後天性オメガになった俺の顛末
「ぁ……ッッ」
体から陰茎が引き抜かれる感触、たらりと零れた白濁。
ぐったりとベッドに頬を預け、俺はうなじに感じる噛み傷の痛みに、さすがはアルファだなだなんて考える。俺を抱いたのは、俺がボディーガードを担当している、春木コーポレーションの若き代表取締役である、|春木幸平《はるきこうへい》だ。俺と同じ、二十七歳。この国屈指のセレブは、何かと敵も多いそうで、専属契約をしている警備会社があり、俺はそこから派遣されて、もう春木社長について長い。今年で三年だ。春木は二十二歳で起業して、すぐに世界を股にかける企業の代表となったという逸材だ。
「|七瀬《ななせ》、大丈夫かい?」
俺の頬に触れながら、春木がにこりと笑った。俺はかなりガタイのよいアルファなのだが、そんな俺のどこを好んでなのか、アルファ同士だというのに、春木は俺を頻繁に抱く。俺は、断らない。
元々ボディーガードになった頃から、春木に惹かれていたからだ。みんなが羨望し、憧憬する春木は、俺から見ても魅力的な人物で、世の中にはこんな風に何でも持っている人格者もいるのかと憧れていたら――ある日不意に、ベッドに誘われた。
ホテルの客室まで春木を送って、帰ろうとした時だ。
『七瀬も一緒に寝ていかない? これは――夜のお誘いだよ』
その時も、春木はにこりと笑っていた。俺よりも長身の春木を見上げた俺だって、別段背が低いわけではない。百七十八センチほどだ。ただ春木は百八十九センチもある。
俺はその時、硬直した。自分側が、春木を見る度に胸が疼くのを見透かされたのかと思ったせいだ。続いて、夜のお誘い≠ニいう言葉を理解した瞬間、カッと赤面した自信がある。熱い頬を見られたくなくて、その時俺は俯いた。するとベッドに座っていた春木が立ち上がり、俺の前に立ち、俺の顎を持ち上げた。
『七瀬みたいな男前を照れさせると気分がいいな。もっともっと、乱れる姿が見たい』
それが、契機だった。
てっきり俺は、春木が酔っていて、一夜限りのあやまちが発生するのだと思っていたけれど、その夜を境に、今日もこうして抱かれている。泊まりがけの夜、ホテルの部屋まで送った場合、高確率で俺は、春木に抱かれるようになった。
男同士のアルファ同士だ。生産性もなにもあったものではなく、一体何故春木が俺を抱くのかも分からない。だというのに困ったもので、俺の中の春木が好きだという思いだけが、日増しにムクムクと膨れ上がっていく。
俺を抱く時、春木は俺の中に散々放つ。さすがはアルファというだけあって、その量も大量で、幾度も幾度も放たれるから、いつも俺の中はぐちゃぐちゃになる。そして春木は、俺はオメガでもなんでもないのに、衝動が堪えきれないのか、うなじを存分に噛む。痛みが走るほどに、だから俺のうなじには、いつも噛み傷がある。黒いスーツに白いシャツという出で立ちが義務づけられている俺は、大きめの絆創膏を貼って誤魔化している。
「七瀬?」
「っ、ぁ……大丈夫です……」
「そ? じゃあ、もう一回」
俺は自分の返事に後悔した。すぐに俺は、咽び泣くことになった。
「ああああっ、やぁ……あ、あああ!」
「うん。七瀬はいつも声を堪えるし、こうでもしないと理性を飛ばしてくれないものなぁ」
「あ、あ、ダメ、ダメだ、う、うあ、体おかしっ、うああぁ」
容赦なく最奥を責め立てられて、俺は無我夢中で首を振る。俺の黒い髪が左右に揺れる。思わず春木の首に腕を回す。すると交わりがより深くなり、俺は中だけで果ててから、気絶した。
――夜には、そんな壮絶な交わりをしたけれど、目を覚ませば俺の体は綺麗になっていた。春木は紳士だ。それどころか、俺の首に絆創膏まで貼ってくれた。
「俺はシャワーを浴びてくる」
「……一度、着替えに戻り、部屋の外でお待ちしております」
