月匙刑務所から



 今日はどうやら快晴らしいと、起床時刻になった時、永沼晴日は考えた。名前だけならば、己もまた今日の陽射しのような漢字をしているが、体を起こした独居房の窓は高い位置にあり、外の風景をじっくりと見る事は叶わない。

 永沼がこの月匙(つきさじ)刑務所に収容されてから、もう十年になる。

 月匙――突き匙に通じる名であるのは偶然だが、ここにいる受刑者は全てがフォーク≠セ。永沼もまた、フォークである。

 懲役刑を受けた理由は、『ケーキ≠ナある叔父を強姦殺人した罪』とされている。永沼は短い黒髪に大きな右手で触れながら、身支度を整える事にした。収容されてから、既に十年が経過しており、今年で二十九歳だ。

 フォークがケーキを殺害する事は、別段珍しい事ではない。

 ケーキの血肉や体液にしか味を感じないフォークは、元々『予備殺人鬼』と呼称されるほどで、度々ケーキを食い殺す。殺害しないまでも、強引に体を奪って味わう事もある。だが、世間にフォークの数は、そう多いわけではない。それはケーキも同様であるが。そして両者が必ず出会うとも限らない。よって、全てのフォークが犯罪に手を染めるとも限らない。

 しかしながらこの月匙刑務所は、通称・フォーク刑務所と呼ばれるだけあって、罪を犯した受刑者のフォークが多数収容されている。実際に罪を犯したフォークが多数いて、そうでない者は、刑務官といった職員達くらいだ。

「永沼晴日」

 刑務官が開室し、点呼をした。支度を終えていた永沼は、そちらを見て、本日の担当刑務官を見る。青山静玖(あおやましずく)刑務官だと理解した。返答をしながら、柔らかそうな青山の髪を、永沼は一瞥する。甘い匂いが漂ってくる。

 青山を見る時、永沼はいつも不安になる。青山は、このフォークばかりの刑務所に勤務しているというのに、紛れもなくケーキだ。そばにいるだけで香りが漂ってくるからすぐに分かる。この場所は、青山にとって危険だと感じてしまう。永沼同様、青山の甘い香りに充てられている受刑者は多い。なお、他の刑務官にもケーキはいる。何故なのか、この刑務所の刑務官は、ケーキの数が多い。十年過ごしても、永沼はその理由は知らなかった。ただ、青山に『勤務に不安は無いのですか?』と、過去に問いかけたらクスクスと笑われた記憶がある。その時青山は、『これでも武道を学んでいたから問題ない』と話していた。

 永沼と青山は、同じ歳の二十九歳だ。

 身長こそ永沼の方が高く体格も良いが、青山の方が落ち着いている。同じ歳でも、こうも違うのだなという印象も、永沼は青山に対して抱いている。

「どうかしたか?」
「あ、いえ……」

 気づくと、じっと青山を見据えていた永沼は、慌てて顔を背けた。思わず目をぎゅっと閉じて、首を軽く振る。頬が赤くなりそうだった。優しい青山を尊敬すると同時に、実を言えば永沼は、恋心を抱いている。だからこそいつも心配でもある。

 しかし相手は刑務官だ。立場が違うし、己は受刑者≠セ。
 所詮は叶わぬ片想いであるから、この気持ちは一生口にしないつもりである。

 青山にとっても、迷惑以外の何物でもないだろうと、永沼は確信している。

「もうすぐ釈放だな」
「はい……」
「よく頑張ったな」

 慌てて目を開けた永沼は、微笑した青山に言われ、口元にぎこちない笑みを浮かべた。

「模範囚として頑張っていたしな。きっと、塀の外でもお前ならやれるよ」
「有難うございます……」

 笑顔を向けられた事も、励まされた事も、どちらも嬉しい。だが、青山に会えなくなる事だけが、少しだけ寂しかった。

 その後は、味のしない朝食の時間となった。

 刑務所の食事が不味いのではなく、フォーク%チ有の『味覚障害』が理由だ。どちらかといえば永沼は、生命維持の観点で、カロリーを得るために食事をしている。きちんと毎日、決まった時刻に与えられる料理。それがどんなに幸せな事かを、永沼はよく知っている。食事をする時、思い出すのは過去の記憶だ。


『――懲役十年の刑に処す』

 最初に過ぎった裁判での言葉。
 これを耳にした直後は、永沼は怯えていた。だが、今では刑務所の方が、自分にずっと優しい世界だったと理解している。

 元々永沼は、味覚障害では無かった。

 味覚障害になった理由は、フォークだった父がケーキだった母を食い殺した場面に遭遇したからだ。母の血を美味しそうに舐めとり、肉を夢中になって貪る父。現実の光景だとは信じられずに目を見開き、唖然とし、気づくとびっしりと汗をかいていたが、全身を襲うのは寒気だった。当時、まだ五歳だった永沼は、小学校から帰ってきて目撃したその事件の衝撃を受け止めきれなかった。結果として、今でも、味が分からないのに肉類を食べる事は出来ない。肉の形を見ただけで、吐き気が込み上げてくる。その上で、他の食材に関しても、味を感じなくなってしまった。

