恋する食べ物?



 僕は冒険者が寝泊まりと食事をする宿屋・桑の木の息子だ。
 平々凡々で、容姿も中身もごく普通。
 毎日一階の酒場で、料理や酒を作って運ぶのが、僕の仕事だ。

 そんな僕は、恋をしている。

 ご飯だけを食べに来る、王国騎士団の騎士の一人――ラークに片想いをしている。

 ラークはサラサラの艶がある黒髪をしていて、目の形は猫のよう。瞳の色は紫色だ。形のよいその目を僕に向けて、ラークは料理を毎日注文する。夜になって仕事が終わると、夕食を食べにやってくるのである。

 今日もラークがやってきた。心待ちにしていた僕は、思わずラークの麗しい顔に惹きつけられる。長身のラークは、ほどよく筋肉がついた体つきだ。手足が長く、スタイルがいいから、騎士団の正装がよく似合っている。騎士団の正装は、ワインレッドの片マントと、その下にはシャツ、リボン、ジャケットだ。上着の色も深い赤だ。

「オリビア、今日の定食はなんだ?」

 カウンターに座したラークが、微笑しながら僕に声をかけてきた。
 日替わりの定食を、この酒場は提供している。僕は宿屋の息子だが、ご飯屋さんとも言えるだろう。

「今日は、マルウォッツァと馬鈴薯を茹でたものです」
「では、それを。他には、ビールを」
「はい!」

 僕は勢いよく返事をした。マルウォッツァというのは、この国の名産の白身魚だ。
 このマジルスタ王国では、メジャーな料理である。どのくらいメジャーかといえば、ハンバーグと同じくらいだ。

 注文を受けた僕は、既に作り置きしてあったものを皿に盛り付ける。付け合わせのレタスを用意し、コーンスープを器にすくう。ビールは先に出した。

 料理の用意をしながら、時折僕は振り返り、ラークを見てしまった。

 本当に、格好いい。ラークはみんなの憧れだ。恋している者も、男女を問わず多いから、僕にはライバルがたくさんいる。

 それは仕方が無いことだろう。
 僕のように平凡では、ラークのような美形で実力のある、その上性格が――たまにちょっと意地悪だが、基本的には優しい人とは、釣り合わない。美形と平凡の恋なんて、物語の中にしかない。現実は厳しいのだ。

 ちなみにこの国の国教は、聖ルチス教で、その聖典の教えの中に、愛さえあれば性別は問わないという記述があるため、同性愛も多い。

 皿に盛り付けが終わったので、僕はトレーに載せて、料理をラークの前に置いた。

「どうぞ」
「ありがとう、オリビア」

 ラークが銀色のスプーンを手に取る。ゆっくりと上品に食べる姿も絵になる。

 僕はラークが初めてこの店に訪れた三年前から、片想いをしている。惚れてしまった契機は、僕が料理を運んでいた際、足がもつれて転びそうになったところを、抱き留めてくれたことだ。力強い腕に腰を抱かれて、僕はラークの胸板に額を預けた状態になった。その体温があんまりにも心地よくて、僕はラークに惚れてしまった。

 あれから三年であるから、今年でラークは二十四歳だ。僕と同じ歳である。
 料理を味わっているラークを見ながら、僕は考える。

 ――片想いは、辛い。

 けれど、気持ちは押し殺すしかない。この気持ちが露見したら、ラークはもう来なくなってしまうかもしれない。きっと、僕を避けるようになるだろう。

 たまに心情を吐露してしまいたくなるけれど、僕はラークを見ているだけで幸せだからと、いつも心に蓋をする。

 溜息をつきそうになったがなんとか堪えて、僕はラークに問いかけた。

「味はどう?」

 すると顔を上げたラークが、いつも浮かべている笑みを消して、僕を見据えた。非常に真面目な表情をしている。どこか怜悧に見える形の良い瞳が、僕を捉えた。

「実は、話があるんだ」
「話?」
「――僕は、この三年間、お前にいくつか嘘をついていたんだ。聞いて欲しい」
「嘘……? 聞くのは全然構わないけど……?」

 僕が首を傾げると、ラークが立ち上がった。

「こちらへ来てくれ。店の外で、少しだけ話したい」
「う、うん」

 他の店員を見てから、僕は一階のフロアを見渡す。今日はまだ客数が少ないし、同僚にお願いして、ちょっとくらいなら外に出られる。僕は、その通りにした。

「行こう」

 僕が言うと、頷いたラークが歩き出す。慌てて僕は、追いかけた。

 扉を開けて、ドアについている鐘の音を聞きながら、外に出ると夜空には星が散らばっていた。それを見上げてから、僕は店の裏手に回っていくラークの後を歩く。店の裏側は、畑になっていて、四阿には正方形を描くようにベンチがある。ラークはそこに向かった。

