微糖の温もり





 本日の仕事を終えたので、俺は大きく息を吐いた。勤めている探偵社のオフィスを見渡せば、各ブースで、それぞれがまだ仕事をしている。ただ中でも今進んでいる大きな案件を本日クライアントに報告したという青真景の周囲には、人だかりができていて、奴と同じ班だった連中が歓喜の声を上げている。

 俺は青真が嫌いだ。

 だが青真はこの社内で非常に人気がある。端整な顔立ちのせいなのか、仕事ができるからなのか、人当たりがいいからなのかは知らないが、俺はいけ好かないと思っている。そんなことを考えていた時、チラリと青真が俺を見た。そして――唇の方端を持ち上げた。たまに奴は、俺に対して小馬鹿にするような顔で笑う。俺はそれにいちいちイラっとしている。

 視線を背けて、窓の外を見た。既に夜だが明日は朝早くから素行調査があるから、飲みに行くわけにもいかない。俺は酒を飲めば適度に酔う。最近は、馴染みのゲイバーにもいけていないのだが、今日は行く時間的な余裕がない。

 ゲイである俺は、同性が好きだ。だが、好みのタイプというものがある。いくらイケメンであろうとも、青真のようなタイプはどうにも好きにはなれない。

 そう考えながら俺は地下鉄で帰宅した。

 どうせ一人であるし、生涯独身の予定であるからと、俺は手狭なアパートで一人暮らしをしている。ベッドとソファはこだわったが、他にある家具はといえば、テレビくらいのものだ。キッチンのレンジで冷凍炒飯を解凍しながら、俺は暫くの間その光を眺めていた。
 我ながら俺も仕事がそこそこできると思ってはいるが、青真が俺より優れているのは実績的に明らかだ。だが、だからといって嫉妬しているわけではない。何故なのか皆には優しいと評判なのだが、奴は俺には意地が悪いように感じる。度々俺を苛立たせる天才であり、俺は実際には性格が悪いんじゃないかと踏んでいる。しかしそのように感じているのは俺ばかりである様子だ。社内での青真は、本当に評判がいい。

 炒飯を載せた皿を手に、俺はソファへと向かった。するとテレビからスイーツ特集が流れ始めた。俺は辛党なので、あまり甘い物には興味が無い。そこに映し出されたぶどうのケーキは、鮮やかな緑色をしていたが、俺はぶどうとマスカットの違いにすら興味は無い。

『続いての特集は――予備殺人鬼≠ノついてです。ケーキ≠ニフォーク≠ニいう存在が明らかになって数年、フォーク≠ノよるケーキ≠ヨの暴行被害は――』

 続いたニュースを見て、俺は目を眇めた。実は今俺が担当しているケースも、とあるフォーク≠フ素行調査だ。世の中には、結ばれるフォーク≠ニケーキ≠烽「るようで、今回はそんな幸せな二人の内の、ケーキ≠フ親御さんからの依頼で、俺は尾行などをして依頼をこなしている。

『――近年では、フォーク≠フ本能を抑える抑制剤≠熨ア々と開発されているため、一時期よりは減少傾向にありますが、統計によると――』

 続いているニュースには、赤と白のカプセルが映し出されていた。箱には可愛らしいカトラリーが描かれている新商品の抑制剤のようで、ドラッグストアでも購入可能なのだという。流れる映像を漠然とみながら、俺は冷凍炒飯を完食し、その後テレビを消した。



 翌日は、小雨が降っていた。
 午後からは晴れると聞いていたが、俺は傘を持って駅へと向かう。

 そして一度探偵社に顔を出してから、仕事のために外へと出た。依頼者の不安を少しでも軽減できるように、資料を集めたいし、実際の素行も知りたい。こうして仕事に没頭した俺は、晴れ間が覗く夕方になって、再び探偵社のビルへと戻った。高層階にあるオフィスに入ると、社長と青真が話をしていた。

「ああ、丁度良かった。鷹薙、ちょっと来て」

 すると手招きされ、青真もまた俺を見た。すると少しだけ顎を持ち上げて、そしてやはりなにやら値踏みするように俺を見て笑っていた。その表情に苛立ちつつ、俺は素直に足を運ぶ。

