僕的には未亡人!




 文明開化と共に、錬金術という新技術が渡来して、既に二百年以上が経過している。僕が暮らす王都トーキョーにも、様々なパイプが走り、大都市を形成している。最先端技術を駆使する錬金術師といえば、巨万の富と名声を得た素晴らしい人物とされている。

 そんな中で、僕の恋人である|真鍋水渡《まなべすいと》は、若干二十七歳ながらに、大天才と誉れ高く、様々な方面から脚光を浴びている。黒く短い髪をしていて、ちょっと目を惹く端正な顔をしているのも大きいのかもしれないが、何より実力が確かだ。

 それは僕にも分かる。出会った三年前、僕は当時十九歳だったが、本当に憧れが強かった。二十二歳になった現在も、僕は水渡が大好きだ。だけど、だからこそなんだけれども……水渡は、ちょっと忙しすぎる。

 付き合い始めてすぐ、僕達は同棲を始めた。水渡の巨大な邸宅で、一緒に暮らしている。地下は全てが水渡の研究室だ。そして基本的な生活スペースは二階である。結果として、僕達は一緒に暮らしているというのに、ほとんど顔を合わせる事が無い……。

「|流歌《るか》」

 そんな水渡が、珍しく僕の部屋に顔を出した。

「ヤりたい」

 そして寝台の横にいた僕を、あっさりと押し倒した。僕も大好きだから、否は無い。どころか、僕は基本的に、水渡に放置されすぎていて、慢性的に欲求不満だ。

「ぁ……」

 降ってきた水渡の唇が、僕の口に触れる。そのまま口腔を貪られて、ねっとりと舌を絡めとられて追い詰められた。深く濃厚なキスに、僕の体はすぐに熱を帯びる。水渡とSEXするのは、実に三ヶ月ぶりだ。

「あぁ、ァ……」

 性急に僕のシャツのボタンを、水渡が外していく。そして右胸の突起に吸い付かれ、舌先で乳頭を嬲られた。チロチロと舐められると、すぐに僕の陰茎は反応する。それを分かっているようで、水渡は指の長い左手で、下衣の上から僕の陰茎を撫でた。そのじれったい刺激に身を捩っていると、口角を持ち上げた水渡にベルトを引き抜かれ、ボトムスもまた脱がされた。今度は下着の上から陰茎を撫でられ、そうしてやっと直接触られる。

「ああ、ンっ……ふ……」
「もっと声、聞かせろよ」

 瞳を獰猛にした水渡は、僕の陰茎を左手で握ったままで、右手の指を口に含む。そして唾液で濡らすと、迷わず僕の後孔へと挿入した。

「ぁ、ア!」
「柔らかいな。また自分でシてたのか?」
「だって、水渡が相手をしてくれないんだもん……ひ、ぁァ!」
「今日はたっぷりしてやるよ」

 浅く抜き差しされていた指が、一気に深くまで挿入された。僕は仰け反る。前と中への同時の刺激に、すぐに僕の体はぐずぐずになってしまう。気持ち良い。

「あ、あ、あ」

 指を振動させるようにしてから、弧を描くように動かされた。ぐちゃぐちゃにかき混ぜられ、解される。そうしてから指を引き抜かれ、性急に水渡の陰茎を挿入された。その衝撃で、僕は一度果てた。しかし水渡の動きは止まらない。

「んン――!」

 根元まで僕の中へと進めると、激しく腰を揺さぶり始める。

「ひっ」

 両腕で水渡の体に抱きつくと、左手で僕の太股を持ち上げ、右手で腰をギュッと掴んでいた水渡が、僕の右胸を甘く噛んだ。ジンと胸からも中からも、僕の全身へと快楽が響き渡る。前立腺をこすり上げるように動かれてから、最奥を容赦なく貫かれた。こうされると、僕は訳が分からなくなる。

「水渡、好き、っぁ! 気持ち良い!」
「知ってる」
「あ――っ、うあ! ああ! やぁ、ァ、またイっちゃう!」
「イけ」
「あああ!」

 そのまま今度は中だけで僕は果てさせられた。肩で息をしながら、ほぼ同時に内部に飛び散った水渡の熱い白液を感じていた。必死で呼吸をしながら、僕はベッドに沈む。すると僕から、ずるりと陰茎を引き抜き、水渡がベッドから降りた。

「さぁて、会議だ」
「――え? 僕、まだ足りないよ? たっぷりしてくれるって……」
「今二回もイかせただろ? まだ足りないって……本当、ビッチだよな」
「……」
「来週から新しいプロジェクトに呼ばれてるんだよ。分かれ。今と、あとは明日の午前中しか俺には休める時間がない」
「じゃあ会議が終わってから、明日の朝までは一緒にいられる? 構ってくれないの、寂しいんだけど……」
「気が向いたらな」
「……」
「ま、会議は長引くだろうし、そこで決まった話によっては、帰り次第仕事に入る。悪い、時間が押してるんだ。じゃあな」

 水渡はそう言うと、部屋を出ていった。僕は寝台に顔を預けて、壁を向いて横になった。泣きそうだ。こんなんじゃ、恋人というより、ただの性処理要員みたいじゃないか。僕の存在意義って、何? 水渡にとって、僕ってなんなの? そもそも肉欲もそうで、全然水渡が体を重ねてくれないから溜まっているけど、ビッチだと? 水渡が悪いんじゃないか! 僕は切実にそう叫びたい!

 気が向いたら、と、口にした場合、十中八九水渡は僕のところじゃなく錬金術の|研究室《アトリエ》へ直行するから、ここには来ない。忙しいのは分かるけど、悲しすぎる。

 それに、好きの一言もない。ヤる事を致したら、水渡はさっさと去っていく。恋人同士なんだから、僕は甘い言葉を囁かれたいし、もっと好きだとか愛してるだとかと言われたいし、頭を撫でられたり、優しいキスをされたりもしたい。それが、ごくたまぁに水渡の気分でヤるだけ……! 酷すぎる!