 父は殺人犯として逮捕された。

 以後は母方の叔父である遊馬(あすま)に引き取られ、そちらで育てられた。

 叔父は、母と同じで、ケーキ≠セった。

 人前では穏やかで人格者らしく振る舞い、憎い殺人犯たる義兄と愛していた姉の残した甥を引き取った人物だと認識されていた。若くして子供を、一人で引き取り育てる姿に、同情する周囲も多く、『晴日の事は、施設に入れてはどうだ?』と告げる人間も後を絶たなかった。しかし微苦笑しながら、遊馬はいつも優しげな瞳で首を振った。

「大切な甥ですから」

 それが、人前においての口癖だった。

 しかし、永沼と二人きりになると、遊馬は双眸を細くし、冷酷な眼をして、ただただ口元にだけ冷笑を浮かべる事が多かった。

「全くだよね。殺人鬼のフォーク≠フ子を育てるなんて、僕って本当に優しいなぁ」

 殴る、蹴る、そんな暴力に、永沼は晒された。服の下の見えない場所ばかりを、執拗に遊馬は傷つけた。永沼が失敗をすれば、たとえばテストで一問でも不正解があれば、『罰だよ』と話して定規で何度も、小学生の体を叩いた。そして失敗をせずとも、永沼が何もしなくても、暴力が止まる事は無かった。物理的にも、言葉の暴力も。

「晴日みたいにダメな子は、一生僕が管理してあげないとねぇ」

 そう口にしては、また『罰だよ』と笑って、食事を与えない。
 水さえも飲ませてもらえない事もあった。

 そんな日々が、十年続いて、永沼は十五歳――高校一年生になった。二次性徴を終えた永沼は、遊馬の身長を通り越した。精悍な顔つきの永沼は、非常に整った容姿をしている。食事が与えられないせいで細身ではあったが、身長は百八十六センチまで伸びた。肩幅も広い。父に似た結果だ。

「本当、忌々しいくらいに格好良いよね。義兄(にい)さんそっくりになってさ」

 遊馬の目の色が変わるようになったのは、その頃からだった。
 無理に脱がされたその日も、永沼は殴られるのだと信じていた。

 だが、その日の叔父は、永沼の陰茎を咥えると、無理に勃起させ、その上に跨った。遊馬は生粋の同性愛者であり、バリネコと呼ばれるような人種だった。遊馬の中に己の陰茎が挿いっている事が、最初永沼は上手く理解出来なかった。しかし巧みに遊馬が腰を振る度に、初めての性行為がもたらす快楽に翻弄され、気づくと永沼は射精していた。

 これが始まりだった。以後、虐待の行為の中に、逆レイプが加わった。遊馬は散々永沼を殴っては、その後、永沼に自分を抱くように迫った。近親だ。嫌悪も強い。そもそも同性である。しかし永沼は、抵抗する術を持たなかった。既にこの頃には、抵抗しても無駄だという誤った信念が、彼の中に根付いていたからだ。それに不思議と、叔父の汗や精液、唾液や涙は甘い味がしたから、行為自体は嫌ではなくなっていった。そのまま時が過ぎ、高校を卒業してからもそんな日々が続いた。

 永沼は容姿から、両親の事件を知らない周囲には、老若男女を問わず非常にモテた。それを叔父は知っていたので、半ば監禁するような形で、永沼を家にしばりつけた。家から出る事を許さなかった。進学も就職も許さなかった。

 そして十九歳のある日――。
 この日も散々叔父は永沼を逆レイプし、その後せせら笑った。

「遊び足りないから、少し出かけてくるよ」

 解放された永沼は、裸のままで寝台にいた。人目を気にする事が無くなった事もあり、現在では様々な場所を殴られる日々に代わり、食事の量も減っていたから、永沼の体はボロボロで、酷い痕と浮いた肋骨が目立っていた。


 ――そのまま、叔父の遊馬は帰ってこなかった。

 次に永沼が目を覚ましたのは、家に警察官がやってきた時の事で、公園にて遊馬の遺体が発見されたという知らせを聞いた時だった。事情が呑み込めないでいる内に、永沼は連行された。そして、遊馬の体からは、永沼の精液が検出されたと告げられた。

 体を繋いでから出ていったのだし、それはそうだろうと、永沼は思った。

 だが、それを『強姦した』と、誤解されるとは思わなかった。

「蛙の子は蛙だな」
「フォーク≠フ子もフォーク≠ゥ」
「フォーク≠ネんて引き取るから……」

 何を言われているのか分からない内に、永沼は逮捕された。強姦殺人の容疑者として。人格者を装っていたケーキの叔父が、永沼を一方的に逆レイプしていた現実など、誰も想像はしなかった。永沼の体にあった暴力の痕跡は、殺害される時に遊馬が抵抗した証拠だとされた。古い傷は、高校卒業後フラフラしていた永沼が喧嘩でもしてつけたのだろうと囁かれた。食事が与えられなかった事は、『味覚障害だから普通の食事は食べなかったんだろう』と、『フォークだから珍しくない』と、そう解釈された。