「座ってくれ」
「うん」

 頷いて僕が座ると、ラークは立ったままで、僕に言った。

「俺はな、実はお前の料理を食べても、味がしないんだ」
「えっ……味、薄かった?」
「そうじゃない。俺には、味覚障害がある。だからこの三年間、お前に美味しいと告げていたのは、全て嘘だ。味がした事は、一度たりとも無い」

 それを聞いて、僕はショックを受けた。唇を震わせながら、言葉を探す。
 いつもラークに美味しいと思ってもらえるように、僕は料理をしてきた。
 けれどそれは、無駄だったと言うことだ。

 料理ですら、僕は込めた想いを伝えられていなかったらしい。

「次の嘘を、聞いてくれ」
「……うん」

 言葉を続けたラークに対し、僕は必死で頷いた。

「俺は、お前の前では、さも普通の人間のように振る舞っているだろう?」
「え? ラークは凄い人だと思うけど? 普通じゃないよ、凄く強いんでしょう? そ、それに、ラークは格好いいし……」

 僕は本音で、素直に告げた。すると、ラークが吐息に笑みを載せる。

「俺はな、フォークという特性を持っているんだ。それが味覚障害の原因だ」
「フォーク……?」
「フォークは、ケーキと呼ばれる特性の持ち主の体以外には、味を感じない。ケーキだけが、フォークの味覚を満たしてくれるんだ。つまり俺は、普通の人間とは違う」

 僕には、よく意味が分からない。

「特性って、たとえば?」
「――俺のようなフォークは、予備殺人鬼と呼ばれることが多い。そして、俺が日々倒している魔王の配下の魔族達は、ケーキの群れなんだ。魔族は、大半がケーキなんだ。フォークである俺は、ケーキを狩ることに躊躇いがない。時には犯し殺す。嬲って屠る。それが、俺が凄腕の魔族狩りと呼ばれる理由だ。騎士として、英雄だと囁かれる理由なんだんだよ」

 淡々と無表情で、ラークが語った。その冷たい眼差しを、僕は初めて見た。
 これまでにもラークが意地悪に思えたことは、たまにあったが、このように冷酷な目をしている姿を見るのは本当に初めてだ。思わず僕は、冷や汗をかく。

「人間には、非常にケーキが少ない。だが俺は、三年前にケーキを見つけた。この意味が分かるか?」
「えっと……? そのケーキは誰?」
「本当に、鈍いな。そこも愛らしいとは思うが。俺は、そのケーキを、俺だけのケーキだと決めた。じわりじわりと追い詰めてきたつもりだ。魔族のように物理的に狩るのではなく、心を俺の虜にするように、俺を好きになるように、愛するように、ずっと仕向けていたんだよ。今、俺は確信している。そのケーキは、俺に陥落しているとな」
「つまり、そのケーキの人は、ラークを好きだってこと?」
「そうだ」
「そ、そっか。ラークはモテるもんね。きっとラークの恋は、上手くいくんじゃないかな」

 僕は失恋してしまった形だが、好きな相手の幸せは、応援したい。ラークを元気づけるべく、僕は笑って見せた。

「僕は、ラークを応援してるよ」
「……そうか」
「うん!」
「ちなみにオリビアは、何故俺の恋が上手くいくと思うんだ?」
「だってラークは、実力も、性格も、見た目も、全部格好いいし」
「オリビアは、俺を恋人にしたいと思うか?」
「えっ……え? どういう意味?」
「――客観論が聞きたい」

 僕は気持ちがバレているのかと焦ったが、続いた『客観論』という言葉に安堵した。

「そりゃあ、思うよ。誰だって、ラークが恋人だったら嬉しいと思う。ラークに好かれた人は……ええと、ケーキは、多分最高に幸福なんじゃないかな」
「つまり俺は、オリビアの恋人になった場合、オリビアは嬉しいと言うことだな?」
「へ? ま、まぁ、そ、そうなるね……」
「俺と付き合ってもいいということだな?」
「っ、そ、そんなの、えっ……僕とラークじゃ釣り合わないから、客観的には考えられないよ……」
「ならば、直感で答えてくれ」

 ラークの表情は、真剣なままだ。僕は、心臓に悪いことばかりを言われて、困ってしまった。封印している恋心を伝えてしまいそうになる。勿論、直感で答えるならば、答えは決まっている。