 この日、悶々としながら、僕はふて寝した。



 ――頭を撫でられたような気がしたが、きっと夢だろう。そう思いながら微睡んでいると、暫くして体を揺すられた。撫でられたのが現実なのか夢なのかを、僕は知らない。

「流歌、起きろ」
「……っ」
「流歌」

 水渡の声がしたので、僕は瞼を開けた。するとベッドの横に立ち、腕を組んでいる水渡がいた。腕時計を一瞥すると、翌朝になっていた。僕もだいぶぐっすりと眠ったようだ。お腹が減った。昨夜は食べずにふて寝してしまったのだから、それもそうか。

「今日の朝は一緒にいられる事になったの?」
「いいや。これから仕事をする。その前にと思ってな」
「? 何?」

 僕が上半身を起こすと、水渡が扉の方へと振り返った。そちらを見て、僕は呆気にとられて目を見開いた。なんとそこには、水渡そっくりの人物が立っていたからである。

 驚いて水渡と見比べてから、僕は改めて水渡を見る。すると水渡が腕を組んだままで言った。

「お前の相手をさせておくホムンクルス作っておいた」
「――は?」
「ほぼ俺だから」

 何を言われているのか、僕は理解出来なかった。

「構ってほしくて、寂しいんだろ? こいつに構ってもらっておけ。溜まったら、これは人工物でバイブみたいなもんだから、性処理にも自由に使っていいし」
「え? 何言ってるの?」
「そのままだ。じゃあな。仕事してくる」

 水渡はそう言うと、水渡そっくりの人物――……ホムンクルスを置いて、部屋から出ていってしまった。は? 目を、パチパチとさせてから、僕は残されたホムンクルスを見た。何処からどう見ても水渡に見える。

 ホムンクルスという概念自体は、僕だって知っている。ごく一部の力ある凄腕錬金術師しか作り出せない人工生命体だ。国内にも、水渡を含めて三人くらいしか、作成可能な錬金術師はいないと聞いた事がある。主に偉い人の影武者などをつとめる存在らしい。無論、本人そっくりだが、本人ではない。これは水渡に見えるが、僕の恋人ではない。どういう事だ!

「……ええと、お名前は?」

 念のため僕が尋ねると、ホムンクルスが水渡そっくりの顔で小首を傾げた。

「それは|主人《マスター》がつけるものだという知識がある」
「マスター?」
「お前だ」
「僕? えっ……ええと……」

 焦りつつ、僕はホムンクルスを見た。とりあえず、名前……。呼び名が無いと不便だ。水渡そっくりなのだが、水渡と呼ぶ気にはならない。そこで僕は考えた。

「じゃあ……水渡の渡からとって、ワタルは?」
「ああ。今後、俺はワタルと名乗る。早速ヤるか?」
「へ? ま、待ってよ。ワタルは水渡そっくりだけど、水渡じゃないし!」
「人格は移植されているし、プログラムされていない行動は自動学習するが、俺は水渡博士と同じと思ってもらっていい。肉体の全てのサイズ、ホクロの位置まで、完全に同一で発汗もするし射精機能もあるが――それらの体液は俗にいうローションと同じような成分で体に害はない。水渡博士型の性的用途を含む玩具だと思ってもらっていい。つまり、水渡博士が言ったように、俺は『人型のバイブ』と同じだ。浮気には該当しない」

 水渡と同じ顔だが無表情でつらつらとワタルが言った。声音も全く同一だ。

「欲求不満なんだろう?」
「そ、それは……」

 カッと僕の顔が赤くなった。羞恥に駆られるが、それは事実だ。ずっと放置されてばかりだった僕の体には、昨日抱かれたせいで、欲望が目覚めて残っているから、寝起きというのも手伝って、正直無性にシたい気分ではある。オロオロとしていると、僕の前にワタルが歩み寄ってきた。そして正面から僕を抱きしめた。その体温もまた、完全に水渡と同じだった。違いはと言えば、水渡はスーツの上に紫色のローブを羽織っている事、ワタルはシャツに黒いボトムスというシンプルな姿である点くらいの、それこそ服装くらいのものだ。僕はそのまま押し倒された。水渡にしか見えないから、拒みきれない。

「俺の事は水渡と思えばいい」
「で、でも、水渡じゃない……僕、浮気は……ン!」

 そのまま唇を奪われて、舌を引き摺りだされて甘く噛まれた瞬間、僕の内側でくすぶっていた熱が酷くなった。

「ん、っぅ」

 ねっとりと口づけられながら、服を開けられていく。

「あ、あ……ああ!」

 僕を手際よく脱がせたワタルは、それから僕の陰茎を口に含んだ。そして口淫を始める。ねっとりと僕の筋を舐め上げ、鈴口を舌先で刺激する。そうされると僕の陰茎はすぐにガチガチに反応した。それを見ながら、ワタルが僕の後孔へと指を挿入する。

「あ、ぁ、ダメ、ダメだよ!」
「どうして? こんなにひくついているのに」
「え、ぁァ……やぁ、言わないで……っッ! 水渡、助けて!」
「俺は水渡と同じだ」
「ああああ!」

 そのまま水渡が挿入してきた。硬度も熱も長さも全部、水渡の陰茎と同じだった。水渡は完璧主義者だ。陰茎まで同じサイズなのかと、どころか勃起した状態まで一緒なのかと、混乱する頭で考えつつも、僕はすぐに快楽に飲み込まれた。

「んぅ、っ……ぁ、あ!」

 ぐっと深くまで挿入され、最奥を押し上げるように突かれる。頭が真っ白になるほど気持ちが良い。僕の陰茎が、よく引き締まった水渡の――いいや、ワタルの腹部に触れ、擦れる。そのまま激しく抽挿され、僕は泣きながら喘いだ。射精したら浮気になると思うのだが、あんまりにも気持ち良い。しかも水渡はいつも忙しいからと手早く終わらせるのだが、何度も何度も僕の感じる場所を、ワタルは突き上げてくる。そうされると、もうダメだった。

