プリンで喧嘩別れし、プリンで仲直りする、そんな俺達
この塔で暮らし始めて、既に二百年が経過している。地上に氷河期が訪れ、一部の人間は天空もしくは地下へと延命技術を駆使して逃れた。俺もそんな一人だ。ただ、俺が暮らす第四の塔では、俺ともう一名以外は全て絶命した。不老不死を確立するとされた技術に適応できたのが、俺達二人だけだったからだ。何故俺達だけが助かったのかは、俺にも分からない。
他に十一ある天空の塔の各地も似たような状況で、数名の適応者だけが暮らしている状況だ。地下や地上の状況は、モニタリングこそしているが、俺はあまり関わっていない。氷河が融けて溢れ出した、地球外由来の毒性のある空気の濃度の観察が、一応の俺の仕事ではあるが、ほとんど機械任せだ。
「新」
その時、背後の扉がスッと開いて、俺は名前を呼ばれた。ここには二人しかいないのだから、誰が声をかけてきたのかなんて分かりきっている。振り返ればそこには、斗織が立っていた。
斗織はこげ茶色の髪と瞳をしていて、俺と同じくらい背が高い。俺も体格には自信がそれなりにある方だが、完全に俺が勝利しているとはいいがたい。
「なんだよ?」
同じ場所で暮らしているとはいえ、三年ぶりに顔を合わせた相手は、不機嫌そうに目を眇めていた。何故三年も会わなかったかといえば、三年前に俺達は破局したからである。この二百年というもの、俺達は付き合っては別れてを繰り返している。最早口約束に意味があるのか俺はわからないが、斗織はそれにこだわる。
「俺が悪かった。謝るから、そろそろ機嫌を直してくれ」
いつも折れてくるのは斗織だ。正直、それに気をよくしている俺もいる。
「言えよ、正直に。そろそろオナホかバイブに飽きたんだろ?」
俺が両眼を細くして斗織を睨むと、顔を背けた奴は咳払いをした。
「別に、そういう事じゃなく」
「だったら、人工知能との雑談に飽きたのか?」
「いや、だから……やっぱり俺は、新がいないとダメだって気づいただけだよ」
「ふぅん?」
「新と一緒に食事をしたいし、話がしたいし、同じ場所で寝たい」
「食事以外、俺の推察通りだよな?」
「……新。まだ怒ってるのか? そんなにプリンは、お前にとって重要だったのか?」
今度は俺が顔を背けた。
三年前に俺達が別れた理由は、斗織が俺が作ったプリンを勝手に食べたからだった。俺は食べるのを楽しみにしていた。実際、些細な事ではある。けれど口喧嘩になった。斗織は、その前日に俺が勝手に、斗織が作ったチーズを食べた事について言及してきた。そしてそのまま、俺は『もういい別れる!』と宣言して、こちらの区画に引きこもったのである。その時、斗織は『好きにしろ。どうせすぐに出てくるもんな?』と言っていたので、俺は意地でも出ない事に決めて、今に至る。俺は意地っ張りだ。
「プリン、作っておいた。だから食べに来い」
「ん。食べるだけならな」
さっさと謝ってこいよと思いながら過ごしていた三年でもあったので、俺は素直に機器を自動モードに変更し、立ち上がった。そして斗織の隣に並ぶ。やはり同じくらいの背丈である。はじめは、自分と同じような背格好の人間を抱くなんて、あるいは抱かれるなんて、考えた事も無かった。けれど気づくと俺達は恋愛関係になっていたし、時と場により相手を押し倒したりひっくり返したりしている。
元々俺達の間にあったのは、『ヤりたい』という感覚だ。だからお互い、今も上を明確には譲らないのだと思う。なお最初に押し倒してきたのは、斗織だ。俺はその時狼狽えた事もあり、そのまま処女を捧げた。だが翌日にはひっくり返し、以後はほとんどの場合、俺が押し倒している。この理由も簡単で、『俺が上じゃないなら付き合わない』と俺が宣言したら、斗織が折れた結果だ。それでも気を抜くと、俺もひっくり返されていたのだが。
二人で共通スペースのダイニングキッチンへと向かう。
