雪葬


 ざ、ざっと、音を立て、綿雪を踏みしめる。進む度に雪は深くなり、俺の黒い足袋は湿っていく。冬でもないのに里長から投げ渡された藁のかんじきは、既に頼りにならなくなっている。けれどこれは、里長なりの優しい選別だったのだろう――死地へと赴く俺への。

 俺は忍(しの)びだ。闇隠(やみかくし)の一族に生まれ、青葉(あおば)氏に仕えて生きてきた。一族の里全体が、青葉氏の配下だ。俺の主君である青葉影(かげ)徒(ただ)様は、南北朝の動乱期にあって、反幕府方に与している。

 ある密命を受けた俺は、先日敵方の屋敷に潜入し、そして先方の忍びに見つかった。戦闘となり、一命こそとりとめて、目的としていた封書自体は入手したものの、探っていた事を敵方に感づかせるという失態を犯した上に、腹部に傷を負った。生きながらえて戻る事は、忍びにとっては恥ではない。目的を達成する事が第一だからだ。だが、その後待ち受けているのは、失敗した者には罰であり、それは即ち死となる。追放ではない。

 俺の傷では、放置されても、どのみちそう長くは生きられないと、理解はしていた。それもあるのだろうが、俺から封書を受け取った影徒様は、薄く笑うと俺に言った。

「次の命じゃ」
「……はい」
「花刹山(かせつさん)を知っておろう?」

 その名に、痛む腹部を押さえながら、俺は頭を下げたままで小さく頷いた。青葉氏の支配地域のはずれにある、有名な山の名前だったからだ。何故有名なのかといえば、この山は不思議で、冬以外の季節においても雪が融けず、永久凍土に覆われているからだ。近隣の村などには、普通に季節が巡っている。なのに切り離されているかのように、花刹山だけは常に冬景色だ。

「青葉の家に伝わっている伝承があってのう。かの土地には、雪(ゆき)童(わらし)の民がおるらしい」
「雪童……?」
「いかにも。その物の怪どもが、あの山に雪や氷をもたらしているという。なんでも祠があってのう、その中に、物の怪の業(わざ)にて、雪を降らす秘宝が今も残っているそうじゃ。それさえ壊せば、雪童の民は滅び、花刹山にも四季が戻ると、青葉の家には、古(いにしえ)より伝わっておる。平安の御世よりも、古い時代から連綿と伝わっておる記録じゃ。して――透(とお)理(り)」

 名を呼ばれた俺は、改めて平伏した。ジクジクと傷が痛み、巻いた包帯に血が滲んでいるのが自覚できる。

「お主の次の仕事は、その祠を壊し、秘宝を破壊し、物の怪を排除する事……即ち、かの雪山に四季を取り戻す事じゃ。成功し、四季が戻ったならば、もうここへと戻らずともいい。平穏に暮らせ。報奨も出そう」

 これが、俺に下された命であり、それは即ち、死にに行けというのと同じ事だった。
 物の怪など、いるはずもない。

 確かに花刹山に雪融けが来ないのは不思議ではあるが、自然を理解する事は困難だ。そもそも、深手を負った俺の体が、雪山登山に耐えられるかと言われたならば、そんな事は無理であり、実質の死刑宣告と同じ事だった。

 けれど、命令は命令である。俺にとって、青葉影徒様の言葉は絶対であり、全てだった。その場で口封じに斬られなかった事にすら、俺は温情を感じていた。二十一歳になった俺は、忍びとしては年嵩だ。だがそんな俺を、齢四十を越える影徒様は、相応に可愛がってくれた。閨に呼びつけられた事もある。忍びの身であるから、俺は敵方への潜入時も含め、男ながらに男を受け入れる事が多く、幼少時より訓練を受けてきた。過去、誰かに優しく抱かれた事は一度も無いが、その中では比較的、突っ込んで腰を振るだけだったとはいえ、影徒様はご無体を働かなかった方の御仁だと言える。与えられる苦痛が少なかったという意味では、印象的な一人でもあった。

 こうして俺は、単身、花刹山へと向かい――現在も、雪道を登っている。

 全身に黒い衣を身に纏っている俺は、服がどんどん重くなっていくのを実感していた。同時に、雑に針で止めた傷口からは、熱い血が溢れだし、包帯を汚していくのも感じている。全身が熱いのに、寒気がする。貧血と痛み、疲労、そして外的な寒さ。吹き付けてくる雪に辟易しながらも、俺は手の甲で額の汗を拭い、必死で祠があるという山の頂を目指して歩く。存在するはずもない祠を目指して歩く俺は、もうふらふらの足取りであり、いつ命を落としてもおかしくないと、自分でも分かっていた。

