御伽噺前夜





 ある砂の国で、国王の代替わりがあった。元々このレルーファ首長国連邦は、いくつかの民族が集まった国なのだが、今回その国王に選ばれたのは、若き二十三歳の国王だった。

 ――と、俺は聞いている。

 新国王ハザート陛下は、褐色の肌をしていて、長い銀色の髪をしているのだという。髪色は、新国王陛下の祖母からの遺伝だという話で、異国由来の色彩だ。

 砂漠の上を魔法の絨毯で飛びながら、俺は前方に見える王宮の外壁を一瞥した。
 左右対称の王宮と、その奥に見える……後宮。老若男女問わず美貌の者あるいはそうでない者が、何人も暮らしているのだとか。王宮に出向くのは師について過去に一度出かけて以来であるから、俺は詳細を知らない。

 レルーファに連なる各首長達は、貢物を好む。その中には、男女を問わず寵姫も含まれている。ハザート陛下の祖母もまた、異国から輿入れした貢物の一つだったらしい。

「若くして欲しいものをすべて手に入れるって、どんな気持ちなんだろうなぁ」

 俺は今年で二十六歳。
 三年前には、既に今同様、魔法石商人をしていた。俺は己の黒い髪を指で摘まんでから、深くフードをかぶりなおす。この砂の国一帯では褐色の肌の人物が多いのだが、俺の肌は生まれつき白い。日焼けをすれば、赤くなる。この俺の色彩もまた異国譲りのもので、俺の母は東方から売られてきた奴隷だった。

 奴隷が奴隷の身分を抜け出す事は、非常に難しい。母は俺を逃がした。母が頼ったのが、俺の師となった商人で、共に空を飛ぶ絨毯の上で旅をした事を覚えている。その師も没し、現在俺は、後を継いで商人となった。魔法石の作成方法も、魔法の絨毯や魔法の鞄を始めとした魔導具も、俺はすべて師から譲り受けた。何故師が俺を引き取ったかと言えば、美貌の母が、体で篭絡した結果のようだ。師は、俺の母に惚れていたらしく、顔立ちがよく似ている俺の事も実子のように可愛がってくれた。そして特に水の魔法石の貴重さと売買方法を、俺に教えてくれた。

 ――砂の国には、水が少ない。そのため、魔法石を加工し、皆がそれを用いる事で生活をしている。魔法石があれば、誰でも魔法を使う事が出来ると言われていて、実際俺もまた簡単な魔法を行使可能だ。

 魔法石が無くても魔法を使えるのは、ごく一部の王侯貴族と言われている。
 そして今回俺が魔法石を売りに行くハザート陛下は、特に強い魔力を持っているらしい。

「……」

 魔法石は、非常に高価だ。詐欺をしているわけではないが、ほんの少量の魔法石の粉と普通の石の粉末を混ぜて、人工的に成型したものを、俺は『魔法石』として売買している。果たしてそれを、強い魔力を持つ新国王陛下が必要とするのかは分からないが、商人は儲け話を逃すべきではない。

 ハザート陛下にご挨拶をする事は、どちらかといえば儀礼だ。実際には、その後、ハザート陛下の寵姫や配下の人間に、装飾品の形にした魔法石を卸す事で、収入を得る事が俺の目的である。

 砂の国の王宮の前で空飛ぶ絨毯から降りた俺は、商品が入る鞄を抱えなおした。
 白亜の王宮の前には、本日訪れた商人達の列ができていた。時刻はもう直ぐ夕暮れ時だ。
 身分証を門番に見せて、俺はその列の後ろへと並んだ。

 それから待つ事、三時間。

「魔法石商人アジル」

 名を呼ばれたので、俺は長い列の先頭から一歩前へと出た。白い石造りの王宮で、正面には絨毯が伸びている。俺は銀縁の刺繍に紺色の長い絨毯を見ながら、深く頭を垂れた。

「アジルと申します」

 平伏したままで名乗ると、顔を上げるようにと声がかかった。この時ばかりは、フードを取らなければ不敬となるため、俺は素顔を晒した。するとこの場では、貢物の寵姫を除いては異質な俺の白い肌に、視線が集中したのが分かった。もう慣れているので、気にしない素振りにも俺は長けている。

 正面を見れば、ゆったりと座っているハザート陛下がいた。俺よりもずっと長身のようで、長い指先には宝石を沢山つけている。その褐色の肌を目にし、それから少し視線を上げると、目が合った。鮮やかな青い瞳をしている。