「違う……」

 法廷で、小声で永沼は呟いた。
 冤罪だ、と、言おうとしたが、直後永沼は震える唇を弾き結んだ。

 けれど皆、蔑むように永沼を見ていたからだ。永沼を信じてくれるものなど、それこそ担当している弁護士を含めて、一人もその場にはいなかった。

『――懲役十年の刑に処す』

 フォークが罪を犯した場合、予備殺人鬼と言われているだけあり、判決はすぐに出る事が多い。こうして永沼は、月匙刑務所に収容される事になった。初めは、とても怖かった。何せ周囲にいるのは犯罪者のフォークであり、それは母を殺した父と同じ存在だと思ったからだ。

 けれど――現実は優しかった。

 ゆっくりと眠る事が許される、無理に逆レイプされる事もない。食事も三度出てくる。また運動する事も、学ぶ事も、推奨されている。永沼から見れば、刑務所の中の方が、よほど自由だった。

 収容されてから、そうして十年。

 もうすぐ、懲役刑を終える。模範囚となったが、仮釈放は無かった。それは永沼がフォークだからだ。

 ◆◇◆

「今日、青山さん機嫌いいですね」

 後輩の刑務官に声をかけられて、青山静玖が両頬を持ち上げる。そして軽く頷いた。

「ああ、ちょっとな」

 お気に入りのフォーク≠フ顔を、朝一番で見た結果だ。
 青山は、永沼晴日の事が、非常に気に入っている。

「ただ、寂しくなるな」

 もうすぐ釈放される永沼の顔を、青山は思い浮かべた。
 生真面目で真っ直ぐで、何も知らないような顔をしている永沼について考える。

 元々青山は、フォークなど大嫌いだった。理由は簡単だ。青山の父も母もケーキだったのだが、どちらもそれぞれ、フォークに食い殺されたからである。それが動機で、この『フォーク刑務所』の刑務官となった。獄中で飢えているフォーク達が、ケーキである自分を物欲しそうに見る顔、その獰猛な瞳を見る度に、『もっと飢えて苦しめばいい』と内心で思いながら、青山は日々仕事に励んでいる。優しげに見える青山だが、彼はどちらかといえばサディストだ。

 ただそんな中にあって、他の受刑者達とは異なり、永沼だけは青山を見る時、いつも欲望を押し殺そうとしているのが見て取れた。他にも何人ものフォークを見ているから、その反応が新鮮だった。あげくに、『この場所は、危険だと思います』と心配までされ、勤務に不安が無いかと問われて、笑ってしまった事がある。

 青山から見ると、永沼は非常に善良だった。本当に罪を犯したのか疑うほどで、何度か不思議に思って資料を見たが、実にフォークらしい犯罪の記録が残っていたので、所詮フォークはフォークなのだろうかと考えてはみた。だが、永沼と接していると、自分の方が汚れている気にすらなるので、いつの間にか目が離せなくなり、心惹かれるようになった。

 釈放は喜ばしい事だが、もう会う機会は無くなるのだろうかと、そう考えてから、青山は唇の端を持ち上げた。

「いいや、同じ街で暮らす事になるのだから――会いに行けばいいだけだな」
「誰にですか?」
「ん? いいや、なんでもない。こちらの話だ」

 後輩に対して軽く首を振ってから、青山は書類仕事に戻った。

 ◆◇◆

「お世話になりました」

 そう口にして、永沼は刑務所を後にした。迎えに来てくれたのは社会復帰調整官の遠藤(えんどう)だった。乗用車の助手席に乗り込むと、すぐに遠藤が車を発進させた。

「十年という歳月は大きいですからね。社会もだいぶ変わっています」

 遠藤の言葉は、事実その通りだった。

 電子通貨やスマートフォン、街の各地にある薄型のモニター、いずれも永沼は見慣れていなかった。紙幣や硬貨の模様も変わっている。それらを一つ一つ覚えていく日々が始まった。すると日々はあっという間に過ぎていき、永沼の髪が少し伸びた。切りに行かなければと緊張しながら美容院に行き、洒落た人物に、これまでの刑務所内での髪型とは異なる、今風の髪型に整えてもらった。

 元の顔立ちが良いため、見違えるようになり、路を歩くと視線が飛んでくるようになったのだが、永沼は――フォーク≠セと露見しているのだろうか、あるいは、犯罪者≠セと思われているのかと、いちいち困惑した。

 さて、髪型を整えたその足で帰宅した小さなアパート。
 そこで永沼は、先日応募したお花屋さんからの連絡を受けた。
 採用通知だった。漸く見つかった仕事に、永沼は安堵した。

「来月から勤務か……あと、六日か……緊張するな」

 一人でそう呟いてから、永沼は遠藤に報告した。するととても喜んでくれた。

 白いシャツと黒いボトムスであれば、あとは店が用意したエプロンをその上につけるだけなので、なんでも良いという指示だったので、翌日は服を買いに出かけた。何着か同じ品を購入し、家に戻る。誰もいない家には、まだ慣れない。無音が寂しく思えて、テレビの電源を入れる。ニュース番組が流れてきた。芸能人の結婚のニュースだった。