「うん。今日も宜しくね」
にこり、と。また俺の好きな顔で笑った春木。
胸が疼く。疼いて疼いて苦しいほどだ。今では春木を見ているだけで、俺の鼓動は早くなる。
その後、俺は自分にあてがわれた部屋へと戻り、シャツを着替えてから、春木の部屋の前へと戻った。そして出てきた春木の前で頭を下げる。ここからは、朝の時間だ。夜のことなんてまるで嘘のように、俺達は雇用主とボディーガードという関係に戻る。
今日の春木は、取引先のガーデンパーティーに出席するので、俺はそれに伴う。なるべく存在感を消し、目立たないように。インカムの位置を調整しつつ、俺は春木が向かうホテルの |庭《ガーデン》へと向かう。十一時開始なので、ブランチとして春木はそちらで今日は朝食を兼ねると聞いていた。
春木が主催者達と話を始めたので、俺は端による。
するとそばの立食式のテーブルのところにいる二名の客の話し声が聞こえてきた。見ればそこには、着飾っている可愛らしいオメガの青年が二人いた。首に洒落たネックガードを身につけているから、オメガだというのはすぐに分かる。ただどちらも値がはりそうな首輪の形状で、ダイヤやサファイヤがはめ込まれていた。
「春木社長、本当に格好良いよね」
「アルファ中のアルファって感じ」
「僕、オメガに生まれてよかった。だって、ねぇ? もしかしたらって思うじゃない」
「そんなの僕も一緒。あーあー、春木社長にうなじ噛まれたいなぁ」
二人のやりとりに、俺は視線を下げた。オメガからアルファたる春木の貞操を守るのも仕事の一環――だからではない。俺も似たようなことを考えたことがあったからだ。
もしも俺も、この二人のように可愛いオメガだったならば……そうだったならば、体だけでなく、春木の心が俺に向くことがあったのだろうか、と。うなじは噛まれているが、それは本能だろう。噛まれたところで、俺は |番《つが》いにはなれない。
「あ」
その時、オメガの青年の声がしたので、顔を上げた。二人がじっと春木の立つ方向を見ているので、俺も自然とそちらへと視線を向ける。すると――にこり、と。春木が俺に視線を合わせた途端に微笑した。不意打ちの笑顔に、俺の胸がドクンと啼く。気のせいだろうかと目を見開いていると、片手をあげた春木が、小さく手を振った。横のオメガに大してだろうかと考えた時、二人が今度は俺を見た。焦って俺が春木に視線を戻すと、また手を振られる。これ、は。俺に手が振られている。遊ばれている、のだろうか? 反応に困っていると、春木が顎を少し持ち上げて、俺を軽く睨んだ。そして手招きした。俺は息を呑みつつ、そちらへと向かう。すると春木が少し屈んで、俺の耳元で囁いた。
「ちゃんと手を振り替えしてくれないと、拗ねるよ?」
「ッ」
「隣に随分と愛らしいオメガが二人いて、君が取られちゃうんじゃないかと不安だった俺を、これ以上拗ねさせるのは得策かな? 君は彼らをチラチラと見ていたけれど」
「え、あ、いえ……その……」
「ねぇ、七瀬? 君は、誰のもの?」
チュッと、春木が俺の耳の下に口づけた。唖然として俺が目を見開くと、すぐに唇は離れた。幸い、通信中ではなかったから、耳のインカムから今のやりとりが他のボディーガードに聞かれたとは思わないが、それどころではない。みんなが、見ていたのだから。
「今日はこのセレモニーが終わったら、君は上がりだったね?」
「は、はい……」
「では、俺の損ねた機嫌を直すように、十九時にこの部屋に」
そう言うと春木が、ポケットからホテルの鍵を取り出し、俺のポケットにいれた。驚いて目を丸くしている俺の前で、春木は歩きはじめる。そして次の参列客と話し始めた。硬直していた俺は、我ながら頬が熱かったと思う。
――……俺が部屋に行くと、機嫌が直るのだろうか?
