SEXしないと出られない部屋




 俺の名前は昭和だ。だが周囲は俺のことを、『昭和のスパダリ』と呼ぶ。

 ……。

 これは褒め言葉ではないそうだ。なんでも、『古くさい』という意味らしい。それを知った時、俺は衝撃を受けた。俺のどこが古くさいというのだ? 俺ほど完璧な男はちょっといないだろうが。

 億ションで暮らし、家は一族経営の大会社で海外にも支店があり、将来俺はそこのトップになる。今も関連会社の社長だ。自由になる金は潤沢だ。外車に乗り、イタリアンへと連れて行けば、愛らしい男はイチコロだ。華奢で可愛い男達は、メロメロになって、頬をピンク色に染めて、キラキラした瞳で俺を見る。俺はそんな相手を高級ホテルへと連れて行き、無理矢理押し倒して、慣らすでもなく突っ込んで、切れた後孔から垂れてくる血を潤滑剤にしてスムーズに雄を動かし、そのまま相手に快楽を叩き込んで、俺から離れられなくする夜も多かった。他にも闇オークションで購入した奴隷に金をちらつかせて飼い慣らしたりもした。だが――最近では、そういうことがない。

 今の時代は令和だ。令和という名前の奴の時代だ。現在、皆が恋い焦がれているのは、俺ではなく、令和だ。奴は令和のスパダリと呼ばれている。俺達の間にいた平成は、穏やかにドロップアウトして、悠々自適に暮らしているようだが、俺は負ける気などない。必ずや、令和に勝って、俺の時代を取り戻す! そう意気込んで、俺は拳を握った。

 ――まずは敵状視察が肝要だろう。

 俺は迷彩服を身に纏い、双眼鏡を持った。そして令和がいる場所を見に行った。何処にいるかはすぐに分かる。昔は俺を囲んでいた可愛い男達が、現在は令和を取り囲んでいるからだ。みんな熱い視線を令和に向けている。

 令和の容姿は確かに麗しい。テレビでよく見るような流行の髪型をしていて、僅かに染めている。それが悔しいほどに会っている。大きな目はアーモンド型だ。長身で均整の取れた体つきをしており、細マッチョだ。鼻筋が通っていて、唇は薄い。

 一方の俺は、つやつやの黒髪ストレートを切りそろえて、前髪は後ろにポマードで撫でつけている。切れ長の目で、肉食獣のようだと言われる。唇が薄いのと、長身なのは同じだが、俺は肩幅が広いものの、腰回りはかなり細い。

 俺の服は高級スーツで、時計も数百万のブランドものだ。靴もそうだ。だがモテにモテている令和は、洒落てはいるもののその辺で買える私服で、時計はしていない。スマホという最先端の通信機器に、時計が付いているそうだ。悔しいが、俺も平成に教わって買った。だが、入力すら上手くできない。

「はぁ……」

 俺のどこが、奴に負けているというのだろうか? 溜息をついてみるが、さっぱり分からない。そう考えていると、不意に令和がこちらを見た。双眼鏡を下ろしていたため、真正面から、目を射貫かれたようになる。焦った俺が硬直していたその時、不意に令和が柔和に微笑んだ。俺は見惚れてから、ハッと我に返って顔を背けた。頬が熱くなってくる。敵に見惚れてどうするんだ、俺は……。

 しかし奴は、なんで俺に笑いかけたんだ? 迷彩服を嘲笑したという感じでは無かった。悩みながら億ションに帰宅し、俺は高級なウイスキーを、ロックグラスに注いだ。それをゆっくりと飲みながら、葉巻を銜える。窓から見える夜景が最高のリビングで、俺は令和について考える。俺には情けないことに余裕が無かったが、あちらは余裕たっぷりだった。それは令和のスパダリの底力なのだろうか? よく分からない。

 その内に、酒を飲んでいたら眠くなり、俺はソファの上でうとうとしはじめた。

 ――これが、俺に残っている最後の記憶である。



 次に気づいた時、俺は見知らぬ部屋に立っていた。壁や天井が白く、正面の扉だけが茶色だ。室内には巨大なベッドの他には、なんの家具もない。ただベッドサイドには、ローションのボトルや、ローターなどの玩具がある。