「出所して一番驚いた制度は、同性婚が法的に可能になっていた事だな」

 今ニュースに出ている二人も、同性婚だ。男性同士や女性同士の結婚が、現在では珍しくないらしい。十年の内に大きな変化があったなと、永沼は考えた。

「男同士の恋愛、か……」

 気づくとそう呟いていて、脳裏には青山の顔が浮かんでいた。しかしすぐに打ち消す。もう会う事は無いというのが、一番大きい。それでも好きでいるのは自由かと思いなおして、一人苦笑した。


 こうして永沼は、十月から『フラワーショップ・三隅(みすみ)』で働き始めた。主な仕事は、刑務所で学んだ花束作りで、レジ技能も習得済みではあったが、接客は少しずつ行うと決まっていた。店主は眼鏡をかけた老婦人で、社会復帰に理解のある女性だった。そもそもこの月匙市は、刑務所がある事もあり、受刑者への差し入れを購入する人間も多く、また差し入れ用の品を販売している店舗も多い。

 今日で働き始めて一週間と一日。
 二日間は休日があった。土日では無かったが、週に二日は休みがある。

 十年の間に体に染みついた生活のリズムがあるから、朝はいつも七時前には起きるので、遅刻はまだ一度もしていない。この日は、店の外にある花も数本使う事になったため、永沼は自動ドアから外へと出た。

「お」

 すると声をかけられた。何気なく顔を上げ、思わず永沼は息を呑んだ。

 そこに青山が立っていたからだ。

「永沼」
「っ、青山刑務官」
「馬鹿、目立つだろう。刑務官は不要だ。青山でいいよ」

 声を潜めて笑った青山は、それから一歩前へと出た。永沼より頭一つ分背が低い。そして甘い匂いがする。美味しそうだと惚けそうになった永沼は、慌てて仰け反った。

「いいや、声をかけた俺の方が問題だな。悪いな、頑張っている姿を見かけたものだからつい……」
「いえ……お気になさらないで下さい。ありがとうございます」
「相変わらず真面目だな。そんなに硬くならないでくれ」
「……」

 明るく優しそうな青山の顔を見ているだけで、永沼は赤面しかかった。

 胸の奥深い場所が、トクンと疼く。

「――この花を貰えるか?」
「は、はい!」

 青山は水色の花を手で示した。本数やサイズの確認をし、すぐに意識を切り替えて、永沼は仕事を開始する。青山が優しい色を瞳に宿して、それを見守っていた。

「お待たせしました」

 完成した花束を渡すと、受け取って代金を支払った青山が柔和な笑みを浮かべた。

「また来ても良いか?」
「ぜひ……お越しください」
「断れないか、お前は店員さんだものな」
「そ、その……本当に……」
「良いのか? それは、また声をかけても構わないという意味か?」
「は、はい……」
「嬉しいな。では、そうさせてもらうよ。じゃあ、またな。永沼」

 そう言ってから手を振り、青山は帰っていった。己の方が、再会出来て嬉しいと、永沼は一人になってから今度こそ赤面しながら考えた。

 以降、本当に青山は、週に一度は永沼の職場に、花を買いに来るようになった。一言、二言と会話を重ね、ポツリポツリと言葉を交わす。花束を作る間の少しの時間ではあったが、それが永沼にとってはどうしようもなく貴重だった。胸の奥が疼く頻度が増えていく。

「今日も素敵に作ってくれて、ありがとうな」

 にこやかにそう言い、青山は花束を受け取り帰っていった。

 見送った永沼は、その背が遠ざかるのを眺めていた。きっと青山ほど素敵な人物なのだから、あの花束は恋人にでも渡すのかもしれない。そう考えると時折切なくもなったが、顔を見られるだけで十分すぎるほどに幸せだった。

 次の休暇の日、仕事にも少し慣れてきたので、永沼はカフェに出かける事にした。まだあまり外食をした事が無かったから、少しずつ社会生活に慣れようという意図だった。駅前のカフェに入った永沼は、扉を開けてすぐ目を丸くした。閑散とした店内で、正面の四人掛けの席に、一人で青山が座っていたからだ。

「あ」

 思わず永沼は声を出した。だが――話しかけても良いものか戸惑った。

 だがその声に視線を向けた青山が、すぐに気づいて笑顔になった。

「永沼。一人か?」
「は、はい」
「俺も一人なんだ。良かったら一緒にどうだ?」
「……はい」

 明るく誘われたので、永沼は何度も小刻みに首を縦に動かした。それから移動し、青山の正面の椅子に座る。そこへ青山がメニューを開いて見せた。

「何を頼む?」
「その……こういう店に来たのは初めてで……」
「甘いのと甘くないのならどちらがいい? あ――……悪い、味覚は感じないんだったな」

 何気ない様子で聞いた後、青山が焦るように付け足した。
 苦笑してから永沼が首を振る。

「気になさらないで下さい。その……熱いとか冷たいっていうのは分かるから……そういうのを楽しむ事にしてます」
「そうか」
「コーヒーにします」
「了解」

 永沼に対して頷いてから、青山が店員を呼び、注文してくれた。

 注文する瞬間が一番緊張するので、これは永沼にとって非常にありがたかった。

「仕事はどうだ?」
「……慣れてきたと思います」
「敬語じゃなくて構わない」
「でも……」
「普通に話してくれ。何度もそう言っているだろう?」
「……いいのか?」
「うん。俺は永沼に普通に接してほしいよ」