そんな言葉尻を気にして、少し嬉しくなってさえいた。
十五時に仕事を終えてから、俺は緊張を鎮めるため、ホテルの喫煙ラウンジに向かい、 |煙草《アークロイヤル》を銜えて火を点ける。バニラの香りがする紫煙が上っていく。それを見ながら、俺も天井を仰ぐ。春木は、なにかと心臓に悪い人物だ。俺がアルファでさえなければ、それこそまるで恋人に対するように、愛の言葉じみた、睦言じみた、甘い囁きを繰り返す。俺が女性かオメガ、そうでなくともセフレでなく恋人だったのならば、それこそ溺愛されていると考えるだろう。だが、現実は残酷で、俺達はただの雇用主とボディーガードであるし、恋人になるといった口約束をしたようなこともない。
緊張から数本連続で吸ったのち、俺は一度部屋に戻ってシャワーを浴びてから、結局いつもと同じシャツとスーツ姿で、指定された部屋へと向かった。まだ十八時であるが、先に鍵を開ける。綺麗に清掃され、ベッドメイキングされた豪奢な客室で、窓際にたつ。質のよいカーテンに触れながら、次第に日が落ち夜景が見え始めた街並みを見る。ここは港町であるから、ところどころに飛行機よけの赤い光が見える。
どれくらいそうしていたのか分からなかったが、少ししたらドアが開いた。ハッとして振り返ると、そこには悠然と笑う春木の姿があった。彼の背後でドアが閉まる。
「待たせたかな?」
「い、いえ……」
「ふぅん。私服を期待してたんだけど。俺達がこうして勤務外に会うのは初めてだからね」
「……っ、その……」
「ああ、それとも君は、職務の一環としてここへ来た?」
「……そ、の……私服は持参しておりませんでした」
「下手くそな嘘だな。俺は知っている。君は、このホテルの自分の部屋に来た時は、私服だったはずだ。窓から見えたから」
「……、……」
俺が言葉に詰まっていると、喉で笑ってから春木が歩み寄ってきた。
そして俺の正面に立つと、屈んで俺のネクタイを手に取り引いた。思わず上を向くと、掠め取るように唇を奪われる。
「なんだか、甘い匂いがするね。シャンプーの香りとも違うな」
「あっ……その……煙草を吸ってきたせいかと……」
「――ほう。煙草ねぇ。なら、 |まだ足りない《・・・・・・》ってことかな」
「足りない?」
「俺はこんなにも七瀬のことを想ってるのに、七瀬は俺のことを想ってくれていないのかなって意味さ」
くすりと春木が笑った。意図が掴めず……そしてまた心臓に悪い冗談を言われ、俺は戸惑う。想っているのは俺の方なのだから、やっぱり俺の気持ちはバレバレなのかもしれない。
「さて。俺の機嫌を直してもらおうか」
春木が、俺のネクタイを引き抜き、床に投げた。それからスーツジャケットを開け、シャツを乱し始める。立ちすくんでいる間に、ベルトを引き抜かれ、俺の下衣が床へと落ちた。こうして、俺達の夜は始まった。
「ァあ……ああっ、深い、ぁァ……ああっ」
後ろから抱きしめられるようにされ、俺は下から貫かれている。春木が腰を回すように動かす度に、結合箇所からは先ほどまでも散々放たれたものが垂れ流ら立てる、ぐちゅりぐちゅりという音がする。俺の右乳首を摘まみ、もう一方の手で俺の顎の下をくすぐりながら、春木は俺のうなじを舐めては甘く噛む。時々強く噛み、そうしてまはたその噛み傷の上をペロペロと舐める。
「うん、やっぱり甘い香りがするなぁ」
「あ、あ、っ……あぁ……春木、様……ッっ、う、ぁ……」
「呼び捨てでいいと何度言えば分かるの?」
「で、でも……」
内心では散々呼び捨てにしているが、一応俺達は仕事上の関係である。確かに今の俺は勤務外の時間にここにいるわけだが、それは変わらないだろう。
「ひゃっ……う、ぁ……ァ……ああ!」
「すごく濡れてるね。オメガみたいだ」
「あ、あぁ……やっ、あ、あ、うう……ッ」