「今日で一案件が終了でしょう?」
「ええ。後はクライアントに報告のみですが」
「次の案件なんだけれど、青真と組んでくれないかしら?」

 やはりそうなるかと嫌な気持ちになったが、俺は手渡されたタブレット端末を見て、資料を確認した。そこには既に、班の責任者欄があって、鷹薙巧(たくみ)という俺の名前が記してある。俺と青真が組む場合は、キャリアが長いからなのか、俺が三十二歳で年上で、奴が二十七歳だからという年功序列だからかは知らないが、俺が班長になる場合が多い。次の案件も、フォーク≠フ素行調査のようだった。我が社の女社長はワンマンなところがあるから、そのまま歩き去ってしまった。俺が異を唱える暇も無い。

「宜しくお願いします、鷹薙さん」
「おう。よろしくな」

 俺はそう声をかけてから、資料を読み込むと告げて、自分のブースに戻った。俺だって子供ではないから、仕事上の対人関係は円満にこなしている。いくらイラっとしたとしても、別にムッとしてみせる程度だ。顔には出やすいというのが、俺に対する周囲の評価ではあるが。このようにして、その日は次の対象の資料を眺めた。



 翌日出勤すると、欠伸をしている青真がいた。既に新案件に着手している様子で、朝起きたら、調査予定の概要資料が俺の端末に届いていた。相変わらず仕事が早い奴だと思いながら、俺は嘆息し、自動販売機で珈琲の缶を購入する。微糖だ。

「おはよう。資料、助かった」
「あ、おはようございます」
「徹夜か? ほら」

 缶をデスクに置くと、コツンと音がした。俺はそこにある白いピルケースを一瞥し、続いて青真を見た。目元が若干赤いから、徹夜だというのはすぐに分かるし、なにより資料の送信時間が午前三時四十分だった。朝六時の現在オフィスにいるのだから、帰宅していないのも明らかだ。

「ありがとうございます。ところで、どうして微糖なんですか?」
「なんだよ、俺がせっかく……ブラックを買えといってるのか?」

 今までもこの銘柄を差し入れていたが、文句なんて言われたことは無かった。

「あ、いえ。お気遣いに感謝してるんですが、鷹薙さんが微糖を好きなのかなって。」
「俺はブラック派だ。ただ、徹夜明けは甘い物もいいって言うだろ?」
「さぁ? 俺は味がよく分からないので」
「ま、珈琲の種類は大量にあるしな。俺も微糖のレベルの区別なんて一切つかねぇよ」

 俺が述べる前で、缶を手に取り、青真がプルタブを開けた。缶を持つ手の形まで端正だ。骨張った長い指をしているが、全身の体格は、俺よりも良い。俺だって鍛えているつもりだが、どうにも腰回りが心許ない。あとは元々の身長で完敗しているので、多分青真と護身術の模擬戦をしたら、負ける可能性が高い。探偵社には、たまに護衛の仕事も入るから、訓練の研修がある。

 その後俺達は、新しい案件の打ち合わせをした。

 これが――夜までかかった。今日も残業だと嘆きつつ、合間に一度俺は、別の案件をクライアントに報告したりして、仕事の調整を図る。するとゲイバーのバーマスから連絡が来ていた。

『コウちゃん最近忙しいの?』

 と、書かれていた。スタンプで泣き顔を返しておいた。コウちゃんというのは、俺の巧という名前から取った、遊ぶ際の偽名だ。俺はネコだから、適度に溜まると相手を探しに行くことがある。尤も、多忙でご無沙汰中なわけではあるが。

 最終的に、オフィスには、俺と青真だけになった。

「青真、二徹は止めとけよ? そろそろ帰るぞ」
「ええ、そうですね」

 立ち上がった俺は、緑のコートを羽織りながら、青真を見る。俺も青真もスーツ姿だが、青真の品は上質そうだ。ぼんやりとそう考えていると、同じく立ち上がった青真が俺の前に来て、それからスッと目を鋭くした。目が合ったので小首を傾げると、屈んだ青真の顔が真正面に来た。そしてそのまま――俺の唇に柔らかな感触が降ってきた。かすめ取るような、触れるだけの、なにか。いいや、今のは……キスだ。

「なっ」

 事態を理解し、俺は飛び退いて、右手の甲で唇を押さえた。

「甘いな」
「悪かったな、隙があって」
「……それもありましたけど、すみません。俺も眠ってなかったからつい。危なかったな」
「お前……ゲイなのか? バイ? な、なんなんだ?」
「好きになれば性別なんて関係ないというタイプですが。さて、帰りましょう」
「お、おう……」

 青真がなんでもない出来事だったと言わんばかりに歩き出したので、慌てて俺は後を追いかけた。そしてエレベーターの中ではお互い無言、エントランスでは挨拶を交わして別れ、俺は駅へと向かった。だが終始、考えていた。

 ――さっきのキスはなんだったんだ?