 なんだここは?
 そう思った時、俺の真後ろで声がした。

「どういうことだ?」

 そこでようやく俺は後ろに人がいることに気がついた。どこかで聞いた事のある声だと思いながら振り返ると、そこには――なんと、宿敵令和が立っていた。令和は腕を組んでいる。笑っていない令和を見るのが、俺は初めてだった。

「令和……」
「こんにちは、昭和さん」
「あ、ああ」

 振り返った俺と目が合うと、ようやく令和が小さく口元を綻ばせた。
 その時のことである。

『ここはSEXしないと出られない部屋です。SEXしないと永遠に扉は開きません』

 そんな声が響いた。は? 何を言っているんだ? と、俺は混乱した。だが、令和はハッとした顔つきになった。

「そうか、ここは出られない部屋か」
「何か知っているのか? 令和」
「令和の流行なんです。SEXしないと出られない部屋は」
「は? なんだそれは」
「つまり俺と昭和さんがヤらないと、そこの扉が開かず、俺達は出られない」
「はぁぁ!? お前とヤるだと? そんなの無理……でもないな。俺は見た目がいい男なら勃つから、令和なら押し倒せる」
「――俺は平成さんの、好きになったら性別は関係ないという概念を受け継いでいるので、その考えはちょっとな……まぁ、俺の場合は、好みならば性別は問わない。そういう意味なら、昭和さんは俺の好みだ。昭和さんなら抱けます」
「抱くだと!? この俺様を抱く!? バカを言うな! 俺はタチだぞ!」
「俺も上なんで。そこは譲る気は無いです」

 令和の瞳が冷ややかなものに変わった。しかし俺は首を振る。全力で拒否を示した。俺は絶対に嫌だ。肛門が裂けたら絶対に痛い。散々俺は血を潤滑剤にしてきたわけだが、自分がされるのは絶対に嫌だ。

「昭和さん、ここは一つ、公平にじゃんけんで決めませんか?」
「うっ……わ、分かった」

 確かにそれは正しいだろう。こうして俺達は、じゃんけんをすることにした。

「最初はグー。じゃんけんぽん」

 俺はチョキを出した。令和はグーを出した。
 その結果に俺は青褪めた。呆然と自分の手を見て、わなわなと唇を震わせる。

「そんな、嘘だろ? 俺が抱かれる!? さ、三回勝負にしよう」
「断ります。昭和さんの負けです」
「っ、頼む、それだけは止めてくれ。金ならいくらでも出す!」
「別に金銭的に俺は困っていないので。それより脱いでくれ。それとも脱がせられる方が好みですか?」

 俺は顔を引きつらせた。一歩、二歩と後退したら、ベッドにぶつかって止まることになってしまった。そんな俺に、令和が詰め寄ってくる。

「わ、わかった。ぬ、脱ぐから」

 俺は震える手でネクタイを解こうとした。だが震えすぎて、まったく上手くいかない。

「昭和さんは可愛いな」

 そう言ってくすりと笑うと、令和が俺のネクタイに手をかけ、スッと引き抜いた。それから俺の背広を脱がせ、シャツのボタンを丁寧に一つずつ外し始めた。俺の場合はいつも、強引にシャツを引きちぎるように脱がせていたから、ボタンは基本的に弾け飛んでいた。令和のように丁寧に脱がせたことなど一度も無い。そのまま俺は、一糸まとわぬ姿にされた。

「昭和さん、ベッドに上がってうつ伏せになって下さい」
「……、……」

 ローションのボトルを手に取っている令和の声に、俺は泣きそうになりつつも、泣くなんてプライドが許さないので、平気なふりをして、令和を睨み付けてから、言われたとおりにした。だが実際にはド緊張している。震えを押し殺している。

 令和もまたベッドに上がってきた。そしてローションをつけた指を、ゆっくりと俺の中に挿入した。異物感が凄くて、俺はびっしりと汗をかく。怖くてたまらない。この姿勢だと、令和には顔が見えないからと、俺はギュッと目を閉じる。俺の睫毛が震えた。

「ぁ……」

 その時、令和が俺の前立腺を、人差し指の尖端で突いた。ジンっと甘い快感が、そこから体に広がる。

「ここか」
「ぁ、ぁ、ぁ」

 令和がそこばかりを刺激し始めるのだが、その手つきが驚くほど優しい。俺の場合は、激しくグリグリと刺激し、相手を泣かせてきた。だが、トントンと優しく優しく、令和は刺激してくる。