ずくんと下から突き上げられて、俺はギュッと目を閉じる。自分でも睫が震えたのが分かる。眦から涙が零れる。
「ああ、良い香りだ。俺の好きな甘い香り。オメガみたいな」
「あ、ハ……ッ、ん……ああっ、うあ……だ、だったら……」
「うん?」
「俺なんかじゃなくて……オメガを、抱――ああああああ!」
「それ以上言ったら、俺は今夜君を許さないよ。俺は、君以外を抱く気はない。ただ、ね? 七瀬に、俺のためならオメガになってもいいと本心から想って欲しいくらいに、君を求めてるという話だよ。誤解したら、怒るよ。いいや、もう怒ってるけどね」
「あ――!!」
激しくうなじを噛まれ、その痛みにビクリとする。だが、不思議と痛いというより、そうされると胸が満ちる。慣れてきたのだろうか? 被虐趣味はないはずなのに、春木にうなじを噛まれると、不思議と体の奥深く、芯が熱くなる気がした。
「あ、あ、許して、許してくれ。も、もう……うっ、ぁ……ああっ、体熱い、ン――!」
「じゃあ、そろそろ言ってよ。俺のことを『好き』だって」
「っ、ぁ……そ、それは」
「言うように。じゃなきゃ、許さない」
「でも、っ、立場も……あ、ああああああああああ!」
再びずくんと突き上げられて、俺は大きく喘いだ。
「そんなものは関係ないよね? だって俺は、君を愛しているよ? もう知っているよね?」
「う、嘘……あぁ……アッ」
「嘘?」
「俺はこういう嘘は大嫌いだ」
「……っ、ぁ、ひっ、ひゃ、ン――!」
快楽が強すぎて、俺の意識はそこでプツンと途切れた。ただ、無性に幸せだった。
翌朝。
目を覚ますと、既に春木の姿はなかった。今日は俺は夜からのシフトで、春木は朝から会議だ。スマホを見ると、『あとできちんと話をしよう』と届いていたので、俺は体を強ばらせた。
本当に、春木は俺を好きなのだろうか? 確かに言動からは、そうとしか見えなかったけれど、それが嘘だったらと思うと、いいや、嘘じゃないとして、だ、後継者や配偶者を求められている春木と、アルファで社交性も欠如していて、だから黙って立っている(――時に敵を倒すだけの)ボディーガードという職を選んだ俺では釣り合う箇所も何もない。別れが来るのは目に見えている。
悶々とそんなことを考えながらシャワーを浴び、俺は夜の会食会でボディーガードとして春木に会う時、どんな顔をしていたらよいのか悩みながら日中を過ごした。
今日の会食会は、春木コーポレーションが定期的に行っている社員同士の親睦会だ。役員と社員が交流を深める場だ。俺はシャツを着てから黒いネクタイをビシリとしめて、シャツを纏った。そしてインカムをつけていつもと同じように会場に向かう。今日の春木の直接的な担当は別の者なので、俺の担当は会場警備だ。入り口脇に立ち、俺は入場してくる社員達を眺めていた。元々不審者がいるようなパーティーではないから気が楽で、ついつい昨夜の春木の言動の方を考えてしまう。
なお、大きな会社というのは、どちらかといえば頭脳明晰なアルファが多い。オメガが劣っているというのは昔の話で、今は知能的にはオメガもベータもあまり変化がないし、俺のようなアルファも必ずしも頭がいいというわけではないのだが、アルファの中にはやはり優秀な者が生まれる比率が高いそうで、この春木コーポレーションの上層部にいるのもアルファが多い。他にも、アルファは比較的体格が良い者が多い。これは俺にはほぼ当てはまる。俺は腰回りはあまり筋肉がつきやすくはないのだが、それでも腹筋は割れている。俺の数少ない取り柄は、体格の良さである。それも春木には負けているが。アルファはアルファとして、アルファの中でやはり優劣があると俺は思っている。