 混乱しながら帰宅した俺は、どうやって帰ってきたのかいまいち覚えていなかった。



 それから数日間、俺は青真とは別行動だった。主に素行調査に臨んでいた。俺が現場に出て、情報の管理と書類作りを青真が行う分担がここのところは多い。本日は霙が降ると聞きながら、俺はコートが防水であることを幸いに感じていた。

 こうして尾行から帰社すると、話し声が聞こえた。

「ねぇねぇ、やっぱり青真さんと社長ってデキてるのかな?」
「絶対そうでしょ? だってあの二人、すごく仲いいし、なによりお似合いだし」
「社長可愛いもんね、性格もいいし。ちょっと強引だけど」
「強気なしっかりものの美人なら、青真さんを奪われてもいい!」
「いやいや元々あんたのじゃないでしょ!」

 女子社員達の笑い声が響いている。入り口そばの区画だ。

 この噂は、社内で根強い。二人がよくプライベートで飲みに行くという話を聞いたこともある。これまでは、俺もお似合いだなとしか思っていなかったのだが、不意に脳裏に先日のキスが過った。

 ……結局、誰でも良かったと言うことか。

 何故なのか胸がチクリと痛んだし、そこにトゲが刺さった心地になったが、自分でもそんな感情の意味は分からなかった。ただ無性にイライラした。

 きっと、最近俺は処理デキていないし、バーにもいけていないから、溜まっていてイライラするのだろう。そう結論づけた俺は、今宵こそゲイバーに行くと決めた。

「青真、俺は先に上がる」
「俺ももう少しで終わりです。お疲れ様です、鷹薙さん」
「おう。ほら」

 俺はこの日も微糖の缶を置いた。すると頬を持ち上げて、優しい顔で青真が笑った。不意に向けられた表情があんまりにも優しかったものだから、胸が鷲掴みにされた。分かる、これは、人気者にもなるだろうし、皆が惹かれて噂の的になるのも理解できる。俺は無意識にそう考えてから、慌てて顔を背けた。俺は、ちょっと青真を意識しすぎではないか? 元々は嫌な奴だと意識していたが、今はそれだけではなくなっている気がする。

「じゃあな」

 足早にその場を去り、俺はゲイバーへと地下鉄で向かった。

 夜の繁華街を抜け、奥まった場所にある、半地下のバーに入る。すると馴染みのバーマスさんが俺を見た。

「コウちゃん! いらっしゃい、やっと来てくれたのね。後ろの方は、お連れさまかしら?」
「え?」

 後ろの方という声に振り返ると、自動ドアが開いていて、そこには……青真の姿があった。

「は? お、お前なんでここに……」
「探偵ですから。尾行は特技です」
「っ、気づかなくて悪かったな! なにか用か?」
「いえ? 俺も飲みたい気分だっただけですけどね」
「……この店で? ここがなんの店か分かってるのか?」
「分かってますよ。鷹薙さんが休日に男漁りするお店だ。何回かつけた事があるから、よく理解してる」
「なっ、あ、青真……お前は、俺がゲイだって知ってたのか!? だ、だからキスしたのか!? つまり、からかったのか?」

 俺は思わず詰め寄った。叫びかけたが、声のボリュームだけは下げる。

「違いますよ」
「……そ、そうか」

 てっきり、何故なのか俺に対してのみ発動する感じの悪さの延長なのかと思ったが、青真の表情は冷静で、嘘をついているようには見えない。

「とりあえず、席へ。マスターさんも困ってる」
「お、おう……あ、何飲む? 一杯くらいならおごるぞ」
「じゃあご馳走になろうか。カクテルがいい」
「おう。ここはなんでも振ってくれるぞ」
「じゃあとりあえずはマンハッタンで」
「おう。俺は……ジントニックにする」

 こうしてそれぞれ酒を頼んだ。俺はその間も、チラチラと青真の横顔を見てしまった。

「なぁ、青真」
「はい?」
「……お前って、その、社長と付き合ってるのか?」
「いいえ」
「あ、そ、そっか」
「何故?」
「いや、噂になってるし、ただの雑談と好奇心だ」
「もしかして――嫉妬してくれたんですか?」
「!」