「イく、ぁあ!」
「出せ」
「やぁ――!」

 こうして僕は呆気なく放った。そして肩で息をしながら、ワタルを見る。水渡ならば、いつもこれで終わりだ。だが……。

「ああ!」

 ワタルは繋がったままで、片腕で僕の体を抱き起すと、僕の胸に吸い付いてきた。角度が内部で変わり、僕は正面から抱きしめられ、より深くを貫かれる形になる。その上、敏感になっている体の乳首を唇で強く吸われた瞬間、頭が快楽で染まった。

「ダメ、あ、ダメ、気持ち良い!」
「右の方が好きだと、お前の体の知識が俺には記憶されている」
「やぁっ、イ、イく! またイっちゃう、あ、深い!」

 結腸を容赦なく押し上げられ、僕な快楽で泣きながら嬌声を上げた。

 この日僕は、欲求不満だなんてもう言えないくらい、散々ワタルに体を貪られた。

 いつ自分が意識を手放すように眠ってしまったのかは、分からない。

 目を覚ますと、僕を腕枕して、隣に寝転がっている水渡がいた……と思ってから、僕はそれがワタルであるとすぐに気づいた。なにせ行為中に僕が意識を飛ばした場合、水渡は僕を放置して仕事に戻るからだ。ワタルは目を覚ました僕をじっと目を見ると、微笑しながら、僕の髪を優しく撫でた。水渡なら、こんな事は絶対にしない。まず事後のピロートークを楽しんだり、いちゃいちゃと甘い時間を過ごしたりというのは無い。それらを僕は常に望んでいるが、水渡は忙しいと切り捨てるばかりだ。

「……」

 つまり体感だと、僕にとって、これは浮気だ。そのため焦っていると、ワタルが苦笑した。

「俺は水渡博士と同じだ。なんなら、水渡と呼んでいいんだぞ?」
「……呼ばないよ」
「バイブに人名をつける趣味は無いか?」
「そうじゃなくて! ワタルをバイブだとは思わないだけだよ! でも水渡だとも思ってない!」
「そうか」
「……はぁ。お腹が空いた」
「何か作るか?」
「え?」

 水渡は料理が上手い。錬金術師は基本的に料理上手が多いらしい。僕はそれを知っている。だが水渡は滅多に料理なんて作ってくれない。家事は水渡が生み出した機械任せだ。

「マスターの望みは、出来る限りなんでも叶えるように、プログラムされている」
「……流歌でいいよ。マスターじゃなくて」
「流歌。分かった。これからはそう呼ぶ。何が食べたい?」
「え……何ができるの?」
「水渡博士が出来るメニューは全て俺も可能だ」
「じゃあ……オムレツ!」
「分かった」

 その日食べたオムレツは美味で、過去に一度だけ、水渡に作ってもらった時と同じ味がした……。まるで水渡に優しくされているみたいに感じて、僕は泣きそうになった。



 ――こうして、ワタルがいる生活が始まった。

 ワタルは、優しい。

 一ヶ月もする頃には、三食ワタルに作ってもらう事に慣れたし、夜は腕枕で寝るか体を重ねる事にも慣れた。これは水渡じゃないとは分かっているのだが、僕の希望は全て叶えられている。水渡の容姿で、水渡っぽい性格で、さらには僕を甘く溺愛してくれる上、夜の願望を満たし、欲求不満も解消してくれる。僕は、デレデレになってしまった。

「ぁ、ぁ……」

 今日は後ろから抱きしめられて、ずっと胸を愛撫されている。こんなのは、水渡と付き合った当初に一回しか経験がない。水渡が僕を念入りに抱いたのなんて、本当に初期の三ヶ月くらいだったからだ。

「んぅ」

 僕が右胸で感じるようになったのは、右をより念入りに水渡が開発したからだ。右利きの水渡があの日後ろから、じっくりと僕の右胸を弄ったからだ。

「ひ、ぁァ」

 貫かれている僕は、腰を自然と揺らしてしまう。奥深くまで貫かれているのだけれど、意地悪くワタルは動いてくれない。これも水渡とそっくりだ。性的な技巧も、本当に水渡そっくりなのである。それも、時間と余裕がある時の水渡と同じだ。

「ひゃっ、ぁ」

 僕はそのまま射精した。スローな交わりで、僕は今日、何度もたらたらと出している。気持ち良くて頭がクラクラするほどだ。後ろからねっとりと僕の左耳の後ろをワタルが舐める。これも水渡のやり方と同じだ。

「流歌は可愛いな」

 しかし――これは、水渡が言わない台詞だ。

「本当に好きだ。流歌を愛してる」

 絶対に、水渡が口にしてはくれない言葉だ。

「ぼ、僕は……」

 水渡が好きなのである。悲しい事に、ワタルではなく、水渡が好きなのである。本当に、複雑な気持ちだ。

「……好きだよ」

 だから名前は呼ばずに、気持ちだけ告げた。

「あ、あ、あああ!」

 すると下から激しく突き上げられて、この日も僕は理性を飛ばした。

 そんな生活が三ヶ月目に入る頃には、僕は完全にワタルに慣れた。今日もワタルの腕の中で、その熱い胸板に額を押し付けている。僕の後頭部を優しく撫でてくれるワタル。

「なぁ、流歌」

 ワタルは僕の額にキスをすると、優しい眼をした。

「結婚しないか?」
「っ!」

 これは、僕が何度も水渡にねだって、断られてきた言葉だった。水渡はいつも『今忙しいから、落ちついたらな』としか言わない。そして本物の水渡とは、あれっきりこの三か月間、一回も会っていない。僕はずっと、水渡にプロポーズされる事を夢見てきた。