「……っ」

 荒い息を吐きながら、俺は先を目指す。何処が終わりかなど分からないが、命令は、命令だ。そして俺には、それをこなす以外の生き方も死に方も存在しない。

「ん?」

 その時だった。

 俺は不自然に整形された四角い雪の列を見つけた。なんだろうかと考えて、ふらふらと歩み寄る。降り積もっている雪の下に何かあると悟り、丁度俺の腰くらいの位置にあるその台に似た列の表面の雪を払うと、そこには――僅かに青く見える氷が現れた。

「っ!」

 驚いて目を見開く。背筋がゾクっとしたのは、その硝子のように透明な氷の先に、それこそ氷漬けになっている人間がいたからだ。驚いて、隣の雪も払えば、そこにも氷漬けの人間が横たわっている。狼狽えながらも次々と雪を払っていけば、確認しただけで十三名の、氷漬けの者がいた。列はまだまだ並んでいるし、い件にも重なっているのも分かる。目算だけでも、数百人の人間が、氷漬けになっていると予測できた。いいや――氷漬けなのだから、死人か。

「……俺用の氷の柩は無さそうだが」

 ポツリと零して、俺は自嘲気味に笑った。既に視界には霞がかかっている。死期が近いと自覚しながら、これらが雪童なのだろうかと思案した。体から力が抜けたのはその時で、俺は雪原に倒れ込んだ。腹部から流れた血が、白い雪を紅く汚していく。

 その時、雪を踏む音を聞いた気がした。
 だから俺は、首だけを僅かに動かした。

 すると氷漬けの遺体と同じ、白い着物姿の青年が、一人雪の中に立っているのが見えた。幻覚だろうか。それとも、あの世からの迎えだろうか? そんな事を考えたのは、あまりにもその青年が、麗しい美貌を誇っていたからだ。僅かに青く見える長い銀髪を、緩く右側で結っていて、瞳は不思議な色彩の翡翠色をしている。そう認識したのを最後に、完全に俺の意識は、闇に飲まれた。



「……っ、ん」

 瞼の向こうに明かりを感じた。だが、全身が泥のように重くて、目を開ける事は出来なかった。最初に思ったのは、『俺はまだ生きているのか』という驚きだった。確か雪原で倒れたはずだと思い出し、右手を握ってみる。

 感覚からして、俺は布団に寝かされ、布をかけられている。ならば、ここは雪山ではない。誰かが救助してくれたという事なのかもしれないが、俺の傷が治癒するとは、到底思えない。そう考えてから、気が付いた。腹部から痛みが消失している。

「!」

 驚いて俺は、右手を傷口へと当ててから、反射的に上半身を起こした。すると額に乗っていた冷たい布が落ち、かけられていた布にも皴が寄った。逸れには構わず腹部を見れば、真新しい包帯が巻かれていて、そしてそれは、過去に俺が見たいずれの品とも違い、何らかの薬液の臭いを放っている上に、継ぎ目の見えない細かい繊維で出来ていた。比較的医学が進んでいる忍びの里でも、お目にかかった事の無い代物だった。

「目が覚めたか」

 声がかかったので、俺はそちらを見た。そこには、意識を落とす直前に目にした麗人が、静かに座っていた。白い着物姿で腕を組み、正座をして俺を見ている。独特の雰囲気を持っていて、ある種の威圧感を感じた。それが美貌のせいなのかは、俺には判別が出来ない。異質なのは、首に嵌まっている黒い鉄製の輪だ。何やら、記号が掘られている。

「お前は……?」
「私は、彩(さい)と呼ばれている」
「彩……俺を助けてくれたのか?」
「ここへ運んで治療したのは、私だ」
「何故?」
「どういう意味だ?」
「何故、助けてくれたんだ?」
「人間を助けるように、『据付』されているからだ」
「すえつけ?」
「私達、雪童の民は、人間を助けるよう、『据付』されている。何を当然の事を聞く?」

 不思議そうに翡翠色の目を細くし、彩が首を捻った。しかし俺の方こそが、首を傾げたくなった。据え付けとは、品物を設置する事だというのが、俺の知識だ。行動をさす言葉という認識は無かった。

「人間に会うのは、二百年ぶりか」
「……本当に、物の怪がいるとは、な。不老不死と聞くが、そうなのか?」
「労働力として、その方が良いと人間が定めた寿命が私達には存在する。人間の癖に、何故そのような事実を知らないんだ? 第一、物の怪?」
「人間でないものは、物の怪だろう? 事実というが、労働力とは……? 寿命を定める?」
「――雪童の民は、日(ひ)高見(たかみ)国(のくに)の人間が、人工的に生み出した存在だ」

 日高見国というのは、俺も聞いた事がある。日本書紀に出てくるからだ。闇隠の一族は、教養で一通り神話や伝承を学ぶ。

「つまり彩は、人間ではないのか?」
「人間ではないが、人間になる事は出来る」
「そうか」

 頷きつつも、不老不死あるいは長寿の方が、一介の人間よりも神仙のようで、皆が羨ましがるだろうから、人間に等なりたくないだろうなと俺は考えた。

 そうしつつ、それとなく周囲を見る。ここは、地下にあるようだった。照明は無く、室内は暗い。かなり高い天井間際に窓があり、そこから雪の降る外が見える。現在は昼頃のようだ。俺は、どのくらい眠っていたのだろうか。