 図星を刺されて、俺は言葉に窮した。そんな俺の反応に、青真が目を丸くした。

「冗談だったんだけどな」
「してない、断じてしてない」
「表情と態度で肯定してました。嬉しいな」

 恥ずかしくなったため、俺は届いたジントニックを一気に飲んだ。結果、酔いが回り始める。酒はいい。肩から力が抜ける。この頃には、俺はネコであるといった事柄を、ペラペラと喋っていた。青真は聞き上手だ。そういうところもモテる秘訣なのかもしれない。

「ところで、鷹薙さん」
「ん?」
「いつもどんな基準で相手を選んでるんだ?」
「そうだなぁ、後腐れがなさそうな奴なら誰でも」
「誰でもいいなら、俺でもいいんじゃないのか?」
「職場の同僚は後腐れがありすぎるだろ……」
「俺には抱かれてくれないか? 俺は抱きたいけどな」
「おいおい、本気にするぞ。お前、男相手に勃つのか? 本当に?」
「――鷹薙さんが相手なら大丈夫な自信がある」

 その声に、俺は腕を組んだ。

「なんで俺なんだ? 俺でいいのか?」

 本当は――何故この前キスをしたのか尋ねたかったが、それは言葉にならない。

 しかし、改めてみると、青真はやはり端正な容姿と均整のとれた体格をしている。性格は好みでは亡いと何度も思ったが、こうして話していると、基本的には好きだなと思った。そしてその思考にハッとした。好き……俺は、酔っているのだろうか。思わず右手で唇を押さえる。

「鷹薙さんがいいんです。さ、そろそろ行こう。俺のマンションにでも」
「えっ? お、おう……本気、なんだな?」
「こんな嘘、つかないです」

 こうして俺は、青真に連れ出されて、その後はタクシーを拾った。到着したタワーマンションの高層階の一室に入ると、非常に広かった。俺の安アパートとは違うし、目立つ家具としてピアノがある。

「お前、ピアノが弾け――」

 振り返って尋ねようとした瞬間、腰を抱きしめられ、唐突に口づけをされた。口腔に忍びこんできた舌が、俺の舌を絡め取る。歯列の裏側をなぞられ、濃厚なキスをされるうちに、俺の背筋をゾクゾクとした感覚が駆け上がった。何度も角度を変えて、青真が俺の唇を貪る。

「っ、は……」

 やっと唇が離れた頃には、俺の息が上がっていた。ちょっとがっつきすぎというか、深すぎるキスだった。しかし俺は感じている。腰の力が少し抜け、陰茎が反応しかかっている。青真のキスは巧かった。

「甘い」
「? そんなに俺って、脇が甘いか? 隙だらけか? お前は、武道を極めているのか?」

 苦笑しながら俺は問いかけ、それから座ろうと、ソファに振り返った。そうして何気なく、その前にある黒いテーブルを見る。その上には、赤と白のカプセルが並んでいた。カトラリーが愛らしい箱が無数にある。俺は、強い既視感を抱いた。どこかで、俺はこれを見たことがある。しかしそれは……と、考えた時、俺はテレビの特集を思い出した。ハッとして、俺は青真に振り返った。

「まさかお前、フォーク≠ネのか?」
「やっと気づいたのか」
「……っ、あ……え、え? でも俺はケーキ≠ナはないし……」
「フォーク≠ノ出会わないと、ケーキ≠ヘその自覚なく一生を終えることも珍しくはないからな」
「……そ、そうだな。素行調査でも、何度かそういった話は……あ、ああ、そうか。ええと……え?」

 この時、俺はどうしようもなく混乱していた。いくら抑制剤があって、それを青真が飲んでいる様子だとは言え、フォーク≠ヘ予備殺人鬼と言われるような――ケーキ≠喰らう存在だという認識が強い。俺に自覚は無いが、俺がケーキ≠セということは、まさか、青真は俺を……――食べるつもりなのだろうか? 背骨に沿って恐怖が浮かぶ。

 青真がそんな俺を、今度は正面から抱きしめた。

「甘くていい香りがするな」
「……ッ」

 ぺろりと俺の首の筋を青真が舐める。それから、肩口を甘く噛まれた瞬間、俺はびくりとし、完全に怯えた。

「ま、待ってくれ、俺は死にたくない」
「――死ぬ?」
「頼むから、俺を食い殺したりしないでくれ」
「ああ、その怯えた顔はいいな」
「!」
「逆効果だ、鷹薙さん」
「あ」