 現代世界において、男同士の結婚は珍しくない。というのも、このハポネス女王国は、古来より女系相続が主流であり、男子の婚姻には煩くないからだ。僕も華族の次男であり、兄も男性と結婚しているし、跡取りは姉だったので、かなり自由に同棲までこぎつけた。

「で、でも……」
「考えておいてくれないか? 俺は本気で流歌が好きなんだ」

 甘く言われて、僕は涙ぐんだ。僕は水渡が好きだが、ワタルはほとんど水渡なのである。
 さてこの日――僕は意を決して、地下へと向かう事にした。

 |仕事場《アトリエ》には入るなと、僕は水渡に言われている。研究の邪魔らしい。だが、これはさすがに水渡に報告するべきだと思ったからだ。

 意を決して|研究室《アトリエ》の扉をノックすると、中から気のない返事が返ってきた。

『なんの用だ?』
「話があるんだけど」
『入れ』

 不愛想な水渡の声に、唾液を嚥下してから、僕は扉を押して開けた。
 すると僕を見るでもなく仕事をしながら、水渡が言った。

「今忙しいから手短に頼む」
「……ワタルに結婚しようって言われたんだけど。ワタルというのは、ホムンクルスにつけた名前」
「そうか。身分証や戸籍は俺のものを使って構わないぞ」
「――え?」
「好きにしろ」

 水渡の言葉に、僕は驚愕から目を見開き、呆気にとられた。反対されると思ったし、止めてくれると信じていたからだ。結果として、水渡の戸籍を用いるのならば、それは水渡と結婚するという事になるが、え?

「用件はそれだけか? 出ていってくれ」
「……っ」

 衝撃を受けながら、僕は退出した。そして頭が真っ白なままで階段を上がり、一階、そしてワタルが待つ二階へと戻った。するとワタルが僕を見て、両腕を伸ばし、すぐに抱きしめて微笑んだ。僕は涙ぐんだ。ワタルは優しい。



 ――僕は、ワタルと結婚した。その結果、苗字が真鍋に変わった。水渡と同じ苗字になった。だが、結婚相手は、水渡の戸籍を使ったワタルである。虚しい。僕はやっぱり水渡が好きである。だが……僕の旦那様はワタルであるし、ワタルは本当に僕を溺愛してくれる。

「流歌、今日は動物園に行かないか?」
「行く!」

 そして僕は水渡が大好きで一番大切だが……完全にワタルといる時間が楽しくてたまらなくなってしまった。最近のワタルは、水渡の身分証を使って、外出できるようになったため、僕を様々な場所に連れていってくれる。このトーキョーでは、身分証は何をするにも必須だ。

「準備をしてくる。待っていてくれ」

 そう言うと、ワタルが自室へと戻っていった。ワタルにも、今では部屋がある。
 その時、階段をのぼってくる足音が聞こえてきた。
 何気なくそちらを見ると、七か月半ぶりに水渡が顔を出したところだった。

「流歌。今日は休みが取れた」
「ああ、そう」

 昔だったら泣いて喜んだだろうが、今は毎日同じ顔のワタルが優しくしてくれるので、久しぶりに会ったという気がしない。僕はそれよりも、動物園にワクワクしていた。

「だから今日は空いてる」
「僕、今日はこれからワタルと動物園に行ってくる!」
「へぇ」

 僕に迷いは無かったし、気だるげに頷いた水渡は、顎で頷くと自分の部屋へと消えた。きっと久しぶりのお休みで、いつもは研究室で寝泊まりしているのだし、じっくり休むのだろう、というか、休めばいいさ。僕は知らない。僕はワタルと楽しんでくる。水渡の馬鹿。僕は知らないからな――と、僕は半ば当てつけ気味に考えた。

 その後ワタルが戻ってきたので、僕達は動物園へと出かけた。

 二人で手を繋ぐ。水渡だったら、絶対に手なんか繋いでくれない。照れ屋なのかもしれないし、恥ずかしがっているのかもしれないが、水渡は人前で僕と絡むのを嫌がる。それもずっと寂しかった。だが、ワタルは、人前で僕にキスすらしてくれる。僕は指に光るおそろいの指輪を見た。昔から欲しかったが、水渡は実験の邪魔だと話して指輪はしてくれなかった。ワタルは率先して結婚指輪を僕にくれた。結婚式の時に誓いのキスをして、二人きりの教会で嵌めてくれた。新婚旅行には、二人で国内旅行をした。オキナワが楽しかった。青い空の下で、二人で何度もキスをした記憶が根強い。

 自動機関車で僕達は動物園へと向かい、歯車で動く沢山の動物を見てまわった。ずっと手を繋いで歩いた。帰りには、ワタルはイルカのぬいぐるみを僕にプレゼントしてくれた。クレーンゲームで取ってくれたのだ。それから、一緒にペンギンのキーホルダーも買った。水渡へのお土産を買おうか悩んで、僕はクッキー売り場を見る。それからチラリとワタルを見た。水渡そっくりだが、水渡ではない。

「どうかしたのか?」
「うん……水渡にお土産を買おうかなと思って」
「――不要だ」
「そう?」

 ワタルが珍しく真顔になったので、僕は頷いた。水渡そっくりの表情だった。こういう顔をするワタルはかなり珍しい。やっぱり自分の奥さんが他の男の名前を出すというのは、嫌なのだろうかと考えて、ちょっと嬉しくなった。水渡に嫉妬されているような気分にもなる。水渡本人に対しては罪悪感もあるが、僕は一回で良いから水渡に嫉妬されてみたかったのだったりする。まぁ、ワタルだけどね。僕の横にいるのは。

