停電した研究室





 俺は、これでも一応研究者である。

 何の研究をしているかというと、それは機密情報なので言えない。班編制は五人で、現在はラスカ先輩と二人、電気でしっかりと施錠された研究室にいる。

 俺はこのラスカ先輩が、大変苦手だ。

 目が合うと、それだけで萎縮して、どもってしまう。その上、赤面症気味の俺は、対面するたびに、緊張により赤くなってしまう。他の研究員も察しているのか、ラスカ先輩と俺が話した後は、お疲れ様というように、よく肩を叩かれるものだ。

 何故苦手なのかというと、一番は顔だ。

 ラスカ先輩が悪いわけではないのは分かっているのだし、生まれながらのものなのだが、兎に角整いすぎていて格好いいのだ。隣にいるだけで、何故美形とはこんなにも恐ろしいのだろうか。

 第二に、先輩の気さくで押しが強いところも俺は苦手だ。俺は適度に人と距離を保ちたい。第三に、二人きりになるとものすごくよそよそしくなるところが苦手なのだ。恐らく俺の苦手意識が伝わっているのだろう。

 ここまでで思うが、先輩は何一つ悪くはない。悪いのは俺だ。
 ああ、早く夜の研究室に、食事に出ている人々が戻っては来ないだろうか。

 ただ戻ってきたとしても、三人・二人の交換で食事に出た後に研究は続く以上、流れ的にラスカ先輩とは食事にも一緒に行かなければならないだろう。憂鬱だ。どうしようもなく憂鬱だった。

 プツンと、部屋の電気が切れたのはその時のことだった。

 何事だろうかと驚いていると、すぐに予備電源に切り替わった。天井を見上げれば、丸い電気がついている。円盤型の照明だ。白さを取り戻した研究室で首を傾げていると、先輩が扉へと歩み寄った。

 そして解除鍵のボタンを押す――開かない。

「停電みたいだな。照明と冷凍機器だけ、予備電源が作動したみたいだ」
「え」

 思わず俺も歩み寄り、ボタンを押してみる。しかし扉は開かない。
 扉を叩いてみるが、向こうの待機室は、現在皆が食事に出ているため無人だ。何の意味もないのだが、そうせずにはいられなかった。

「……」

 おそるおそる振り返る。汗が滴ってきた。苦手な相手と閉じこめられることがどれほどの苦痛か……思わず生唾を飲み込んだ。しかし腕を組んだ先輩は小首を傾げ、うっすらと笑っていた。柔らかそうな少し癖のある猫毛が揺れていた。

「まぁ、あいつらが食事から戻ってくれば、気づいてくれるだろうし、研究所のメイン電源もその内復帰するだろ。トイレも奥にあるし、排気口もあるし」

 冷静な言葉だった。それはそうだ。問題は、あくまでも俺の個人的なものだった。

「そそそそうですね……!」
「酸素が無くなるとか焦ったか?」
「はははははい!」

 駄目だ、動揺しておかしな言葉遣いになってしまう。どれだけ緊張しているんだよ俺は!

 生まれつき吃音持ちというわけでもない。赤面症気味なのは生まれつきだが。
 俺は距離を取るべく、研究デスク脇の黒い椅子に座った。
 すると先輩は――……俺の隣に座ってしまった。もうそれだけで緊張して、視線が泳ぐ。

 ラスカ先輩は気を遣っているのか、あれこれと俺に話しかけてきた。
 俺はずっとどもりまくりながら、答えた。「はははははい!」を何度言ったか不明だ。「いいいいえ!」も言った。いいえか、いえ、か、伝わったのかも怪しい。

 その時先輩が、不意に身を乗り出して、俺をのぞき込んできた。瞬間、俺は真っ赤になった。ゆでだこ状態という奴だ。

「前から思ってたんだけどお前――」
「はははははい?」
「俺のこと好きなの?」
「へ?」

 響いた声に俺は目を見開いた。今、なんて言われた?