 不思議と寒くはないこの暗い一室で、俺は奇怪な模様を見た。各地の壁にそれらは刻まれている。また室内の一角には、巨大な箱のような物があって、表面には丸い突起が並んでいて、その一つ一つには、文字のような模様が書いてあったが、俺の知らないものだった。渡来したという古い時代の、明の字にも似ている。亀甲文字だったか。

「彩、ここはお前の家か?」
「ここは管理室だ」
「管理室?」
「雪(せつ)葬地(そうち)である氷(ひよう)墓(ぼ)を管理しているんだ。雪童は、日高見国の人間以外には従わない。だから、再起動しに誰かが来るまでは、雪葬地の氷墓にて眠っている。三百年に一度、管理者の変更がある。今の管理者が、私だ。あと百年ほどは、私が管理をする」
「氷墓? それは、俺が倒れていただろう場所にあった、氷の柩の事か?」
「そうだ」
「あれらは、死人ではないのか?」
「仮死状態にするのが氷墓だ。ある意味では、死んでいる。よって、雪葬地と呼ぶんだ」
「……分からない事ばかりだ」

 俺が嘆息すると、彩が目を眇めた。

「透理といったな?」
「ああ」
「お前が日高見国の人間でないのは、見れば分かるが、他国にも知識くらいは伝わっていたはずだ。少なくとも二百年前に、最後にここへ来た青葉という人間は覚えていたぞ」
「っ、青葉氏を知っているのか?」
「ああ。だが……そうか。人間は、忘れてしまったのか。あるいは、雪童の事さえも」

 僅かに彩の声が寂しげに変化した。

「少なくとも、日高見国というのは、今は存在しない」
「……残念な事だ」

 その呟きを聞いて、思わず俺は口走った。

「お前にも主君がいたのか?」
「支配者、だ」
「主君と支配者は違うのか?」
「ああ。人間は、雪童の民を創造した――即ち、ある種の神といえる」
「神……?」

 天照大神という語が漠然と浮かんでくる。俺には、神道の多少の知識があるのみだ。

「さて、奉仕しなければな」
「奉仕?」
「手当と同じだ。人間には、奉仕しなければならない。それが、全ての雪童に据付されている行動だ」
「別に俺は、何かをしてもらいたいわけじゃないが?」
「透理が望まずとも、私が欲している。人間の熱は、美味だからな」
「――?」
「交わる事は出来ないが、怒張の精で十分だ。交われば、私もまた人間となれるが、それには制限がある。憧れもあるし、人間であるお前が羨ましいが、まずは熱を寄越せ」

 俺がその言葉の意味を理解する前に、立ち上がって彩が俺に詰め寄った。そしてあっさりと俺を押し倒した。

「っ」

 驚いて息を呑む。戦闘訓練を受けている俺をいともたやすく押し倒した彩は、手際よく、俺の忍び装束を開けた。驚愕のあまり、俺は何度も大きく目を瞬かせる。

「う」

 首筋に口づけられたのは、その時だった。軽く歯をたてられ、痕をつけられたのが分かる。左手では、俺の胸の突起を摘まみ、彩が薄い唇の両端を持ち上げた。そして俺の右胸の乳頭を、舌でべろりと舐めた。

 俺の体は、男を知っている。

 久方ぶりに感じる他者の温度に、ただでさえ怪我で敏感になっている体は、自然と跳ねた。ゾクゾクとした快楽が、俺の背筋を這いあがってくる。身を捩って抵抗しようとすると、右手を掴まれ、布団に押し付けられた。彩は笑っているだけだ。

「何をするんだ」
「奉仕だ。人間には、奉仕をすると決まっている」
「っ、ぁ……」
「そして日高見国の支配者達以外の人間の命令は、絶対ではない。好きに奉仕していいと決まっている」
「ぅ、ぁああ」

 言った直後、少し強めに右乳首を噛まれ、俺は震えた。陰茎に熱が集中していく。
 彩の熱い口が、そんな俺の陰茎を咥えたのは、それからすぐの事だった。

「ァ、ぁンん……っぅ……ひ、ひぁ……」

 ねっとりと筋を舌で舐め上げられ、雁首のところを嬲られる。その次は鈴口を舌先で刺激され、俺の陰茎はすぐに硬く張り詰めた。抵抗しようにも、あまりにも気持ち良く、その気が失せていく。多忙な日々にあって、負傷も重なり、もう長らく自慰もしていなかった。俺は菊門に力を込める。中にも欲しくなって、涙ぐんだ。