 その後も手を繋いで、僕達は帰宅した。既に水渡の気配はなかった。きっと|実験室《アトリエ》へと戻ったのだろう。

 こうして時が経ち、結婚してから三ヶ月目が訪れた。

「今日は三ヶ月目の記念日だな」

 優しい笑顔でそう言ったワタルは、ギュッと僕の右手を握って、指先にキスをしてくれた。

「フレンチのレストランに予約を入れてる」
「有難う」

 泣きそうなくらい嬉しかった。一緒に仔羊のステーキを食べた後、僕達は高級なホテルに向かった。水渡とは外でSEXをした事が無い。ホテルなんて、一度も無い。基本的には、同棲前だったが今の家の客間で体を重ねただけだ。結婚記念日のお祝いに花束をくれたワタルは、この夜は僕を優しく押し倒した。何度もキスをしながら睦みあう。窓からは、夜景が見えた。パイプが張り巡らされた都市の夜景は、キラキラしている。星空が見える窓。僕はロマンティックな気持ちに浸りつつ――でも、水渡じゃないんだよなぁ、と、思いながらも、甘い夜を過ごした。これが水渡とだったら良かったのに。そう考えて、ワタルに対して罪悪感を抱いたりもした。



 そんなこんなで、水渡がワタルを連れてきて一年が経過した。

 その日、ワタルの体が、僕の目の前で倒れた。何が起きたのか分からず、僕は瞬きをしながら、ワタルの体から床に溢れだしていく液体を見る。そこに出来た青い水たまりを、僕は唖然としながら見ていた。それから抱き起してみると、心臓の音がしなかった。しかも、冷たい。

「ワタル……?」

 ワタルがホムンクルスである事を、僕は思い出した。ならば、水渡に診てもらうしかない。これは緊急事態だ。そう考えて、僕は慌てて地下へと向かった。

「水渡! 水渡、お願い開けて! 大変なんだよ!」

 僕は必死で|研究室《アトリエ》の扉をノックした。すると少ししてから、作業音が止まり、扉が開いた。呆れたような顔をし、水渡が肩眉を顰めていた。

「なんだよ? 今、かなり忙し――……? 流歌?」
「っ、水渡、助けて!」
「なんで泣いて? 何があったんだ?」
「ワタルが、ワタルが……っ」

 ポロポロと泣きながら、僕は水渡のローブを引っ張った。するときょとんとした目をした後、困った様子で僕を見た水渡は、背後に振り返った。

「悪い、手が離せないから、五分待ってくれ。終わらせる」
「待てないよ!」
「頼む」
「……っ、水渡の馬鹿!」

 号泣しながら、僕は両手で顔を覆った。涙が止まらない。
 そんな僕の前で、何やら作業を中断した様子で、水渡が戻ってきた。

「何があったか、正確に教えてくれ」
「ワタルの心臓の音がしなくて、冷たくて、それで、それで、何か青い水が出てる」

 必死に僕は説明した。そして水渡の腕を引っ張り階段を見る。

「助けて、見に来て!」
「――ああ。そうか、今日で一年か」
「え?」
「ホムンクルスはな、倫理規定上の規約で、基本的に一年間しか動作しないように作るんだよ。一年が経過すると、自動崩壊プログラムが働いて、身体機能が停止して、動力の生体オイルが抜ける」
「どういう事?」
「機械の寿命と同じような事だな」
「それって……」

 僕は蒼褪めた。

「死んじゃったって事?」
「――まぁ、人工生命体としての死だな」
「っ、ワタル、死んじゃったの?」
「元々生きていないけどな」
「!」
「あれは俺がお前用に作った、人型のバイブだからな」
「違うよ! 僕の旦那様だよ!」

 号泣しながら、僕はその場から走り去った。

「あ、ちょっ――」

 水渡は何か言いかけていたが、僕を追いかけてくる事は無かったし、見に来てくれる事も無かった。きっと、仕事に戻ったのだろう。忙しそうだったし。

 僕は泣きながらワタルの体の横に戻り、さらに号泣した。
 ひとしきり泣いてから、棺桶と仏壇の手配をした。喪服も購入した。

 そして、二階の空いていた和室に仏壇を設置し、棺桶にワタルの体を横たえた。世界では奇病が流行って以後、家族葬が珍しくないので、業者は何も言わなかった。大抵の家で、死亡者が出た場合は、個人で処理する。身分証に生体認識コードが入っているので、死亡した場合は、自然と役所に届けが出されるし、死因も分かる仕様だから、検視等の制度は無くなって久しい。しかもワタルはホムンクルスであり、身分証の本当の持ち主である水渡は生きているので、ワタルの死を知るのは僕だけだ。水渡は死んだとは認識していない様子であるし。ワタルの体は腐敗する様子がなく、鼓動の音は停止して体温は消えたが、眠っているだけに見える。棺桶の蓋を開けたままで、僕は黒い和装の喪服に身を包み、黒い花瓶に白い大きな百合をいけた。その間も、ずっと涙が頬を濡らしていた。

 僕は今も一貫して水渡が好きだ。

 だけど、ワタルが大切だった。そして、僕は、ワタルに死が訪れたと認識している。
 ワタルは死んでしまった。僕の旦那様は、もういない。死んでしまったのである。

 僕は未亡人になってしまった。悲しい。ワタルがいなくなってしまったのが辛い。

 お線香に火をつけ、僕はポロポロと泣いた。俯いたら、正座している喪服の膝に、涙が零れて跡が出来た。

「流歌、この匂い――……っ! お、おい! 何してるんだよ?」

 その時和室の扉が勢いよく開いた。泣きながら視線をそちらに向けると、ポカンとした顔をしている水渡が立っていた。

「その格好……は? 喪服?」
「……」

 僕は無言で頷いた。涙は相変わらず止まらない。

 棺桶の中のワタルを見てから、水渡が改めて僕を見た。僕は畳の上の座布団に座ったまま、呆然自失状態で、静かに泣きながら震える息を吐く。

「何度も言うが、そのホムンクルスは――」
「ホムンクルスじゃない。そうだとしても、これはワタルだよ!」
「……ワタルは、元々生きていない」
「僕の大切な旦那様だったよ!」

