【夏瑪×縲】愛を疑う罪(★)
――夏瑪に抱かれても、エクソシストとしての力を失わなかった。それは即ち、自分達の間に、愛がある証明だった。
エクソシストは本来、体を重ねたら、力が使えなくなる。なのに、なのにだ。そうはならなかった。その事実は、相手を憎んでいたはずの縲に絶望をもたらすと同時に、己の気持ちを気づかせた。
玲瓏院縲(レイロウインルイ)は、呼び出された高級ホテルのレストランで、正面に座る、夏瑪夜明(ナツメヨアケ)を時折一瞥した。
夏瑪は三十代半ばから後半に見える、銀髪の大学教授だ。実年齢は定かではない。それは、大学教授になれる年齢、という意味合いではなく、彼が吸血鬼だからだ。仏国から縲が追いかけてきた吸血鬼にして、絆と紬の母――卵子提供者というのが正確だが、確かに愛した女性を、夏瑪が与えた戸籍を持つ吸血鬼が屠った過去がある、間接的な加害者。確かに許せないと考えていたはずだから、縲は現状が苦しい。
夏瑪夜明を恨む事で自分を保っていた縲は、このような事態を認め難かった。
怜悧な表情をしているそんな縲を見て、赤ワインの浸るグラスを傾けながら、夏瑪は退屈そうな顔をしている。夏瑪は過去、確かに縲を美味しそうだと思った過去があったが、玲瓏院結界騒動がなければ、決して交わる事が無かった二人である。
しかし夏瑪は、危うく脆い縲が、放っておけなくなってしまった。
縲はそんな夏瑪に絆されてしまった。
夏瑪が刻印し、現在では体を重ねなければ、互の血と体を求めなければ、生活できなくなってしまった現在。二人の間に、甘い言葉が生まれる事は無い。
「夏瑪先生」
「なんだい?」
ワイングラスを置きながら、夏瑪が縲を見る。縲の上辺は、作り笑いが多いのだが――夏瑪の前では、縲は無理に笑う事は無い。それが逆に気を許されているように感じて、夏瑪にとっては心地良い。
「俺には寺院の除夜の鐘といった仕事は無いけれど、明日は朝から挨拶客の対応があるんだ」
「それで?」
「――っ、さっさと熱を解消したい。言わないと分からない?」
吸血鬼に刻印されると、その相手と体を重ねなければ、体が熱くなる。それが全ての契機であり、夏瑪はそれを理由に縲を脅迫した。しかし縲は折れなかった。ただ結果として、様々な事があり、二人は体を重ねるに至った。そうして今では、定期的に寝る仲だ。それをセフレと表する事ができないのは、愛がなければ縲が力を失うからであり――そうならなかった事実が、互が口に出さずとも、愛を証明している。
「求められて悪い気はしないが、まだ食事が残っているように思うけれどね?」
「吸血鬼にとって、人間の食事など、ただの娯楽だという知識があるけど」
「食事とは、空気や空間を楽しむものだ。縲さん、少し話をしないかい?」
なお、夏瑪としては、縲ともう少し距離を縮めたいという思いもある。過去、人間に対して、このように感じた記憶はなかったから、我ながらそれが不思議だったが。
「何も話す事は無い」
「――君の次男の紬君だがね、実に優秀だよ。ゼミの指導教諭として、誇りだ。大学院でも、私の所に進学してくれる事に決まって、これからが楽しみだよ」
「紬の選択に、俺が口を出す事は無いけど……そう。そうか。紗衣もそれを聞いたら喜んだと思うよ」
紗衣というのは、亡くなった縲の、妻の名前だ。吸血鬼に、食い殺された女性だ。卵子のみとは言え、絆と紬の母親であるのも間違いない。前、玲瓏院家の当主である。
「奥様の事は残念だったと思うがね、繰り返すが、私は戸籍を当該吸血鬼に提供しただけで、その件に感知してはいない」
「……」
「私に抱かれたいと望むのならば、当てつけじみた事を口に出すのは、得策ではないのではないかね?」
夏瑪の瞳が暗くなり、見下すような色が浮かんだ。縲は唇を噛む。表情こそ変わらなかったが、それが真理であるのは明白だ。何より――今、縲は刻印が証明する通り、夏瑪の事を無意識ながらも好きなのだと、強制的に理解させられてもいる。
「夏瑪先生」
「なんだい?」
「――言い直すよ。抱いて」
縲が淡々と述べた。それには、夏瑪も虚を突かれた。何より、縲の頬が僅かに赤いものだから、驚いた。
「これで満足?」
「そうだね」
夏瑪は苦笑してから立ち上がった。そして嘆息すると頷いてから、縲の横に進む。
「行こうか」
こうして二人は、夏瑪がとっていたホテルの一室へと向かった。夏瑪はドアが閉まるのと同時に、和服姿の縲の首筋に噛み付く。両腕では、縲の体を抱きしめていた。
「あ、あ……っ、う、うあ」
縲の体がすぐに震えだす。振り返った縲が、夏瑪の腕の中に倒れ込んだ。
「しつこくしたら、殺すから」
「君にそれが出来るのかね?」
「……明日は早いんだよ」
「優しくしろという意味か。留意しておくよ」
こうして、二人の夜が始まった。寝台に場所を移し、優しく縲を押し倒した夏瑪が、指を二本口に含んでから、縲の後孔に挿入する。吸血鬼の体液は、性交渉を容易にさせる成分を含む。すぐに縲の体は弛緩し、ぐちゃりぐちゃりとかき混ぜられる内、縲は涙ぐんだ。
「あ、あ、早く」
触れられているだけで、体が熱くなる。それが刻印の効果だ。
「私も堪えられそうにない」
頷いた夏瑪はそう嘯いて、陰茎を縲の菊門にあてがう。
挿入されると、ぬちゅりと音が響いた。吸血鬼の体液には、人間の体をそれが男であっても蕩けさせる作用があるのだ。実際には、夏瑪には余裕があったが、縲の体は限界だった。夏瑪はそれを知っていたから、意地悪く動く。
「あ、は、やぁ……や、やめ」
結腸を押し上げられた時、縲がすすり泣いた。あんまりにも気持ちが良かった。
「ああ、あ、ア! ああああ!」
「今、自分がどんなに淫靡な顔をしているか、分かっているのかね?」
縲はその言葉に羞恥を感じたが、体が耐えられない。無我夢中で夏瑪にしがみつき、号泣する。もう理性など、挿入された瞬間に飛んでしまった。
「あ、あ、ふぁ、ァ……夏瑪、せんせ、い、ぁ……」
「なんだい?」
「――っ、う、うあ……あ、あ、激し」
「本当は、こうされるのが好きなんだろう?」
「いやぁあああ、あ、あ、あ、あああ」
快楽にどんどん弱くなっていく自分の体が、縲は怖い。けれど、夏瑪の言葉が事実だというのは分かる。だから泣きながら、夏瑪を見た。
「本当に、俺の事、好き?」
「――何を今更」
不意に言われた声に、夏瑪は吹き出す。その後、夏瑪は縲を抱き潰したのだった。
「私の愛を疑う事ほど、罪深い事は無い」