「! あ」

 すると、楽しそうな瞳をした彩が、気づいた様子で、二本の指を俺の後孔へと真っ直ぐに挿入した。性急に差し込まれたのだが、不思議と痛みはなく、代わりに融けた雪のような冷たさを持つ、ぬめる何かが指から溢れているようだった。雪童は人間ではなく物の怪なのだろうし、指に不思議な力があっても驚かないが、ぐちゅりと音を立てて指を動かしかき混ぜられると、快楽が響いてきて困惑してしまう。

「あ、あ、あ……っッ、ぅ……ぁア……出る、あ、あああ!」

 グリと内部の感じる場所をそろえた指で突かれると同時に、口で陰茎を吸われた時、俺は喉を震わせ射精した。あんまりにも気持ちが良くて、ギュッと目を閉じると、俺の眦から涙が零れていった。長々と射精していると、美味しそうに俺の放ったものを、彩が飲み込んでいるのが分かった。

「んっ」

 最後まで搾り取るように吸われ、俺は体を震わせる。

「ああああ」

 すると敏感になっていた体に、更なる刺激があった。指で左乳首をギュッと摘ままれ、それと同時に再び前立腺への責め苦が始まったのである。

「ま、待ってくれ、まだ――やぁァ」
「奉仕の仕方は自由だと決まっている。やはり人間の熱は美味だな。もっともっと、貰っておこう」

 楽しそうにそう言って、彩は笑っていた。こうして、俺は体を弄ばれる事となった。

 目の奥がちかちかするような快楽を体に叩き込まれ、全身を舐められ、愛撫された。数時間も経つ頃には、俺はすすり泣いていた。

「頼む、頼むから、ぁ……挿れてくれ……」
「それは出来ない。私が人間にならない限りは」
「や、やぁ、指じゃ足りない、っ」
「ふむ」

 足の指先を丸め、俺は必死に快楽に耐える。ビクビクと全身が跳ねていて、びっしりと汗をかき、俺の黒髪はこめかみに張り付いている。

「では、熱を貯めておくための、装置を持ってくるか。日高見国の人間が特に好んだ品々だが、もういないのであれば、他所の人間に使っても構わないだろう」
「あ、ハ……」

 俺の体から指を引き抜き、彩が立ち上がった。無くなった刺激が名残り惜しい。しかし体からは力が抜けてしまっていて、俺はそのまま布団の上で、熱い体を持て余していた。

 彩が戻ってきたので虚ろな視線を向けると、彼は手に、細長いコケシに似た張り型を持っていた。そして膝を立てている俺の後孔に迷わず突っ込む。ビクリとした俺は、先程までよりずっと――いいや、人生でこれまでに経験した事のない、最奥の結腸を唐突に貫かれて悲鳴を上げた。快楽が強すぎた。

「ああああああ」

 その張り型が、急に振動を始めた瞬間、俺は射精した。もう透明になりきっていて、勢いもない。ビクビクと体を動かしている俺の背後に座ると、俺を抱き起して、後ろから腕をまわし、涙で頬を濡らしている俺の胸を、彩が愛で始める。

「透理は、可愛い声で啼くのだな。とても気に入った」

 耳とで囁かれ、舌を差し込まれた瞬間、俺の理性は完全に飛んだ。
 こうして俺の新しい日々が始まった。
 それは彩に『奉仕』という名の、快楽を叩き込まれる毎日の幕開けだった。



 ――数日間、彩自身の肉茎こそ挿入こそされないものの、俺はずっと体を貪られて過ごした。何度意識を飛ばしたか分からない。そうして目覚めたある日、腹部の傷が完全に治癒している事に気が付いた。

「……これは、雪童の民の医術か?」
「日高見国由来の医学が、全ての雪童には、据付されている」
「据付とは、なんだ?」
「インストールと日高見国の者は呼んでいた。我々の人格をプログラムしたとも」
「?」
「遠い未来から、過去へと戻る一族だ。今はいないのだろうが、また未来に生まれてくるのだろうな。この大和が続く限り、日ノ本が滅びぬ限り、あるいは、滅びた時に、また戻るのか」

 彩の話は難解だと考えながら、俺は与えられた汁物を木の匙で掬う。獣肉は忍び以外はあまり食べないのだが、このくらい地下の部屋では、当然のように出てくる。本日彩が俺に与えたのは、豚汁だ。大根や人参が入っている。蒟蒻も美味い。

「彩は食事を摂らないのか?」

 そう言えば一度も何かを口にする姿を見た事が無いと思い、俺は何気なく聞いた。

「雪童の民にとって、嗜好品は人間の精だ。栄養は必要ない」
「そ、そうか」
「あるいは、透理の精液が、私の食事と言える」

 俯いて椀の中身を見ながら、俺は思わず赤面した。何度も口淫され、散々吐精させられ、白濁とした液を飲み込まれた記憶を思い出す。同時に、俺は訓練においてさえも、このように甘く優しい快楽は叩き込まれた事が無く、元々男を欲するように仕込まれた体ではあったが、彩の『奉仕』が嫌いではなくなりつつあった。