「も、勿論だよ。ラークほど魅力的な人はいないからね! 少なくとも僕はそう思うし、きっとラークの恋は上手くいくよ!」

 僕が断言すると、ようやくラークが唇の片端だけを持ち上げて、笑みを見せた。

「そうか。では、俺の恋人になってくれるな? 恋人になってもいいと言っているのだから」
「えっ……? え? え!?」

 僕はラークの言葉を心の中で咀嚼する。だが、理解が追いつかない。僕は、両手で口と鼻までを覆った。

「ラ、ラーク。それって……ラークは、僕の恋人になりたいってこと? つ、つまり、僕の事が好きってこと……?」

 恐る恐る僕は尋ねた。

「やっと伝わったか。そういうことだ」

 断言されて、僕は思わず赤面した。頬に朱を差したが、辺りは幸い暗いから、多分バレてはいないだろう。心拍数が大変な事になり、胸が煩い。だが、嬉しいという気持ちがこみ上げてきて、僕は感涙しそうになった。

「オリビアは、俺をどう思っているんだ? 教えてくれ」
「っ、ぼ、僕も……ラークのことが好きだよ」

 僕の声は、最後には消えてしまいそうなくらい、小さくなってしまった。

 ただ、しっかりとラークには聞こえていたようで、ラークは座っている僕に近づくと、屈んで僕を抱きしめた。その体温は、いつか抱き留められた時と同じに思える。至近距離にいるものだから、僕は自分の心臓の音に気づかれたらどうしようかと焦ってしまった。

「オリビア、以後は気をつけてくれ。俺は嫉妬深い」
「……う、うん」
「本当は、お前が店で他の客に笑いかけることすら嫌なんだ」
「それは仕事だし……」
「分かっている。ただ、嫌だと言うことは伝えておく。それから――」

 ラークが僕の顎を持ち上げた。そして僕を覗き込む。紫色の瞳に、僕が映り込んでいるかのようだった。そのまま僕は、唇を掠め取るようにキスをされた。

「!」

「ああ、甘い味がする。俺は、お前を食べたいんだ。それが理由で、味がしないのに、ずっとこの店に通っていたんだ。最初はケーキだと伝えていない同僚の騎士に連れてこられて――そこで転んだお前を抱き留めた時から、俺は甘い匂いの虜だったんだよ」

「ん」

 つらつらと語ってから、再びラークが僕の唇に、唇を重ねた。何か言おうと僕はうっすらと口を開けていたのだが、それが誘う形になったようで、ラークの舌が僕の口腔に入ってくる。驚いた僕の舌が逃げようとすると、ラークの舌に絡め取られて、追い詰められて、最後には引きずり出されて、甘く噛まれた。

 するとツキンと、僕の体の奥に、快楽の火種が点った。深々と口を貪られ、それがようやく離れた頃には、僕は体から力が抜けていた。息の仕方が分からなかったから、苦しい。僕とラークの間には、唾液が線を作っている。

「ああ、本当に美味い。魔族とは全然違う。人間のケーキの味は、なによりも美味だと効いてはいたが、事実だったらしい。オリビア、お前は凄く美味いよ。まるで生クリームをふんだんに使ったホールケーキのように、俺の口の中で、お前の味は甘く蕩けた」

 うっとりとするように、ラークが述べた。

「ね、ねぇ? 僕って、ケーキってことだよね?」
「そうだ」
「つまり、ラークは僕とキスすると、甘い味を感じるの?」
「他には精液でも、唾液と同じように甘さを感じる。俺達は、恋人同士になっただろう? 勿論、オリビアは俺の下で、喘いでくれるな? 俺はオリビアを抱きたい」

 直接的なその言葉に、僕は真っ赤になった。コクコクと頷くのが精一杯だった。

「俺は店が終わるまで、ここで待つ。仕事が終わったら、来てくれるな?」
「えっ……う、うん」

 これは、夜のお誘いだ。僕は真っ赤なままで、今度は大きく頷いた。
 すると子供をあやすように、ラークが僕の茶色い髪を撫でた。

「待っているからな」

 その言葉を聞いてから、僕は店に戻った。

 だが仕事中は、ずっと気がそぞろだった。時が経つのが遅いような、早いような、不思議な感覚に襲われる。それからは、店に客が多く来る時間となったから、僕の仕事は多忙を極めた。けれどラークの存在が、頭から消えて掠れることは一度も無かった。



 お店が終わってから、僕は急いで裏庭へと向かった。四阿のベンチには、ラークが言葉の通り、座って僕を待っていたのが分かる。

「遅くなった、ごめん」
「いや、いい。来てくれてありがとう」

 立ち上がったラークは、僕を抱きすくめた。僕は背丈が低いから、ラークの胸板に額が当たる形になった。力強い両腕が、ギュッと僕に回っている。ラークの体温に、僕の心拍数はすぐに煩くなり、ドキドキしっぱなしになってしまった。

「俺の家についてきてくれるな?」
「うん」
「行こう」

 こうして僕達は夜道を歩き始めた。

 ラークの家は、郊外の一軒家だった。騎士団の寮ではなかった。ラークは実力があるといわれているから、一人暮らしを許されているのだと教えてもらった。実際、実力は確かなはずだと、僕は宿屋の店で聞いた噂をいくつも思い出した。皆が、ラークを賞賛していた。