「俺見ると真っ赤になるし、なんか緊張してるし」

 違う! 逆々! しかしその事実をまさか本人に伝えるわけにもいくまい。

「俺結構お前のこと好みなんだよね」
「え」

 その上先輩が奇妙なことを言い始めた。背筋をだらだらと汗がつたっていくのは、室内冷房が切れて暑くなり始めたせいではないだろう。

「監視カメラも切れてるし、二人だし、暇だし、ヤる?」
「は!?」

 困惑していると、俺は不意に詰め寄られ、デスクの上に縫いつけられた。

 ポカンと先輩を見上げる。目を見開いたのは、緊張と苦手意識のせいと言うよりも、事態認識が追いつかなかったからだ。先輩は、俺の白衣のボタンをあけると、続いてシャツをぽつぽつと途中まで開いた。これは――まずいよ! 俺の脳内で警告音が鳴り響いた。

「ちちちちち違います! 止めて下さい!」

 俺は手で先輩の体を押し返した。俺は断じて先輩のことを好きではないし、ヤるってそもそも何をする気だ……! 俺達は男同士だ。何を考えているんだ。

「違うのか、残念だな。俺は失恋だな」
「え、え、え?」

 し、失恋? それって、それって、どういう意味だろう……? いや、言葉の意味は分かる。だが何で俺にそんなことを言うのだ。残念てなんだろう!

「実は好みというか、好きなんだ」
「……へ?」

 最早ポカンとするしかなかった。
 好き? 俺を好き? え? 俺は苦手だよ……?

「無理強いは好きじゃないんだけどな。他に機会ないと思うし、諦められないな」
「ま、ま、待って下さい……っ」

 ボトムスのベルトを外され、俺は息を飲むしかない。どうしよう。
 どうしたらいいんだろう? 震えそうになってしまった。いや、暑いんだけどさ。空調効果は絶大だったらしい。ッてそんなことを考えている場合ではなかった。先輩は俺のベルトを外すと、暫くじっと俺を見た。そしてフと笑った。

「――冗談だよ、それより暑いな」

 そうして離れた体。安堵で俺は脱力した。良かった! いや、焦る心情的にたちの悪い冗談は何も良くはないのだが、思わず安堵の息をついた。完璧に体の力が抜けてしまった。

 とりあえず、『暑い』という言葉だけ拾うことにした。

「ははははい」
「空調が切れて大分経つからな」
「そそ、そうで、す、ね!」
「脱いだままでいいか」
「あああ、え、ああ……え!?」

 さっきの言葉の後だよ!? だけど暑いし。それはどうしようもない事実なのである。
俺は迷った。すごく迷った。シャツのボタンは全開だ。白衣はかろうじてまとっているが。

 下もファスナーを外されたら、ずり落ちる。少なくとも、俺は着直すべきだろう。
 ――だが、結局脱いだままでいる内に、先輩の言葉が続いた。

「ヤバイ、俺やっぱりスイッチ入りそう」
「え」

 何のスイッチ……? 俺は目を瞠った。現在は停電中だよ。何のスイッチも新たには入らない。入らないはずだ。

「フェラだけさせてくれないか?」
「ええええええ」

 ちょっと想像を超える言葉だった。フェ、フェラ……?

 それって、先輩の口or俺の口で、男根を口に含むと言うことだよね……?
 なんて断れば……! いや普通に断れば良いのは分かるのだが、俺は完全に緊張しているのだ。上手い言葉が出てこない。呆然としている内に、ボトムスごとトランクスを引きずりおろされた。どうしよう、緊張して体が上手く動かない。下衣を引っ張り上げようとすると、手を先輩に取られて、デスクの上で頭上に押さえ込まれた。

 そして――萎えきっていた露出した陰茎を咥えられた。

「ッ」

 唐突な刺激に、体が撓る。人に咥えられたのなんて、初めてのことだ。ねっとりとした口腔の感覚と、筋を舐めあげてくる舌の刺激に、奇妙な気分になった。最初は違和が強くて怖かったのだが――っていうか、ヤバイよ、咥えられてるんよ!

 正直俺は起ち上がってきてしまった。しかも、しかもだ……上手いよ! 唇を上下され、水音が響き始めた時、俺は泣きそうになった。このままだと出してしまう……!