俺が椅子を引いて座ると、斗織が冷蔵庫からプリンを取り出して、テーブルの上に置いた。俺よりも斗織の方が料理が上手いから、そこには完璧なプリンがあった。思わず俺は頬杖をついた。最初から素直にこうしていればいいものを。
「いただきます」
仏頂面で俺が述べると、斗織が頷いた。挽きたての豆で、珈琲を淹れてくれる。そのカップを俺と自分の席の前に置き、俺の正面に斗織が座した。温かな珈琲からは、湯気がのぼっている。天空の塔にも季節があるのだが、現在は冬。窓の外には、雪が舞い落ちている。こんな日は特に、斗織の珈琲が恋しくなっていた。
「味はどうだ?」
「美味い。プリンも珈琲も」
「機嫌、直ったか?」
「……今夜は俺が上だからな。明日も、明後日も」
「……まぁ、新がいないよりは、マシかもな」
そんな事を言ってから、斗織が優しい色を瞳に浮かべて微苦笑した。綺麗な薄い唇の両端が、わずかに持ち上がった。俺とは違い、斗織は端正な顔立ちをしている。俺はどちらかといえば平均的な容姿で、黒い髪に黒い目だ。
正面で、斗織が煙草のボックスを取り出した。こういった嗜好品は、塔の中に、永久的にコピー製造する施設があるから、困らない。銜えた茶色いフィルター、その先の白い紙巻の煙草に、カチリと銀の四角いオイルライターで斗織が火を点けた。俺も斗織も喫煙者だ。
一口、二口とプリンを食べてから、珈琲を飲み、俺もポケットから煙草を取り出した。俺の箱は白に星のマークだ。一本抜きとり、俺も白いフィルターを銜えて火を点ける。ライターは時計型のオイルライターだ。
煙草を深く吸い込むと、肺の輪郭が際立つ気がする。
味わってから口だけで吐き出して、俺はのぼりながら溶けていく煙を見上げた。
「ベッド、行くか?」
さらりと俺が聞くと、カップを置いた斗織が深々と吐息した。
「……そうだな」
結局はそれが目的なんじゃないかとも思ったが、それは言わずに、俺は頷き、以後は最後まで煙草を吸った。
その後向かったのは俺達の共通の寝室で、三年間一歩も足を踏み入れなかった場所だ。それぞれ自分の部屋にもベッドがあるから、ここは付き合っている時にしか使わない。入るとすぐに、ポンと斗織が真新しいゴムの箱をベッドサイドに置いた。臨戦態勢だなと思う。表情とは違い、準備が良すぎる。続いて置かれたローションのボトルを見て、俺は半眼になった。
「そんなに俺とシたかったのか?」
「悪いか?」
「いや? 素直でいいんじゃないか、斗織」
俺はそう告げて、斗織の腕を引いた。正面から抱きしめた結果、目を伏せた斗織がまた
溜息をついた。希望をかなえてやってるというのに、不服そうなのがいただけない。こういう顔を見ると、ガンガン打ち付けて、喘がせてやりたくなる。
俺が斗織のシャツのボタンに触れると、顔を上げた斗織がじっと俺を見た。
「自分で脱げる」
「そりゃ楽でなによりだ」
俺達の性交渉は、比較的ドライだ。いつも解して突っ込んで終わりだ。あんまりしつこくされるのが俺は嫌だし、元々斗織としか経験のない俺には、それ以外の技巧もない。
一糸まとわぬ姿になって、寝台に上がった斗織は、寝そべって俺を見上げた。膝を折っている。受け入れる気はあるようだと判断しながら、俺はローションのボトルの蓋をあけて、ぬめる液体を指にまぶした。
「っ」
まっすぐにその指先で、斗織の窄まりを刺激すると、斗織が息をつめた。キスも愛撫も何もなしで、俺は指を差し入れる。人差し指と中指の二本を一気に進めると、久しぶりだからなのか、記憶よりもきつかった。
「俺に抱かれたいなら、解してこいよ」
「……俺は、新を抱きたかったんだよ」
「あー、そう」
軽く頷いてから、俺は指で斗織の中を広げていった。ローションを何度か追加で手に取り、指がだいぶスムーズに動くようになってから引き抜く。そしてゴムの封を破り、己のものに装着した。見ているだけで昂ぶるのだから、俺だって相当溜まってはいたのだろう。
