俺には人には非常に言いにくい秘密がある。





 俺には人には非常に言いにくい秘密がある。

「高山くん、付き合ってください!」
「ごめん」

 今も俺は、女子からの告白を断った。その子は涙ぐみながら去っていった。
 一人残された大学の構内で、俺は大きく溜息をつく。
 実を言えば、俺は、それこそ自分で言うのもなんだが、モテる。爽やかな好青年みたいな謳い文句で、雑誌のモデルをしてから、『イケメン大学生の見本』のような扱いになっている。高山雲雀、それが俺の名前だ。

 実際、俺は男である。
 だがこの世界には、俗に男子膣と呼ばれる性器を持つ男子が一定数いる。
 めったに存在しないから、半ば都市伝説のような存在とも言えるが、俺の下腹部は生まれながらにして男性の象徴たる男根はない。童貞やEDだと俺は囁かれることがあるのだが、そもそも挿入するブツを持っていない。なお噂の原因は、俺が女子と付き合わないからだ。かといって男と付き合うか……それもまた俺は考えた事がない。なにせ俺は、男だ。世界には様々な性癖があるとはいえ、個人的に同性愛者だという自認をしたことはない。

「はぁ……」

 溜息をつきながら、この日も帰宅した。
 そして古くから続く我が家を見上げた。そこにあるのは日本家屋で、庭園には池がある。俺が生まれた高山家は、実を言えば茶道の家元だ。古来から、高山家には時々俺のような男子が生まれてきたらしく、古文書にも頻出するので、家族には特に驚きはなかったらしい。

 しかしながら、現在ある問題が持ち上がっている。
 いつも嫡男が家元を継ぐのだが、俺は長男である。しかし、女性を孕ませることは困難だ。逆に自分で産むこととなるが、俺は同性愛者ではない……。このままだと、高山流が断絶してしまうとして、周囲が焦っている。

「おかりなさい、雲雀さん」

 出迎えた祖母が、俺を見て微笑した。しかしその瞳が語っている。手にもお見合いのためだと分かる写真の山を大量に持っている。

「お話がございます」
「……はい」

 現在の家元は祖父だ。次代の予定だった父は、実は没している。母は海外で悠々自適に生活している。よって俺の家族というのは、現在祖父母というのが正しい。

「今度という今度こそ、お見合いをなさい」

 連れて行かれた客間で、俺は正座をしながら、その言葉を聞いた。
 候補者の写真の山が、黒い漆塗りのテーブルの上に乗っかっている。

「貴方も次の春で大学卒業です。本格的に高山流の跡取りとしての自覚をお持ちなさい」

 そこから小言が始まったが、俺はその部分は聞き流した。
 問題は、お見合いの方である。

「――ということで、いずれも名家の方ばかりです」

 祖母が本題に入った。
 俺は曖昧に笑ってから、とりあえず一番上の写真を手に取る。さすがは祖母が用意しただけはあり、日本有数の名家の、跡取りでない次男や三男の写真が大量にある。政治家・大富豪・古典芸能系から、跡取り問題を気にしないのだろう優秀な個人の姿も大量にある。無論、全員男だ。

「次の土曜日、貴方のために会食を開きます。そこに皆様を招待しているので、必ずそこで見極めるように」

 シンデレラに出てくる王子様とはこういう気持ちなのだろうかと俺は思った。


 ――土曜日、午前十時。
 立食式の昼食会ということで、本日は高級ホテルの広間が貸し切りにされている。俺が和服姿で会場に入ると、一気に視線が集中した。見渡す限り、男、男。給仕の人々まで男性である。これには一つ理由があって、俺の性器の問題についての守秘義務が彼らにはあるから、内密に行われているかららしい。

「高山さんは素敵だ」
「実に男前だ」
「モデルをなさっている雑誌、購入しましたよ」

 様々な声をかけられる度、俺は作り笑いで対処した。
 この場にいる人々は、はっきり言って――目がギラギラしている。理由は二つだろう。明らかに俺への性的な関心があるのも分かるが、もう一つ、高山家との縁組みが欲しいのだと分かる。こういう空気が俺は好きになれない。だが祖父母の顔も立てなければならないからと、困りつつも対処していた、その時だった。