 そのまま巨大なソファに、俺は押し倒された。ぽつりぽつりと服のボタンやシャツのボタンを開けられていったが、恐怖が勝って動けない。獰猛な目をして笑っている青真の姿に、俺は思わず涙ぐんだ。本能的に、これは危険だと、頭の中で警報音が鳴り響く。

「鷹薙さん、そんなに俺が怖いか?」
「お前というか、死ぬのが怖い」
「――殺したりはしない。だってそうしたら、もう鷹薙さんに、会えなくなってしまうからな。俺は鷹薙さんのいない世界は考えられない。だから、俺が食べる日が来るとしたら、鷹薙さんが俺より先に死んだ時だけだ。俺は鷹薙さんが大切だから、自分の欲求と本能は抑える。でも、甘い味は感じたい。鷹薙さんがいないともう俺はダメなんだ」

 つらつらとそう語った青真の瞳は、透き通るような色をしていて、真摯に見えた。
 俺の緊張が少しだけ和らぐ。

「ほ、本当だな?」
「ああ。だから安心して俺に抱かれてくれ」
「……信じるぞ?」
「絶対に酷くしたりはしない」

 断言した後、青真の瞳がより獰猛に変化した。俺は唾液を嚥下しながらそれを見守っていた。こうして、俺達の夜が始まった。

 俺の右手首を持ち上げた青真が、親指と人差し指の間を舐める。

「甘い。極上だな」
「……そ、そうか」

 当初、俺は緊張したままだったが、それからすぐに泣き叫ぶことになった。青真が、俺の全身を舐め始めたからだ。

「ぁ……ッ……」

 舌先でチロチロと乳首を転がされたかと思えば、次には左の足首を持ち上げられて、指の合間を舐められる。体勢を変えられて、俺はうつ伏せになり、そうしてうなじ、二の腕、背中、全身をねっとりと舐められた。熱い舌が俺の肌を這う内、次第に俺の体は汗ばみ、熱を孕み始める。濃厚すぎるキスの次は、焦らすかのような愛撫に飲み込まれた。

「あ、ぁ……」

 既に俺のモノは反り返っている。指でじっくりと解された後孔は、青真を求めている。だが意地悪く浅く指を抜き差しするだけで、肝心の陰茎には触れてもらえず、俺は悶えた。

「あ、青真……も、もう……ン」
「まだまだこれからだけどな?」

 再び青真が俺の体勢を変え、それから陰茎に片手で触れた。そして先走りの液を舐め取ると、俺の陰茎を口に含んだ。

「ンん!」

 二度刺激された瞬間、俺は放った。もう限界だった。だが、果てたというのに、青真の舌の動きは止まらない。

「あ、っ……まだ……」

 続く口淫で、すぐに再び俺の体は熱くなる。硬度を取り戻した陰茎は、すぐにまた白液を放つ。それを――実に美味しそうに青真が飲み込み、満面の笑みを浮かべた。その表情には惹き付けられたが、動いた喉仏を見た時、俺は羞恥を覚えた。

「そんなに……ケーキ≠フ味は特別なのか……? ケーキ≠ネら誰でも、美味しいんだろう?」
「いいや。俺は鷹薙さんのことがずっと好きだった。だから、もっと欲しいんだ。そろそろ挿れてもいいか?」
「あ、ああ。そ、それは……おう」

 俺は頷きながら、『好き』という声が胸に響きすぎて苦しくなった。理由に心当たりが全くない。己が、ケーキ≠ナある点くらいしか、青真のような人気者が俺を欲する理由が分からない。

「あ、ああっ」

 だがそんな思考は、挿入されるとすぐに快楽に塗り替えられた。ぐっと奥深くまで実直に進んできた青真の陰茎が、俺の前立腺を押し上げるようにする。

「あ、あ、あ」

 その状態で小刻みに動かれると、すぐに頭が白く染まった。

「ああ、ああン――っ」

 久しぶりに感じる中への刺激に、どんどん俺の体が熱くなっていく。

「あっ、深ッ……ンん」

 大きく長い青真の陰茎が、俺の中をギチギチに埋め、押し広げていく。久しぶり、というのもあるが、青真の陰茎が巨大すぎた。すぐにそれは、俺の一番弱い最奥まで到達し、押し上げるようにして停止した。