 僕は二階に促され、階段を上る。二階は1フロアが一つの部屋だった。床には、三重の魔法陣が刻まれている。僕は魔法は分からないから、どんな効果なのかは不明だ。

 家具はベッドと大きな椅子、チェストがあるのみだ。他には大きな窓と柱時計がある。

「好きだ、オリビア」

 入ってすぐ、後ろから抱きしめられた。ドギマギとしながら、俯きがちになって、僕は真っ赤な顔を隠そうとした。顎の下を擽られ、もう一方の手でシャツのボタンを外されたので、僕は慌てた。

「あ、あの、その、お風呂とか……」
「ここには清浄化魔法の魔方陣があるから、二度と入らなくても問題は無い。同じようにトイレには行く必要がなくなる。栄養補給の魔方陣も刻んであるから、食事の必要もない。最後の一つは――」

 その時、ガチャリと音がした。気づくと僕の首に、冷たい感触があったから、指で触れると、そこには首輪がついていた。

「――この首輪をつけているものが、この部屋から出られなくなる結界魔法の魔方陣だ。ただ、出る必要は無い。入浴も、トイレも、食事の必要も無く、ベッドはあるから睡眠はできるからな」
「え? ど、どういうこと?」
「オリビアに、ずっとここにいてもらうということだ」
「へ? 無理だよ、僕にはお店の仕事もあるし、今日も出かけてくるってしか、お父さんにも行ってこなかったから、一晩くらいならともかく、ずっとなんてみんな心配すると思うし……」

 困惑して振り返った僕のシャツを、ポツポツと外しながら、背の高いラークは、綺麗な顔の唇の両端を持ち上げている。

「言っただろう、俺は嫉妬深いと。もう店には行かなくていいように、かつ、宿屋の親父殿にも、きちんと上手く伝えておく。オリビアはもう、なにも気にせず、考えなくていい。俺の事だけを、考えて、俺の事だけを、愛してくれればそれでいいんだ」

 そう言ってから、ラークは上半身が開けてしまった僕の顎を持ち上げて、少し屈んでキスをした。

「ん、っぅ」

 舌をねっとりと絡め取られながら、僕は下衣も乱された。床にストンと、僕の服が落ちる。そうしてキスをされたままで、陰茎を握り混まれた。ゆるゆると扱かれる内に、すぐに僕の陰茎は勃起した。すぐに腰に力が入らなくなってしまう。すると手を離したラークが、不意に僕をお姫様抱っこした。

 そして巨大な黒い椅子の上におろした。僕は背もたれに背を預けて、目を見開く。すると頭上にあった長い鎖についた手枷を、引き寄せたラークが僕の手首に嵌めた。

「え?」

 その上、鎖の長さを調節したので、僕の両手首は、頭上で固定される形になった。

「結界魔法と首輪があるとはいえ、最初はあまり動かれるのは心配だからな」
「え、えっと……」

 狼狽えていた僕の足を、それぞれ椅子にラークが拘束する。そうして椅子を操作した。すると僕は、M字開脚状態になった。足枷と手枷のせいで、僕は裸のままで、身動きができなくなった。これは、おかしい。僕はいよいよ焦り始めた。

「ラーク……? あ、あの……」

 ラークは僕の目の前で、騎士団の正装のポケットから、小瓶を取り出している。

「これを使えば、そう辛くはないはずだ。これは、ケーキにしか効果が無い媚薬で、弛緩剤が入っている。ケーキをさらに美味しく甘くするために開発された薬だからな。本来はこの椅子も拘束具も、そしてこの媚薬も、魔族のケーキどもを尋問する際に用いるものだ」
「えっ、ま、待って? どういうこと? 僕は魔族じゃないよ?」
「安心してくれ。きちんと人間のケーキにも効果はある」

 僕は、なにを安心すればいいのかさっぱり分からなかった。
 そんな僕の前で、小瓶の蓋をあけて、液体を手に取ったラークは、その液体が絡まる二本の指を、僕の後孔から唐突に差し入れた。

「っ」

 ビクリとした僕を見る、ラークの瞳は相変わらず優しい。

「大丈夫だ」
「ッッ……」

 勿論男同士で体を重ねると言うことは、後孔を使うのだという知識は僕にもあった。だが、拘束されている現状には、僕の理解は追いつかない。思わず身をよじろうとした時――カッと内側から熱が全身を駆け抜けた。

「あ」

 萎えかけていた僕の陰茎が、再び硬度を取り戻す。熱い。すぐにでも出てしまいそうだ。
 震えた僕は、己の吐き出す息にすら感じ入った。

 指を引き抜いたラークは、それから歩いてチェストの方へと向かう。指がなくなっても、僕の中はドロリとした液体が残っているせいなのか、どんどん体が熱くなっていく。

「んっ、ン……ぁ……」

 ピクピクと僕の太ももが動く。果てたくなって前を触りたいのに、足も手も動かせない。開脚状態で、僕の陰茎は、あらわにされたままでそそり立っていく。戻ってきたラークは、それをまじまじと見ながら、本当に綺麗すぎる顔で笑った。