「少し、水を飲んだらどうだ?」

 それまで酒を勧めてばかりだった俺のところに、そんな声がかかった。
 視線を向けると、そこそこ長身の俺よりもずっと背が高い男が、俺に水の入ったグラスを差し出していた。

「ありがとうございます」

 お礼を述べて受け取ると、周囲が息を飲んで距離を取った。
 俺は相手の顔を改めて見る。
 そして熟考して名前を思い出した。

「丁度喉が渇いていたんです、篠山代議士」

 彼は日本有数の名家の次男で、若手の政治家だ。確か三十代半ばで、俺の十歳ほど年上だが、見た目は若々しいのに、彫りの深い顔立ちには貫禄がある。切れ長の目は涼しげで、通った鼻筋、形の良い唇……一見して、俺から見ると、『大人』というイメージだった。

 正直酔い潰されそうになっていた俺は、必死で飲んだふりをして誤魔化していたから、こういう水のような気遣いは助かった。

「俺の名前を覚えてくれているとは、とても光栄だ」
「何度か茶会にもいらしてくださいましたね」
「ああ。君に会いたくてな」
「え?」
「――一目見た時から気になっていたんだ」

 それを耳にし、同性愛者だったのかと、俺は少し驚いた。そんな俺の驚きを見透かすように、篠山代議士が続けた。

「俺は愛に性別は関係ないと思う方でな。だが今回、君とは正式に伴侶になり得る状態にあると知り、思わず立候補したくなった。もっと話がしたい」
「こちらこそ光栄です」
「よろしければ、明日にでも個人的に会いたい」

 俺は再び顔に作り笑いを貼り付けた。
 このまま会場にいるより、誰か一人を選んでしまって、後日断ろう。
 この時の俺はそんなことを思っていた。

「構いませんよ」

 こうしてこの日は、俺は篠山代議士を選んだフリをした。

 祖母の喜びようと言ったらなくて、翌日の日曜日は、朝早くからたたき起こされた。篠山代議士は、高山家に訪れるらしい。祖父母はそこで縁談をまとめてしまいたいようだったが、俺は二人きりで話をしたいんだと押し切って、客間の一つである和室でお茶を飲むことに決めた。

 掛け軸の前でお茶の準備をしていると、篠山代議士の来訪を使用人が伝えにきた。
 お通しするよう伝えてから、俺はなんといって断ろうか考える。

「ようこそ」

 入ってきた篠山代議士に、俺は立ち上がって挨拶をした。するとあちらもニコリと笑った後――不意に意地の悪い顔をした。

「随分と結婚したくなさそうだな」
「え?」
「昨日は君の風よけになることでいいところを見せたかったのだが、それだけでは好感度は上がらなかったと言うことか」
「……、ええと」
「顔を見れば分かる。断り文句を考えている顔だな」
「……、……」

 図星をつかれて、俺は言葉を失った。すると俺に歩み寄ってきた篠山代議士が、俺の手首を軽く握って、ニヤリと笑った。

「俺に任せておけと言って、周囲には人払いさせた。残念だが、逃がさない」
「なっ」

 俺が唖然としていると、そのまま篠山代議士が俺を畳に縫い付けるように押し倒した。呆然と俺は天井を見上げ、正面にある端正な篠山代議士の顔を見る。

 そのまま篠山代議士が、俺の和服を強引に開けた。
 そしてなし崩しに好意が始まった。

「ぁッ……」

 先ほどから熱心に篠山代議士が、が俺の秘所に舌を這わせている。時折その舌先が中に入ると、俺の内側から透明な蜜が零れていくのが分かる。強引なのだが篠山代議士が俺を抱く手つきは優しい。