「挿れるぞ」
「ん……っッ……」
宣言してから俺は亀頭まで挿入した。すると小さく斗織が震えた。ギュウギュウしめつけてくる中が気持ちよくて、絡みついてくる内壁をぐりと抉るように貫き、俺は根元まで進める。そのまま腰を揺さぶれば、斗織が眉を僅かに顰めて、声をこらえるように唇に力を込めたのが分かった。斗織はいつも声を出したがらない。それは俺だって同じだが。
「っぁ」
「ここだろ?」
俺はそれでも、今では斗織の好きな場所を覚えているから、その位置をグッと強く陰茎で刺激した。すると斗織が短く声を漏らす。茶色の瞳が、少し涙で濡れたのを見て、俺は気をよくして、そこばかりを責め立てた。
「ッ……!」
「出すぞ」
「ぁ、ァあ……!」
一際強く打ち付けて俺が放つと、その時斗織の陰茎が俺の腹筋に擦れて、あちらも出した。俺の腹部が、斗織の出したもので濡れる。お互いの荒い息が、その場にこだまする。少し余韻に浸ってから、俺は陰茎を引き抜いた。そしてゴムをティッシュにくるんで、ダストボックスに捨てた。
俺はボクサーとボトムスだけ穿き、ベルトを嵌めてから、ポケットから煙草のボックスを取り出した。そして白いフィルターを銜えて火を点ける。事後の一服は格別だ。これを古の言葉では、賢者タイムと呼ぶのかもしれない。
寝台でぐったりしている斗織を一瞥する。あちらはシーツから半身を出して、恨めしそうにこちらを見ながら、ベッドサイドから黒く丸い灰皿を手繰り寄せていた。そしてあちらも煙草を銜える。俺も、自分が下だった場合も吸いたくなるから、気持ちはわかる。
こうしてお互いの吐き出す紫煙が、天井に向かって溶けはじめた。
壁にはヤニの付着を防止するコーティングがなされているから、この施設は、この白い部屋に限らず、どこだって綺麗な壁のままだ。
「なぁ、新」
「ん?」
「俺は離れてる間も、ずっとお前を好きだったよ。お前は?」
「――言わないと分からないのか?」
「聞きたい。新の口から」
体を重ねた後のピロートークというわけではない。日常的に、斗織は俺に愛の言葉を求めるのだから。
「好きだよ」
「そっか」
簡潔に俺は告げたけれど、それに斗織は満足したようだった。
――この日の夕食は、俺が用意した。久方ぶりの性交渉で、全身が気怠いと斗織が述べたからだ。俺にもその程度の気遣いはできる。簡単に野菜炒めを作成し、天井を見上げてから、付け合わせを考える。きんぴらごぼうが食べたい気分だ。あとは、湯豆腐。
自分の無秩序な好みを優先して、俺は料理をテーブルに並べていった。
それらが完成した頃、斗織が顔を出した。
確かに二人での食事は、温かい空気が満ちる気がする。俺はそれが、嫌ではない。
食後は入浴を済ませ、そのまま二人の寝室へと向かった。日中ヤったのだから、さすがに夜はないかと考えながら、斗織がシャワーを浴びている間に、俺は横になる。そして微睡んでいると、耳の片隅に扉が開く音が入り、ああ、来たのかなと思っていたら――体にのしかかってくる重みを感じた。ギュッと瞼に力を込めてから無理に開けば、そこにはギラギラした獰猛な眼差しの斗織の顔があった。
「新が欲しい」
「はぁ? お前、怠いって言ってただろ、俺は眠いし」
「ダメ、本当にダメなんだよ。新の白い首の筋とか、鎖骨とか、本当ヤバイ」
「ヤバイ……?」
「好きすぎる」
「ン!」
斗織の唇が、俺の首に振ってきた。強引に俺の寝間着のロングTシャツを開けながら、斗織が俺の胸の突起を摘まむ。左胸の乳首から、キュンと快楽が染みこんでくる。
「ぁ……」
俺は左胸が弱い。それもあって、愛撫されるのが好きではない。だというのに、ねっとりと俺の肌を舐めながら、俺のスウェットの下に、斗織は右手を入れ、俺の陰茎を握りこんだ。そのまま二度扱いてから、俺の服を完全に乱した。空調が一定に保っている室温のおかげで肌寒さは感じなかったが、俺は思わず斗織を睨んだ。