それにしても、なんだか腰のあたりが、ふわふわする。やはり昨日は……さすがに激しすぎたのかもしれない。いつも激しいといえばそうだが、昨日の春木はいつも以上だった。本当に……怒っていたのだろうか……。でも、どうして? いいや、愚問か。本当に俺を好きでいてくれるのだとすれば、俺は自分の自信のなさから酷いことを言ったとは思う。
だけど、オメガと比べられたのが辛かった。なにせ――誰よりもオメガだったらよかったと想っているのは、俺自身だ。可愛いとか、もっと若いとか、そこまで贅沢はいわない。ただそれでもオメガだったなら、せめて春木の隣に立つことを許されたのかもしれないのだから。ボディーガードとしてだけではなく、ただ純粋にそばに。
それにしてもなんだか、体に違和感がある。
なんとなく、全身が熱い。それに朝からなのだが、まだ体の奥に春木の感覚が残っているからなのか、身体の芯のような部分が熱を帯びている気がする。瞬きをして意識を鮮明にしようとするのに、それも上手くいかなくて、感覚もふわふわしている。
――その内に、会食会が始まった。
正面のプロジェクターに様々な会社の業績が映し出されるのを、シャンパングラスを片手に皆が見ている。俺は息をつく。何故か、それこそアルコールを飲んだときのように息が熱く感じる。
匂いがする。シャンパンだろうかと思ったが、甘い炭酸の葡萄酒の気配とは異なる。もっとこう、お香のような。精悍な青空を彷彿とさせるような甘い香りだ。
「う……」
その時。
体の奥がいよいよ熱を帯びた。思わず手で押さえた時、俺は気づいた。その不可思議な甘い香りは、俺から漂っている。気づいた直後には、全身が熱に絡め取られた。思わず座り込みそうになる。だが、それより早く、全身から力が抜けてしまい、俺は倒れそうになった。
「七瀬!」
だが覚悟した床へぶつかる衝撃は訪れず、気づくと俺は目の前にある春木の顔を見上げていた。抱きとめられている。春木が触れている俺の肌が、チリリと熱を訴える。その間にも、どんどん香りが強くなっていく。俺は、後孔がぬめっていることに気がつく。なんだ、これは。
「やはりビッチングだったか。はぁ、タイミング……。こんな風にアルファが多い場所とは。行こう、君を他のアルファに、いいや誰にも見せたくない。ただでさえ男前な美人で、君は目立つんだからね」
春木が何を言っているのか、俺は理解出来なかった。
――次に気づいた時、俺は部屋の施錠音を聞きながら、姫抱きされていた体をベッドに下ろされていた。そしてすぐに、春木に服を剥かれた。何が起きているのだろうかと思っていると、いつの余裕ある素振りとは全く違う春木が、己のネクタイを引き抜き投げ捨てると、引き裂くように俺の服を剥いだ。俺のシャツのボタンが弾け飛ぶ。
「あ」
直後、春木が俺のうなじを噛んだ。それはいつもと同じはずだったのに、おかしなことに俺の体に尋常ではない熱をもたらした。
「ああああああああああ」
思わず絶叫した時、俺はいつの間にか張り詰めていた陰茎から射精していた。
「許可を取りたかったし、君の気持ちを聞いてからにしたかった。これは本心だ。けれどね? もう我慢の限界だ。それに――誰かに盗られることなど考えたくもないからな」
春木のその声を聞きながら、俺はまた理性を飛ばした。
次に意識がおぼろげに戻った時、俺は枕に額を押しつけ、ギュッとシーツを握っていた。春木が指を俺の後孔にいれて、バラバラに動かしている。
「わかるかい? すごく濡れてる。オメガみたいに――じゃない。君は、オメガになったんだよ」
「ぁ……ああっ、や、早く。中、中に……」
「俺が欲しいかい?」
「欲しい、あ、ああっ、ぁ――!」
「ヒートで素直になった七瀬の破壊力は、想像以上だよ」
その後、巨大な長い春木の陰茎で穿たれた時、俺の全身も気持ちも、歓喜で震えた。全身が、春木の存在感を求めている。慣れているというより、まるで体が造りかわったかのように、自然と受け入れていた。当初はアルファ同士で行為は決して容易というわけではなかったのに、まるで、今は――それこそアルファと、オメガのような……。