「綺麗な体だな」
「ぁ……ァ……」
「今後は朝食と夕食に、毎日提供してもらうから、いつでも供給してもらえるように、きちんと今後は射精を俺が管理してやるからな? 安心してくれ」

 ラークは手にしていた三連の輪っかを、張り詰めていた僕の陰茎と、中間、そして雁首の少し下に嵌めた。革製で、それらはピタリと僕の陰茎を締め付ける。

「う、嘘、あ、あ、これじゃあ、出せない、嘘、あ」
「俺が喰べる時以外は出してはダメだ。もったいない」
「えっ、ぇ、あ……」
「俺の許しがなく出すことは許さない」
「な、っぁ……あ、あ……」

 僕はポロポロと涙を零した。体が熱くて仕方が無いからだ。ずっと体の奥から、気持ちいいという感覚がこみ上げてきて、陰茎に直結する。なのに、三連の輪っかのせいで果てられない。

「本当は今すぐ喰べてしまいたいが、今日は既に料理を食べたからな。残念だが、明日の朝から味合わせてもらう。明日も早くてな、魔族の討伐があるんだ。寝室で俺は休む。また朝に」
「待って、おいて行かないで、いやぁあああ」

 頭を振り、髪を振り乱し、僕は泣きじゃくったけれど、そのままラークは出て行った。



 翌朝僕は、快楽が強すぎて朦朧とした状態で、眠れないまま、窓から入ってくる日の光を見ていた。そこへ訪れたラークを見て、号泣しながらお願いした。

「お願い、お願い、出したい、出させて」
「ああ。食事の時間だから、たっぷり出してくれ」

 ラークは僕の前に回ると、端正な口で僕の陰茎を咥えた。その状態で、輪っかを外してくれた。すると勢いよく、僕の白濁とした液が、ラークの口腔に飛び散る。それを美味しそうに飲みこんだラークの喉仏が、上下していた。

 涙で歪む愛でそれを見ていると、まだ達したばかりだというのに、僕のものをラークが口淫し始めた。再びすぐにイきそうになって、僕は熱い息を吐く。そのまま二度、連続で果てさせられ、僕は精液を飲み込まれた。その後、ぐったりと背を椅子に預けている僕の陰茎に、また三連の輪っかをつけてから、ラークが微笑した。

「では、仕事に行ってくる」
「……」
「いい子で待っているようにな。夕食も、楽しみにしている」

 そう言うと、ラークは出て行った。

 そしてこの日を境に、朝晩、僕はねっとりとラークに口淫され、泣き叫ぶまで射精させられるようになった。後孔には、毎夜、媚薬を塗り込められる。それは丸一日で効果が切れるかららしい。結果として、僕はずっと出したいという欲求を感じている状態になった。

 ――どうしてこんなことになったのだろう?

 僕は、ただラークが好きだっただけで、ラークと恋人になれたと思って幸せだった。でも、ラークは僕を抱きたいと言ったけれど僕を抱く素振りはなく、朝晩僕を口淫して、美味しそうに飲み込んでは満足している。ラークにとって僕は、完全に食べ物のように思える。実際、そうなんだと思う。

「……っ」

 両目から、筋を作って涙が流れていくのは、なにも出せないからではない。
 家に帰れないからでもないし、家族や街のみんな、お客さん達に会えないからでもない。
 ラークが僕を好きじゃなかったというのが、悲しくてたまらないからだ。

 舞い上がった僕が、バカみたいだというのはあるが、一時でも好きだと言われて、本当に嬉しかった。僕は、今でもラークが大好きだ。それだけ長い間、ずっと片想いをしてきた結果だ。

 実を言えば、ラークと一緒にいられると思うと、ラークの食べ物になるというのは、そんなに嫌じゃない。僕がいい子に食べられてさえいれば、ラークは僕に笑顔を向けてくれるのだと思う。実際には僕を食物だとしか思っていないのだとしても、頭を撫でて、キスしてくれるというのは、まるで恋人みたいで、僕にとっては嬉しいことだ。

 でも――恋人になれなかったとしても、僕には夢があった。ラークと一緒にご飯を食べてみたいだとか、ラークと二人でデートに行きたいだとか、ラークと手を繋いでみたいだとか。ラークとたくさん話をして、ラークの顔をずっと見ていたかった。でも、それは叶わない。そう考えると、悲しくて悲しくて、僕は涙が止まらなくなる。