 青山の言葉が嬉しくて、永沼は俯いて照れを押し隠そうとした。だが目ざとく青山が気づいて指摘する。

「照れたな?」
「っ」
「案外永沼は可愛いところがあるよな」
「な……」

 可愛いのは青山の方だと言いたかったが、永沼はそれは口にしなかった。恋心がバレてしまうと思ったからだ。同じ街に暮らしているから、こうして時々、偶発的に会える事もあるわけだし、花も買いに来てくれる。それだけで、永沼にとっては本当に充分だった。

 ただ、青山に会えば会うほど、恋心が大きくなっていく。

 本当に好きみたいだなぁと、そう感じる内心に、必死で永沼は蓋をした。

 ◆◇◆

 十一月も終わりに差し掛かり、雨の温度が冷たい季節が訪れた。

 この日は休暇だった永沼は、一人アパートで、カップラーメンを食べていた。もう少ししたら、また先日青山と会ったカフェに出かけようかと考え、そして首を振る。

「それじゃあ、ストーカーみたいだろ、俺……」

 はぁっと、深く吐息してから、スマートフォンの画面を見る。アプリを入れる事を覚え、今は時計で三分経つのを見守っているところだ。

 レトロな呼び鈴の音がしたのはその時の事だった。

 めったに来訪者などいないため、誰だろうかと考えながら視線を向ける。

 立ち上がり、玄関まで向かった。

「はい、永沼ですが。どちら様ですか?」
『警察の者です』
「えっ」

 その言葉に、背中に冷水を浴びせられたような気持になった。警察の関する記憶は、冤罪で逮捕された事だけだ。嫌な記憶しかない。また、疑惑を抱かれているのだろうか、何かの犯人だと考えられているのか、そんな不安が永沼の胸中で膨れ上がる。

 ――きっと、そうだろう。
 ――また、いわれもない罪で逮捕されるのだろう。

 そう確信しつつ、暗い眼をして俯いてから、永沼は扉を開けた。

「永沼晴日さんですね?」
「はい」

 二人連れで訪れた警察官を見て、永沼は絶望的な気分になった。二人とも、表情が険しく見えた。つかの間だった平穏な生活の終了を覚悟した。

「実は、お話がありまして――」

 しかしその後続いた言葉は、永沼の予想外のものだった。

 なんでも、先日逮捕されたとある連続殺人犯のフォーク≠ェ、『永沼遊馬を殺害した』と、自白したというのだ。久方ぶりに聞いた叔父の名に、永沼が息を呑んだ。目を瞠りながら、その後説明を受けていった。

「――結果として、貴方の冤罪が証明されました」
「……っ」
「既に刑期を終えられ釈放されている点も踏まえ、今後――」

 そこからの日々は、目の回るような忙しさだった。公的に謝罪がなされ、当時の事情も改めて聞かれ……信じてもらえた上、様々な保証が約束された。報道番組でもネットのニュースでも、この冤罪事件はすぐに話題となり、『永沼晴日の無罪』は周知された。

 気づくと半年以上がその騒動で経過していて、既に五月の終わりになっていた。

 フラワーショップ・三隅から連絡があったのは、その頃だった。

『仕事には復帰しますか? あなたにならば、今からなんでもできると思いますが、こちらでも歓迎しますからね』

 店主のその言葉に、永沼は迷わず、仕事に復帰する旨を伝えた。

 十分な保証をされているから、実を言えば、もう働かずとも食べていける。けれど、永沼はフラワーショップでの仕事が好きだったし、花束を作りたいと思った。そして出来る事ならば、また時々で良いから、青山に会いたいと思っていた。青山に、きちんと、冤罪だった事を伝えたい。そんな思いが、非常に強い。

 永沼が仕事に復帰した三日後、その青山が花を買いに来た。

「あ。永沼! ようやく会えたな」
「青山さん……」
「会いたかった。良かったな、冤罪だって証明されて」

 笑顔でそう告げてから、少しだけ困ったように、青山が瞳を揺らした。

「いいや、俺は謝るべき立場の人間だな。お前を、罪人として扱ってきたのだから」
「いいんです。それは、青山さんが悪いわけじゃない」
「――許してくれるか?」
「許すも何も……本当に、俺は平気だ。だから……」
「だから?」
「……っ。その、よかったら、これからも花を買いに来てくれ」
「勿論だ。約束するよ」

 頷いた青山が、綺麗な笑顔を浮かべた。それを見て、永沼は泣きそうなほど嬉しく感じた。やはり青山が好きだ。そう強く思った。そして、もう恋をする事だって、その権利だって、自分にはあると、永沼は考えて――すぐにその考えを打ち消した。

 いいや、その権利は無いと、考え直す。

 なにせ、青山はケーキ≠セ。そして自分はフォーク≠セ。
 今も目の前にいる青山から甘い香りを感じ、惹きつけられているという現実がある。

 永沼は、罪を犯したいとは思わない。
 青山に酷い事をしたいとは、微塵も思わない。

 そうである以上、己の恋心を伴うフォークとしての欲望は抑えなければならないのは明らかだ。青山を傷つけたくなかった。仮に、本当に青山を食べるような事態が訪れたら、その時はきっと、自分で自分を許す事が出来なくなる。