 僕は水渡を睨みつけた。涙が溢れてくる。怒りも溢れてく。悲しみのほかに、様々な感情が僕の胸中を埋め尽くした。

「ちょ、ちょっと待て。お前は、俺の奥さんだろ?」
「違うよ! 僕は、ワタルの奥さんだよ!」
「でも、俺の戸籍だろうが? お前は、俺の恋人だろうが?」
「僕はワタルと結婚したんだ! 戸籍は水渡でも、ワタルと結婚したんだよ! 水渡は僕の旦那様じゃない! 水渡は一回も、旦那様らしい事なんてしてないじゃないか!」

 半ば当てつけ気味に、僕は叫んだ。実際、僕は水渡が好きなままだが、水渡は僕よりもずっとずっと仕事が大切らしいのだから、仕事と結婚すればいいと思う。

「な」
「水渡は僕の旦那様じゃない! 僕の旦那様はワタルだ! 僕はワタルの奥さんだよ!」

 呆然としたように目を見開いている水渡を見る。やっぱり水渡が好きだ。でも、八つ当たりせずにはいられない。水渡がもっと僕に優しくして、水渡が僕にプロポーズし、水渡が僕を溺愛してくれていたなら、僕だって異論はない。だが、現実は、それらをしてくれたのは、僕の旦那様はワタルなのだから!

「ワタルが死んじゃった……ワタル、ワタル……」
「ま、待て。待ってくれ。流歌? 本物の俺が生きているだろ?」
「中身が違うよ! ワタルじゃない。水渡はワタルじゃない!」

 水渡は僕に甘くない。僕をじっくり抱いたりしてくれない。僕は、錬金術の仕事が忙しすぎる水渡しか知らない。

「待て、本当に、待ってくれ。ホムン――……その、だな。あー、その、ワタル? ワタルの中身は、そもそも俺の人格を記憶して転移移植していたわけで、俺とワタルは同一なんだ。それはいいか?」
「……違うもん。ワタルはワタルだもん」
「最後まで聞け。俺はワタルの記憶を常にデータとして記録していたから、お前達がした事は全て知っているし、瞳に内蔵してあるレンズを通して、映像を見ていたし、なんなら遠隔感覚共有技術で、俺とワタルを同期している事も多かった。だ、だから、つまり、あれはほぼ、俺なんだよ!」
「違うもん!」
「とにかく、お前は俺の奥さんだ! 俺と結婚したんだよ!」
「違う!」

 僕は、実はちょっと嬉しくもあった。水渡が焦っているからだ。ワタルの死は悲しすぎるが、水渡の言葉が本当なら、それは嬉しい。涙がちょっと引っ込んできた。だが、僕には、引くつもりはない。ワタルの死は事実であるし、水渡は僕に優しくない。

「お前……ま、まさか……本気でワタルに惚れていたのか……?」

 繰り返すが、僕が好きなのは水渡だ。ワタルではない。水渡の顔をしていたし、双方ともに『同一』と繰り返すが、僕が好きなのは、本当に水渡だ。だが、僕はそれを口にする気にはならない。水渡だって、僕を好きだなんて全然言ってくれないのだから。僕を好きだと言ってくれたのは、ワタルだけだ。

「許さない」

 その時、水渡の声が低くなり、冷ややかになった。驚いて僕は、改めて水渡を見た。するとスッと目を細くし、静かに怒っている水渡の顔があった。僕を見る目の奥には、激しい憤怒が宿っているように見える。

「流歌。お前は俺の奥さんだ。少なくとも戸籍上、そのはずだ。そうでなくとも、恋人だ。俺達は付き合っているよな?」

 激怒した様子の水渡が、僕に詰め寄ってきた。屈んでじっと僕を見る。僕はわずかに顎を持ち上げた。すると直後、喪服の合わせ目を強引に開けられ、その場で畳の上に押し倒された。突然の事で、僕は後頭部をぶつけたが、そこには幸い別の座布団があった。

「な、なにするの?」
「認めない。俺以外を好きだなんて認めない。絶対に許さない」
「水渡……っ!」

 強引に僕の喪服を乱した水渡が、僕の首と肩の合間に噛みついてきた。ツキンと痛んだ直後、強く吸われて、キスマークを付けられる。体温がワタルと同じだ。そもそも水渡と同じだとワタルに対して感じていたのだから、これは本物の水渡なのだから当然だろう。ただ、ワタルはこんな風に乱暴に僕を押し倒したりしない。

「ひ、ひあ」

 水渡が僕の右の乳首を唇で挟んだ。そして強く吸う。そうしながら、和服の合わせ目をさぐり、下着を身に着けていなかった僕の陰茎を左手で握りこんだ。

「何で穿いてないんだよ?」
「わ、和服の時ってつけないんじゃ?」
「喪服にもそんな文化があるとは寡聞にして知らないが、相当喪に服す気分らしいな。今のご時世、儀典の時以外は、和服なんて着ないもんな。お前は本当に愛する旦那が死んだつもりらしいな? ふざけるな!」
「ああっ!」

 僕の陰茎を扱きながら、右手の指を、水渡が問答無用で僕に挿入した。

「柔らかいのは、『ワタル』に散々犯してもらったからか? ん?」
「ああっ、やぁ、水渡ッく、止めて!」
「俺は嫌で、『ワタル』は、いいってわけか? あ?」
「っぅ」

 そうではない。逆だ。寧ろ水渡が良い。ワタルとのSEXは気持ち良かったが、なんだかんだでいつも罪悪感はあった。何せ僕は、水渡が好きなのだから。嫌だというのは、あんまりにもダイレクトに前立腺を刺激されて、出そうになってしまったからだ。快楽が強いから弱めて欲しいという意味だった。

「お前には残酷かもしれない事実を教えてやるよ」
「あああ、あ、あ、イ、イく! んぅ!」
「まず、な? お前の大好きな右の乳首を、一晩中嬲りながら、スローセックスをしたあの時。あれは、俺が感覚共有し、意識も動作も、俺が中身だ。ワタルじゃぁない。ワタルって名前を、流歌は散々呼んでいたが、あれは俺だ。若干あの時も、寝取られてるような気分を味わったが、まさかその感覚が正しかったとはな」
「あああああ!」