「んぅ」

 その時、揃えた二本の指を、ゆっくりと挿入された。それを動かされると、俺の体がグチュリと音を立てる。卑猥な水音が恥ずかしくて、俺は涙ぐんだ。

「どんな感覚なんだ?」
「も、もういいから、さっさと終わらせてくれ……っ」
「そうか」

 指を引き抜いた篠山代議士は、喉で笑うと、巨大な陰茎の先天を俺の秘部へとあてがった。そしてぐっと雁首まで埋める。そのままゆっくりと、しかし逃さないというように、一気に根元まで進めた。俺は後悔した。内部が押し広げられる感覚と破瓜の痛みに、もっと慣らしてもらうべきだったと自分の口を呪った。だが――すぐに全身を熱に絡め取られる。

「ああっ!」

 篠山代議士が動く度に、どんどん体が熱くなっていく。次第に俺の内側から溢れるもので動きがスムーズになっていく。そこを硬い陰茎が貫いている。

「ひぁっ! あ!」

 右奥を突かれた瞬間、俺の眦から生理的な涙が零れた。そこを貫かれると、ズキンと全身へと奥から快楽が響く。

「あ、あ、そこは――ああっ」
「想像以上に可愛く喘ぐのだな。俺の下で、なすすべもなく震えるというのも愛らしいというか。男らしい見た目に反して、随分と体は素直らしい」
「ああああ!」

 この夜俺は散々体を開かれた。
 内部に飛び散る白液の感触を何度も感じ、事後には足の間から垂れていく放たれたものの感触を体が覚えていた。

 畳の上でぐったりしながら、俺は喪失感とともに、嫌悪感は全然なかった上、気持ちよかったという事実をぼんやりと考えながら、目を伏せる。すると俺の体の上に、篠山代議士が着物をかけてくれた。

「可愛かった。想像以上だ」
「……」
「そちらも俺という種馬ができてよかっただろう?」
「……俺のことが好きみたいに言ったのは嘘か」
「どう思う?」

 横に座ると、篠山代議士が俺の髪を撫でた。複雑な心境である。

「またくる」

 こうして篠山代議士は帰って行った。
 その日の祖父母の笑顔と言ったらなくて、俺は終始頭を抱えていた。
 これをきっかけに、篠山代議士は暇さえあれば、高山家へと訪れるようになった。

「……」

 その度に俺は抱かれている。
 段々抱かれることに抵抗はなくなっていった。あるいは初めからそれはなかったのかもしれないが……性行為とは残酷で、体を重ねれば重ねるほど敏感になっていく。

 最近では、招くと気を利かせた周囲が、布団を隣室の座敷に用意していることが増えた。事後、俺はそこに寝そべって、篠山代議士を見上げた。

「はぁ……」
「なんだ?」
「最近じゃ、まだ結婚しないのかとばかり言われていて」

 俺のような体の場合、法的に同性と婚姻できることになっている。

「するか?」
「嫌ですよ」
「何故? 体の相性は最高にいいと思うが?」
「愛が欲しい」
「俺に愛がないみたいな言い方だな」
「ないじゃないですか……」
「そんなことはない。初めに言ったはずだが? 最初から気になっていたと」
「でも俺が嘘かと尋ねたら、否定しなかったし」
「どう思うかと聞き返しただけだ。なんだ? 俺に愛を囁かれたかったのか?」

 そう言われると拗ねそうになる。
 思わず唇を尖らせた俺の頭を抱き寄せるようにして、篠山代議士が俺の隣に寝転んだ。その腕に収まっていると、不思議な気持ちになる。最近の俺は、篠山代議士の体温が嫌いではない。体が絆されてしまったのだろうか。

「試しに囁いてみてください」
「好きだぞ」
「……俺も」
「知っている」

 そのまま唇にキスをされたら、カッと俺の頬が熱くなった。
 少し前までの俺ならば考えられなかったことだが、どうやら俺は恋をしてしまったらしい。これが俺と篠山代議士の恋の始まりとなった。婚姻したのは、翌年の春のことである。




 ―― 終 ――