「ヤるんなら俺が上だ」
「頼むから、今日は俺に新を抱かせてくれ」
「ひっ」
ローションを指にまぶし、その状態で斗織が再び俺の陰茎を握った。ぬめる親指で鈴口を刺激されると、俺の腰が熱を帯びる。すぐに射精したくなった俺は、斗織よりもずっと早漏だ。だから、それもあって嫌なのもある。斗織のセックスは長い。
「んン……ッッ」
「新、可愛い」
「男相手にそういう事、言うなよ」
「本音なんだから仕方がないだろ」
「あ!」
斗織が俺の窄まりに、一気に二本の指を挿入した。実は俺こそ、斗織を思ってオナホを前で使ったり、時には後ろにバイブを挿れていたから、辛さはなかった。けれど人の体温はやはり特別で、すぐに全身まで熱が広がる。
「ンぁ……っ……ぁァ」
俺の左胸を唇ではさみ、チロチロと舌を動かし、時に吸いながら、斗織は指では前立腺を甘くつつく。もっと強い刺激が欲しい。けれど、いつだって斗織は、特に久しぶりだと俺の全身をドロドロに蕩けさせようとする。
「新、下から挿れたい。起きてくれ」
俺の腕を惹き、抱き起した斗織は、それから騎乗位の体勢をとり、陰茎の先端を俺の菊門へとあてがった。
「ひ、ぁァ……」
めりこむように巨大な陰茎が挿いってくる。そこも俺は嫌いだ。俺よりも太く長く硬く、大きい肉茎は、いつだって俺の最奥を突き上げる。根元まで挿入された時、俺の喉が震えた。
「ぁ、ア……バ、バカ……深い! あ、あ、大きい!」
「すごい締まる」
「ン! やめろ、乳首噛むな!」
「やだ」
俺の左乳首を、再び口で嬲りはじめた斗織は、時に甘く噛む。そうしながら左手では俺の腰を支え、右手の指先では俺の右耳の後ろをなぞる。俺は右耳も弱い。
「ひっ……ちょ、ちょっと待て、本当に深――あああ!」
上になるのが好きな俺だが、技巧でもやはり斗織には勝てない。斗織はちょっと巧すぎる。それがずるく感じるし、俺以外のいったい何人と体を重ねてきたのだろうかと苛々するし、でもそんな事は意地っ張りの俺は言えないし、何より気持ちよくて快楽で頭が白く染まっていくから、俺は必死で震えるしかできなくなる。
「あ、あ、あ」
斗織が俺を下から貫き始めた。屹立した剛直が、俺の最奥を容赦なく押し上げる。俺は、これはまずいと知っている。想像通り、暫くの間は激しく動いたけれど、斗織は最終的に、俺の最奥を押し上げた状態で動きを止めた。俺はすすり泣く事になる。
「待て、あ、あ、中だけでイく、待っ――やだ、これいやだ!」
「俺のでイって? な?」
「うああ、あ、ア……息ができなっ――んんぅ! ああああ!」
そのまま俺は中で果てた。ボロボロ泣きながら、全身に襲い掛かってきた快楽に耐える。脚の指先を丸め、体を小刻みに震わせ、必死で舌を出して呼吸をする。
「あ!」
すると斗織が追い打ちをかけるように、いきなり突き上げた。俺の頭が完全に真っ白になり、理性がブツンと途切れる。そのまま俺は、気絶した。快楽が強すぎたからだ。
それから。
俺が意識を取り戻した時――……俺は慌てて目を見開き、ギュッと斗織にしがみついた。なんと、まだ繋がっていた。
「え、嘘だろ! 無理だ!」
「ダメ、足りない。今夜はずっとこうしてる」
「なんだよそれ!」
「スローセックスっていうの?」
「それを聞いてるんじゃない! もう俺の体力が限界だ!」
「俺はまだまだいけるから」
「ふざけんな!」
このSっぷりも、本当に困る。斗織は普段は優しいくせに、ドSだ。
かき混ぜるように斗織が腰を動かし始めて、俺は頭を振って泣き叫んだ。
気持ち良すぎて、体が融ける。もう何も考えられない。
結局、このようにして本日もひっくり返される事となった俺は、今度は中を散々暴かれて、何度も何度も意識を飛ばした。
そんなこんなで、俺と斗織の生活は戻ってきた。恋人同士という意味合いでの。