 だから僕は、日中ラークが騎士団の仕事を果たしに行っている間は、ほぼずっと、泣いていた。食べ物の恋なんて、実るわけがなかったんだ。恋する食べ物だった僕は、なんて滑稽なんだろう。

 この日も僕は、ボロボロと泣いていた。
 すると扉が開く音がしたから、驚く。

「今日は急遽休みになって――……オリビア?」
「っ」

 泣き顔を見られたくなかったのだが、涙を拭おうにも手は拘束されている。だから顔を背けたのだが、歩み寄ってきたラークが、僕の顎を掴んで正面を向かせた。

「何故泣いているんだ?」
「……っ、その……」
「具合でも悪いのか? 媚薬の量はいつもと同じなのだから、体が辛すぎると言うことはないだろう?」
「……」
「どうしたんだ? 帰りたくなったのか?」

 そう言いながら、ラークが冷酷な目をした。ラークは時々僕に、この質問をする。そういう時のラークの瞳は、いつも暗くて冷たい。

「……そうじゃないよ」

 実際、ラークが来てくれるのだから、ラークに会えるのだから、僕はここにいるのが嫌じゃない。

「では、何故泣いてるんだ?」
「……」
「教えてくれ、オリビア」
「……どちらかといえば、逆だよ」
「逆?」

 僕の言葉に、ラークが不思議そうな顔をして、首を傾げた。

「僕は食べ物だと思われていてもいいから、ずっとラークのそばにいたいんだ。恋人じゃないっていうのは、もう分かってる。それでも、僕はラークが好きなんだよ……だから……なんていうか……辛くて。ラークのことを考えてると、辛いんだ。ラークは、好きじゃないけど、僕にしか味がしないから、好きでもないのに僕に触るんでしょう? ハハっ、そう考えると、ケーキに生まれてきて、良かったよね、僕は。うん……うん……」

 僕は泣きながら笑った。本当は涙を止めたかったけれど、止まってくれなくて、それでも無理に笑ったせいで、自分でも酷い顔をしている気がした。ラークは虚を突かれたように息をのんでいる。それから大きく二度瞬きをすると、僕を見て本当に不思議そうな顔になった。

「俺はお前を食べ物だなんて思っていない。どういうことだ?」
「? だって……朝晩、食事の時しかここに来ないし」
「それは……――お前との接触を最低限にすることで、これ以上嫌われないようにしようと思っただけだ」
「え?」
「俺であれば、自分を食べ物のように扱う相手など、嫌いになる。それでも俺は、お前が好きだから、これ以上嫌われたくないと思って、なるべく余計なことをしないようにと思っていたんだ。俺がお前なら、俺の顔を見るのも嫌だろうと思ってな」
「どうして? 僕はラークが好きだから、ずっと好きだったから、一緒にいたいのに……」
「それは俺も同じだ。俺はお前にずっと片想いしていたんだからな。俺はお前が好きだ。オリビアを食べ物だとは思っていない。俺にとってオリビアは、大切な恋人だ」

 ラークの顔が、怖くなった。真剣すぎる瞳に射貫かれて、僕は息をのむ。

「お前をこの部屋に閉じ込めているのが何故だか分かるか?」
「いつでも食べられるようにでしょう?」
「違う。言っただろう、俺は嫉妬深いんだ。嫌なんだ、お前が店で、他の奴らに笑いかける姿を見るのが、心底。お前の笑顔は、俺にだけ向いていればいい。たとえ笑顔でなくとも、お前が見ているのは、俺だけでいいんだ。俺はお前が好きすぎて、おかしくなりそうなんだ。いいや、もうなっているという自覚はある」

 不機嫌そうなその声に、僕は瞠目した。それから小さく首を傾げる。

「本当に、僕のことが好き?」
「ああ」
「……っ」

 嬉しすぎた。今度は感極まって、僕は声を上げて泣いた。すると困惑した様子で、ラークが僕を覗き込んだ。

「俺に好かれるのは、そんなに嫌か? 怖いか? 迷惑か? だろうな」
「違うよ、嬉しくて……っ……嬉しい。嬉しいんだよ」
「!」
「僕もラークが好き! 大好きだ!」

 思わず叫ぶように言うと、ラークが虚を突かれた顔をした。
 それから手をぎこちなく動かして、僕の涙を指で拭った。それを口で舐めとってから、ラークが言う。

「本当か? ここから逃げたくて、適当なことを――」
「違うよ! 僕は、ずっとここにいてもいいよ。そ、そりゃあ、本当は僕だって、ラークとデートしたりしてみたかった。今もそう思ってる。だけど、でも、ラークがそばにいてくれるなら、それだけでいいんだよ。好きなんだ」