 整ったその造形美に圧倒されそうになったのは、ハザート陛下が左目だけを僅かに細くした時だった。右目はそのまま形の良いアーモンド型だったのだが、陛下は俺を見て、何故なのか左右非対称の顔をした。

「主に水の魔法石を卸しております。王宮の皆様に、お喜び頂ける事と思います」

 俺は必死で自分が告げるべき言葉を思い出した。声を放ちながら、何故なのか背中に汗が浮かんできたのだが、その理由が分からない。チリチリと頭の中が焼けつくように鈍く二度痛んだ。謁見さえ終わってしまえば、後は他の人間を相手に商売するだけなのだから、もう少しでこの場を離れられる。そう思うのに、何故なのか本能が、即刻逃げろと、そう訴えているような気がして、困惑した。

「そうか。では直接俺が見よう」

 するとハザート陛下がそんな事を言った。その場にざわめきが溢れる。俺もまた驚いて、目を丸くした。すると再びじっくりと目が合い、そのまま惹きつけられるようにして見ていると、不意に唇の端を小さく持ち上げて、ハザート陛下が微笑した。瞬間、俺の胸はドクンと疼いた。何故なのか、惹きつけられる。だが、その理由が分からない。


 ――陛下が直接魔法石を見るなどというのは、滅多にない事態だ。
 俺は、その後促された別室で、下男達に湯浴みをさせられ、肌に香油を塗り込まれる内に、これはおかしいとすぐに気が付いた。魔法石の売買をする相手が、この砂の国で最高の貴人だとしても、身を清める必要性を感じないし、今のように甘ったるい香りに全身を包まれる理由にはならない。確かにそう、理性では考えていた。

 だが、その間、俺はされるがままで、終始ぼんやりとしていた。
 謁見時に目が合って以後、頭の中に霞がかかってしまったようになり、上手く思考が働かない。

 世間では決してお目にかかる事のない、少なくとも俺は初めて目にしたフカフカの白い寝台に座らせられた頃には、俺はもうほとんど何も考えられなくなっていた。売り込むはずの魔法石が入った鞄が、何処にあるのかすら、記憶していなかった。

「アジル」

 そこへハザート陛下が入ってきた。音もなく、気づいた時には目の前にいたから、単純に俺がぼんやりとしていただけなのかもしれない。

「可愛いな、一目惚れをしてしまった」
「ぁ……」

 何か言おうと思った時、口を口で塞がれた。入り込んできたハザート陛下の舌が、俺の舌を絡めとる。気づくとそのまま押し倒されていて、俺は柔らかな枕に頭をぶつけていた。だが、おかしい。どんどん思考が曖昧になっていく。

「んっ」

 俺の口から鼻を抜けるような甘ったるい声が零れた。右胸の突起を少し強く吸われた瞬間だった。

「ぁァ! っ、ぅ」

 ジンっと、快楽が俺の中で膨れ上がり、全身に広がっていく。
 俺は自分が、いつから服を着ていなかったのかも、上手く思い出せない。

 こうして、なし崩しに夜が始まった。

「ぁァ……んっ、フ」

 気づくと俺は体から力が抜けきっていて、ただ喘ぐ事しか出来なくなっていた。

「あ、あ、あ」

 そんな俺の全身をドロドロに愛撫したハザート陛下は、俺の後孔を香油で解すと、ゆっくりと押し入ってきた。お腹が熱い。挿いっているのが分かる。

「ふぁ……ァ」

 根元までグッと深く挿入された時、俺は震える手を伸ばして、ハザート陛下にしがみついた。涙で滲んで視界が歪む。脳髄が痺れたようになり、快楽しか意識が拾わなくなった。

「一目で恋に堕ちる事など、本当にあるのだな」

 ハザート陛下が荒く吐息しながら何か言っていたが、俺はそれを聞き取れず、ただ泣きながら喘ぐしか出来なかった。陛下はギリギリまで引き抜いては、さらに奥深くまで抉るように俺を貫く。次第にその動きが早くなり、気づくと俺の陰茎は張りつめていた。

「ああ! あア――!」

 最奥を容赦なく責められた瞬間、俺は果てた。
 しかしそれで終わりではなく、この夜俺は、完全に理性を飛ばしてもなお、空が白むまでの間、ずっと体を貪られた。


 その後――俺には、後宮の一室が与えられた。
 一度ハザート陛下に抱かれ、即ち『気に入られた』ため、以後、許しが無ければ二度と
外へと出る事は許されないのだという。ハザート陛下の後宮には、政略的なものであったり、貢物であったりと、老若男女問わず寵姫がいて、既に子息子女も数名いるのだという。

