったら、俺の気持ちは、迷惑だったんだろうな……ユイフェルから見たら、たまたまこの村には、俺以外のご飯がいなかったと言うだけだもんな……ユイフェルが俺に優しかったのは、俺がケーキだから……だよな……」

 冷静に考えれば、そういうことだと思えてきた。
 気づくと涙がこみ上げてきて、俺は腕で拭ったのだけれど、涙は止まってくれない。
 この日俺はずっと泣いていた。
 そしてやはり、ユイフェルは来なかった。



 ――ユイフェルが来なくなって、二週間もする頃には、俺は諦めていた。

 単純に、元の生活に戻っただけだ。

 確かに俺は、ケーキなのかもしれないが、殺人鬼の子供であることに、変わりはない。だから村のみんなに避けられるのは仕方がないし、ユイフェルも俺と関わらないように言われたのかもしれない。仕方のないことだ。ユイフェルの体温がなくなったのが寂しいのではなく、一時だけでも温かさを教えてもらった事の方が、奇跡なのだ。俺はそう思うようにしていた。

 この日は早めに畑の作業を切り上げて、家に戻った。

 そしていつか、ユイフェルが美味しいと褒めてくれたドクダミ茶をゆっくりと飲んでいた。すると、コンコンと、ノックの音がした。けれど俺は、空耳だと判断した。ユイフェルが来なくなってから、何度もこういうことがあった。ドキドキしながら扉を開けても、誰もいない。来て欲しすぎて俺は、風の音や家の軋む音を、ノックと誤解してしまうらしい。俺もう、扉から出て誰もいない現実を直視するのが嫌だった。

 ――コンコン。

 またノックの音がした。俺はカップを置いてから、両手で耳を塞いだ。

 ――コンコンコン。

 次第にノックの回数が増え、扉を叩く音が激しくなっていく。こんなことは初めてだと思って扉を見ていると、なんと扉が開いた。この家には、鍵なんて言う上質なものはない。

「あ」

 思わず俺は声を上げ、目を丸くした。そこには苛立たしそうに眉を顰めているユイフェルの姿があったからだ。

「……っ、ユイフェル」

 夢ではないのだろうかと驚いていると、入ってきたユイフェルが大きく溜息をついた。

「具合でも悪くて寝込んでいるのかと思ったら、暢気にお茶を飲んでいるんだから、僕はイラッとしちゃったよ。なんですぐに出てきてくれないの?」
「……ユイフェル!」

 立ち上がり、俺は扉の前まで早足で言って、思わずユイフェルに抱きついた。すると今度はユイフェルが驚いた様子になり、両腕で俺を抱き留めた。

「会いたかった……っ、会いたかった……」

 俺の声には、涙が混じっていた。するとさらに驚いたように息をのんでから、ユイフェルが片腕に力を込めて俺を抱き寄せてから、左手で俺の頬に触れた。そして涙を拭うと、やっと優しい顔に変わった。

「ごめんね、連絡ができなくて。ただ、そんなに会いたいと思ってもらえているとは思わなかったよ」
「……っ、も、もう、来ないのかと思った……」
「そんなことはないよ。毎日、本当は僕だって来たかったんだ」
「でも来なかった」
「それはね、教会に客人が来ていたんだよ。だから開けられなかったんだ」
「そ、そうだったのか……客人……」

 俺が小さく頷くと、俺の額にキスをしてから、ユイフェルが両頬を持ち上げた。

「王都大聖堂からの使者でね、僕に王都へと戻ってこいと言うんだよ」
「えっ……じゃ、じゃあ、村から出て行っちゃうのか?」
「そうなるね。教会の人事は絶対だから」
「そっか……」

 ではまた、すぐに会えなくなるのか。しかも今度は、俺は村から出て会いに行くお金もないから、きっと永遠に会えなくなるのだろう。王都から遠く離れたこの場所に、聖職者という仕事があるユイフェルが会いに来てくれるとも思えない。

「それでね、前々から保護対象であるケーキ――つまりきみを見つけた報告は、教会にもしていたんだけど。ほら、僕が色々持ってきたのも、きみが保護対象だからさ」
「……うん」

 分かっている。品物は、別にユイフェルが優しいから持ってきてくれたわけではないのだと。それが、『仕事』だったからだろう。『義務』だったからだろう。それにも関わらず、こうしてもう会えなくなることを、教えに来てくれただけでも、ユイフェルは優しい。本当は、好きだというのは社交辞令で、俺を抱いたのも俺しか食べられるものがなかったからなのかもしれないが、それでもいい。俺は、そう念じながらユイフェルを見る。

「他にね、この前きみは、僕を好きだと言ってくれたよね?」
「うん……迷惑だったよな」
「? 迷惑? 僕もきみのことが大好きだときちんと言ったと思うけど?」
「……社交辞令だったんだろう? 分かってる」
「なにが分かってるというの? 誤解だよ。心外だな、僕はきちんとマイスを愛してる」