「じゃあ、今日はこの紫色の花で、お願いしてもいいか?」
「ああ。すぐに」

 こうしてこの日も花束を作った永沼は、今後も会えるだけで満足しようと再決意したのだった。

 ◆◇◆

 六月に入り、梅雨の季節が訪れた。本日も休暇なので、永沼は買い物へと出かけていた。当初は曇天だったし、この日の予報では雨は午後からだったから、傘は持って出なかった。結果、買い物が思いのほか長引いて、紙袋を抱えたまま、慌てて近くの軒先に避難する事となった。シャッターが下りている。閉店済みのたばこ店のようだった。

「永沼?」

 すると声がかかった。群青色の傘をさして歩いてきた人物が、それを少し持ち上げて、こちらを見ていた。そこにある青山の顔を見て、永沼は目を丸くする。青山は傘を閉じると、永沼の隣に並んで立った。そして正面の雨を見てから、改めて永沼に視線を向ける。

「今日はいちだんと雨脚が激しいな」
「ああ、そうだな」

 随分と親しい口調にも慣れてきた。だが、その分、至近距離にいると胸の鼓動が早鐘を打つ頻度が増えている事もあり、永沼は緊張して体を強張らせた。

「永沼。お前、背、高いよな」
「そ、そうだな」
「傘は持っていないのか?」
「ああ……」
「家は遠いのか?」
「……まぁな」
「俺のマンションは近いんだ。良かったら、俺の家で雨宿りしていかないか?」

 明るい声音の青山の誘いに、思わず永沼は息を飲んだ。嬉しいと、最初にまず思った。だがすぐに、マンションへ行って青山を傷つけるのが怖いと思った。その思考が浮かんだ途端、いつも以上に青山から漂う香りが甘く感じ、唾液が溢れ始めた。まずい、と。本能的に考える。チラリと青山を見るが、純水に厚意から申し出ているようにしか見えない。下心があるなんて、永沼には思えなかった。だから、だからこそ、傷つけるのが怖い。

「っ」

 このままでは惹きつけられて自分を制御できなくなると感じ、永沼は走り出そうとした。すると直前で、左手首をきつく掴まれた。紙袋が濡れたアスファルトの上に落下し、購入したばかりのトマトと卵が潰れた音がした。驚いて永沼が振り返ると、そこにはいつもより真剣な瞳をした、笑みではない表情の青山の姿があった。

「なんで逃げるんだ?」
「っ、その――」
「どうして?」
「……」

 ――お前が食べたいからだ、なんて、言えるはずもないではないかと、永沼が唇をきつく閉じる。すると、青山が右側の口角だけを持ち上げた。

「俺を食べたくなるからか?」
「!」

 だが、見透かすようにそう言われ、永沼は愕然とした。己の気持ちが露見しているのかと、戦慄に似た感覚が全身を襲う。青山はじっと永沼の目を見ている。まじまじと視線がぶつかった時、永沼はゾクリとした。

「否定しないんだな」
「……」
「永沼」
「……」
「俺は、お前に食べられたいけどな?」
「な」

 青山はそう言うと、より強く永沼の手を引いた。そして少し背伸びをして、目を伏せると、永沼の唇に己の唇を重ねた。その柔らかなキスの感触に、永沼が目を見開く。

「ほら。行くぞ。傘はお前が持ってくれ」

 こうして――呆然とする内に、永沼は青山に連行されるようにして、彼のマンションへと向かう事となった。地面から拾った紙袋は、道中のダストボックスに捨てる結果となった。相合傘で歩きながら、永沼は青山が濡れないかばかりを気にしていた。

「お前、そっちの肩がびしょ濡れだぞ」

 すると青山が苦笑した。

 青山のマンションは駅のそばにあった。エントランスホールを抜け、エレベーターに乗り、到着した階で、青山が鍵を開ける。

「どうぞ」

 中へと促された永沼は、煩い鼓動に辟易しながら、会釈してから靴を脱いだ。

「シャワー、浴びてこい。着替えだしておくから」
「……でも」
「濡れてるだろ? 肩も、それに他も全部。降られたんだから仕方ない。風邪をひいたら困るだろう?」
「……」
「早くいけ」
「は、はい!」

 強い口調で言われると、十年間の刑務所生活の癖で、つい頷いてしまう。慌てて示された浴室に永沼は向かった。そしてシャワーを借りた。石鹸類なども何気なく借りたし、それらも良い香りだったが、やはり常日頃青山が纏っている甘さとは異なるから、あれはケーキ特有の香りなのだろうなと考える。

 入浴後外に出ると、洗濯機の上に、着替えと新しい下着が置かれていた。

 それを身に着け、恐る恐る青山がいる方向へと向かう。

 青山はダイニングキッチンにいた。そして永沼を見ると微笑した。

「こちらへ。座ってくれ」
「あ、ああ。その、着替え……悪いな」
「全然。俺も入ってくるから、これでも食べていてくれ」

 立ち上がった青山は、テーブルの上にあるアイスコーヒーの入ったグラスと、イチゴがのっているカップケーキを手で示した。そしておずおずと頷いた永沼の隣を通り抜けると、入れ違いで浴室へと消えた。シャワーの音が響いてくるのを耳にしながら、永沼が椅子を引く。いちいちドキドキしてしまう。シャワー上がりにあわせて用意してくれたらしく、アイスコーヒーは冷たく、氷も融けていなかった。口をつけると、味はしないが、ひんやりとした感覚がした。ドキドキと煩い鼓動を鎮めようとしたが、コーヒーをいくら飲み込んでも、動揺は飲み込めなかった。先程のキスの意味を、どうしても考えてしまう。