「なぁ、乳首弄って良い?」
「だだだだめです!」
「いや弄るわ」
「!!」

 俺の否定、無意味!
 片手で扱かれながら、もう一方の手で、俺は乳首をゆるゆるとつままれた。
 甘い疼きが全身に広がった。絶妙な指先の感覚で、今度は乳輪をなぞられる。ゾクリと快楽が背筋をはい上がってきた。嘘だよね。

 俺――なんかおかしな気分になってきてるよ! 流されそうだよ!

「ああっ!!」

 ついに俺は声を上げてしまった。思わずいつの間にか解放されていた両手で口元を押さえる。

「ン……ん……ッッっ」

 慌てて声をこらえようとするが、息を飲むのが苦しい。

「ああ、あ、あの……先輩、俺、俺、もももう限界です……! 出そうで」

 すると先輩が速度を速めた。待って待って待って!
 だが、俺はその刺激に、結局達してしまった……。先輩の喉が上下し、ゴクリと飲み込む音が響いた気がした。飲み込まれた……? 

 飲んじゃった? 先輩が俺のを飲んだ!? 開放感と共に大混乱が襲ってくる。
 そして俺が肩で息をしていると、先輩が笑顔を浮かべた。

「なぁ、後ろの穴舐めさせて」
「ぜぜぜ絶対駄目です!」
「舐めるわ」
「あ」

 先輩が俺の太股を持ち上げた。目を伏せ、静かに舌を出す。ちょっと扇情的すぎる。顔面破壊力が高すぎる。しかし俺は別の意味で真っ赤になっていた。何せ後ろの穴をさらしているのだ。恥ずかしすぎた。

 だからといってそんな俺の気持ちをくんでもらえるわけではなく、ラスカ先輩は、襞の一本一本をなぞるように、舌先を動かし始めた。思ったよりもその感触は固い。

「う」

 異様な感覚にびくついていた時、中央のすぼみをつつくように刺激された。

「あ!!」

 そうして、中に何かが……想像するに、先輩の舌しかあり得ないが……差し込まれようとした。まままままずい、まずい、何これ、気持ち悪い――うあ、入ってきた、ちょ……!

「止めて下さい!」

 暫く俺の否定には構わず、先輩は舐め続けた。頭を押し返して抵抗してみるのだが、全く動かない。その内に――あれ、だけどなんか気持ち良い……? え、嘘!? と、俺は自分自身の抱いた感情に呆然とした。

「なぁ指入れて良い?」
「!」

 しかしそれは質問ではなかった。
 ――もう入ってきたんですけど!
 舌先でほぐされていたらしい中に、指が一本入ってきてしまったのだ。

 異物感に身が竦んだ。流石にこれは、感覚が強すぎる。痛みこそ無かったが、どうしようもなく指が巨大なものに思えた。ゆっくりとゆっくりと指は進んできて――そして折り曲げられた。

「ああっ!!」

 な、なんで? そこ刺激されると、またイきそうに……!
 そんな感覚がした。

「なぁ最後まで――」

 その時、電子鍵の開く音が響いてきた。
 停電終了したみたいだ……!
 鍵の開く音がバチっとした。

 そして。

「大丈夫ですか――……!!」

 ――他の研究員達が戻ってきて、俺達を見た。皆目を見開きポカンとしている。

「ちちちち違うんですこれは!」

 慌てて俺がそう言うと、同僚に肩を叩かれた。

「そうか、両思いだったのか!」
「いや、だから!」

 まさかいつも肩を叩かれていたのは、そう言う意味じゃないよね……!?
 俺まさか、先輩のことが好きだと勘違いされていたりした!?
 その時先輩がぼそりと言った。

「やっぱり外堀から埋めておいて良かった」
「は!?」

 それから三人の研究員達は、皆俺に向かってほほえみかけると踵を返した。
 俺は、外から、がちゃりと施錠される音を聞いた。

「まままま待って!」

 思わず扉をドンドンドンと激しく叩く。え、俺はどうすればいいの?
 すると先輩が喉で笑った。

「まぁゆっくり追いつめてやるよ」

 結局その後は、先輩が研究を再開したため……俺の一日は、無事に終了した。


 俺が先輩と体を重ねたのは一ヶ月後のことだった――……!