「……」

 一夜明け、その後三ヶ月が経ち、俺は次第に事態を理解し始めた。
 理由は分からないが、俺は見初められて、ハザート陛下の寵姫の一人になったのである。男の側妃も別段珍しくはないとは分かるが、個性なんて肌の色くらいの俺の一体どこに、陛下が興味を惹かれたのかはさっぱり分からない。

 正直、ここでの暮らしは、商人としての日々よりもずっと豊かだ。食事や水に困る事もない。だが――自由も無い。とはいえ、別段俺は、元々自由を欲していたわけではないから、こうして三ヶ月に入り、異国から輸入したのだという果実を食している今となっては、そう悪い状況でもないと考えるようになった。

 後宮には、様々な国から貢物が届く。衣食住に困らないだけではなく、普通に暮らしていては、永遠に見る事もないような一風変わった品から、美味しい食べ物まで、なんでもある。

 魔法の絨毯で外壁や外観を見ていた時とは異なり、内部で噂ではないその実態を目にすると、住む世界が違うというのを体感させられた。自分がここにいる事が、最初は不思議だった。

 この三ヶ月の間、ハザート陛下は三日とあけずに、俺の部屋へとやってくる。その度に、最初の頃は、意識が曖昧になった。だから快楽に素直に泣いていたのだが、次第に意識が清明になるようになった。その理由を知ったのは、後宮内で人々の噂を聞いた時だった。

 ――ハザート陛下は、強い魔力を持っている、とは聞いていた。
 どうやらそれは、瞳に宿っていたらしい。相手を意のままに操る魔力を持っているのだという。その強大な力が、若くして即位した理由ともなったらしい。

 俺もその魔力に飲み込まれて、体を明け渡した形なのだが、俺が逃げないと分かったからなのか、最近ハザート陛下は、俺に魔法をかける事をしなくなったようだ。

 なんとかそのくらいの知識を得はしたが、俺はまだ、ハザート陛下の事をよくは知らない。夜、俺にあてがわれた後宮の部屋で体を重ねる時にしか、顔を合わせないからだ。俺を抱く時、ハザート陛下は特に何を喋るでもないし、朝目が覚めた頃には、既に姿がない。

 そんな事を考えながら、商人時代には決して着る事が無かった上質な衣へと、俺は視線を下ろした。俺はもう、魔法石を売る立場から、売られる立場へと変わった。顔馴染みの商人達が、たまに俺の元へと訪れて、愛想笑いをしていく。手首につけた三連の金の輪が、頬杖を突くと音を立てて揺れた。

 さて。
 この夜も、ハザート陛下が訪れた。寝台に座っていた俺が顔を上げると、正面に立った陛下が俺の頬に触れた。まじまじと青色の瞳で見つめられ、俺は小首を傾げる。いつもならばこのまま押し倒されるのが常だが、この日俺には、ハザート陛下が疲れているように見えた。

「今日はお休みになりますか?」
「ん?」
「お顔の色がすぐれないように見えます」
「ああ……何か聞いたのか?」
「え?」
「――いや、少しな。謀り事を企てた者に腕を傷つけられた。止血は済んだが、確かに万全の体調とは言えないだろう」
「大丈夫なのですか?」
「ああ。問題はないさ。それよりも、アジルが俺の顔色の判別が出来るようになってくれた事が嬉しくてたまらない」
「?」
「一方的に愛でるというのも悪くはないが、愛情を返されているようで嬉しい」

 ハザート陛下はそう言うと綺麗に笑ってから、そっと俺を抱きしめた。
 ……三ヶ月の間、頻繁に顔を合わせていたら、体調不良くらい分かるようになる。誰だってそうだと思う。だが、『愛』なんて言葉を聞いたせいなのか、ドクンと俺の胸が疼いた。

 この夜は、初めて体を重ねずに、寝台にただ二人で寝転ぶ事になった。
 思えば、じっくりと話をするのも、これが初めてである。

「傷が癒えるまでは、お休みになられるのがいいですよ」
「そうだな。そうかもしれない」
「ゆっくり眠りましょう、ね?」
「アジルを抱きしめていたら、それも叶いそうだ」

 俺の額に口づけをし、この日ハザート陛下は眠りについた。起きていた俺は、そんな陛下の思いのほか長い睫毛を見ていた。本当に端正な顔立ちをしている。だが、寝顔にはまだ少し、あどけなさが残っているように見えた。こうして見ていると、俺よりもまだ三つ年下なのだなぁと実感できた。