 それに、彩の穏やかな翡翠色の瞳を見ていると、僅かに胸が疼くように変わった。それは彩のかんばせが麗しいのも一因だろうが、忍びである俺は個を認識されずに生きてきた事もあり、誰かに真っ直ぐに名前を呼ばれ、見つめられた経験に乏しく、俺だけを見てくれる彩の眼差しが嬉しくてならないのだったりする。

「透理は可愛いな」
「っ、大の男を捕まえて、そういうことを言うな」
「私から見れば、まだまだ若い人間だ。まだ、二十一歳なのだろう?」
「忍びとしては、年嵩だ」
「日高見国の人間は、皆が百歳前後まで生きたが」
「そりゃあ、本当に神様なんだろうな。運が良くても七十まで生きたら、仙人のようなものだぞ、現実は」
「ほう。羨ましいな」

 彩の言葉に、俺は驚いた。寿命が長い方が良いと、俺は漠然と思っていたからだ。いつも死と隣りあわせの人生だったから、いつまで息をしていられるかというのは、俺が度々考える事でもあったのだ。

「羨ましい? 何故だ?」
「雪童は、死ぬ事が許されない。永劫、働き続ける定めだ。労働力とは、そう言う存在だ」
「何をして働くんだ? 例の、氷の柩の管理か?」
「今はそうだが……たとえば危険な施設で放射能の処理をするなどの仕事が多かったな」
「放射能とはなんだ?」
「電力の元となるものだ」
「電力……?」

 やはり彩の話は難解だ。尤も、物の怪を生み出すという秘術を持つらしき、日高見国という古代の国家を想定するならば、人知を超えた神のごとき技術力があったとしても、別段驚く事では無いのかもしれない。

「私も、人間として生まれたならばよかったのだが」
「難しいんだな、雪童の民も」
「そうかもしれないな」
「人間に生まれていたら、何をしたかったんだ?」

 何気なく尋ねてから、俺は汁を啜った。味噌の味が体に染みる。全身が温まる、ほっとする味をしている。

「きっと、透理に恋をしただろう」
「――え?」
「雪童は、人間に好意を抱く事は許可されていない。だが、毎日可愛い透理を見ていると、私は、私だけのものにしたくなる」
「な」
「しかしそれは、ダメな事だと据付られている。人間に恋心を押し付けるのは、禁忌だ。人間を愛した雪童は、廃棄されるという決まりがある」
「廃棄って……」

 不安になって、俺はチラリと彩を見た。すると彩は緩慢に瞬きをしてから、改めて俺を見た。

「人間の許しを得ずに、人間を抱いた雪童は、雪となって融け、散る定めだ」
「……散々、『奉仕』という名前ではあるが、俺を抱いているようなものだろうに」
「挿入は別だ」
「……俺は、何度もお前に頼んだだろう? 挿れて欲しいと」
「それは『許可』とは違う。可愛い透理の、ただのお願いだろう?」
「どう違うんだ?」

 俺は思わず尋ねた。

「どうすれば、許可した事になるんだ?」

 彩の体が欲しいというよりも、俺は彩が雪になって消えてしまうなど嫌だと、強く思っていた。何故そう思うのかとそれから我に返ると、胸がドクンと疼いた。もう一度彩を見る。すると見惚れてしまった。誰かに対して、このように優しい気持ちになったり、惹きつけられたりしたのは、俺は人生で初めてだった。もしかすると、これが、恋情というものなのかもしれないと考える。

「気持ちを交わして、口吸いをする」
「っ、口吸い……」

 確かに彩は、俺の唇に、唇を重ねた事は無い。

「気持ちを交わすというのは……?」
「愛情がある人間は、愛している雪童の首輪を外す事が出来る」
「その黒い首枷か?」
「そうだ。これは、雪童の人格を制御し、個体識別番号を管理し、脱走を防ぐ品だ」
「難しい事は分からないが、それを外せばいいのか?」
「愛情が無いものが外せば、その瞬間に雪童の体は熔けて消える」
「愛情とはなんだ?」
「私が透理に抱いている気持ちだ」
「それでは分からない。お、俺だって……彩に惹かれているぞ……?」

 告げるのは気恥ずかしかったが、俺は勇気を出した。そして首輪を見る。『Ψ』と刻まれているように見えた。自然と頬が熱くなってきたので、俺は瞳を揺らした。

「本当か?」

 すると嬉しそうな声を出し、彩が目を丸くした。俺はおずおずと何度も頷く。

「私の何処が好きなんだ?」
「えっ……そ、それは、優しいところだ」
「愛撫が、か?」
「ち、違う! そ、それも無いとは言わないが……彩は、俺を助けてくれたし、夜は添い寝してくれて、俺の頭を撫でてくれるだろう? 俺の精を求めない時は」
「うむ」
「そうされていると、心がぽかぽかしてくるんだ。そして胸がどきどきと煩くなる。彩の事を考えていると、気持ちが穏やかになるのに、同時に動揺もする」
「確かにそれは、私が抱く感覚と同一のようだな」