 不機嫌そうな声になったユイフェルが、今度は両腕で俺を抱きしめた。俺はその言葉が嬉しくて、額をユイフェルの胸板に押しつける。すると床まで涙がぽたりと落ちていった。

「そちらも――つまり、相思相愛になったことも教会に伝えて、結婚の許可をもらったんだよ。幸い、僕の信じる神様は、同性同士の結婚も推奨しているし、聖職者でも結婚していいことになっているからね。今回王都から来た使者は、このままここで僕の後任になるから、僕は仕事の引き継ぎをしていたんだけど、他に、結婚するための手続きもしていたから、色々と立て込んでいて、ここには来られなかったんだよ。具体的に言うと、その使者に邪魔をされてね。ケーキを休ませてあげろと小言が酷かった。これだから、フォークの先輩なんて、嫌なんだよ。後任だけど、僕より年上で、頭が硬いんだ」

 ぶつぶつとユイフェルが呟いている。俺は、その言葉を理解して、おずおずと顔を上げた。するとまた指で、ユイフェルが俺の頬の涙を拭いてくれた。

「ケーキを休ませる? ……結婚? 結婚するから、帰っちゃうのか?」
「毎日抱き潰していたら、きみの体に障ると言ってね。結婚はするつもりだし、帰るけど? なにをいってるの? きみのことが好きなんだから、結婚相手はきみだよ。なんだかそのニュアンスだと、僕が別の誰かと結婚するつもりみたいに聞こえるんだけど」
「お、俺と結婚?」
「? きみこそ、俺の事が好きだったというのは、社交辞令だったのかな?」
「ち、違う! 俺は本当にユイフェルが好きだ!」

 俺は思わず大きな声で言った。するとユイフェルが破顔した。

「うん。だったら、好き同士なんだから、結婚してくれるよね?」
「す、する! 俺でいいなら、する! ユイフェルと結婚したい。結婚したら、ずっとそばにいられるんだよな? 一緒にいられなくても、家族になれるんだよな? そうなれたら、俺は村でこれからも一人でも……我慢できると思う」
「家族になれるし、一緒にもいられるよ。少なくとも、僕はきみと一緒にいたい。だからね、マイス。僕と一緒に、王都に来てくれるよね?」
「――えっ?」
「来てくれるよね?」
「俺が王都に……?」
「来てね?」
「!」
「嫌なの? 僕と一緒にいたくないの?」
「嫌じゃない! 俺はユイフェルのそばにいたい。で、でも……王都……俺、俺、考えてみたこともなくて……」
「王都はこの村と違って、きみの父親について、あれやこれやと噂を立てる人は、少ないと思うよ。みんな、他人には興味が無いからね。一部の被害者家族や、王宮に仕える人くらいじゃないかな。だから、この村にいるより、ずっと楽しいと思うよ。きみが直接パンを買いに行っても、勿論カビなんかはえていないはずだ。この村のパン屋さんは、きみにはカビのはえたパンが丁度いいから、廃棄品を売っていたと豪語していたよ」
「……」
「行こう、僕と一緒に」

 真剣な目をして、ユイフェルが俺の目を覗き込む。
 俺は、その瞳を見つめ返してから、思わず大きく頷いた。



 ――その後。

俺はユイフェルと共に、王都へと向かって旅立った。俺の方はほとんど荷物がなかった。

 二人で馬車に揺られ、俺は初めて乗るから、窓から外を見る度に物珍しくて落ち着かなかった。終始そわそわしながら喜んでいたら、隣でユイフェルが優しい顔で微笑していた。

「風景もいいけど、きちんと僕のことも見てね」

 そういったユイフェルに、俺は肩を抱き寄せられてばかりだった。
 その後俺達は結婚し、王都大聖堂が用意してくれた家で暮らし始めた。
 最近、俺は料理を覚え、他の家事も上達した。

 今、俺は王都の大通りのパン屋さんを出たところだ。紙袋からは、縦に長いパンが覗いている。勿論、カビははえていない。他にも、フカフカのバターロールやクロワッサンも購入したし、売っていたジャムの瓶も買った。ただユイフェルは、俺からしか味を感じないらしく、俺の方が甘いといつも言う。なお、俺には誰も、俺には気を止めない。

 実際、俺はユイフェルには甘いかもしれない。なにせ、俺以上にユイフェルが俺を溺愛していて、甘く甘く接してくれるから、俺もついつい甘くなってしまうのだ。俺からすれば、ユイフェルの方が、ずっと甘い。それは、ジャムよりもずっと。

 夏の風に髪を撫でられながら、俺は帰路を急ぐ。
これが、俺の幸せな日々の、幕開けとなった。



 ―― 了 ――