 若くして何でも手に入れた人物だと思っていたが、敵がいるなど不穏だ。貴人には貴人なりに、悩みもあるのだろうなと考えた夜でもある。


 その夜を契機に、ハザート陛下は毎夜、俺の体を暴かない場合であっても、俺の部屋で眠るようになった。俺を抱きしめ、頭を撫で、優しい顔をして眠る。少しずつ、日常的な会話も増えていった。

 懐かれて悪い気はしないが、理由はやはり分からないままだ。
 困るのは、俺の方は、次第にハザート陛下の事を好きになりつつある点だ。
 寵姫は何人もいるし、ハザート陛下の気まぐれが終われば、俺は二度と会う事すら出来なくなる以上、恋をしても不毛だと思うのだが……ハザート陛下がたとえば仕事でおいでにならない夜など、寂しくてたまらなくなる。

 俺は過去、生きるのに必死だったから、このように穏やかな生活も、誰かに大切にされるという経験も、過去にはしてこなかった。それもあって絆されているのだろうと、俺は自分に言い聞かせようとしたのだけれど、その度に、脳裏に浮かんでくるハザート陛下の笑顔が、それを邪魔する。気づけば俺は、ハザート陛下の事ばかりを考えている。

「アジル様、そういえば西の外れのオアシスにて、新しい魔法石が産出したのですよ」

 後宮の庭にて、俺は馴染みの商人からその噂を聞いた。
 商人時代に、俺はこの人物と何度か酒を飲んだ事がある。だが、そうした昔話はしてこない。今では身分が違うというのを、俺よりも先方が明確にしていて、昔の商人仲間でなく今は、贔屓にしてほしいという望みが率直に見て取れる。

 この商人は本日、魔法石の売り込みよりも、オアシスの話に熱心だった。この砂の国一帯では、オアシスは神聖視されているから、気持ちは分かる。頷きながら、俺は話を聞いていた。だがその間も、どこかでずっと、ハザート陛下に会いたいと考えていた。

 ――この日は、三日月が空に昇って白銀の光を輝かせ始めて少ししてから、ハザート陛下が訪れた。俺は、最近お茶を自分の手で振る舞う事を許されていたので、日中商人から購入した花の香りがする冷たい茶を、硝子のポットでカップに注ぎながら、ハザート陛下にオアシスについて語った。カップを差し出し、対面する席に座り、俺はハザート陛下を見る。するとハザート陛下が、じっと俺を見た。

「オアシスに行きたいのか?」
「そうですね。オアシスは、恵みの場所ですから」
「アジル」
「はい?」
「欲しい物があるならば、なんでも与えよう。ただし外出は許さない。自由にはしてやらない。解放はしてやれない。この後宮にいてもらう。俺はアジルを手放したくない」

 不意に真面目な声で言われて、俺は目を瞠った。それから二度瞬きをする内に、自身の頬が熱を帯びた事に気づき、思わず視線を背けた。顔が熱い。

「ならば――……陛下の心を下さい」

 咄嗟に本心が口を突いて出てきてしまった。不毛な恋だと分かっているはずなのに、言わずにはいられなかった。

「俺の心?」
「……はい」
「アジルは分かっていないのか?」
「え?」
「どんなに俺が、アジルを好きなのか。一目惚れし、そして今は、内面も、何もかも、そのすべてが愛おしくてならないというのに……だから、アジルにはここにいてもらいたいと話しているのだが? 伝わっていなかったのか?」

 本当に驚いているというようなハザート陛下の声音に、俺の側もまた驚いてしまい、慌てて視線を向けた。すると目を真ん丸に開いて俺を見ている陛下の顔が、そこにはあった。

「既に俺の心は、アジルのものだ」
「……っ、そうですか。嬉しいです。俺も、俺も陛下が好きです」
「そちらにも驚いている。もっと言ってくれ」

 真剣な顔で言われたものだから、俺は思わず破顔した。


 砂の国の夜は冷え込むけれど、後宮は魔法石のおかげで快適な室温が保たれている。寝台の上で、俺とハザート陛下は向かい合った。お互いの白い衣を脱がせあい、何度も何度も唇を重ねる。角度を変え、お互いの舌を絡めあい、互いの背に腕を回しては、見つめ合う。現在は魔法をかけられているわけではないが、『好きだから』――俺はハザート陛下の瞳に惹きつけられている。