 実に嬉しそうに唇で弧を描いてから、彩が俺をじっと見た。俺が椀と匙を置くと、俺の両手を、彩が己の両手で握った。ギュッと手を握られて、俺は赤面した。

「嘘偽りであっても、構わないと思うくらいに、とても嬉しい」
「嘘じゃない」
「そうか。私は果報者だな。では、首輪を外してくれ。偽りの愛で、この体が融ける事になっても、透理の手にかかるのならば、良いという事に決める」
「っく、お、俺は本当にお前が好きだ。でも、彩が融けるかもしれないのは、怖い」
「なにも恐れる事は無い。ただ――私が融ければ、次の雪童が目を覚ます。もし私が雪になってしまったならば、透理はすぐに下山した方が良い。多くの雪童は、日高見国以外の人間には、本来は冷酷なんだ」

 そう言って彩が苦笑した。俺は頷きつつも、握られている手を見る。自分の中の愛情を疑う事は無かったが、足りなかったらどうしようかと不安に駆られた。だが、俺は彩と一つになりたい。彩が欲しい、繋がりたい。

「彩、俺を信じて欲しい」
「ああ」
「――外させてくれ」
「分かった」

 俺は彩の首輪をじっと見た。そしてつなぎ目に手を添えて、金具をまわしてみる。すると――あっさりと、黒い鉄の首枷が外れた。目を見開いた彩は、それから俺を抱きしめた。

「ん、ぅ」

 そのまま激しく口づけられて、俺は瞠目した。口吸いの経験は、人生で初めてだった。強く口腔を貪られ、舌を絡めとられ、追いつめられる。そのまま舌を引き摺り出されて、甘く噛まれた。ピクンと俺の体が跳ねた。

「透理は、本当に私を愛してくれているのだな。そして、許可してくれるのか」
「っ、ぁ……」
「ならば、もう我慢は不要か。嬉しい事だ」

 満面の笑みでそう述べながら、彩が俺を布団の上に押し倒した。俺はもう、抵抗をする事は無い。首の筋をねっとりと舌で舐められ、濡れる指を二本、菊門から挿入される。雪童の特異な力でぬめった指が、俺の内壁を解していく。

「あ、ぁ……あ、ああ……」

 彩の挿入はゆっくりとしたものだったが、それからすぐの事だった。彩は長身で体格も良いが、何よりも俺がこれまでに経験した事の無い、太く長く硬い陰茎の持ち主だった。体格が違うと、大きさもこのように違うのだろうかと、現実逃避のように、俺は考える。

 穿たれた中に感じる熱が、どうしようもなく心地良い。触れあっている個所から、俺の全身がドロドロに融けそうになっていく。ぐっと奥深くを貫かれ、根元まで挿入された時、思わず俺は仰け反った。

「ああ、あっ、深……っ、んン」
「熱い。透理の中は、想像以上に熱く、絡みついてくる。気持ちが良い。私は全身で初めて人間を味わっているが、やはり気持ち良いと思うのは、透理が愛しいからにほかならない。愛が無ければ、美味とは思いこそすれ、雪童には快楽を得る力は無い」
「あ、ぁン……ん……っ、あ、ああ」

 次第に彩の動きが早くなっていく。巨大な陰茎が、振動する張り型で教え込まれた位置よりも、さらにさらに奥深い場所を探り出していく。

「あああ、ぁ、ア――……っん、ン――!」
「結腸を責められると、中だけで達するのだろう?」
「あっ、もうヤ、頭が真っ白になる、あ、あ、ああ」
「何も考えられなくなればいい、私の事だけを感じていろ」
「あ、あ、ああン! あ、ゃ、ぅうあ――彩、彩が好きだ……ん!」
「私も透理が好きだ」

 肌と肌がぶつかる音が響き始めると、俺の中がよりいっそうグチャグチャになった。彩が動く度、俺の内側から水音が響いてくる。指と同じように、彩の陰茎にも特殊な効果があるらしい。ぬるぬるとしているせいなのか、痛みなど全くなくて、快楽だけが意識にのぼる。しかしそれが、強すぎる。

「あああ、イく。もうイく、あ、うあああ」
「私もだ。出すぞ」
「ン――!」

 直後、熱い精液が、俺の中へと放たれた。長い間、彩は射精している。その量も人間とは比較できないほど膨大で、俺の菊門からは結合したままだというのに、それが溢れだしていく。腹が熱い。