 僕が大きな声でそう続けると、ラークが不意にギュッと僕の体を抱きしめた。

「俺はな、お前が俺の元からいなくなったらと思うと、不安でたまらないんだ。お前がいない世界なんて、俺には灰色だ。俺の方こそ、お前がそばにいてくれない世界に価値は見いだせない。だから、ずっと俺のそばにいてくれ」
「僕は、絶対に逃げないよ。だって、ラークが大好きなんだもん」
「好きの重さが違うんじゃないか?」
「え?」
「俺はオリビアを愛しているんだ」
「僕だってラークを愛してるよ! だから、どんなことをされてもいいんだよ!」
「――本当だな?」
「うん!」
「信じていいのか?」
「うん!!」

 するとゆっくりと俺から手を離し、ラークが頷いた。

「逃げないんだな?」
「うん」
「まぁ、逃がさないが。ただ……そうか。俺を嫌いになっていなかったんだな。ありがとう」
「僕の方こそ、ありがとう。ラーク、僕のことを信じて」

 僕が今度は嬉しさから笑顔になって、涙が乾き始めた顔でつげると、頷いてからラークが僕の陰茎から輪っかを外し、続いて上部の鎖に手をかけた。両手を解放され、続いて足枷も外される。残るは、部屋から出られないようにされている、結界魔法に反応する首輪のみとなった。久しぶりに楽になった手足の感触に驚きながら、僕は視線をずっとラークに向けていた。

「オリビア。俺はな、お前を抱きたいという気持ちもずっと堪えていたんだ」
「僕を抱きたいって言うのが、本当ならすごく嬉しい」
「……そうか」
「僕、食事されるのだけじゃ嫌だよ。僕だって、ラークに抱いてもらいたい。僕、ラークと一つになりたい」

 そう告げて体を起こした僕に向かい、ラークが苦笑した。それから長々と目を伏せ、目を開けると今度は僕の大好きな笑顔を浮かべた。

 それから僕を、初めてここへ来た日のようにお姫様抱っこした。目を白黒させていた僕の頬に口づけてから、ラークが僕を、今まで一度も使っていなかった、横にある巨大な寝台の上へと運び、優しく下ろした。

 そしてベッドの上に上がりながら服を脱ぎ捨てると、片手を僕の顔の脇につく。ベッドがギシリと軋んだ音を立てた。

「愛してる。もう止められない」

 ラークが僕の唇を深々と貪った。

 何度も何度もキスをする。それだけで、嬉しさがこみ上げてきて、僕の頭は痺れたようになる。僕の胸の突起をラークが左手で弾き、右胸には唇で吸いついた。そうして甘く噛む。するとジンっと僕の中に快楽が染みこんでくる。

 そのまま陰茎を口に含むのではなく、ラークは既に媚薬で常にトロトロの僕の中へと、屹立した陰茎を挿入した。僕はそれに驚いた。ラークは、僕できちんと反応している。ラークの陰茎には触れたわけでもなかったのに、僕の中に挿いってきた尖端は、大きく巨大で硬かった。

 初めて識る挿入の衝撃に、僕は怖くなって、ラークに腕を回して抱きつく。

 するとこの部屋から出られないせいで、少し伸びていた爪が、ラークの背中をひっかく形になってしまった。

「ご、ごめ……」
「なにが?」
「痛かったでしょう?」
「――もっと引っ掻かれてもいいくらいだ。お前がつけてくれるんならな」
「っ」
「好きだ、オリビア」
「あ、ぁ……ああっ!」

 ラークの陰茎が、どんどん深く進んでくる。

「ほら、根元まで挿いった」
「あ、ぁア……ンん……嬉し、っ……」
「俺も嬉しい。愛してる」
「僕も。あ、あああ! あン――!!」

 ラークが激しく打ち付け始めた。僕は体を震わせながら、初めて知る快楽に浸る。
 繋がっている箇所から、全身が蕩けそうになっていく。
 愛情では心が、重なっている場所からは体が、ドロドロになりそうだった。

「あ、ああ、んン――!」

 僕の腰を掴み、ラークが次第に速度を増していく。僕はその度に、甘い声を出す。
 一つになれたのが、本当に嬉しい。

「あ、あああ!」
「出すぞ」
「ンん――!!」

 一際強く突き上げられ、僕は放った。ほぼ同時に、内部に飛び散る白液の感触を知った。人生で初めてのSEXに、僕は目眩がしそうになった。あんまりにも気持ちが良くて、あんまりにも幸せだったからだ。

 ぐったりとした僕から、ずるりとラークが陰茎を引き抜く。

「まだまだ全然足りない」
「!」

 こうして、二回目が始まった。その後、三回目、四回目と続き、この日僕は、翌日の朝方まで、抱き潰された。



 ――これは、その後の話である。

 僕はまず、部屋の中を自由に歩き回らせてもらえるようになった。

 それから少しして、『信じられるか試すために、結界の範囲を家にした』と述べたラークが、僕を家中歩き回れるようにしてくれた。僕はそうなると食事や入浴、トイレが必要となったけれど、一階にそれらはあったし、緊急時は二階に戻れば良かったので、なにも不便はない。自由度が広がった僕は、毎日食事の用意をして、ラークを待つようになった。