バックから激しく貫かれ、うなじをぺろぺろと舐められる。
「噛んで、ぁ、噛んでぇ、えぁ」
意識が飛び飛びの俺は、自分でも信じられないくらい甘ったるい声を出しているのを、乖離した理性で感じていた。その度に、俺の願いを叶えるように春木は俺を噛む。
「ラット抑制剤を飲んでいてすら、我慢できそうにない。俺は、七瀬を――性差などこえて、ずっと運命≠セと思っていた。今は、さらにそれを確信している。だから、ね? 俺は生涯をかけて君を愛す。必ず幸せにする。だから七瀬の全てを、俺に。全部ちょうだい」
その後のことを、俺はよく覚えていない。ただ、ずっと幸せで、快楽由来の涙に混じって、幸福すぎて泣いていた。ただただひたすらに、幸せだった。
「ん……」
「起きたかい? まだ寝ていても構わないけど」
目を覚ました俺は、体が泥のように重い事に気がついた。横たわる俺の隣に寝そべっている春木が、俺の頭を優しく撫でている。
「やはり、七瀬はビッチングしたようだけど、念のため日が昇ったら病院に行こう」
「ビッチング? 一体、それは……?」
「ああ、確かに新しい知見だから、知らなくても無理はないか」
「?」
気怠い体で、俺は春木に向き直る。春木は目を細めて笑っている。
「ビッチングというのはね、アルファやベータが後天的にオメガに転換することなんだ」
「そんなことが……?」
「あるんだよ。ただめったに起きることじゃない。お互いに心底相手のことを思っていて、たとえば一方が幾度も、アルファのものを体に受け入れて精液で満たされたり、アルファがもう一方のうなじを発情状態で噛んだり――俺はね、ラット抑制剤を常用してるからこれでも控えていたんだけど、いつも七瀬を前にすると、君はオメガじゃないのに、オメガのヒートに当てられた時以上にラット状態になって困っていたんだ。だからここまでで条件は二つ、君が俺の精を受け入れた――即ち俺にずっとマーキングされていた、そしてラット状態の俺にうなじを噛まれていた。だから残りの一つがあれば、ビッチングの分かっている要件が満たされる状態だったんだ」
「……? 最後の条件は?」
「――好きな相手のためにオメガになりたい、好きな相手を自分だけの運命のつがいになり得るオメガにしたい、まぁ、要するに、相手のことを深く思うと言うことだね。こればかりは七瀬の気持ちだから、俺にはどうにも出来なかった。もし君がオメガになりたいわけではなかったなら、そのままのアルファの君でも俺は構わなかったから。ただ、七瀬を俺だけのオメガにしたいという欲求があった。本能だ。いつか君が、俺以外の運命のオメガが現れて添い遂げてしまうなど許せないという気持ちからだ。俺がどれだけ、七瀬を愛しているか伝わっているかな? そして俺の、嫉妬深さも」
そう言って苦笑した春木は、俺の額に口づけてから体勢を変え、隣から俺を抱きしめた。
「七瀬も俺のことを想ってくれていたと思っていいかな?」
「……」
恥ずかしくなって、俺は赤くなりながら、小さく頷いた。だが、それからハッとした。
「あ……俺が、オメガになったとしたら……避妊……」
「うん? 必要だったかな? まぁ、明日病院に行くわけだし、問題は無いよ」
「……緊急避妊薬を?」
「違うよ。分かってないみたいだね。まだまだ、全然。俺の愛の深さを。産んで欲しいという話だ。病院に行くのは、ビッチングの直後は色々と不安定だし、本当にオメガになったかの検査もしてもらうためだよ」
――翌日。
病院で俺はあっさりと、『ビッチングですね、後天性オメガになっておられます』と診断された。にこりと笑っている春木は、座っている俺の肩に優しく触れていた。