 結果、青山が出てきた頃には、アイスコーヒーを飲み干していた。

「待たせたな」
「いや……」

 青山は冷蔵庫からアイスコーヒーのペットボトルを取り出して、永沼のグラスに注ぎ、自分用にはミネラルウォーターを手にした。そして永沼の正面に、青山が腰を下ろす。

「永沼、話があるんだ」
「な、なんだ?」
「俺、な? 実はずっと、お前の事が好きだったんだよ。いいや、過去形じゃない。今も進行形で好きなんだ」

 笑顔の青山を見て、永沼は信じられない気持ちになる。自然と頬に熱が集まっていく。だが、信じる事が上手く出来ない。だから、なんと言葉を返せば良いのかも判断が出来ない。

「刑務所の頃から、真面目で寡黙で、でも人間としては少し不器用で、だけど真っ直ぐな永沼が、ずっと好きだったんだよ」
「本当に……?」
「ああ。程度でいうと、勤務先の資料が社会復帰調整官から資料として届いてすぐ、職権を乱用して確認して、お前の働く姿を見に行くくらい、好きだった」
「え?」
「ひいたか?」
「い、いや……それは、本当なのか?」
「ああ。俺は好きになったら、行動する方なんだよ」

 青山が悪戯っぽい目をして笑った。確かにそういうタイプに見えるなと、永沼は考えつつ、嬉しく思った。両想いだったのかと、肩から力が抜けそうになった。代わりにどんどん激しくなっていく胸の動悸には、非常に困った。だからそれを誤魔化すべく、カップケーキを食べる事にした。右手を伸ばして一つ手に取った時、不意に青山が手を伸ばし、永沼の手からカップケーキを奪った。食べてはダメだったのだろうかと思っていると、身を乗り出した青山の顔が近づいてくる。

「食べるなら、こっちにしておけ」

 そう言って青山が、再び永沼にキスをした。瞬間的に、甘い甘い香りと味が広がった。カップケーキを食べても味を感じない永沼にとって、この青山の口がもたらす甘い味は格別過ぎた。うっとりとした目をし、永沼は思考が麻痺してしまったかのような心地になり、思わず片手を青山の後頭部に回していた。そして気づくと、貪るように青山の唇を奪っていた。深く深く、そして激しく、何度も舌を絡めあい、濃厚な口づけをする。

「永沼……っ、お前も、俺の事が好きか?」
「ああ」
「それは、俺がケーキ≠セからか?」
「違う。優しいところが――」

 永沼が言いかけると、青山が吹き出して笑った。

「優しくないぞ? 俺は」
「そうなのか? 出所した俺を心配して見に来てくれたと、さっきも……」
「違う。好きな相手だから、ストーカーチックに職権乱用して見に行ったという話だよ。本当に永沼は純粋だな。騙されやすそうで心配になる」

 笑っている青山を見て、形の良い眼を永沼が瞬かせる。

「まぁ良い。すぐに俺の全てを好きにさせてみせるよ」
「十分……好きだ。でも、だから怖いんだ。酷い事をしたらと思うと」
「確かに食い殺されるのは御免被るが、永沼はそんな事、しないだろ?」
「っ、し、しない!」

 慌てて永沼は頷いた。何度も全力で、首を縦に振る。必死に声を出した。

「信じてるよ」

 その一言が胸に響いて嬉しくて、永沼は涙ぐみそうになった。

「さ、ベッド行くぞ」
「え」

 しかし続いた突然の誘いに、驚きすぎて涙が消えた。

「ん? 俺達は相思相愛なんだから、なんの問題もないだろ? 合意なら、フォークがケーキを抱いたって、誰も咎めたりしない。違うか?」

 そう述べ、楽しそうに笑った青山の麗しい表情に、永沼は逆らう言葉など持ってはいなかった。

 ◆◇◆

 こうして二人は寝室へと移動した。

「ん……っッ……」

 裸で抱き合い、お互いに腕を絡めあう。永沼が丹念に青山の肌を舐めている。その甘い味の虜になっている様子で、瞳は恍惚としている。その感触がじれったいほどに思えて、青山は何度も荒く吐息した。そうしながら、キスを仕掛けて、永沼の口に唾液を流し込む。

「っ、ん」

 すると永沼がねっとりと青山の舌を絡めとり、吸い上げる。濃密な二人の口づけが、幾度も繰り返されている。上気した青山の肌を、愛おしそうに永沼が大きく綺麗な手で撫でる。その骨ばった長い指先がもたらす感覚に、時折ピクンと青山が体を跳ねさせる。