 イきそうになった時、陰茎の根元をギュッと握られ、射精を封じられた。その状態で、右手では前立腺を激しく刺激される。

「そういう、中身が俺のSEXは何度もあったんだぞ? ワタルじゃなく、ワタルだと思ってる俺に抱かれてよがってたんだからな? お前は」
「や、やぁ、中だけでイっちゃ――っっ、ッ!」

 僕は眦から涙を零した。無論、ワタルの死が悲しいからでなく、気持ちが良すぎてだ。

「次に動物園だ。俺が折角休みを捻出したっていうのに、お前は『ワタル』と遊びに行くという。イラっとしたが、俺は感覚を共有した。お前と動物園で楽しく遊んだのは、この俺だ。クレーンゲームが得意な俺は、お前にぬいぐるみをとってやったよ。あれも、ワタルじゃぁない。俺だ」
「あ、あ、あ、ダメ、ダメ、あ、ああっ……イ、イくぅ! あ、イけない、やぁ!」
「なのにお前は、『水渡にお土産』だって、な。俺とまわってるっていうのに、俺に土産? 笑いそうになったが、俺を忘れていないという点には、ちょっとキュンとしたから許したが、あの時だって、気分は良くなかった。俺を選ばず、ワタルとのデートをお前は選んだわけだからな!」

 水渡が指を引き抜き、僕の中に巨大な陰茎を強引に進めてきた。僕は仰け反って、逃れようとした。

「俺を受け入れないつもりか? あ? 許さないからな」

 開けた喪服の間にあった僕の左の太股を、水渡が持ち上げている。そして一気に根元まで貫いた。

「あああああ」

 硬い熱に僕は絶叫した。激しい。ワタルには、こんな風に激しくされた事は一度も無い。だが、水渡には、ある。同棲前に、僕が他の男と日常会話をしていただけでも、嫉妬して水渡は時々僕を強引に抱いた事があった。流血するような事態は一回も無かったが、僕はそんな時、水渡の愛を感じた覚えがある。水渡は意外と嫉妬深い。

「あとなぁ? そもそもそれ以前に、お前にプロポーズをしたのは、誰でもなく、ワタルでもなく、この俺だ。ワタルの口を操作したのは、俺だ。分かってんか?」
「え? あ、あ、あ、待って、今、今、あ、あああ」
「そうじゃなかったら、愛してなかったら、誰が戸籍なんか貸すか! 流歌となら結婚しても良いって思ってたから、俺はOKしたんだよ。ただ、まぁ、俺も悪かったな。直接言うのが気恥ずかしくて、ワタルの口を使ったのは、確かに俺だ。ワタルは常日頃甘い言葉を吐いていただろ? 俺は照れ屋だから、その部分はプログラムしなかった結果だ。俺だって本音では、お前にくっそ恥ずかしいような、くさーい、甘い甘い言葉を言って、ドロドロに甘やかしてやりたいんだよ! でもな! 恥ずかしかったんだよ、分かれよ!」

 激情に駆られた様子の水渡は、僕を激しく穿ちながら、キレながら笑っている。

「指輪を買ったのも俺だ。ちなみに、三つ買った。一つは、俺が首から下げてる」
「あ……っ、ぁ、ああ……」

 段々、僕は気持ち良すぎて喘ぐしか出来なくなってきた。色々と言いたい事はあるのだが、本物の水渡の予測不能な激しさが、僕の体を翻弄している。しかし、水渡がこんな事を思っていたとは知らなかった。だから嬉しさで胸が満ちてくる。僕、水渡一筋なんだけどな? 誤解している水渡を見ていると、なんだか幸せになってしまう。水渡も僕の事、すごく好きなんだなぁ。

「新婚旅行に行ったのも、体はワタルだが、中身は俺だ。ほとんどの意識は俺だった。会議をしながら、意識を共有していたんだよ。お前は俺とオキナワに行ったんだよ!」
「ひ、ひぁ、あ、あ、あああ!」

 水渡の動きが激しくなった。抽挿される度、肌と肌がぶつかる音がする。僕はギュッと目を閉じて、せり上がってくる快楽に耐える。

「つまり、ワタルなんかいないんだよ! 全部俺だ。そして俺は、水渡だ。お前の恋人は俺だし、お前は俺の奥さんなんだよ! 手料理だって、ちょくちょく俺が感覚操作で代わって作ってたんだよ! 」
「水渡、あ、あ、も、もう。あ――!」

 そのまま結腸をグリと一際強く突き上げられた時、僕はドライオルガズムに襲われた。全身に漣のような快楽が走る。長い絶頂感に、僕は足の指先を丸め、全身を小刻みに震わせ、何とか耐えようとしたが、気持ち良すぎてビクンと体が跳ねた直後、完全にイった。少し遅れて、僕の内部で水渡が果てたのも感触から分かった。長々と僕に射精した水渡は、一度陰茎を引き抜くと、僕の体を反転させた。そして今度は、後ろから挿入してきた。

「ま、待って、まだ出来な……ああああ!」
「ダメだ。許さない。分からせてやる。俺がどれだけ流歌を愛しているか、きちんと教えてやらないとな?」

 僕の背中に体重をかけた水渡が、少し掠れた声で僕の耳元で囁いた。それから僕の耳の中に息を吹きかけ、そうして僕の耳の後ろをねっとりと舐めた。乱れた喪服からあらわになっていた僕のうなじを、ぺろりと水渡が舐める。僕の背筋がゾクゾクとした。思わずもがいた僕の両手を、ギュッと握り、水渡が畳に押し付ける。まるで獣のような交わりだ。