その帰り道、俺はいつもだったら俺が運転する車――ではなく、春木の自家用車の助手席に乗っていた。片手をハンドルに置き、停止した赤信号で停車する。春木は、俺に流すように視線を向けると微笑した。
「産んでくれる?」
「……ああ。そうだな」
「じゃあ早めに籍を入れておこうか」
「い、いや、それは……」
「うん?」
「お前の配偶者は大変そうだし、俺じゃ釣り合わないというか……別に、その、迷惑はかけないし、一人で産んで育てるし」
「そういうのは期待してない。俺の溺愛を受け止めるのが怖い?」
「なっ」
「君が嫌なら、君は外に伴わなくてもいいさ。寧ろ好都合かな。俺は、君は俺だけが見ていればいいと思う方だから」
「なに言って……っ、溺愛っていうか、重い!」
「そうだね、俺の愛は重く深いよ。さぁ、帰ろうか。引っ越しはいつにする? しばらくは俺の家で暮らそう。そして――俺と君と、子供で暮らす家は、新しく建てようね」
上機嫌の春木の声に、まだ自体が信じられないままの俺は、腹部に手を当てつつ頬が熱くなってきて困ったのだった。
――そんな、懐かしい記憶がある。今、俺はボディーガードの職に戻るのは春木に止められてしまったことと、物理的に子育てが多忙で専業主夫をしている。春木はかなり育児を手伝ってくれるが……正直春木の子供と言うだけあって、俺と春木の子供は幼少時から誘拐犯などに付け狙われすぎたので、俺自身が子供の専属ボディーガード状態で日々を過ごしている。
まず朝、俺は早く仕事へ行く春木と玄関で向かい合う。子供達との時間を持ちたいからと、春木は早朝に仕事へ行って早く帰ってくるようになった。
「いってきます」
「ん。いってらっしゃい」
玄関で。
俺はいってらっしゃいのキスをして、春木を送り出す。そしてその後子供達――今、俺には三人の子供がいるのだが、幼稚園へ行く長男と双子の次男・三男に食事を与える準備とお弁当作りをする。俺は料理なんて全然出来なかったのだが、週に三度来てくれるハウスキーパーさんに教わってからは、なるべく自分で作るようになった。俺が作ると、春木の機嫌がよくなるというのも理由の一つだ。
そして夜が来る。
玄関で、朝と同じように春木を出迎えて、俺は春木におかえりのキスをする。春木は俺を抱きしめる。絵に描いたような幸せな新婚生活――だとは思うが、結婚してもう五年になるのに春木は年々甘さを増していくのが驚きだ。
「ねぇ、今日。君が欲しいな」
「っ、その……子供達のことは早く寝かしつける……」
「手伝うよ」
そんなこんなで。
何かと悩むことも多かった俺ではあったが、今は溺愛を甘受している。
「ああ、本当に。俺は幸せ者だね」
春木はそう言うと、ギュッと俺を抱きしめ直した。そして指先で俺の耳の後ろをなぞってから囁いた。
「愛してる。君は?」
そう言って、チュッと耳の下に口づけられた俺は真っ赤になってから、春木の体に両腕を回した。
「言わなくても分かってくれ……」
「分かるけどね? 聞きたいんだ」
「あ、あ……あい……愛してる」
「よく出来ました」
今度は俺の額に口づけて、それから春木が俺を腕から解放する。いちいち赤面してしまう俺の頬は、やはり熱い。だが、現状が幸せすぎて怖いほどだから、夢ではないかと時に怖くなる。けれど、この夢が覚める気配はない。
この夢は、覚めない。
仮に全てが夢だったならば、俺はもう嘆いてばかりいるのではなく、今度は自分からビッチングさせてもらえるのを頼み込むくらい、積極性を発揮しようと思う。もう俺は、春木からの愛を疑わないし、俺もまた、春木を、愛しているのだから。無論、子供達も。
これが、後天性オメガになった俺の顛末である。オメガ転換は怖いという話も聞くが、一つここに幸せな例があることは、述べておきたい。
今、俺は幸せだ。
―― 終 ――