 唇を話して見つめ合ってから、永沼は青山の右胸の突起を弾いた。指先で愛撫してから、続いて唇で吸いつく。そして味わうように舌先を動かした。青山の胸の突起が朱く尖る。

「ぁ……っ、ンん」

 永沼の右手が、青山の陰茎へと伸びる。既に反応していた陰茎を、確かめるように握って、永沼がその手を動かし始める。最初はゆっくりと、次第に早く擦り上げられ、青山は震える息を吐いた。永沼が体を動かし、それから両手で青山の陰茎を支え、先端を口に含む。そして口淫を始め、美味しそうに先走りの液を味わう。甘い味がする。このように味覚が刺激されたのは、記憶に無いほど昔の事だから、実質初めてだと言えた。

 唇に力を込めて永沼が口淫する度に、青山の息が上がっていく。熱い永沼の口腔は気持ち良くて、吸い上げられる度に、青山の体には快楽の波が広がっていく。

「永沼、出る」
「……」
「出るから、離……――さなくても良い。飲みたかったら、好きにしろよ? っ、ぁ、ああ!」

 そのまま昂められて、青山は放った。すると永沼の喉仏が上下し、じっくりと青山の白液を飲み込んだのが分かった。その瞳がいつもの純粋で生真面目な様子とは少し違い、どこか獰猛に見えて、青山はゾクゾクした。今の永沼は、男ながらの色気が壮絶で、捕食者の顔をしている。

 全身を舐められながら、後孔もずっと解されていたので、十分に受け入れる準備は万端だった。青山もまた、早く永沼が欲しかった。

「挿れてくれ」
「……本当に、いいのか? 俺で」
「永沼が良いんだよ。お前以外はいらない」

 青山が頷くと、永沼が唾液を嚥下した。そして屹立した先端を、青山の菊門へとあてがった。挿入の衝撃に、青山が息を詰める。一気に雁首まで挿入した永沼は、そこで一息つくと、その後根元まで一気に突き立てた。

「あ、ああ……っ、熱……ァあ」

 硬く太く長い永沼の陰茎に貫かれ、快楽から青山が涙ぐむ。激しい抽挿が始まったのは、それからすぐの事だった。

「ああ、ンん、っ――ひ、ぁ……ああ! あ!」
「辛いか?」
「気持ち良い、もっとしてくれ。あ、あ、ン――っ、永沼、ぁ、ああ!」

 青山の感じる場所を探るように、永沼が腰を動かす。青山の中は蠢いているようで、永沼の陰茎に絡みついてくる。

「ひっ、ッ、あ、ああ! 深い、っ、う、うあ……あああ……!」

 永沼が青山の最奥を貫いた瞬間、青山の思考が真っ白に染まった。同様に、永沼もまた強い快楽と、全身で感じる甘い味に酔いしれていた。そのまま激しく永沼は青山に打ち付けて、内部に放った。その衝撃で、青山もまた果てたのだった。


 ――ヤってしまった。

 その事実に衝撃を受けながら、我に返った永沼が、ゆっくりと陰茎を引き抜く。ぐったりとベッドに沈んだ青山は、涙で長い睫毛を濡らしながら、まだ震えている。愛おしく思い、もっとキスがしたいし肌を舐めたいと感じた永沼だが、自制して、青山の隣に寝転んだ。そのまま青山が寝入ってしまったので、永沼は呆然としつつ、その寝顔を見ていた。

 ケーキだから、ではなく、青山だから好きなのだと、きちんと伝えたいと感じ、目が覚めたらきちんと話そうと考える。けれど、伝える言葉が思いつかない。好きだと、愛していると、どうすれば伝える事が出来るのかが、これまでに恋愛経験がないせいで、全く分からない。

 そんな事を考えて暫く経った時、青山が目を覚ました。

「ん……永沼?」
「あ……」
「悪い、寝ていたな」
「いや……」
「さて、二回戦とするか」
「――え?」
「全然足りない。もっと永沼が欲しい。それに俺は、明日も休みなんだよ。お前ももっと俺を味わって、俺に惚れろ」
「そ、その……もう十分惚れてる……!」
「そうなのか? じゃあ、それを証明するために俺を食べて、満足させろ」

 ニヤリと青山が笑う。その表情が麗しく見えて、赤面しながら永沼が顔を背ける。

 こうして二回戦目が始まった。
 この日二人は、散々交わる事となった。


 このようにして、とあるフォーク≠ニケーキ≠ヘ結ばれ、恋人同士となった。出会いは受刑者と刑務官としてだったが、無事に冤罪も晴れ、その後同棲してからは、大きな窓から、快晴の空を二人で眺める日が増えていく。

「晴日」

 青山は、すぐに永沼をそう呼ぶように変化した。本日は、夏の終わり。残暑は厳しいが、空がとても澄んでいて、真っ青に見える。

「なんだ?」
「お前の名前見たいな陽射しの日だと思ってな」
「……そうか」

 隣に立っている青山を抱きしめながら、永沼は幸せに浸る。
 現在が、泣きそうなほど、幸せだ。

 そう考えながら、瞼を伏せる。いつまでもこの幸せが続きますようにと、永沼は祈った。なお、その祈りは届き、二人は末永く幸せに暮らしていく。結婚するのは、この一年後の事だった。



   ―― 了 ――