「んぅ」

 俺の口からは、自然と鼻を抜けるような声が出た。それに気づいて俺はハッとして目を開ける。喘ぐなんてプライドが許さない。俺は唇を引き結んだ。だが気持ちいいのは事実だから、それに耐えるべく、両手でシーツを握りしめる。

「ぁ……っ……ッ……ぁァ……」

 だが呼吸する度に喘ぎ声が混じってしまい、俺は羞恥から泣きそうになった。あんまりにも優しく前立腺を刺激される内に、中を弄られただけで、俺の陰茎は勃ちあがった。それすらも俺のプライドをズタボロにした。この俺が、後ろを弄られて勃つなんて……。

「っ」

 その時指が二本になった。ローションの冷たい温度は、すぐに俺の中の温度と同化する。ぐちゅりと音を立てながら、ゆっくりと指を入れた令和は、今度は二本の指で、前立腺を刺激し始めた。やはり優しい刺激で、俺の体は次第に汗ばみ始めた。

 ――もどかしい。

 もっと強く刺激されたくなり、俺は震えた。もっと快楽が欲しい。自然と俺の腰が蠢く。だが死んでも令和にそんな哀願はしたくない。こいつは俺の好敵手なのだから。

「あっ、ぁ……」

 指が三本になった。今度は令和は、その指先を広げるように動かし、俺の中を広げていく。前立腺への刺激が無くなり、俺はさらにもどかしくなって、涙ぐんだ。もう少しで出せそうだった陰茎は、ガチガチのまま、先走りの液をシーツに垂らしている。もう自分で陰茎をシーツにこすりつけて出したいほどだ。しかし令和の前で、そんな痴態は見せたくない。

 その後、何度かローションを増量し、なんと令和は俺の中を一時間も指で解した。その頃には、俺の声には涙が混じっていた。まずい、頭がバカになる。気持ちいいが、もどかしすぎて、体はどんどん熱くなっていくのに、全然出せない。射精するには刺激が足りない。俺の体は小刻みに震え、びっしりと汗をかいている。俺の瞳には、多分情欲が宿っている。果てたい、それしか考えられなくなる。

「令……和……ぁァ……ああああ、もう止めてくれ、止めろ!! やだ!!」

 ついに俺は限界に達し、子供のように声を上げて泣いた。

「早くイかせてくれ」
「――まだきつい。もう少し慣らさないと俺のものは挿いらない」

 その言葉に、俺は絶望した。さらに一時間ほど、令和は俺の中を解した。何度も俺は腰を引いて逃れようとしたのだが、ギュッと掴まれていて身動きができなかった。

「あ、ああっ」

 俺はもう、声を堪えきれない。

「そろそろいいか。挿れるぞ、昭和」

 不意に令和が俺を呼び捨てにした。しかしそれに抗議をする余裕が俺には無い。

「あ」

 令和の尖端が、俺の菊門から入ってきた。既にトロトロだった俺の中は、すんなりと受け入れたが、それでもまだきついようで、令和の陰茎の形を露骨に感じてしまう。幸い、俺の予想とは違い、流血することは無かったが、その方がましだったのでは無いかと言うくらい、俺は我慢させられた。

 雁首まで挿いったところで一呼吸置き、それから令和が前立腺を擦りあげるようにしながら、俺の中に陰茎を進めた。俺の場合、そのまま前立腺をガンガン貫いて終わりだ。今、令和も俺の前立腺を陰茎で刺激したし、それで後は射精をすれば終わりだろう。俺はいつも生だが、令和はコンドームを装着している。

「ふぇ!?」

 その時――あんまりにも深い場所に、令和の陰茎が到達した。尖端がぐっと俺の最奥を押し上げる。びっくりして、俺の口からは変な声が出てしまった。

「なっ、あ、ぜ、絶対動くな。や、まずい、は? なに? え? あ、あ、ああああ!」
「結腸だ。令和の時代は、前立腺では無いんだ」
「やぁァ――!!」

 ズンと突き上げられて、俺は号泣した。気持ちよすぎて耐えられない。

「あ、あ、俺、俺、もう無理だ、こんなぁ!! ア――!!」

 俺の理性は、そこで完全に飛んだ。ボロボロと泣きながら俺は何度も何度も結腸を責められて、気づくと放っていた。どころか、中だけでイかせられた。もう何も考えられなくなり、俺は気づけば意識を手放していた。