「まぁ、ワタルが好きでも? いくら好きでもな? お前は、俺に貫かれて感じるんだもんな? 体は俺が好きだもんな?」
「あ、あ、っ、ああ、ぁァア」
「言え。俺の事を好きだと言え」
「水渡、あ、水渡! 待って、あ、あ、ダ、ダメ、気持ち良い」
「だろ? お前、この体位で、ここずーっと突かれてるの大好きだもんな?」
「好き、大好き」
「知ってる」
「違う、そうじゃなくて、僕は水渡が好きだよ、っ!」
「きちんと言えて、偉いぞ。じゃ、もっといっぱい気持ち良くして、教えてやるよ。俺の愛を」
「ああああああ!」

 こうして今度はバックからの激しい抽挿が始まった。僕の帯を解いた水渡は、その後細い方の帯で、僕の両手をまとめて縛った。ソフトSMチックな行為に、正直僕の胸は高鳴った。

「なんで自分の奥さんを、強姦してる気分を味合わなきゃならないんだよ!」

 しかし水渡は不機嫌そうだ。だが、水渡の動きは止まらない。激しく打ち付けられる度に、先程水渡が放ったものが、僕の中で水音を立てる。

「なぁ、流歌? ワタルの遺影の前で、柩の前で、俺に犯される気分はどうだ?」
「あ! やぁ! ンん、んんん」
「気持ち良いんだろ?」
「気持ち良い、あ、あっ」

 僕は快楽にすすり泣きつつ、ちらっと柩と、仏壇の遺影を見た。線香が、だいぶ短くなっている。その香りを嗅ぎながら、僕はちょっとだけワタルに申し訳ないと思ったが、僕の気持ちは一貫して変わらない。僕が好きなのは、水渡だ。

「水渡、っ」
「あ?」
「好きだよ、僕は水渡を愛してる――……ああああ!」

 その時、水渡がグッと激しく僕を打ち付け、内部で放った。僕はその感触でまた果てて、ぐったりと畳に身体を投げ出した。

 この日、僕は水渡に抱き潰された。
 そして意識を手放した。

 目を覚ますと、やっぱり水渡はいなかったが、僕の体は綺麗になっていた。

 気怠い体を起こした僕は、それから気が付いた。柩の中から、ワタルの体が消えている。何処へ行ったのだろうかと考えていると、和室の扉が開いた。そちらを見ると、不機嫌そうな顔の水渡が入ってきた。

「おい」
「何?」
「本当に俺の事が好きなんだろうな? 俺を愛してるんだろうな?」
「うん」
「――お前の旦那は誰だ?」
「……水渡だよ。そうだね、戸籍的に水渡だし、っていうか、僕は水渡に優しく甘くされたくて、終始ワタルに水渡を重ねてたし、そもそも水渡と結婚した気分を味わってました。ごめんなさい」
「……分かればいい。俺も悪かった」
「うん。水渡は悪いよ。もっと謝って。僕、余裕が無かったし、水渡と別れたくないから言わなかったけど、ヤってる最中も、『ワタル』って呼んでやろうかと思ったし、『水渡よりワタルが好き』とか言って、水渡の心を抉ってやろうかと思ってたもん」
「……そうされていたら、俺は立ち直れなかったぞ」
「だと思って止めといたよ」

 僕が大きく頷くと、大きく水渡が吐息した。

「立てるか?」
「腰が怠いけど、まぁなんとか」
「じゃあ、ちょっとついてきてくれ」

 水渡はそう言うと踵を返した。なんだろうかと考えつつ、僕はその後に従う。すると普段は近寄るなと言われている地下の|研究室《アトリエ》へと連れていかれた。そこにいる五歳くらいの少年を見て、僕は目を丸くする。

「この子は?」
「――ワタルの体から再構成したホムンクルスだ。生体情報はすべて同じだ。記憶情報は、元々俺がこちらでバックアップしていたから、俺にしかないし、そもそもワタルには記憶は無かった。感情も人格も無かった。俺がそれらは制御してたからな。なお、それを、このホムンクルスに移植する予定は皆無だ」
「え? どういう事?」
「つ、つまり、このホムンクルスは、『ワタル』だ。すくなくとも、身体情報はワタルと同じだ。体温とか鼓動って意味じゃなく、素材が同じって意味だけどな。だから、俺とも別の存在だが、ワタルとは同じだ」
「へ? この子が、ワタル? 確かに顔は、ワタルというか水渡によく似てるけど……どうして?」

 僕が目を丸くして首を傾げると、水渡が顔を背けた。何処か不貞腐れたような表情だ。

「お前があんまりにも泣くから、再生したんだよ。これで満足しろ」
「!」
「ワタルは死んでない。生きていないから死はない。そして再生も出来る。人間じゃないからな」
「ワタルが生き返ったって事? 有難う、水渡! 愛してる。水渡って本当、優しいよね。根は」
「……別に」

 僕は少年に歩み寄り、抱きしめた。

「俺達は男同士だから、子供は生まれないし、子供として育てよう。俺が開発した新技術で、このホムンクルスは自動崩壊しない上、きちんと成長するから一年以上生きる。ただ、九歳の精通前までしか成長しない仕様で、性欲はない」
「分かった。でも、どうして子供のままなの? まだ技術が追い付かないって事?」
「違う。万が一それ以上成長して、お前がまた『ワタル』に浮気したら許せないからだ」
「え?」
「もう二度と、俺は成人型のホムンクルスは作らない!」

 強い口調で水渡が言った。その言葉に、僕は思わず両頬を持ち上げて、クスクスと笑った。このようにして、僕の旦那様は、ワタル――ではなく、きちんと水渡となった。以後、僕達はワタルを育てながら、きちんとした配偶者同士となった。水渡は錬金術師としての仕事の量を少し抑え、家庭を顧みるというか、僕の事を前よりも大切にしてくれるようになった。最近、僕を抱きしめて、優しくしてくれる事が増えている。

「流歌」
「何?」
「――愛してる」

 前ならば、絶対言わなかった言葉だ。僕は双眸を伏せながら、微笑して頷いた。

「僕も、水渡を愛してる」





      ―― 了 ――