「うあぁ……ぁ……ァ……ッ!」

 内部を擦りあげるようにして、ズンっと突き上げられる。結腸を刺激され、俺はあまりにも壮絶な快楽に怯えながら、思わず青真の体に両腕で抱きつく。そんな俺の腰を掴むと、青真が俺を抱き起こし、上に載せた。より深々としたから貫かれる。すると理性が霧散するほどの快楽が、全身に襲いかかってきた。

「あ、青真、やだ、やめ……深っ……うぁ、ン……あ、あ、っ、あああ!」

 俺が涙を零すと、青真が美味しそうにそれを舐め取る。片手で俺の耳の後ろを擽ってから、ぴちゃりと舌先を俺の耳に入れる。そして耳朶を甘く噛んでから、また焦らすように俺の乳首を舐めた。その間もずっと、最奥を押し上げられていたせいで、俺の体はどんどん快楽に絡め取られていく。

「ああ、美味い」

 青真が俺の首元に噛みついた。ツキンと痛んだ。涙に濡れた瞳を動かすと、歯形が見えた。無数のキスマークが、既に俺の体には散らばっているが、歯形は圧倒的に存在感がある。

「あ、あああっ」

 その時青真が激しく俺を突き上げ始めた。ブツンと俺の意識が途切れる。中だけで果てたのだと分かったのは、目が覚めてからだった。

 起きると、俺の全身が拭かれていて、清められていた。

「おはようございます、鷹薙さん」
「お、おう……」
「どうぞ」

 俺に水の入ったペットボトルを、青真が差し出した。全身が気怠くて、力が入らない。それでも必死に手を伸ばして受け取り、俺は喉を水で癒やした。半分ほど一気に飲んだ時、青真が俺を抱きしめた。力強い腕の温もりに、情事の記憶を思い出して、俺は思わず赤面した。あんな風に濃密な性行為をした経験が、俺には無かったからだ。

「返事、聞かせてもらえないか?」
「へ、返事? な、なんの?」
「俺は鷹薙さんにきちんと告白したつもりだけどな?」
「っ、そ、それは……その……でも、お前は俺にだけ意地悪だったり、俺のこと、好きじゃなかったんじゃないのか? やっぱり、ケーキ≠ネら誰でもいいんじゃ――」
「違う。最初に鷹薙さんを意識するようになったのは、確かに甘い匂いがしたからだ。それは否定しない。そうして目で追いかけている内に、仕事ぶりにも人柄にも惚れてしまったんだ」
「っ」

 誰かに、このようにまっすぐに告白された経験も無かったから、俺は顔から火が出そうになった。

「まぁ、つい嫌味を言ったことはあるな」
「だろう? なんでだよ? 俺を尾行して気づかせなかったり……探偵失格って言いたそうだったな?」
「――好きな子を苛めてしまうタチなんです」
「えっ」
「俺のこと、ちょっとでもいいから見て欲しくて。意識して欲しくて」
「……っ、……そ、そうか……」
「顔、真っ赤だぞ?」
「言わないでくれ!」

 いよいよ気恥ずかしくなって、俺は顔を手で覆った。すると青真の腕に、さらに力がこもった。

「意識してくれてたのも知ってるし、その顔を見たら、返事は決まってると思ってるけどな。しっかり聞きたい。鷹薙さん、俺と付き合ってくれますか?」

 耳元でまっすぐに言われ、俺はぎゅっと目を閉じる。鼓動の音が煩い。

「……しょうがねぇな。ただ、絶対に、俺を食い殺したりするなよ?」
「ええ、誓って。俺は、青真さんを手放さない」

 こうして、俺と青真は付き合い始めた。

 青真は俺を溺愛し、いつも俺を味わっている。それはすぐに、会社に露見して、今度は噂の的が俺達に変化した。最初は性癖が露呈したことに焦っていた俺だが、周囲は思ったよりも祝福してくれた。寧ろ、あんまりにも俺が抱き潰されてフラフラしがちのため、俺は様々な方向で、たとえばケーキ≠ニしても労わられるようになってしまった。

「鷹薙さん」
「ん?」

 本日の仕事が終わりに近づいた時、青真が俺に声をかけてきた。

「今日も、鷹薙さんを食べていいですか?」

 その言葉に、少し思案してから俺は答える。

「おう。味わえよ」

 こうして俺は、その日の仕事を終え、傍らに置いてあった缶コーヒーを飲み干した。

 俺達は俺達なりの形で、幸せな日々を、現在は送っている。





 ―― おわり ――