 次に目を開けると、俺は令和に腕枕をされていた。

「可愛かった、昭和」
「……呼び捨てにするな、お前になんか……っ」

 俺の声は掠れている。喘ぎすぎた。全身が鉛のように重く、俺は腕枕から抜けようとしたのだが、体が言うことを聞かず、動けなかった。そんな俺に、ベッドサイドにあったペットボトルの水を、令和が飲ませてくれる。

「いいだろ? 昭和。お前は昨日、俺に抱かれながら、名前を呼んでいいと言っていたが?」
「っ」

 そんな記憶は無いが、理性が飛んでいたので、言った可能性は否定できない。

「俺と付き合いたいとも話していたな。もっと抱かれたいと。ずっと抱かれていたいと」「さすがにそれは嘘だろ!?」

 俺が叫ぶように言うと、令和がベッドサイドにあったスマホを手にして、動画を再生した。そこには泣きながら快楽に喘いでいる俺の姿が映っていて、確かに令和が行った言葉を叫んでいる。嘘だろ……。画面の中の俺は、令和に『言ってごらん?』と言われる度に、『そうしたらもっと気持ちよくしてあげるぞ』と言われる度に、とろんとした目でコクコク頷いて、令和に促されるままに、付き合い怠惰の抱かれたいだのと言っていた……。

「おい、ハメ撮りなんて止めろ、消せ。金なら払う」
「――いやだ。こんなに可愛い昭和のことは、ずっと残しておくつもりだ」
「おい。俺が可愛いだと!?」
「令和の時代では、俺様受けは人気ジャンルだ。つまり昭和は、最高の受けだ。男前受けにも該当する。昭和は俺の理想そのままだ。実は、ずっと啼かせてみたかったんだ。そうしたら予想以上に最高で、俺は惚れてしまったかもしれない」
「なっ」
「昭和、お前は付き合うと言ったな? 証拠もこうしてある」
「うっ……それは……」
「これから俺達は恋人だ。よろしくな?」
「……だ、誰がよろしくなんて……」

 そうはいいつつも、俺は赤面した。微笑して俺を見ている令和が、あんまりにも綺麗に見えたからだ。もしかしたら初めてを捧げたせいで、情がわいてしまったのかもしれない。

「とりあえず連絡先を交換しよう。昭和のスマホは服から出しておいたから、ここにある」
「……連絡先……電話番号でいいのか?」

 俺には電話機能以外のスマホの操作はできない。

「メッセージアプリを入れていないのか?」
「なんだそれは?」
「DLから教える。俺は昭和といっぱい話がしたいな」

 こうして俺は、スマホの新たな機能を覚えさせられた。その後、俺達は服を着た。そして扉の前に立つ。

「本当に開くのか?」
「昭和と俺が繋がったから、開くだろう」

 にこやかな令和の声。だがその台詞に恥ずかしくなって、俺は赤面しながら乱暴に扉を開けた。



 すると――俺は自分の家のリビングに立っていた。呆然として周囲を見渡すが、令和の姿はどこにも無い。腕時計を見れば、俺がウイスキーを飲んでいた時間のすぐ後だった。

「え? 夢だったのか……? 俺は酔っ払って立ち上がって、そのまま夢を見ていたのか?」

 唖然としてから、俺は呟いた。しかし腰には違和感がある。俺は浴室に向かい、服を脱いでみた。すると全身にキスマークが散らばっていた。明らかに情事の痕跡がある以上、夢だったとは考えられない。

 俺はリビングに戻って座り直した。するとポケットに入っていたスマホに通知がきた。とりだして画面を見れば、令和からだった。本日まで令和の連絡先もアプリも知らなかったのだから、やはり夢ではないようだ。

『無事に帰れたか?』

 令和からのメッセージを見て、俺は頑張って文字を打つ。

『ああ』
『よかった。これから、恋人としてよろしく』

 そのメッセージを見て、俺は硬直した。どんどん頬が熱くなっていく。
 自分でも赤面しているのが分かる。

『仕方ないな』

 気づくとそう返していた。

 このようにして、俺は令和と付き合い始めた。その後令和は俺を溺愛し、俺はいちいち照れている内に令和に惚れてしまった。今ではもう、奴をライバルだとは思わない。令和は、俺の大切な恋人だ。『SEXしないと出られない部屋』のおかげで、距離が近づいた俺達のその後は、ハッピーエンドだった。





   ―― 了 ――