相変わらず、俺と斗織は、ひっくり返しあっている。大体が夕食前に抱かれた方は寝ていて、食後は、逆転して貫かれる側になる。なんだか気のせいではないと思うのだが、三年前よりも、俺達はお互いをひっくり返す頻度が増加した。
ただ勿論、行為をしない日だってある。
本日は俺の仕事が地味に忙しい。冬、地上の毒がいつもよりのぼって雲になるから、各塔は警戒が必要だ。逆に地上にも、毒性の雪が降るから、僅かな生存者もバタバタと倒れていく。こんな時は、地下に逃げた者の方が、賢かったのかもしれないとも思う。
だが、俺は四季を感じられる上空に来て、後悔はない。
変な話、斗織と出会う事がかなったのも、ここにいるからなのであるし。
「抱き着くな」
そんな俺を後ろから腕を回して、先ほどからずっと斗織がベタベタしてくる。俺は不機嫌な顔を取り繕ってそう述べたけれど、決して内心では、嫌な気分ではない。
「好きだ」
「ん。斗織の重すぎる気持ちは分かってる」
「やっぱ? 俺、重い?」
「愛情も体重も、俺より重い」
「……同じくらい愛してくれよ。体重は、俺達結構筋肉あるしな……」
「おう。俺もお前に抱き着いた場合は、同じ重みを肉体的には返してやるよ」
そのようなやりとりをしていると、不意に思いついたように斗織が言った。
「なぁ、少し庭に出てみないか?」
「この大雪の中か?」
「でもここくらい高いと雪に毒性はないだろ? それに塔の周囲は、浄化するフィールドがある」
「まぁ、それはそうだけどな。ああ、いいぞ」
こうして仕事が落ち着いてから、俺達は久しぶりに塔を出た。長靴を履いて外へと出たのだけれど、ズボズボと雪に埋もれる。斗織が手を繋いできたので、俺も握り返す。手袋をしてこなかったから、冷たさの緩和だと、内心に言い聞かせる。本当は、斗織とこうして恋人風の事をするのが、俺は嫌いではないのだが、それは斗織本人には絶対に言わない。
「綺麗だな」
斗織が、握っている手に力を込めなおし、そう述べた。
他の塔には、地上から山を移築した場所もある。俺達の眼前には、そんな他の塔の背景である山が真っ白に染まって見える。緑の杉が、銀白の雪化粧をしていて、舞い散る雪の中で眺めるその風景は、確かに綺麗だ。
冬真っ盛りの現在、俺は仮に地上にいたならば、きっとスキー場に出かけて、今頃スノボをしながら、女性のナンパにいそしんでいた自信がある。だが、今はもう、そんな気は起きない。斗織がいるからだ。多分、性別を凌駕して、俺は十分、愛している。
「新と見てるから、そう感じるのかもしれない。来年も、再来年も、その後もずっと、俺達は生きてるはずだから、一緒にこの風景が見たい」
「――そうだな。俺達は適応してるから、死がないものな」
「新となら、永遠の刻を生きるのが、俺は辛くないよ」
そういうと斗織が、手を離して、隣から両腕で俺を抱きしめた。俺も腕を回し返してやる。それから同じくらいの身長の俺達は、正面からお互いの瞳を見た。相手の目に、自分が映りこみそうなくらいの至近距離だ。その状態で、俺達はなんとなくそれぞれ額を押し付けた。すると鼻がぶつかりそうになり、慌てて俺が首を傾けると、その顎を斗織に掴まれた。
「っ」
そして、触れるだけのキスをされた。
だから俺は、すぐに自分からキスを仕掛けて、主導権を奪い返す。斗織の口腔へと舌を忍び込ませて、斗織の舌をからめとって引きずり出す。そうして甘く噛んでやれば、斗織の肩が、ピクンと跳ねた。長々とキスをしていた俺達は、口を離し、改めてお互いの瞳を見る。お互いの吐く息が白い。それは、煙草の煙にもよく似ていた。
その後も俺達は、時々喧嘩をしたけれど――結局お互いが好きだから、いつも仲直りをした。そんな日々は、愛おしく楽しい。俺達に寿命はないけれど、俺達の関係はとても幸せで、現在はハッピーエンドとしかいいようがなく、恐らく今後も幸せな日々を歩むのだろう。俺にとって、斗織は、最愛である。
―― 了 ――