 食材は、ラークが僕のために買っておいてくれる。

 僕は、味がしないとは聞いていたけれど、温度は分かるようだと知ったから、温かいものや冷たいもの、様々な温度のものを、日々変更して食卓に並べるようになった。足りない調味料をラークにねだれば、ラークは照れくさそうに笑うように変わった。

「本当は自分で選べたらいいんだけどなぁ」
「……やはり、ここから出たいのか? この家から出て行きたいのか?」
「ううん。ラークにもっと美味しいものを食べてもらいたいのと……せっかくなら、一緒に買いに行って、デート……してみたいな、って」

 ぽつりと伝えてから、気恥ずかしくて、僕は顔から火が出そうになった。
 すると唖然とした顔をしてから、ラークが破顔した。

「俺が一緒、か。絶対に俺から離れないと約束できるか?」
「うん? ラークが離れたら、僕の方が嫌だけど?」
「――本当に可愛いな、オリビアは」
「っ、僕は平凡だよ。ラークこそ、本当に格好いいから……うーん。二人で並んで歩いたら、街の人達に笑われちゃうかな? 釣り合わなさすぎるって」
「釣り合わない?」
「僕の容姿は、ラークとは違って平凡だから」
「それのなにが悪いんだ? お前の容姿が卓越してずば抜けていたら、ただでさえ表情豊かで性格がいいから虫が大量に寄りついていたというのに、もっと俺のライバルが増えていただろうから、今のままでいい」
「ライバル? 僕の方こそ、ラークを好きな人がたくさん居るから、ライバルだらけだったんだけど……?」
「俺はオリビアのことしか見ていない。見えない」
「――うん。信じてる。僕の方こそ、ラークを信じてる」

 思わず僕は両頬を持ち上げる。僕は今では、ラークの愛情を疑っていない。

 ラークが存分に僕を愛してくれるからだ。体を重ねない夜も、一緒に眠るようになって久しい。僕は日々、幸せを噛みしめている。

 なお、僕の両親には、ラークは、僕がラークの家にいると伝えてあったらしい。

 理由は、『結婚したから』とのことで、この街では、伴侶になった場合、家主のがわには、たとえ両親であっても口出しする権利はないため、『今は家から出ないつもりのようだ。そっとしておいて欲しい』とラークが伝えた結果、僕の両親は頷くしかなかったようだ。僕は一度、ラークの前で手紙を書いて、文面も見せてから、両親に渡してもらったのだが、その時聞いたら、そのように言われた。両親からの返事にも、『片想いが実って良かったな、結婚おめでとう』と書かれていたので、誰も驚いていない様子だ。

 ――しかも、僕はラークと結婚したとして、周囲に認識されているそうだ。

 まったく、照れてしまう。ただ、隣国のように婚姻届のようなものはないから、実際一緒に暮らして体を重ねている今、僕達は名実ともに伴侶になったと言ってもいいとは思う。ただそれをラークが周囲に話してくれたというのが、僕にとっては嬉しかった。最初は僕をここから出さないための理由付けだったのかと思ったが、ラークは本当に僕を愛してくれているのだと分かる。だから今はもう、言い訳だったとは思わない。

「オリビア。明日――一緒に、買い物に行くか?」
「え?」
「ただし、ずっと俺と手を繋いでいるように。これが、守れるか?」
「僕の方こそラークと手を繋ぎたいよ! え、いいの? 夢が二つも叶う……」
「夢?」
「うん。僕はラークとデートをするのが夢で、手を繋ぎたいというのも夢で……その、お買い物に二人で行くのは、僕の中ではデートで……だ、だから……嬉しくて……」
「では、もっとデートらしいこともするか。買い物の前に、食事でもするか?」
「いいの? 味がしないんでしょう?」
「ああ。俺はお前が喜ぶ姿を見られるなら、何処へでも連れて行く。俺が一緒にいる時限定だが」
「嬉しい……」

 頬を染めた僕に対し、柔和な顔で、ラークが目を細めて笑う。

「愛してる、オリビア」

 何度も何度もこのように愛を囁かれているから、僕はもう、ラークの気持ちを疑うことはない。僕が、久しぶりにこの家から出るまでもう少し。

 翌日には首輪を外してもらい、デートに行くと、街の人々に見つかった。そして会う人々にたくさん結婚をお祝いされた。この日のデートは大成功おさめ、その後僕達は二人で街にいくようになった。

 だが、僕は家を出て行く気にはならなかった。
 だって、ラークと過ごす家なのだから。
 僕の方こそ、ラークのことを、愛している。



 ―― 了 ――