「ン」

 ハザート陛下の右手が、俺の首の筋を撫で、その後鎖骨の少し上に口づけを落とされた。ツキンと疼いて、痕を残された事が分かる。左手では、俺の腰を支えながら、ハザート陛下は、俺を正面から抱きしめるようにして貫いている。

「んン――っ、ぁ!」

 いつもよりも深い位置まで穿たれている状態で、俺はギュッとハザート陛下にしがみつく。力が抜けてしまい、体を動かす事が出来ない。もう交わって長い間、ずっとハザート陛下は俺を下から貫いた状態で、動かない。代わりに俺に口づけばかりしている。

「っ、は」

 スローな交わりは、すぐに俺の全身を蕩けさせた。自分でも内側が蠢いているのがよく分かる。じれったくて熱いのだが、理性がドロドロに蕩けるくらいに気持ち良くて、俺の反り返った先端からは、タラタラと先走りの液が零れている。それが、よく引き締まったハザート陛下の腹筋を汚している。

「ぅう……ぁァ……」

 ハザート陛下の陰茎は太く長く巨大で硬い。
 俺と陛下では体格が違うというのもあるが、挿入されると俺の中はいつもギチギチで満杯になってしまう。後宮に来てからじっくりと開かれた俺の体の好い所を、ハザート陛下は熟知しているようで、俺はいつも翻弄されている。

「ひっ……ッッッ」

 汗ばんだ俺の黒髪が、肌に張り付いてくる。

「ぁ……ぁあっ……」
「腰が揺れているぞ」
「だ、だって……っ」

 決定的な刺激がない。この状態も気持ちが良いが、いつものように激しく体を暴かれたいという想いが、どんどん強くなっていく。勝手に揺れる俺の腰は、自分の意思ではどうにも出来ない。

「どうして欲しい?」
「動いてくれ……」
「俺は今宵は、一晩中繋がっていたい。愛を確認しあった記念の夜なのだからな」
「あ、ああ!」

 その時意地悪く、ハザート陛下が僅かに腰を揺さぶった。ポロポロと俺の双眸から涙が零れていく。快楽由来の涙だ。

「ん、フ」

 ハザート陛下が再び俺の唇を塞ぐ。濃厚なキスの感覚に、意識がぐらぐらし始める。俺の頬の涙を、ハザート陛下が手で拭った。その感触にすら感じいりながら、俺は繋がっているだけだというのに、また果てた。もう何度果てたか分からない。

「あ、あン」

 果てたばかりだというのに、グッとまた不覚を押し上げるように貫かれ、俺は震えながら喘いだ。頭が真っ白に染まり、稲妻のように快楽が全身をバチバチと走り抜ける。追い打ちをかけるようにして中だけで果てさせられた俺は、足の指先を丸めて、快楽の奔流に耐える。

「ひぁァ!」

 そんな状態の俺の首を、ぺろりとハザート陛下が舐めた。その瞳は獰猛で、情欲が滲んでいる。

 こうしてこの夜――いいや、翌日の朝になっても、どころか昼も、そして夜までの間、俺は時折意識を飛ばしながらも、ずっと体を暴かれていた。

 抱き潰された俺は、その後暫く眠っていて、気怠い体で目を覚ました。
 それは次にハザート陛下が訪れた時の事で、酷く喉が乾いていた。

「目が覚めたか?」
「は、い」

 答えた俺の声は掠れていた。そんな俺に、グラスに水を注いで、ハザート陛下が歩み寄ってきた。それを口に含むと、陛下は口移しで俺に水を飲ませた。喉が癒えていく。グラスを置いた陛下は、それから寝台に横に座ると、寝転んだままの俺の髪を撫でた。

「あまりにも愛おしくて、加減が出来なかった」
「嬉しいですが、体が持たない……はぁ。好きだから、怒れないんですが」
「アジルにならば、怒られてもよい。望みはなんでも言うがいい」
「……キスして下さい」
「いくらでも」

 ハザート陛下が俺の唇に、触れるだけのキスをした。
 このようにして――砂の国の後宮において、俺は愛を手に入れた。ハザート陛下が俺に飽きるというような事態は訪れず、その後俺は、男ながらに正妃となる。後継者は、ハザート陛下が俺と出会う前に儲けていた子となり、俺はその子に様々な御伽噺を聞かせたのだが……そう遠くない内に、子供が好む眠る前の御伽噺に、俺とハザート陛下の恋愛譚が追加されたらしかった。





 ―― 了 ――