「うあああ、あ、あ、ああ」

 脈動する彩の陰茎は、本当に長い間、俺の内側を染めつくしていった。
 ギュッと目を閉じ、俺は体を震わせながら、注がれる白液の熱に耐える。

 彩が陰茎を引き抜くと、コポリと音がして、ダラダラと俺の内側から、彩の精液が流れ出していくのが分かった。俺は壮絶な快楽に襲われたまま、それからすぐに意識を手放すように眠ってしまったらしかった。



 目を覚ますと、俺の体は清められていて、俺は彩に抱きしめられていた。

「……人間になったのか?」

 尋ねた俺の声は掠れていた。ちょっと彩は絶倫すぎると思う。彩の枷が無くなった首に触れてみると、嬉しそうに目を細めて頷かれた。

「ああ。雪童として生まれたからその力が消える事は無いが、私は人間になった。今後は、透理と共に、限りある生を歩む事が許される。老化もすれば、寿命も百年程度で終える」
「だから人間はそんなに、今は長生きしないんだ」
「ならば、今の世の理と同じになるだろう」
「そうか」

 俺は微笑し、それから天井間際の窓を見上げた。

「ずっとここで暮らすのか?」
「それも悪くはないな。だが、透理の隣にいられるならば、どこでも構わない」

 その言葉に照れつつ、ふと俺は、自身の使命を思い出した。

「あのな、彩」
「なんだ?」
「実は俺は、この山に春をもたらせと命じられて、雪童の民を滅ぼすようにと言われ、ここへと来たんだよ。彩の事を殺めたりする事は絶対にないが、なんだかそう考えると、不穏な出会いでもあったと思ってな」

 俺が苦笑すると、斎賀幾ばくかの間、考え込むように遠くを見た。

「それは、可能だ」
「え?」
「この管理室の装置――即ち、人間の言葉でいう『祠の遺跡』を停止させればいい。そうすれば、氷墓の昨日は停止し、雪童は仮死状態ではなくなる。氷墓は融け、雪葬地にも四季が巡るようになる。日高見国の人間が戻らない場合、その時々の管理者である雪童は、氷墓の数を、定期的に減らしている。それもまた仕事なんだ。私の代で、もう戻らないと聞いた以上、全てを破棄し、雪童を雪に返し、この山に春を到来させても問題はない」

 それを聞いて、俺は耳を疑った。

「けど……それは……氷の柩の中に眠る者達が、雪となって散るという事じゃ?」
「そうだ」
「同族を、殺すのか?」
「雪童は人間ではないから、殺害という言葉は正確ではなく、違法でもない」
「……彩は、それで後悔はしないのか?」

 忍びであるから、俺にとって命とは軽い。そうではあっても、同郷の者を率先して屠りたいと考えた事はない。

「私は透理がいてくれたらそれでいい。そして、それが透理の仕事だというのならば、喜んで手伝おう」
「……」
「透理が好きだ。好きなんだ。それに、お前と一緒に、花が見たい」

 彩の両腕に力がこもった。強く抱きしめられた俺は、暫しの間思案してから決意した。

「祠を破壊して、下山しよう。俺は、命を達成したい。そして、山に四季を取り戻したら、足抜けする事を許されているから……人間として、二人で麓の村で暮らそう。そして、人の墓に共に入ろう。俺も、彩を愛している」

 その後俺達は見つめ合い、唇と唇を重ねた。
 そして、祠を破壊した。

 彩が僅かな荷物をまとめ、外へと向かう扉を開く。俺達は二人で梯子を上り、まだ雪に覆われている山へと出た。正面では、既に氷の柩の融解が始まっていた。歪に変わった四角い列を一瞥してから、俺は彩の手をギュッと握る。

「行こう」
「ああ」

 こうして俺達は、花刹山の雪に足跡を残しながら、麓へと向かった。
 季節は初夏であるから、山を抜けると、紫陽花が咲き誇っているのが見えた。

 俺達は、すぐ下にあった、若(わか)羽村(はねむら)へと落ち着いて、小さな家を構えた。それから数日後には、花刹山の雪が消えた。騒ぎになり、影徒様の耳にも入ったようだった。俺と彩が暮らす家へと使いが訪れ、正式に俺の足抜けの許可が下され、さらには影徒は約束を守って下さって、俺に報奨金を与えてくれた。二人で一生暮らせる額だった。

 だが働く事にし、俺は小さな畑を庭に作った。影徒様が村長(むらおさ)にも話を通してくれたようで、俺は入村を許可された。元々若羽村は、水源に困っていたようだが、最近ではその悩みを、彩が解消した。雪童の力で、村の近くに小さな湖を作ってくれたのだ。そして彩は水の管理をしながら、俺の手伝いをしてくれる。

 次の秋には二人で山に入り、キノコやアケビを目視して、顔を見合わせ笑みを浮かべた。紅葉の中を進み、氷の柩があったはずの場所へと行けば、既に氷墓は跡形もなく消え去っていた。祠の遺跡に通じる外側からの扉は、巨石で封じてある。何人も、地下の存在には気づかないだろう。仮に気づいたとしても、雪童の技術で、彩が目に見えないようにしているから、中に落ちてもただの穴にしか感じないそうだ。それに装置と彩が呼ぶ遺跡自体は、破壊済みである。全てを雪葬したと言える。

 その後冬が来ると、一時だけ花刹山は、最初と同じ姿を取り戻したが、次の春には銀世界からきちんと藤や桜の風景になり、数多のコゴミといった山菜が生える、穏やかな山の風景へと変わった。皆は、いう。雪童の呪いが消えたのだと。村にも雪童伝承は存在していたようだ。だが雪童という物の怪の血は、既に途絶えた。きっとこのようにして、物の怪という存在は、人の世から消えていくのだろうと俺は思う。

「これが、春か」

 初めて見るという彩は、非常に穏やかな目をしながら、桜を見上げていた。
 その隣に並んで立ち、俺は頷く。

「私も今後は、雪ではなく花に飲まれて葬送される事が赦されたのだな」

 家の庭に彩が築いた小さな池のほとりで、俺は微笑しながら頷いた。水面の上に、薄紅色の花びらが舞い落ちていく。この家の庭に、最初から生えていた桜が、満開に咲いている。俺の肩を彩が抱き寄せ、そして優しい眼をして、池を見ている。翡翠色の優しい彩の瞳が、俺はさらに好きになった。

「これから、何度も季節は巡ってくる」
「それは雪葬地には無かったものだ。日高見国とその周辺に住む人間に飲み、見ることが許されていた風景だからな。私は、人間になれた事がとても嬉しい。何よりも、透理の隣にいられる事が、とても幸せだ」

 その後彩は、掠め取るように俺の唇を奪った。
 俺は頬を染めてから顔を背けて、そして彩の袖を引いた。

「中へ戻ろう」
「ああ」

 そのまま俺達は、寝所に直行した。そして互いの着物を脱がせあいながら、何度も唇を重ねる。彩の熱い雄が、俺の中へと挿いってきたのは、それからすぐの事だった。

「っ、ぁ……」
「すっかり私の形に馴染んだな」
「い、言うな……ぁ、ぁあ、待っ――」

 両方の太股を持たれた俺は、深く貫かれた時、思わず彩の体に両腕をまわしてしがみついた。どんどん進んできた陰茎が、俺の奥深くを容赦なく突き上げる。あんまりにも巨大だから、馴染んだとはいえ俺の内側は、いつもきつく満杯になってしまう。

「んぅ」

 俺の乳首を口で吸いながら、俺の感じる場所をグッと彩が陰茎で押し上げる。すると俺の思考は、すぐに真っ白になってしまう。硬い楔に穿たれていると、その熱しか認識できなくなり、俺の全身は快楽に融けそうになる。

「あ、あ、あ……っ、ぁ……んっ、ぅ、ア!」

 雪童の力で、俺の内部は今日もドロドロにされ、大量の白液を受け止める事となる。快楽に震えながら、俺は目を潤ませて、何度も嬌声を上げた。

「んぅ、ぁ、ああ! ああ!」
「可愛いな、透理は。好きだ、愛してる。大好きだ。どうすれば伝えられる?」
「十分伝わってる」

 快楽で体が満たされるだけではなく、注がれる愛で、俺の心もまた満たされる毎日だ。幸せで、俺の全身が染まってしまった。同時に、俺の胸中にも、膨れ上がる彩への愛情がある。俺は、彩が好きでならない。

「あ、ああ、深い、深――っ、んン!」
「深いのが好きなんだろう?」
「あ、あ、ッ、好きだけど、ァ、ん――!」

 じっくりと結腸を押し上げられた直後、俺は内部だけで果てた。長い絶頂感に襲われる。俺の中が収縮すると、少しして一際強く、彩が突き上げてきた。

「ああああ!」

 絶頂感に追い打ちをかけられて涙声をあげながら、俺は今日も大量の精液を注がれる。腹部が熱くなっていく。ビクビクと体を震わせていると、荒く吐息してから、射精を終えた彩が、巨大な陰茎を引き抜いた。ダラダラと零れた白い液が、俺達の布団を濡らす。

「今日も沢山、注いでやる」
「ん、ぁ……」
「もう離さない。透理を愛する権利は、私だけのものだ。それもまた、赦された。『許可』された」

 俺の右足を持ち上げると、今度は斜めに貫くように、彩が挿入してきた。こうして二回戦目が始まり、この日も俺は、彩に抱き潰され、快楽に何度もボロボロと涙をこぼしながら、口からは愛の言葉を零した。

 そんな風に、俺達の日常は廻りはじめた。幸せな日々の到来は、季節と同じく続いて巡り、俺と彩はその後も幸せに、共に暮らした。

 そしていつかの未来、俺達は春に埋葬される。
 暖かい、春に。




―― 了 ――